Sweet Chocolate

 明日は二月十四日――バレンタイン。
 女子が男子にチョコレートを渡す日だ。勿論男の僕は貰う方であって、あげる方ではない――はず、だったんだけど…。
 
 
「理樹くーん。チョコレート溶けた?」
「あと少し、かな」
 何故か僕は、小毬さんと二人、家庭科室でチョコレート作りの真っ最中。
 ボールとヘラを手に、チョコレートを湯銭にかけていたりする。
 といっても、別に誰かに上げる為にとかじゃなくて、実はこれ…ホットケーキパーティーならぬチョコレートパーティー用の準備だ。
 小毬さんは皆を驚かせようと一人で準備していたらしい。そこに僕が偶然顔を出してしまった。
 家庭科室に入ったときは、小毬さんに「入っちゃだめぇ〜!」と怒られたけど、家庭科室からチョコレートの匂いと小毬さんの鼻歌が聞こえていれば、そりゃ覗いちゃうよ。
 でも一人で用意するのは大変だったらしくて、結局手伝うことになったんだ。
 最初は良く分からなかったけど、二時間くらい手伝っていたら、何となくやることがわかって来て、今は普通に分担作業状態だ。
「小毬さん、そろそろいいかな?」
「あ、うんっ。いいですねぇ〜!じゃあ、後のテンパリングは私がやるよー」
「そうだね」
 温度を上げたり下げたりするらしいけど…これは流石に僕にはまだよく分からない。
 代わりに既に計量済みの材料の方へ視線を移す。
「じゃあ、中に詰めるセンター作ってるよ。こっちに用意してある奴でいいの?」
「うん。じゃ、お願いしますね。あ、コーヒーはもうブランデーで溶かしてあるよー」
「これだね。分かったよ」
 まずは生クリームをミルクパンに入れて沸かす。その間にチョコレートを刻んで――。
 何か…自分で言うのもなんだけど、手馴れてきたかも。
 甘い匂いが辺りに満ちて、小毬さんの鼻歌が聞こえる。
 お菓子を作るのって、こんな感じかぁ…。意外に楽しいかもしれない。
 これを食べて、誰かが美味しいって言ってくれたら…うん、それは確かに嬉しいよね。
 チョコレートを刻みながら、楽しそうにお菓子を作る小毬さんの笑顔の意味が、少しだけ分かったような気がした。


 それから更に二時間後。
 もう夕食の時間もすっかり過ぎている中、小毬さんと僕は家庭科室の後片付けを終了させていた。
 チョコレートパーティーの準備は万全。もう先生に許可は貰っているとかで、作ったチョコレート菓子は準備室の方に片付けた。
 最後の方に少しだけ、全部僕が作ったチョコレートもあったりする。
「えっと…これで終わりかな?小毬さん」
「うん!終了ですっ」
「じゃ、解散だね」
 ちょっと疲れたけど、明日の事を考えると楽しい。皆びっくりするだろうなぁ…。
「寮に戻ろうか」
「あ、ちょっと待って。理樹くん」
 不意に小毬さんが、僕を呼び止め、包みを一つ差し出してきた。
「じゃぁ、はいこれ」
「え?」
「これ、さっき理樹くんが最後に作ったチョコレートだよぉ。だから、誰か…あげたいなぁって人にあげるといいよぉ〜!」
 明日のパーティーの分はもう十分っ!と微笑む小毬さん。
 …そっか。これ、僕が作った…。
 小毬さんの手伝い、じゃなくて、テンパリングも全部自分でやった奴だ。勿論小毬さんが作ったみたいに綺麗に艶は出なかった。
 でも、自分で作ったそれは――確かに想い入れがあって。気付けば僕は、包みを大事に抱えていた。
 学校を出て、小毬さんとはそこで別れた。
 それから寮へと向かう道すがら、――誰に上げようかと考えた。

