恋は突然に

”やはぁ〜理樹君イイ所に!じゃ、これお願いネ!”
 と笑顔の葉留佳さんから、小麦粉十キロと砂糖十キロの載ったキャリーを渡されたのが五分前。
 食堂二階の貯蔵室に運んで欲しいと言われたのだけれど。
「そっか。階段か…」
 多分、どっかに運搬用のエレベーターくらいあるんだろうけど…場所が分からない。探し回って見つけたのは、結局階段だった。
 二十キロ位なら、何とかなるよね。僕だって男だし。
 階段下で、キャリーから荷物を降ろす。十キロが二袋だ。
 バランスを取るように片方ずつ持って、階段を上がる。
 うん、これ位なら全然大丈夫…。
「っ、と、と…!」
 ヤバイっ重心がっ!
 バランスを崩した身体は、荷物に引っ張られて成す術もなく傾いた。
 うわっ…落ちる―――!

「理樹!」

 不意に聞こえた耳馴染んだ声――それは…、

@
 恭介のものだった。
A 謙吾のものだった。
B 真人のものだった。
C 鈴のものだった。




















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★恋は突然に・恭介編


 落ちかけた僕の身体を支える、しなやかな手。
 目を開けるとそこに、端正な幼馴染の顔があった。
「恭介…」
「大丈夫か」
 ぐっと顔が近づいてきて、睫毛の長さまで分かるその距離に、思わず心臓が跳ね上がる。
「だ、大丈夫っ…!」
「その荷物、――三枝か?」
「え?何で知ってるの?」
 恭介はやっぱりな、と苦笑する。
「女子寮でお菓子パーティーをやるって話だ。その買出しに三枝が当たったらしいんだが…」
「そうだったんだ」
「ま、しかしこの量は買いすぎだろうな。多分予算オーバーの分まで全部買い込んだんだろ」
 言って、恭介が手を差し出す。
「ほら、貸せ」
「え、…い、いいよ。持てるから」
「今さっき落ちかけた奴が何言ってるんだ。ほら、いいから」
 困った奴だな、と言わんばかりの微笑を浮かべて、恭介は僕から荷物を取り上げる。
 あー…軽々持つなぁ…。
 いや、僕だってこの位なら……まぁ、落ちかけたけどさ…。
 荷物を二つとも持って歩いていく恭介の後ろを、とことこ付いていく。
 僕より頭一つ分高い背。
 ただ荷物を持って歩いてるだけなのに、そんな事すらなんだかスマートだ。
 カッコイイっていうか――横顔とか、ついつい見惚れてしまう。
 じっと見ていたら、不意に恭介が振り返る。
「どうした?」
「えっ…いや…」
「――そんな見つめられたら照れるだろ?何だ、惚れたのか?」
「ええっいやいやいやっ!」
「はははっ!何慌ててんだよ。冗談だ」
 あ…何だ……冗談か――ってそりゃそうだよっ!
 恭介はあっけらかんと笑って、その楽しそうな笑顔に、僕の視線はまた吸い寄せられてしまう。
 貯蔵室にはあっという間に着いて、それを残念だなんて思った。
 室内に入って、せめて荷物を仕舞うくらい僕が、と思ったのに、結局全部恭介がやってくれた。
 上の棚とか、僕が台に乗らなきゃ届かない所にも、恭介はあっさり届いて、軽々荷物を持ち上げた。
「っと…、よし。これでいいか?」
「ごめん…」
「どうした」
「結局、全部恭介にやって貰っちゃったね」
「別にいいだろ」
「いやいや」
 いいって事はないよ。
 うん、いつも甘えてばっかりだけど、やっぱりちゃんとお礼すべきだよね。
 そう思って、僕は恭介を見上げる。
「ね、恭介。たまにはちゃんとお礼、させてよ」
「ん?」
「何でもいいからさ」
 僕が恭介にしてあげられる事なんて、たかが知れてるけど。でも、気持ちだけは伝えたい。
 よし、何を言われても、「うん」で即答しよう。
 そんな僕に、恭介はちょっと思案顔になる。
 顎に手を当てて考えこみ、やがて、フっと小さく笑った。
「よーし、じゃ、キス一回なんてどうだ?」
「うんっ!」
 ――って、……え!?き、きすっ!?
 返答を準備していた僕は、即座に了承を返し――次いでゆっくり意味を反芻して…愕然となった。
