口先の魔術師


 これはまだ、リトルバスターズ達が小さかった頃の話。
 非常に仲の良かった彼らの間では、お泊まり会が頻繁に行われていた。
 今日も今日とて、棗家に泊まる事二日目。木曜から理樹をはじめ真人謙吾も含めての宿泊会だ。
 本日土曜日は、朝早くから恭介に連れ出され全員でサッカーだの野球だの。そんな中、少々疲れを感じた理樹が一人休んでいた所に、ちりんと忍び寄る一人の少女。
「理樹」
 猫のように足音も立てず、鈴が理樹の傍に寄ってくる。
「どうしたの?鈴」
「あたし、きょーすけをダマしてみたい」
「――は?」
 突然のセリフに、理樹は目を丸くする。こっそり近づいて来たと思ったら、いきなりの提案である。
 だます?恭介を?
「…ムリじゃない?」
 正直な感想がするりと滑り出る。しかし、鈴も予想はしていたようで、眉間に皺を深く刻むばかりで、否定はしない。少しばかり考え込んだ後、偉そうに腕組みして理樹を見る。
「理樹、どーにかしろ」
「ええっ。いやいや…そんなのできないよ。それに、どうして突然そんな話なの?」
「だって、四月一日だぞ」
「――あ…」
 言われてみて、理樹は成る程と納得した。
 四月一日はエイプリルフール。毎年毎年すっかり忘れて、恭介だけが皆を騙すという展開が恒例となりつつあったのだが…。
「そっか…今日って四月一日なんだ…」
「うん。今朝居間のカレンダーを見たら、花丸が付けてあった。きっと、きょーすけが忘れないように付けたんだ」
 だが、その肝心の恭介は忘れているのか、今はサッカーに夢中だ。
 鈴はちょっと得意そうに胸を張る。
「いつもきょーすけにばっかりダマされるのはシャクだからな。今年は、あたしたちがダマしてやろう」
「それはいいけど…でも、恭介をダマすのはむずかしいよね。…謙吾と真人にも知恵かしてもらおうよ」
「あいつらに知恵なんかないぞ?」
 極々真面目にそう返す鈴。あはは、と苦笑しつつそれでも理樹は、どうせなら皆一緒の方が心強いと、その夜、鈴と共に二人の元を訪れた。


「恭介をダマすのかよっ!すげぇな…」
「まぁ…がんばれ」
「ほらな?知恵なんかない」
「いやいやいやっ!協力してよお願いだからっ。鈴もあっさりあきらめないでよっ」
 恭介がお風呂に入っている隙を狙って謙吾と真人を捕まえたものの、二人は最初から傍観者のノリである。
 早速内部分裂しそうな中、理樹は慌てて三人をまとめようと言い募る。流石に、鈴と二人だけで恭介を騙す、というのは相当な勇気が必要だ。
 確かに恭介は理樹と鈴には根本的に甘い。しかしだからと言って、騙しても何の咎もない、とは言い切れない。だが、皆一緒ならどうにかなりそうだ。
 つまりは、赤信号も皆で渡れば怖くないという心理だった。
「大変かもしれないけど、たまには僕らだって、恭介をびっくりさせたくない?ね?」
「ふむ。……それは思わなくもないが」
 理樹の必死な様子に心を動かされたのか、謙吾が僅かに協力の意を示す。真人の方は特に問題もないようで、おそらく計画を立てるのは自分以外の三人に任せる、という考えらしい。
 ほっとして、理樹は最も頼りになりそうな謙吾へと向き直る。
「じゃあ、どうしよっか…?」
「そうだな…手っ取り早く、理樹か鈴が事故にでもあった事にするか?」
「うーん…でもそれだと、びっくりさせるっていうより、心配かけちゃうだけのような…」
「む。冗談としても笑えないしな」
「もっとこう、後でなーんだ、って笑える位のウソがいいんだけど…けっこうむずかしいね」
 そのまま二人で考えこむ事しばし。
 結局思いついた事といえば、四人がそれぞれ恭介をびっくりさせるような嘘をつく、という実に無難なものだった。
 それでも、恭介抜きのミッションなど初めてだ。
 四人は早速クジで順番を決め、そうして、『第一回!エイプリールフールで恭介をびっくりさせよう大作戦!』が開始されたのだった。