 その時、僕の頭に真っ先に浮かんだのは…、

@
 恭介…。
A 謙吾…。
B 真人…。























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★Sweet Chocolate・恭介編


 うん…。明日、恭介に――あげよう…。
 小さな包みを手に、心臓が高鳴る。喜んでくれるかな。きっと…ちょっとだけびっくりするかな。
 でも、…つ、つきあってるんだし、いいよね?
 僕は、ドキドキしながら包みを胸に抱いて、寮へと急いだ。


          *


 翌日――夕食後。
 僕は、チョコレートをバックに隠して、恭介の部屋を訪ねた。
「恭介、いる?」
 ノックをして声を掛けると、すぐに扉が開く。現れた恭介は、僕を見るや柔らかく微笑んだ。
「理樹か。どうした?」
「や、特に用事はないんだけどさ。どうしてるかなって思って」
「取り敢えず入れよ」
「えと…お邪魔します」
 招かれるまま、部屋の中に足を踏み入れる。
 部屋の中には――チョコレートの箱が山積みになっていた。
「うわ…今朝より更に増えてるね…」
 恭介は毎年スゴイ量チョコレートを貰う。で、食べきれない分は鈴と真人にあげるのが毎年恒例だ。
 どうやらその仕分け中だったらしい。
 ……因みに恭介本人は、貰ったチョコレートは全部義理チョコだと思ってるらしいけど。
 明らかにどう考えたって義理とは思えないチョコレートがたくさんある。
 でも恭介は、床に積まれたチョコレートを振り返って、大して興味もなさそうに、ああ、と頷いただけだった。
 高そうなチョコとか、……手作りと思しき物もあるのに。
 その気合いの入ったチョコレートを見ていたら、自分の作った不格好な物を渡すのは気が引けてくる。
 一度戸惑うと、――渡すタイミングを逃してしまって。僕は所在無さ気に辺りを見回しながら、バックを自分の後ろに隠してしまった。
 恭介は気付かずに、仕分け作業に戻っていく。
「そういや、今日何かパーティーやるって小毬から連絡貰ったが」
「ああ、うん。そうみたい。あと…三十分くらいしたらかな」
「じゃ、それまでにこいつら片しておくか」
 恭介はビニール袋の中にチョコレートを仕分けしていく。
 鈴が好みそうな物を先に分けて、残りを自分と真人に分けるんだろう。
「…ねぇ恭介」
「ん?」
「…チョコレート、凄いね」
「そっか?毎年こんなもんだろ」
 そんなさらっと…。――あ、明らかに義理じゃないチョコレート発見。ってうわ、それ真人にあげちゃうんだ…。
 な、何か…見てるのが悪いような気がしてきた…。それでもやっぱり気になって見てしまう。
 皆凄いなぁ…。見ていたら落ち込みそうになってしまった。
 ……やっぱり、僕のを渡すのは止めようかな…。
 そんな事を思った瞬間、恭介が不意に顔を上げる。
「理樹も食べるか?」
 恭介が無造作に渡してくれたのは、僕が即席で作ったようなものとは到底比べ物にならない、透明なケースに入った手作りのチョコレートケーキ。
 きっと恭介の事が好きで、頑張って作ったものなんだろう――そう思ったら、何だか居た堪れない気持になる。
 同時に、自分の作ったものがひどく情けなく思えてきて。
 思わずバックの取っ手をぎゅっと握りしめる。こんなんじゃ…渡せないよ…。
「――理樹?」
「っ」
 はっとして、恭介を見ると、怪訝そうな顔がこっちを見ていた。僕は慌てて取り繕うように笑う。
「ん、僕はいいや。えっと…じゃ、部屋に戻るね」
 また後で、と告げて立ち上がろうとした。――その手首を、強く掴まれた。
 不意の衝撃にバックを取り落とし、身体がよろめく。
 そこを支えたのは恭介で――気が付けば僕は、恭介の腕の中にいた。
「っ…」
「悪ぃ。大丈夫か?」
「う、うん…平気」
「―――」
 恭介は、底の見えない目で僕を見つめ、それから抱き締める腕に力を込めてきた。
 とくりと心臓が脈打つ。
「きょうすけ…?」
「――理樹は」
「?」
 耳元に恭介の唇が寄せられる。それから、そっと…囁かれた。
「理樹は…くれないのか?」
 その言葉にドキリとなって、ついバックに視線がいってしまう。
 でも――だって、あんなのじゃ…。
 つい卑屈な気持ちなった僕を見透かすように、恭介が二っと笑う。