 恭介の方もまさか即答とは思わなかったらしく、目を見開いて、茫然と僕を見ている。
 そりゃそうだよね。恭介の事だから、キスなんて言われて僕がびっくりした所で、冗談だとからかうつもりだったんだろう。
 で、僕がちょっとだけ怒って、お礼云々の話はいつものように有耶無耶に――そんな展開になる、はずだったんじゃないかな…。
 僕と恭介は、なんとも言えない空気の中、見つめ合う。
 え、ええとっ…。
「あの…」
「あ、ああ。何だ」
「えっと…お礼……」
 ど、どうしようっ!?
 思いっきり、しかも喜々として「うん」って言っちゃったけどっ。
 自分が何を言ってしまったのか自覚して、徐々に頬に熱が集まって来る。
 恭介の方もどうしていいか分からないらしく、珍しく戸惑っている。
 暫く沈黙が落ちて…。
 ううっ恭介なんとかしてよっ!ほら、いつもみたいに、マジかよとか何とか言ってさっ。
 やがて恭介が、ひどく言い難そうに口を開く。
「――その、まぁ……言い出したのは、俺だからな…」
 えっ!?
 いやいやいやっそりゃそうだけどっ!
 ま、まままさかっ…!
「お前がそこまで覚悟してるとは思わなかったぜ…」
 恭介の手が伸びてきて、僕の肩に乗る。
 うわっうわぁぁっ!?
「ああああああのっ…!」
「――理樹」
 うーーーわーーーー!!
 いやだからその声が既に反則だと思うんですけどっ。しかもそんなじっと見つめないでよぉっ…!
 自分でも、どんどん顔が赤くなっていくのが分かる。
 そんな僕の反応に、恭介が小さく笑う。
「理樹。お前――耳まで真っ赤だぞ」
「っ…だ、だって…!」
「何だよ、マジで俺に惚れたのか?」
「――っ」
 馬鹿なこと言わないでよって…きっと僕は、そう言うべきだったし、恭介が期待してたのも、そんな言葉だったはずなのに。
 僕は、何でだか何も返せなくて――。また奇妙な沈黙が落ちてしまう。
「理樹…?」
「っ…」
 どんどん心臓が高鳴って、恭介の端正な顔をそれ以上見ていられなくて、僕はぎゅっと目を閉じた。
 恭介の戸惑ってる気配を感じる。迷うように――きっと、ちょっとだけ困った顔をしてるかもしれない。
 どう、しよう…お礼なんて、そんな事言うんじゃなかった。
 でも恭介だって悪いよ。ふざけてあんな――キス、なんてっ…!
 だけど恭介が困ってるなら、……そんなのお礼にならない。
 ――やっぱり、やめた方がいいよね…。
 目を瞑ってからすぐに、そんな結論に達した。今ならまだ間に合う。そう思って瞼を持ち上げようとした――時。
 不意に、顎の下にするりと指が入り込んだ。
 くっと顔を上向きにされる。
「――理樹」
 いつもより少し低めに僕を呼ぶ声。
 とたんに、僕は動けなくなってしまう。目を開ける事すら出来なくなって――。
 恭介の吐息が近づいて来るのが分かって、心臓が五月蠅いほど耳の奥で鳴り響く。
 どう、しようっ…このまま、恭介とホントにっ…!
 唇に、吐息が掛かる。
 触れ合うか触れ合わないかのぎりぎりの距離。
 唇の先同士が、触れそうになっては離れる。何度も逡巡するように――。
 やがて――唇から吐息の気配が遠くなる。
 そして、恭介の手が僕の前髪を掻き上げて、おでこに……柔らかな感触が押しつけられた。
「っ……」
 そっと離れていく気配。
 目を開けると目元を赤く染めた恭介の顔が目の前にあった。
 照れたように、さっと横を向く。
 僕の顔もきっと真っ赤だ。二人で、なんだか赤くなって俯いて。
 それから、どちらともなく顔を上げて、照れ笑いしながら誤魔化した。
 うんっ…おでこに、チューだもんね。
 ゆ、友情――だよね?
「さてと、じゃ、戻るか?」
「うん…」
 やがて恭介が僕の手を掴んで――二人で手を繋いで、貯蔵室を出る。
 いつもと同じはずなのに、だけどいつもとは違う。
 絡まる指は…ちょっとだけ熱くて。
 とくとく鳴る心臓の音が、恭介に聞こえてしまうんじゃないかって思って。
 前を歩く恭介の顔は、僕からは少ししか見えないけれど、――多分、赤くて。

