今でもぼんやり記憶に残っているのは、夢の最後に皆と海ではしゃいだ事。
 楽しかった。幸せだった。理樹は、…それなら良かったと笑った。
 うん、そうだな。大丈夫だ。あたしもちゃんと覚えてる。
 ――理樹との、約束…。
 こまりちゃんとおんなじ、約束だ――。



約束の日




”鈴。先に行ってて”
 戸惑うあたしに、理樹はそう言った。
”大丈夫。鈴なら出来るよ。携帯の通じる所まで行ったら、助けを呼んで”
”よく分からんが、そうすれば皆助かるのかっ!?”
”――。大丈夫。助かるよ…。”
 今思えば、あの時理樹は、『皆が』――とは言わなかった。
 あたしは、ただ電波の通じる所を探して、山の中を歩き回って。
 だけどすぐに、こんな山奥じゃ無理だと思った。
 だから、皆の所に戻ろうとして―――そこに着く前に、凄い音がした。
 爆風と熱風に煽られて、あたしは地面を転がった。
 後の事は、よく覚えていない。
 ただ、次に目を覚ました時、そこに木や青空はなくて。
 無機質な白い天井があった事だけは、覚えてる――。


          *


 修学旅行の事故で、あたし以外、誰も助からなかった。
 バスに乗っていなかったくるがやも、事故と同時期に、独り放送室で眠るように死んでいたらしい。
 皆の遺体は、それぞれ遺族が引き取った。
 お墓もバラバラで―――つまりは、リトルバスターズはみんなバラバラになった。
 あたしは頼み込んで、みんなの遺品を、一個づつ貰った。
 そして、あたしだけのリトルバスターズのお墓を作った。
 週末にはいつもそこに行く。
 みんなに、会いにいくんだ!


 電車で一時間。そこからバスで30分。
 山の麓の一角――自然公園の片端に、あたしの作ったお墓がある。
 本当はダメなんだけど、じいちゃんが市の偉い人と知り合いとかで、特別に許してもらった。
 階段を上がって――…一番最初に見えるのが、こまりちゃんだ。
「一週間ぶりだっこまりちゃん!」」
 石畳の階段を、二段飛ばしで駆け上がる。ちょっとだけ、星に似た形の石に、笑い掛ける。
 それから、隣の石に。
「くるがや。こまりちゃんに何かしてないだろうな?そんな事したら、めっ!だからな」
 次は、みお。
「聞いてくれ。この前、みおの言ってた詩集、買ったんだ。その…まだ、読んでないけど」
 次は、はるか。
「お前、また何か悪さしてないか?…まぁ、たまになら、あたしも付き合ってやっていいぞ?」
 次は、クド。
「最近、ちょっとだけ料理するんだ。何かコツとかあったら、教えてくれ」
 次は、馬鹿二人だ。
「おい。筋肉馬鹿。最近お前の筋肉見てないから、忘れそうだぞ。悔しかったら見せに来い。それと謙吾。お前のジャンパー、あたしにはでかいんだ。サイズ直せ」
 それから――きょーすけと、理樹。
「………」
 並んだ二つの石の前に、立ち尽くす。
 うん…大丈夫だ。あたし―――笑えてるよな?
「きょーすけ。…理樹に迷惑かけてないか?理樹も、あんまりきょーすけを調子に乗せるんじゃないぞ?」
 ――応えは、ない。
 誰も、返事なんかくれない。
 ひどく静かな中、あたしはただ立ち尽くすだけで。
 目の前には、冷たい石しか、なくて――。
 ダメだ…笑えっ…!
 笑えったら笑えっ!あたしの顔なんだから、あたしの言う事聞けっ!
「っ……」
 でも、なんでだか上手くできなくて、あたしは慌てて下を向く。
 ――落ち着け。大丈夫だ。あたしは笑える。
 そうじゃなきゃ…みんなが、心配する…。
 うん…平気、だ。
 第一、今日はみんなにすごい事を報告しに来たんじゃないか!
 あたしは、思い切って顔を上げた。きっと――満面の笑みで。
「みんな、聞いてくれ!実は昨日な…友達ができたんだ…!」
 きっとみんな、びっくりしてるな。
「イイ奴なんだ。後でここに来てくれる約束だ。ちょっと変わってる。ヒトデが好きなんだって言ってた。面白くて、そいつといると、ちょっとだけ、ホントに笑えるんだ…!」
 本当に、笑える…。
 笑え、るんだ…。わら、え……。
「わ、笑ってるぞっ!?あたし、笑ってるからなっ…!?」
 だって、約束したんだ。
 こまりちゃんとも、理樹とも。
 だけど……。
 あたしは、ちゃんと約束を守ってるのに――。
 誰も、応えてくれない。誰も、何も言ってくれない。
 髪に結んでる、こまりちゃんのくれたリボンが、風に靡いて――ちりん…と、一緒に付けてたスズが鳴った。
 誰もいないこの場所で、スズだけが――応える。
「あ、あたし…頑張ったんだ…」
 泣かなかった、一度も。
 ちゃんと笑ってた。それは、仮面だったけど――でも、ずっと笑ってた。
 友達もできた。
 だから――。
「い、一度くらい……いいよな…?」
 泣いたって、いいよな…?
 石は黙ったままで。何も言わなくて。
 みんなに会いに来たのに――…会えない。
「っ…」
 会えない。会えない。――会えない。
 声が聞きたい。顔が見たい。
 良く頑張ったなって…エラかったなって…言って。
 頭をよしよしって…。
 泣いてもいいよって…優しく、笑って…。
 それから、それから…。
「う、ぁ…」
 会いたい…会いたい、会いたいっ…!
 みんなに会いたいよぉっ…!
「っ…う、あアぁアァァ――っ!」
 こんなの嫌だっ独りは嫌だよぉっ!
 みんな一緒がいいっ!会えないなんて嫌だっ…!