「別に――板チョコでも、チロルチョコでも…何なら”五円だよ”チョコでもいいぞ」
「あ、あのねぇ…」
 仮にも恋人にそれはないよ…。
「ま、ぶっちゃけ俺は理樹がくれるなら何でもいいんだが。――で、くれないのか?」
 期待に満ちた目が僕を見つめる。
 ああもう…この人は、ほんとに…。ちょっとだけ意地悪のつもりで、僕は恭介の言葉尻を捉えた。
「じゃあチロルチョコでいい訳?」
「ああ。…重要なのは、何を貰ったか、じゃないだろ?」
 恭介が目を細めて僕の顔を覗きこむ。
「誰から貰ったか、だからな」
「っ…!」
 意地悪のつもりが…何だか圧倒的に負けてしまった気分だった。
 でも――それが嬉しいのは何でだろう…。
 恭介に抱きしめられながら、床に落ちたバックを引き寄せる。
 色んな凝ったチョコレートを見た手前、やっぱり気は引けたけど…チロルチョコよりは、いい、よね。
「…じゃあ、はいこれ…」
 照れ臭くて、恭介の方は見ずに包みだけを押し付ける。
「――開けていいか?」
「いいけど…」
 ガサリと包みの開けられる音。それに焦ってしまって言い訳めいた台詞が勝手に口をつく。
「き、期待しないでよ?下手くそだから。初めてだったし、勝手が分からなくて…」
「――理樹。これっ…手作りか…!?」
 恭介の驚愕した声が、僕の言い訳を遮った。そして次の瞬間、痛いほど強い抱擁を受ける。
「っ恭介?」
「理樹…マジで嬉しい…」
「そ、んな大したものじゃ…見た目だって悪いし」
「あのなぁ…お前、俺が今どれくらい喜んでるか、分かってないだろ」
 囁くように告げて、恭介はそっと僕の耳朶にキスをした。頬と眼尻にも。
 それから二人で見つめ合って――。
 恭介はホントに嬉しそうな、幸せそうな笑顔だった。それを見たら、僕まで嬉しくなった。
「な、理樹。これ食っていいか?」
「うん」
 僕が頷くと、恭介は包みから一つチョコレートを取り出して、口に放り込む。
 …味…どうかな…?思わず心配になってしまう。
「えっと、…どう?」
「――美味い」
 一言だけの最高の賛辞だった。そのまま恭介は蕩けそうな笑みを浮かべる。手が伸びてきて僕の顎を捉えた。
「理樹も…味見するだろ?」
「え…ぁ――んっ…」
 唇が、重ね合わされる。開かれた唇の間から、舌が入り込んでくる。
「んんっ…ぅ、ん…」
 チョコレート味の、甘い――甘い、キス。
 滴るような水音の合間にも、甘い匂いと味がまとわりついて。
「ん、…んっ…は…」
「理樹」
 恭介がチョコレートの包みを床に置いて、手を僕の後頭部に回してくる。
 隙間なく重なる唇同士。
 恭介の舌が、口内を蹂躙していく。絡めとって擽って――深い口づけに、ゾクゾクと背筋が泡立つ。
「…ん、ふ…ぁ…」
「チョコより甘いな…」
「っ」
 カッと頬に熱が集まる。
 恭介の手が――背中に降りてきて。
「――理樹」
「っ…ちょ、と待って…!」
「ん?」
「あ、あと少しで、ほら、小毬さんのお菓子パーティーだよ」
「そういやそうだったな」
 存外あっさり頷いて、恭介が僕から離れる。
 あ、危ない危ない。何か、このまま…みたいな雰囲気だった…。
 上がってしまった心拍数を、深呼吸で落ち着かせる――はずが、不意に首筋へと伸びてきた手に、再び心臓が跳ね上がる。
 振り向く前に、首の後ろへ濡れた感触が押しつけられた。
「っ!?」
 ちゅっと音を立ててキスされて、首を竦めてしまう。
「恭介っ…!」
「ん?」
「いやいや、だから、ん?じゃなくてさ!…さっき言っただろ、パーティー…」
「心配するな。ちゃんと――遅れるってメールしといたからな」
 ああそれなら…ってえええぇぇ!?
 恭介はそのまま僕を後ろから抱き締める。
「ちょ…で、でもっ…せっかく、お菓子…ぁ」
「お菓子より――理樹が食いたい…ってのは、ダメか?」
「っ…ん、ぅ…!」
 ”ダメか?”――なんて、さも僕の了承を取ってるようだけど…。
 実際には、恭介の手は既に、傍若無人に僕の身体を翻弄し始めていて。
「あ、ぅ…はっ…」
「マジで可愛い…理樹」
 その甘い声と、抱き締める熱い腕に、身も心も蕩けてしまう。
 チョコレートの甘い匂いも辺りに満ちていて………ふと脳裏に、湯煎にかけて溶かしたチョコレートが思い浮かぶ。
 今恭介に溶かされている僕は、まるで昨日のチョコレートのようだと思った――。