 部屋に戻るまでの道のり。
 二人とも…いつもより、ずっとずっとゆっくり歩いた――。






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★恋は突然に・謙吾編


 落ちかけた僕の身体を支える、しっかりした手。
 目を開けるとそこに、生真面目な幼馴染の顔があった。
「謙吾…」
「大丈夫か、理樹。怪我は」
「無いよ。謙吾が助けてくれたからね。ありがとう」
「気にするな。…それより、その荷物は何だ?」
 聞かれて、両手に握ったままだった合計二十キロの重りに視線を落とす。
「ちょっと頼まれちゃって…。二階の貯蔵室に置きに行くんだけど――」
「貸せ」
 言うや否や、謙吾は僕の手から荷物を奪う。しかも二つとも、片手で。
「え、ちょっと…謙吾…!?」
「どうした」
「いや、あの…えっと…」
「おかしな奴だな。ほら、行くぞ」
 さっさと階段を上がっていく謙吾の後を、僕は慌てて追いかける。
「あの…ありがとう、謙吾」
「気にするな」
「重くない?」
「この程度でか?」
 片手で持った二十キロを軽々持ち上げる謙吾。
 ……うう、ごめんね…。僕ももっと力つけるよ……。


 荷物を置いて、謙吾と二人で貯蔵室から出る。その帰り道、謙吾が言った。
「ところで理樹」
「何?」
「お前、好きな奴はいるか?」
 突然の質問に、ちょっとびっくりする。更に、謙吾からそんな質問が出た事に二重の意味で驚いた。
「どうしたの、突然…」
「すまん。その――ちょっと気になってな。……いる、のか?」
「んー…今のところ特にはいないかな」
「そうか」
「でも、どうして?」
「―――」
 ピタリ、と謙吾の足が止まる。僕を振り返ったのは、生真面目な顔。
「理樹」
「どうしたの?」
「俺と――付き合わないか」
「え…」
 付き合う――?
 ああ、もしかして、また何かの遊びにって事?ホント遊ぶの好きだなぁ、謙吾…。
 僕はとりあえず頷いた。
「うん、いいけど」
 途端、なぜか謙吾は大げさなぐらい目を見開いて驚愕する。
 別にそんな驚く所じゃないと思うけど。
「い、いいのかっ…!?」
「うん。いいよ。でも、内容によりけりかな?」
「ふ、む…例えばどんな事だ」
「僕と謙吾じゃ体力違うから、あんまり激しい運動はきついかな」
「ぶっ!」
「わっ…ど、どうしたの、謙吾?」
 突然目を剥いて噴き出した謙吾に、僕の方が驚く。
 そして、その後謙吾は目元を赤く染めだした。
 うわ、珍しい…。ていうか、ほんとに一体どうしたんだろう?
「謙吾…?」
「いや、すまん…。まさかいきなりそこまで話が飛ぶと思わなくてな…」
「え?」
「いやいいんだ。……続けてくれ」
「う、ん…。そうだね、後は――危険なのもちょっと…」
「俺はそんなアブノーマルじゃない」
「え…あー、うん…」
 自覚ないのかなぁ…。謙吾って、スリルのある遊びが好きだと思うけど…。
「だったら後は、特にはないかな」
「――分かった。その、なるべく……優しくする」
「え、いやいや、別に優しくとかじゃなくて」
「!や、優しくしなくていいのか…!?」
「うん。別に手加減してくれって言ってるわけじゃないからね。どうせやるなら全力がいいよ」
「――そうか…分かった…」
 何故か目を見開いたまま、謙吾は「駄目だ俺の理性がっ」とか何とかぶつぶつと呟いている。
 どうしたのかなぁ…。
 さっきから謙吾の様子がおかしい。顔も赤いし…。
「そ、その…理樹。他には、何かあるか…?」
「ないよ。後は謙吾の好きにしていいよ」
 僕よりは、謙吾の方が楽しい遊びを思い付きそうだしね。
 そう思って答えた途端、謙吾は耳まで赤くなる。
「…そそそそそ、そうかっ…!」
 うわ、ホントどうしたんだろ、今日の謙吾…?
「理樹。…では、その…これからも宜しく頼む」
「え?え?あ、いえ、こちらこそ…」
 謙吾が深々と頭を下げたから、僕も釣られて頭を下げてしまう。
 単に遊びに付き合うだけなのに、そんなよろしく頼まなくても…。
 顔を上げた謙吾は、すっきりとした笑みを浮かべていた。
「…手を、繋いでいいか、理樹」
「え…」
 謙吾がそんな事言うなんて、珍しい。戸惑っていると、謙吾の手がそっと僕の手に触れた。
 剣道をやっているからか、硬い皮膚の感触と、節くれた関節を直に感じる。
「…何か、謙吾の手って…凄く男の手って感じだね」
「そうか?」
「うん。カッコイイなぁ」
「――お前は、とても奇麗な手をしている。こうして触れているのが、戸惑われるほどに、な…」