 いやだ、よぉ…!


”りんちゃんは、泣き虫さんだねぇ…”

 不意に――そんな声が、聞こえた気が、した…。
”ダメだよぉ。笑って、ね?お願いだよー、りんちゃん”
 ずるいよ、こまりちゃん。
 あたしはもう、こまりちゃんにお願いできないのに。
”そんな顔をするな、鈴君。おねーさんがイイ子イイ子してやろうか?”
 ちょっとだけなら許してやるから、しに来てもいいぞ。
”…大丈夫ですか?…鈴さんの笑顔、わたしも見たいです…”
 あたしが笑ったら、みおも笑うか?
”やはぁ〜、泣き虫さんデスネー。ほーらー笑って笑ってっ!”
 だったら、はるかが笑わせてくれればいいだろ。
”どんとくらい、なのです、鈴さん!笑う角には福来たる、と言いますから!”
 別に、福なんて来なくていい。…クドが、来てくれれば。
”うぉっ泣いてんのか?鈴!筋肉分けてやるから泣きやめってっ”
 そんなのいらん。くれなくていいから――戻って来い。
”その、何だ…ジャンパー、作ってやろうか…?”
 着てやってもいいぞ。だから――。
 全部許してやる、だから…――だからっ……!
 視線を上げた先に、きょーすけと、理樹が並んで立ってる。
”鈴。――お前、友達できたんだってな?…偉かったな”
”頑張ったね、鈴。…すごいよ!”
「――…ん…」
”俺達は、結構楽しくやってるぜ?のんびりやってるから、お前はゆっくり来い”
”ずっと…見守ってるからね、鈴”
「っ…――」
 ああ違う。嘘だ。本当は分かってる。
 これは――単なる幻なんだ。
 都合のいい、あたしの、幻想なんだ…。
 あたしがあんまりみんなを好きだから、目と耳が勝手に夢想する。
 本当は、姿なんか見えない。声なんか聞こえない。
 だって――誰も本当にあたしの頭を撫でてくれないじゃないかっ…!
 待ってるのに、いつも待ってるのに――いつもあたしが勝手に想像する幻だけで、誰も、誰一人あたしの傍にいないっ…!
 もう嫌だっ…今すぐ会いに行きたい…っ!
”情けないぞっ鈴!――お前は、誰の妹だ?”
 …幻のくせに、きょーすけが偉そうに叱る。
 ――あたしは……あたし、は…。

「鈴さーん…?どこですかー?」
 
 友達の、声がした。
 階段の下の方に、姿が見える。ヒトデの木彫りを持って…変な奴なんだ。
 でも、一緒にいると、…いつかホントに、笑えるようになるんじゃないかって…。
 あたしはみんなを振り返る。
「友達が呼んでるから、もう、行かなきゃ」
 誰も何も言わないけれど。
 それでも、あたしは――きちんと最後の挨拶をする。
「それからな…。次来る時は、…ちゃんと花を持ってくる。お前らに”会い”に来るのは、今日で最後にする。
次は―――墓参り、…するから…」
 きっと、きょーすけと理樹は、微笑んでる。
”よし、いいぞ、鈴!”
”頑張って!”
 そんな風に言って、それから―――きっと、こまりちゃんが最後にこう言うんだ。
”大丈ー夫!…りんちゃんなら、必ず出来るから”
「――うんっ…!」
 泣きながら、笑いながら、あたしは階段を降りていく。
 辛かったり哀しかったりした時は、きっとまた振り返ってしまうんだろうけど。
 でも、今は前を向く。
 前を向いて、ちゃんと一人で歩いてく。
 だってあたしは、――あの棗恭介の、妹なんだ…!


 
 
 
 
 

あとがき
 激シリアス第二弾…あー…はい。そろそろ自重。しかもクラナドとクロスオーバー。いえ、風子……大大大大っ好き…なんですよ…。
 でも、あまりにも好きすぎてうまく動かせません…。
 因みにこの話、「遥か彼方」とか聞きながら読む事をお勧めします(何が目的だ、お前)
 しかし、これは書くまい、と思ってた話を書いてしまったら、逆にすっきり(苦笑)
 いや、やっぱね、物語の中でくらい、人は幸せになっていいと思うんですよ。なので、本当は書いてもUPとかしない予定だったのですが。
 EXのショックで…色々考えていた頭のねじがちょっくら飛びましたー。
 いやいや、ビジュアルブックも見たしね、うん、あの後日談とか読んで喜んでたんですがねー。
 なのに……EX事件で、つい徹夜でこんなものを。うん、何かが吹っ切れた…。
 年明けには通常業務再開で(笑)

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