 甘い――甘い、チョコレートみたいな時間…。






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★Sweet Chocolate・謙吾編


 そうだね、謙吾にあげよう。きっと他にも沢山もらうだろうけど…でも、きっと僕があげても喜んでくれそうな気がしたから。
 うん。別に僕があげたっていいよね。
 これあげたら、謙吾…どんな顔するかなぁ。ちょっと楽しみだ。
 僕は、わくわくしながら部屋に戻った。


          *


 翌日――昼休み。
 真人と鈴は先に学食に行って、謙吾と僕はまだ教室に残っている。
 当然というか、一応リトバスメンバーの中では一番女子にモテる謙吾は、既に鞄に入りきらない程のチョコレートを貰っていた。
 でも…なんというか、今年はいつもより少ない気がするけど。
 そう思った時、教室に他のクラスの女子が入って来る。そしてまっすぐ謙吾の所へ。
 これは――。
「あ、あのっ受け取ってください!」
 謙吾の前にチョコレートを差し出す女子。
 うわ…勇気あるなぁ…。こんな教室の真ん中で…。まぁ、謙吾は礼儀として受け取るだろうけど――。
「――それは、義理か?」
 え?
 思いもしない謙吾の返答に、僕の方が驚いてしまう。女子の方も驚いていた。
 謙吾は義理チョコも本気チョコもクールに受け取ってしまうのが、今までだったから。
 それで付き合うとかいう話になる訳じゃないけど、気持ちだけは汲む――謙吾はそういうスタンスなんだと思っていたのに。
 戸惑う女子に、謙吾は目を伏せて静かに告げる。
「義理ならばありがたく頂こう。だが、そうでないなら…受け取れん」
 その女子は逡巡してから、義理だと答えた。…きっと違うだろう。
 謙吾だって分かっているだろうけど、でも、義理ならば、と言って受け取った。
 女子は泣きそうな、諦めたような顔で去っていく。それを見送ってから、僕は謙吾に話しかけた。
「ねぇ謙吾」
「ああ、理樹。何だ?」
「チョコレート…義理なら受け取る、って」
「うむ。今年から――義理以外は受け取らない事にした」
「え、何で?」
「―――」
 きょとんとなった僕に、謙吾は何とも複雑そうな顔を向ける。
 少しだけ困ったようなそんな表情。
「まぁ…そうだな。なんと言うべきか…」
「去年までは全部受け取ってたのに」
「――今年からは、……本気のチョコを貰うのは、唯一人と決めている」
 言って、謙吾はひたりと僕を見つめてくる。
 ――って、えっ僕っ!?
「け、謙吾?」
「理樹。俺は…お前以外からの本気チョコは受け取らん!」
 うわっ言いきった!
 思わず辺りを見回してしまう。…もう結構お昼に出ていて、人は少なかった。
 それでもいないわけじゃない。焦って、小声で謙吾を咎めた。
「声、大きいよっ…」
 何と言うか…僕と謙吾の関係は凄く微妙なんだ。恋人とかじゃないけど、多分友達…でもなくて。
 僕自身もよく分からない。でも謙吾と一緒にいたいのは本当で――今みたいな言葉に嬉しくなってしまうのも、確かなんだ。
 だから、強く非難や否定ができない。
 戸惑う僕に対して、謙吾は静かに笑みを浮かべただけで、別段それを悪いと思ってる節はない。