「っ…え、と…」
 一応褒められた、のかな…?ちょっと微妙だけど…。
 そんな事を考えていたら、不意に、するりと指が絡んできた。思わずびくっと肩が跳ねる。
 や、別に…何でもないんだけど…何て言うか、手が凄い密着っていうか…。
「あの…謙吾…?」
「柔らかくて、小さくて――可愛い手だ」
 いやあのっ指あんまり動かさないで欲しいんだけどっ!
 背筋がムズムズしてくるような、そんな触り方をされる。
「け、けんごっ…指っ」
 咎めようとした所で、謙吾が僕の手を引き寄せた。よろける様に、広い胸に凭れかかってしまう。
「わっ…ごめ…」
「もう少し、このままでいさせてくれないか?」
 大きな手が僕の頭を撫でて、それから、そっと抱き締められる。
 え、ええと?何でこんな事態に?これが新しい遊び?いやいやいやっ!
「理樹。俺は―――ずっとお前が好きだった」
 いやまぁ、僕も謙吾の事は好きだけど…。ていうか、今そんな改まって言う事じゃないよね。
「お前が応えてくれる事などないと思っていた。だが――」
 謙吾が柔らかな表情で僕を見下ろす。
「お前はこうして俺に応えてくれた。ならば俺は、生涯お前ただ一人だけを愛し抜くと誓おう」
「――え?」
 あ、愛っ…!?
 いやまぁ、ロマンティック大統領なだけあって、謙吾って結構こういう台詞も平気で言っちゃうんだけど。
 でも僕に言うのっておかしくない…?
「あの…」
「これは、その…誓いの口付けだ」
「けんごっ…!?」
 謙吾の言った意味を理解出来ない内に、手を捉えられる。
 人気は無かったけれど、廊下のど真ん中で――謙吾は、僕の手の甲にキスをした。
「っ…!?」
 触れる唇の熱さに身体が強張る。あんまりびっくりして、頭の中は真っ白だ。
 だって、謙吾が…。謙吾、がっ…!
 それは幾分強引だったけれど、決して乱暴ではなくて。
 優しく、静かだった。
 容易く振り払えるはずなのに、どうして、僕は抵抗してないんだろう…?
 自分でも理由なんか分からない。あんまり驚いて、頭が働いてないだけなのかもしれない。
 どうしていいやら戸惑う僕を、謙吾が再び抱き締める。
「俺は…今、誰よりも幸せだ。…理樹。これは夢なのか?もし――夢だというなら、どうか覚めないでくれ…」
「とりあえず夢じゃないと思うけど」
 思わずゆるく突っ込んでしまう。うん、自分で言うのもなんだけど、無意識でも突っ込みを忘れない辺りは、結構凄いよね?
 ぼんやりそんな事を考えていたら、謙吾の腕の力が不意に強くなり、そして嬉しそうに言った。
「夢じゃないと言ってくれるのか。お前がそう言うなら、――俺は、この幸せを一生守り続ける」
 そ、そんな大層な事じゃっ…!
 うーん…さっきから会話が微妙に噛み合ってない気がするんだけど…気のせいかな…?
「理樹。――夜、一緒に出かけないか?」
「えっ」
「お前と二人っきりで…星空の下で語り合いたいんだ。…いいか?」
「僕と?…それは、いいけど…」
「では、今晩中庭で待っている。ああ…寒いかもしれないからな、これを着てくるといい」
 そして手渡されたのは――リトルバスターズジャンパーっ!?
 えっこれ着るのっ!?
「大切な人に――渡そうと思っていたものだ。理樹。いつか、お前に渡せたらとずっと思っていた」
 渡されたのがこれじゃなかったら、多分感動する言葉なのかもしれないけど…。
 というか、大切な人って…しかもそれを僕にって、一体どういうつもりなんだろう?
 謙吾の顔を伺い見て―――そのあまりに嬉しそうな顔に、結局何も言えなくなる。
 まぁ…いいか。謙吾楽しそうだし。
「では――待っている…」
 告げて、謙吾は颯爽と去っていく。
 残されたのは、リトルバスターズジャンパーと……それから、なんとも言い難い違和感。
 謙吾は楽しそうだったし、別に話をするのだっていい、はずなんだけど。
 ――本当に僕は、これを着て中庭に行って大丈夫なんだろうか…?
 一抹の不安が胸を過ぎった。けれどリトルバスターズジャンパーを見ていたら、すぐにそんな感覚は消えてしまう。
 謙吾、これ自分で作ったんだよね。
 そう思ったら、何だか謙吾が可愛く思えた。
 謙吾と二人だけで話すのは結構久しぶりだなぁ。
 寒そうだから、あったかいココアでも作って、持って行こうかな。
 のんびりそんな事を考えながら、僕は部屋へと戻る。
 ちょっとだけ……リトルバスターズジャンパーに腕を通してみたりしながら――。