 ……そう、だよね。
 別に、悪い事をしてる訳でも何でもない。ただ――僕が、臆病なだけで。
 周りにどう思われるか、とか…そんな事を気にしてしまって。
 生真面目で――澄み切った謙吾の目は、いつも真っ直ぐだ。己に恥じる事のない気持なら、何を隠す事がある――そんな自信に満ちた顔。
 不意に謙吾が僕を見た。突き通すような視線に訳もなく緊張する。
「理樹」
「な、なに…?」
「――お前にこれをやろう。…俺の気持ちだ」
 差し出されたのは――チョコレート…?
「え、僕に…?」
「うむ。その名もリトルバスターズチョコレートだ」
 うわあ…きっとあのジャンパーに描かれてた猫型のチョコだろうなぁ…。
 相変わらず器用だ…。
「さて、と。では俺達もそろそろ学食に行くか」
 謙吾はそう言って、席を立つ。――チョコレートがほしい、とは言わない。
 先刻の、僕以外から本気チョコは受け取らない宣言は、きっとホントで――でも謙吾は、それをくれ、とは言わない。
 あくまで、僕が渡したくなった時でいい――そういう事なんだと思う。
 謙吾は、優しい。凄く…優しい。
「どうした、理樹。置いてくぞ?」
「――謙吾」
 教室を出ようする謙吾の袖を、きゅっと握って引きとめる。
「ちょっと、待ってて」
 怪訝そうに振り返る謙吾に、そうとだけ告げて、僕は自分の席に戻る。
 机の中にしまっていた、チョコレートの包みを手に取る。
 うん…。謙吾に、あげよう。
「謙吾」
「どうした?」
「これ――あげる」
 近づいてきた謙吾の目の前に、僕はチョコレートを突き出した。
 謙吾の目が、見開かれる。
「理樹、これは――」
「ぎ、義理…じゃ、ない、よ…」
 つい勢いで、そんな事を口走ってしまう。
 ああ、何言ってるんだろう…!
 謙吾は、まるでガラス細工でも触るかのように、そっと――慎重に、僕の手からチョコレートを受け取った。
「――貰って、いいのか…?」
「も、貰ってくれないと困るよ…」
「――そうか…そうかっ…!」
 それっきり言葉を発する事なく――謙吾は、見たことも無いほどの、物凄く幸せそうな笑顔を浮かべていた。
 やがて、無骨な手が恐る恐る僕の手を握った。
「すまん、理樹」
「え?」
「肝心な時に、…言葉というのは出てこないものだな」
「そ、そんな大したものじゃないってば」
「いや。――義理じゃないと、言ってくれただろう。それだけでもう充分に大した事だぞ」
 う…。まぁ、それはそうかもしれないけど…。
 紅潮する頬を誤魔化すように、僕は包みを指さす。
「それ…た、食べてみてよ」
「いいのか?では早速頂こう」
 謙吾は嬉しそうに包みを開ける。そ、そんな喜ばれると――何て言うか、更に照れ臭くなってくる。
「ほう…もしや手作りか?」
「う、うん」
「貰うぞ」
 チョコレートが、謙吾の口に消えていく。
 それから浮かんだ笑みに、何も言わなくても――美味しいと思ってくれた事が分かった。
 良かった…。
「凄く美味いぞ、理樹」
「ありがと…。あ、でも…ちょっと謙吾には甘かったよね?」
 そしたら謙吾は、笑って言った。
「いや…そうでもない。俺にとって一番甘いのは、チョコレートじゃなくて、理樹と過ごす時間だからな」