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★恋は突然に・真人編


 落ちかけた僕の身体を支える、がっしりした手。
 目を開けるとそこに、ルームメイトの幼馴染の顔があった。
「真人…」
「っぶねぇ…!大丈夫かよ、理樹っ」
「うん。ごめんね、ありがと」
 頷いて見せると、真人がほっと息を吐く。
「ま、無事ならいいけどよ。その荷物、上に運ぶのか?」
「うん」
「よっしゃそれなら俺に任せろ!」
「え、いいよっ…これ位なら別に一人で――ってうわぁぁっ!?」
「ん?どした?」
「いやいやいやっちょっ…降ろしてよぉぉっ!?」
 真人が抱え上げたのは、荷物じゃなくて僕の方だった!
 いや、確かに僕が荷物を持ってる訳だから、荷物もなんだけど…!
 何で僕まで!?
「ちょっと真人っ降ろしてってば」
「え、何で?」
 何でって何さ!?
「別に僕まで持ち上げる必要ないだろっ」
「んーそっか?」
「そうだよっ」
「……めんどいからこれで良くね?」
「ねぇから」
 話してる間に、真人は階段を上り切ってしまう。
「で、何処だ?」
 その前に降ろして欲しいんだけど…降ろしてくれそうもないね、これ…。
 そりゃ真人に担ぎ上げられるのなんて良くある事だけどさ。
 諦めて、廊下の奥を指差す。
「貯蔵庫だから、あっちの方のはずなんだけど」
「分かったぜっ任せろ」
 無駄に元気な掛け声で真人はズンズン奥へ歩いていく。
 うう、人がいないのが唯一の救いだ。――まぁ、見られた所でいつもの事だと思われるんだろうけどね。
 それにしても、相変わらず凄い力だなぁ。
 僕の体重にプラス二十キロを、何の苦もなく軽々だ。
 真人みたいに、とは言わないけど、僕ももう少しくらい筋肉付けようかな…。
「お、あれか?」
「ああ、そうみたいだね。ありがとう真人」
「いいって事よ!」
 快活に笑って、真人が僕をドアの前に降ろす。
 とりあえず鍵を開けるのに荷物を床に置くと、真人がそれをひょいと持つ。
「あ、ごめん」
「いいって。それよりどこ置くんだ?こいつ」
「待って。今鍵開けるから」
 鍵を開けて、真人と二人で薄暗い貯蔵室の中へ。
「確かA-1の棚って言ってたけど…」
「暗くて見えねぇな」
「電気何処かな」
 二人で辺りを探って――。
「わっ!ちょっと、真人それ僕っ」
「お、悪ぃ」
 全くもうっ!
「――理樹」
「何?」
「多分それ俺の筋肉だぜ」
「うわっごめんっ!」
 あああぁぁ、二人して何やってるんだか…。
 や、でも凄い筋肉だなぁ。暗闇の中で、壁かと思って触っていた真人の筋肉の硬さに思わず感心してしまう。
「おい、理樹…?」
「うーんやっぱり凄いね、真人」
「フ、ありがとよ」
「僕なんか全然だもんね」
「どれ」
「わひゃっ」
 いきなり脇腹の辺りを触られて思わず変な声が漏れる。
「ちょっとっ…くすぐったいよっ」
「んー?じゃ、こっちか?」
「…っま、真人っ!変なとこ触んないでよっ」
「変なトコ?筋肉だろ?」
 わさわさと色んな所を弄られ、その手が下腹部の辺りまで伸びる。
「んっ」
「あ?――悪ぃ、もしかして、これ…アレか?」
「わ、かってるならっ離してよっ!」
 ばしっと真人の腕の辺りを叩く。慌てたように手が離れていく。
 全くもう…。
 それより明かりはどこだろう。
 ふらふら彷徨わせていた手が、やがて頼りない紐に当たる。
 それを引くと、カチンと小さな音がして、蛍光灯がつく。
 うん、結構明るい。
「えっと…Aの棚は…」
「こっちじゃね?」
「真人、足元何か色々あるから注意し―――」
「ぬぁっ!?」
「うわぁっ!?」
 言った側からーーっ!?
 前のめりに倒れてきた真人の巨躯が僕に覆い被さるっ…!
 支えようにも当然無理。二人で床に倒れこむ。
「痛っ…!」
 一瞬で色んな所にぶつかって、痛みが走る。
 鼻とか前歯までなんかにぶつけ――。
「んっ…!?」
 何かに――ぶつかっ、た…よ、ね…。
 ……あれ、焦点合わないよ?ああ、そっか。その何かが凄い近い――。
 ええと…でもこれ…真人の、顔…。
「うわぁぁぁぁぁっっ!!??」
「んぬぁぁぁぁぁっっ!!??」
 二人で同時に叫んで、直後に真人が僕の上から飛び退いた。拍子に後ろの棚やら縦積みダンボールやらにぶつかって、辺りに物が散乱する。
 ええとええとっ…今もしかして僕、真人と――きす…。
「っっ!」
 うわっっまさか……!?
 や、ほら一瞬だしそれにほら口がぶつかったかどうかなんてっ…!
「すまねぇっ…だ、大丈夫かっ!?理樹っ」
「あ、あ…うん、大丈夫っ…」
 見上げた真人の顔は――蛍光灯の下で、はっきりと真っ赤に染まっていた。
 え、えっと…。
 なんだか次の句が出てこない。
 いや、ほら、真人、だよ?いつも通りに…いつも通りに…って言ったって、こんな状況なった事ないし!
「あ、の…真人…」
「り、理樹っ…」
 お互い名前を言ったきり、見詰め合って二人で沈黙。
 何この状況ーーっ!?
 真人はあっちを向いたりこっちを向いたり頭をぶんぶん振ったり。
 その間に僕は床から立ち上がる。思わずちょっと唇を触って――いやいや、そもそも事故だし!
 と、不意に真人が物凄い形相で僕を睨みつけた。
 いや、普通に怖いからっ!
「理樹っ!」
「な、なに…?」
「すっ…すっ…」
「――す…?」
「す、――好きだっ!」
「え、何が?」
「うぉぉぉぉぉっっ!」
 や、ごめん。ほんとに分かんないんだけど。
 雄叫びをあげた真人は、まるでヤケクソのように怒鳴る。
「俺は理樹が好きなんだよっ!」
 あ、なんだ僕か。
「えっと…そ、そう…」
 とりあえず曖昧に頷いておく。いつもなら鈴の突っ込みが入って有耶無耶になるんだけど…二人っきりの時に言われると、微妙に対処に困る。
 そんな僕の肩を、真人の手ががしっと掴む。
「理樹っ」
「な、何さ…」
「俺は理樹が好きだっ」
「えっと…あ、ありがとう…?」
 何が言いたいんだろう?
 真人の真剣な顔が、僕に近づいて――。
 ちょっと…何かホントに近っ…!
「まさ……んっ!?」
 え――?  な、なに――これ……?
 真人の顔がすごい近くにあって、それから、何か…口が、塞がれて…。
「んんんんーーっ!?」
 キキキキキキスされてるーーーー!?
 思わず真人の胸を叩いて力一杯突き飛ばす――はずが。
 ビクともしないしっ!?岩を叩いてるみたいだよっ!
 流石真人…ってそんな事感心してる場合じゃないよねっ。
「んっんんっ…!」
 うっ…い、息がっ…!
 そう思った瞬間、ぶはっという勢いで真人が僕の唇を解放した。
「ぜぇっ…はぁっ…!」
「はぁっ…ふぅっ…!」
 二人で酸素を求めて呼吸する。……何か色んな意味ですっごい情けない気がしてきた…。
 息を整えて、真人と顔を見合わせる。
「あのさ、真人…何でこんな事したの…?」
「いや、それが…自分でもよく分かんねぇんだよ…」
 うん、そんな事だろうとは思ったけどさ。
 真人の事だから、多分単なる勢いだ。ああもう、何だって僕がこんな目に…。
「あのよ、理樹」
「何?」
「…もう一回いいか?」
「はぁ?」
 とりあえず訳分からんポイント一点獲得だね。僕は真人を訝しげに見返す。
「落ち着いてよ真人。何言ってるか自分で分かってる?」
「分かってるよ!つまりアレだ。もっかいしたら、分かるかもしれねぇだろ」
「いやいやいやっ」
「何だよっ嫌なのかよっ」
「嫌だよ普通にっ!」
「俺達親友だろっ!?」
「そこ説得の理由になってないからねっ!?」
「いいじゃねーかよーっ頼むよー!理樹っち!」
 何か、宿題写させてくれって頼んでくる時と同レベルなんですけど。
 その後もしつこく食い下がる真人に、何だかどーでもいい気分になってくる。
 そして十分後、僕はげんなりした顔で頷いていた。
「分かったよ…一回だけね…」
「おっそれでこそ理樹っちだぜっ!」
「はいはい…」
 ああ、何でこんな事になってるんだろう…。いつもなら恭介とか謙吾とか鈴もいて、絶対こんな展開にはならないのに…。
 真人が僕の肩を再度掴む。見上げた顔が少しずつ近づいてくる。
 な、何か緊張する…。
 ていうか僕何してるんだろう。真人と、何で…。
「理樹っ…」
「っ…ご、ごめんっやっぱり待っ…!」
 急に我に返って、思わず身を引こうとしたけど。
 真人の力に僕が適うわけもない。掴まれた身体は進退もままならず。
「――んっ…!」
 突然とかじゃなくて、はっきり唇の重なる感触。
 真人の唇が押付けられて、お互いの歯がぶつかる。びっくりして少し口を開いてしまったら――そこに、何か…ぬるりとしたものが…入ってきて…。
 う、わ…何だこれっ…!
「んんんっ…ん…!」
 背後の棚に背中がぶつかって、ガタンと音を立てる。真人が唇を更に押付けてきて――。
「んんっ…ぅ、ん…。――はぁ、っふ…」
 解放されて慌てて深呼吸する。な、何か――すごい事された気がっ…!
 目の前の真人の呼吸も荒い。
「や、やべぇっ…おぎおぎしてきたっ!」
 そのおぎおぎって何!?
 真人が物凄く切羽詰った顔で僕を見下ろす。
「り、理樹…もう一回いいか!?」
「え…ちょっ…んんっ!?」
 棚に肩が押付けられる。また唇が重なって――ちょっと待ってよ…ほんとに何でこんな事にっ…!
 唇が離れると、お互い息は荒い。や、キスの間中息止めてるからね…。
 真人は、何だか愕然とした様相で立ち尽くし、そしていきなり頭を抱えた。
「うぉぉぉぉっやべぇぇぇっ更におぎおぎしてきたぁぁぁっ!!」
 だからそのおぎおぎって何さ!?
 真人は両手をわきわきさせた後、一度僕を見てから――。
「すまねぇぇぇ理樹っ!俺は親友失格だぁぁぁっ!」
 雄叫びを上げて、部屋から飛び出していく。
 ああもう、何が何だか……っていうか…。
 うん、今気付いたけど…気付くの遅すぎるけど…僕、キス初めてだったんだよね…。
 それで相手が真人って――。