 ロマンティック大統領はやっぱり健在。
 ――確かに、謙吾と過ごす時間は、チョコレートより甘いかもしれない――。








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★Sweet Chocolate・真人編


 そう、だね。まぁ…真人にならあげてもいいかな。
 ……べ、別に恋人とかって訳じゃないけど。でも真人なら喜んで食べてくれそうだし。
 いやどうだろう…喜んで――…一生大事にするとか言って食べずに保管しそうな気もしてきた。
 まぁ、とにかく明日真人にあげるならこれはしっかり隠しておかないと。
 夜中に腹空いたとかいって、たまに部屋の中で食糧探すからなぁ…。見つかったら絶対食べられちゃうよ。
 暑くもないのに上着を脱いで、それでチョコレートを隠し、僕は注意深く部屋に戻ったのだった。


          *


 翌日――朝。

「…あのさ、真人」
「お?何だ?」
「昨日ここに置いといたチョコレート、知らない?」
 案の定というか…。昨晩苦労して隠したチョコレートは、今日の朝同じ場所には無かった。
 真人が、その場所をじっと見て、それから哲学者みたいに難しい顔で腕を組む。
「それはきっとアレだぜ。どこかの筋肉さんが糖分補給地点にたどり着いたと思って、思わず摂取しちまったんじゃねぇか?」
「つまり夜中にお腹が空いて真人が食べたんだね?」
「――そうとも言うかもしれねぇな」
「そうとしか言わないからっ」
 ああもうっ折角人が苦労して作ったのにっ。…別に真人の為じゃないけどっ…。
 知らず不機嫌になってしまったらしく、真人が急に萎れた表情で頭を掻く。
「つい、腹空いてよ…。悪ぃ。えっと…おんなじの買ってくっか?」
「いいよ…同じの買ってくるのは無理だから」
「なんでだよ」
 きょとんと真人が僕を見返す。
 うーん…まぁ食べちゃったものは仕方ないよね。もともと真人にあげるつもりだったんだし。
 だから僕は素直に理由を吐露した。
「あれ、昨日僕が作ったんだ」
「――へ?」
「今日バレンタインだし…あ、でもどうせ真人にあげようと思ってたから、いいんだけどね」
「り、理樹が、作ったのかよっ!?し、しかも俺にって」
「うん。だからもう気にしなくていいよ」
「きっ…気にするに決まってんだろーーっっ!?」
 目を皿のようにして驚きながら、真人が絶叫する。
「うぉぉぉぉぉっ折角理樹が俺の為に作ってくれたってのに俺って奴はよぉぉっっ」
「や、あの、そんな叫ぶと部屋の外に聞こえ」
「理樹がっ理樹が俺の為にバレンタインのチョコレートを俺の為に手作りしてくれたってのによぉぉぉぉぉっっ!」
 うーわーっ!
 そ、そんな”俺の為”とか連呼しないでほしいんですけどっ!
 真人にあげようと思っただけで、別に真人の為に作ったわけじゃ…。
 そりゃ……確かに、真人なら美味しいって言ってくれるかな、とか…それくらいは作ってる最中考えたけど…。
 でもそれだけだし。
 などと僕が考えている間も相変わらず雄叫びをあげる真人。
「ちょっと…静かにしてよ、真人」
「けどよーけどよぉっ!せっかく理樹が俺の為にっ」
「わ、わ、っちょっと!」
 だからそんなに連呼しないでってばっ。
 どうしよう、放っておいたら教室でも叫びそうだ。ええと――ええと――。
「理樹がよぉっ俺の為にっ」