「ま……真人の馬鹿ーーーーー!!」

 思わず叫んだ僕の声は、むなしく部屋の中に消えていった…。





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★恋は…?


 落ちかけた僕の身体を支える、すべすべの手。
 目を開けるとそこに、人見知りな幼馴染の顔があった。
「鈴…」
「大丈夫か!理樹っ」
「うん。ごめん」
 鈴は、小さな身体で精一杯僕を支えてくれていた。
 慌てて体勢を持ち直す。その拍子に、手にしていた荷物が手から外れて、階段を転がり落ちていく。
 しまった…。
 鈴はそれを見送って、難しい顔で僕を見る。
「あれ、何だ?」
「ん、頼まれてさ。上に運ぶんだけど」
「そーか。よし分かった。理樹。お前ちょっとそこで待ってろ」
「は?」
「お前一人じゃ頼りないからな。男手を連れてくる」
「え、ちょっ…!」
 呼び止める間もなく、チリンと音をさせて、鈴は階段を駆け下りていく。
 いやあの…男手って、僕も一応男手なんだけど…。
 なんだか納得いかない気持で、僕も階段を降りる。
 うーん。どうしようかな。鈴が戻って来るまで待ってた方がいいかな。
 一人で運んじゃってもいいけど――。
「理樹。男手を連れてきた」
 って早っ!?
「大丈夫か、理樹。ったく困った奴だな。ほら、貸せよ」
「理樹。無理はするな。いつでも俺達に頼っていい」
「おう!遂に俺の筋肉が理樹に必要とされる時が遂にきたか!」
「こいつ遂って二回言ったぞ」
 恭介が手を差し出し、謙吾が優しく微笑み、真人が自慢げに筋肉を披露し、鈴が冷静に突っ込む。
 いや、盛り上がってるとこ悪いけど、別にそんな荷物じゃないしね。
「いいよ。別にそんな凄い荷物って訳でもないから」
 普通に断ったのに、男三人からは、まるで僕がもの凄く遠慮でもしたみたいな、仕方ない奴だ、的視線が送られてくる。
「大丈夫だ。俺に任せろ。なぁ理樹!」
 いや、そんなキラキラした目で言われても。
「俺とお前の仲で何を遠慮することがある。…理樹」
 いや、そんなじっと見つめられても。
「なんだよっ理樹は俺に頼もうと思ってんだよな!?だよな!」
 いや、そんな期待されても。
「こいつらウザいな」
 うわーバッサリだね、鈴…。
 まぁでも、折角言ってくれてるんだし…ていうか、断れない雰囲気だしね…。
「じゃぁ…恭介。小麦粉お願い」
「よし」
「謙吾は、砂糖頼めるかな」
「ふむ。いいだろう」
「真人は――え、えっと…キャリー…持ってって貰える?」
「おっしゃ!」
「ええと、じゃあお願いします…」
 頼んだ僕に、恭介が爽やかな笑顔で振り返る。
「もちろん理樹も来るだろ?」
「え?」
「何だ、頼むだけ頼んであとは知らんぷりか?そりゃないだろ」
「あ、ごめん…じゃぁ、ついてくよ」
 でも、ついていく意味ってあるんだろうか…。
 首を傾げる僕に、恭介が当たり前のように手を差し出す。
「ほら、…手、繋いで行くだろ?」
「え?」
「どうした」
「いや、あの…だって」
「理樹が困っているだろう、恭介」
 ずい、っと謙吾が僕と恭介の間に割って入る。そして、僕を見て微笑んだ。
「さ、理樹。お前の手は、俺が引いて行こう」
「いやいやいやっ!?」
「何だよっ俺だって理樹と手ぇ繋ぎてぇっ!」
「うわっ!?」
 真人が謙吾を押し退けて、身を乗り出すように僕に迫って来る。
 ちょっとーー!?
「こらこらお前ら。理樹と手を繋ぐと言ったら、俺しかいないだろ?」
 そして更に、謙吾と真人の二人を脇へと退けて、恭介が僕の前へ。
「俺と手、繋ぐよな?理樹」
「何を言う。理樹。俺では駄目か」
「俺だろっ理樹っち!」
 うーわーー!
 何て言うか、誰でも嫌かもっ…!
 そうだっ!鈴はっ…!
 縋るように鈴の姿を探す。鈴は―――あっさり帰る所だった。
 ちょっとーーー!?
「り、鈴っ!?」
「ごめん、理樹。あたしはここまでだ」
「え、なんで!?」
「こまりちゃんと約束があるんだ」
 視線を逸らしてちょっと頬を染める鈴。
「じゃ、馬鹿三人の事は頼んだぞ」
「えええええっ!?」
 悲鳴を上げる僕を置いて、無情にも鈴はチリンと去っていく。
 な、なんで…!?
 はっとして後ろを振り返ると――男三人が、僕を囲もうとしていた。
 それぞれから手が差し出されて――。
 さぁ、と選択を迫られる。
 だ、誰の手を選んでも、ロクでもない事になりそうなっ…!?
 い、嫌だ…僕は、僕はっ…!

「男とくっつきたいわけじゃなーーい!」



 ばちっと目を開いた――そこには、見慣れた自分の部屋。
「ゆ、夢っ…?」
 全身汗でびっしょりだ。そ、そっか…夢か…。
 ああ、なんかひどい夢見ちゃったな…。
 あれ――でもどんな夢だったっけ…。とりあえず、悪夢だったような…。
 まぁ、いいか…。悪い夢なら、忘れてしまうに限る。
 溜息を吐きながら、ベットから起き上がる。
 真人は――もう筋トレかな。いないや。
 時計を見ると十時を指していて、休みとはいえ、ずいぶん寝過してしまったと知る。
 着替えて、早速食堂に向かう。
 この時間だと、あまり人もいない。
 注意も払わず廊下を曲がり――出会い頭に何かに衝突した。
「うわっ!?」
「うはぁぁっご、ごめーん!って…ああっ理樹くんだーっ!」
「あ、葉留佳さん?」
 キャリーに荷物を積んだ葉留佳さんが、僕を見て嬉しそうに笑う。
 そして、ズイッとキャリーを僕に押し付け、言った。

「やはぁ〜理樹くんイイ所に!じゃ、これお願いネ!」







また繰り返す…何度でも繰り返す





あとがき
 お正月お年玉という訳で、多分誰も貰ってくれないフリー小説(笑)
 頑張って三人分書いたものの、恭介はすんなり書けたのに、やっぱり謙理は難しかったですねー!
 そして、予想外にすっごい楽しかったのが、真理っ…!やべぇっ楽しいよ真人っ!(笑)
 ノリだけで、一人だけちゃんとキスまで…びっくりだ…!
 配布終了ですっ。

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