「分かったよっ分かったから!そうだ、えっと、また作ってあげるからっ」
「なにっ!?」
 物凄い勢いで真人が僕を振り返る。
「ね、だから静かに…」
「おっしゃーっ!理樹が俺の為にチョコレート手作りしてくれるぜぇぇっ!」
 うわー逆効果っ!?
 ああもう……そんなに騒いで…。
「真人ってば」
「おうっ!な、理樹!大好きだっ」
「っ…」
 たまにっていうか、結構頻繁に言われてるけど。
 でも、そういうセリフを何の臆面もなく言える真人って――ある意味凄いよ…。
「理樹は…どうだ?」
「え?」
「好きか?俺の事」
「―――」
 ど、どう答えろと!?そりゃ嫌いじゃないけどさっ。
 迷った挙句、僕が返したのは無難というか――曖昧な返事だった。
「き、嫌いじゃないけど」
 それを聞いた真人が神妙な顔で腕を組む。
「そいつは――好きって事か?」
「……そうとも、言う、かもね…」
「マジかっ!」
「う、まぁ…」
「理樹、俺の事好きなのかよ?」
 うう…これ以上何を言えってのさっ。迫って来る真人から、逃げるように視線を逸らす。
 途端、肩を掴まれた。力の差は圧倒的だ。真人に掴まれたら、僕には逃げるなんて出来っこない。
「な、なにさ…」
「理樹」
 珍しく真面目な顔で、真人が僕を見据える。
「俺ぁよ、理樹が好きだ」
「う、うん…」
 それは――知ってる。これだけ何度も言われれば、嫌でも分かるよ。
「でよ…理樹が俺を好きになってくれたらよ――そいつはすげぇ嬉しい」
「うん…」
「な、理樹。俺の事、好きか?」
「――」
 答えようとして、言葉を飲み込む。
 そりゃ、真人の事は好きだよ。好きだけどさ。
 だから、返したのはやっぱり無難な答え。
「嫌いじゃ、ないよ…」
「んー。そっか」
 真人は一つ大きく頷くと、満面に笑みを見せた。
「ま、そんでもいーや。取り敢えず理樹に嫌われちゃいねぇって事だもんなっ」
「えっと…ごめん」
「何で謝んだよ。嫌いじゃねぇって事は、好きって事だろ」
 え、そうなるの!?
「理樹は俺が好きだから手作りチョコくれんだろ?」
「…え、と」
 そ、それは…確かにそうなんだけどっ!
 言葉に詰まってしまった僕に、真人はてらいない笑顔のまま。
 その邪気のない笑みに、意地を張るのも馬鹿らしくなってくる。
 真人が振り返っていつもの笑顔で、いつもの大声で言う。
「な、理樹。大好きだ」
「うん」
 僕も――だよ。
 でもそれは心の中にしまっておく。
 言ってしまうのは、まだ何だか不安だから。
 まぁ…その内に、ね…?






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あとがき
 うわー14日間に会わなかったしっ…!いやまぁ…ついさっき15日になったばかりですが…。
 ホントは第四の選択肢、バイオ田中があったんですが…ばっさりカット(笑)
 ま、単なるギャグなので、良しとしましょう。いや…ホント忙しい中書いちゃうと…読むに耐えんです…。
 真人編が特に…不満だらけで…。まぁ、この辺はおまけってことで大目にみてくんさいっ…!誤字脱字もきっと凄いはずっ…!
 今度はちゃんと余裕のある時に書きます…。そしてまた、鬼忙しい仕事に戻りますー…。

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