          *


 戸口から、そっと居間の様子を窺ってきた鈴が、四人の元に戻って来る。
「現在、たーげっとは居間でマンガを読んでるさいちゅうだ!」
「よっしゃ、じゃ、まずは俺が行くぜ!」


『第一回!エイプリールフールで恭介をびっくりさせよう大作戦!』

 一番手――真人の場合。
「よ、恭介!聞いてくれよっ」
「何だよ」
「実はな――俺、謙吾に勝ったぜ!」
「へぇ」
「――びっくりしねぇのか?」
「ん?だって嘘だろ?」
「うぉぉぉぉバレたぁぁぁ!?」

 真人――ミッション失敗。
「す、すまねぇ…」
「仕方ないよ、相手は恭介だもん」
「ふん、情けない奴だ。では、次は俺だな」


 二番手――謙吾の場合。
「恭介。ちょっと話があるんだが」
「何だ?」
「実は――俺はお笑いの道に目覚めた!ついては、これからボケ一本で行こうと思うのだが、どうだろう」
「いいんじゃないか?」
「――――。…い、いいのか…?」
「ま、お前実は結構ボケキャラも入ってるからな。別に止めないぜ?……本気で目指すならな?」
「くっ…」

「嘘はバレたようだ…」
「だね…」
 謙吾――ミッション失敗。
「うーみゅ。敵はてごわいな。でもだいじょうぶだ!あたしに任せろっぜったいビックリさせてやる」
「鈴、がんばって!」


 三番手――鈴の場合。
「おい、きょーすけ」
「どうした」
「あたし実はな…猫より犬の方が好きなんだっ!」
「……。じゃ、次からは犬を連れて来てやるな」
「うにゃっ!?っ…い、いや、やっぱ猫がいい……」
「そっか」

 鈴――ミッション失敗。
「て、てごわかった…」
「やっぱ恭介相手にだますってのはムリじゃね?」
「厳しいのは確かだな」
「最後は僕かぁ…失敗したらごめんね?」


 四番手――理樹の場合。
「恭介…今いい?」
「ん?どした」
「あの、あのね…実は僕……謙吾の許婚にされちゃったんだっ!」
「なにぃぃぃぃっ」
「って謙吾が驚いちゃダメだからっ!」
「謙吾のイイナズケって何だよ理樹っ!?てかイイナズケって何だ?」
「こいつバカだ!」
「ああもうっ…みんな落ち着いてよぉぉっ!」
「……大丈夫か?お前ら」

 三人の乱入により、理樹――ミッション失敗。


 こうして四連敗を余儀なくされ、四人はガックリ項垂れた。それを見ていた恭介が、不意に口を開く。
「お前ら、もしかして…俺をびっくりさせようとしてたのか?」
 こうなると最早隠しようはない。四人は揃って小さく頷いた。
 その様子に恭介が不思議そうに首を傾げる。
「どうしてだ」
「あたしが、理樹にきょーすけをダマしてみたいって持ちかけたんだ」
「僕も、エイプリルフールだし…たまには、って思って」
「よく分かんねぇけどよ、俺らもダマす側に回ってみてぇって思ってよ」
「俺達は、いつも騙される側だったからな」
 四人の言葉を聞いた後、恭介は、はぁ、と一つ溜息を吐いた。
「あのなぁ、お前ら。……今日は四月二日だぞ」
 しばし沈黙。
 そして。
「「「「ええぇぇぇぇぇーーっ!?」」」」
 四人分の驚愕の声がハモる中、恭介は呆れたように全員の顔を見回す。
「何だ、マジで誰も気付かなかったのか?」
「で、でも恭介。鈴がちゃんとカレンダーで…」
「アレだろ?居間の奴とか部屋の奴だろ?…それなら、俺が一週間くらい前から、全部一日ズレたのに換えておいた」
「はぁ!?」
 今度呆れた表情を浮かべたのは理樹達の方だった。それに対し恭介は、フフンと得意そうに鼻を鳴らす。
「結構大変だったんだぜ?知り合いのパソコン得意な奴に頼んで、一日ずれのカレンダー作ってもらったりな」
「つまり――どーゆー事だ?」
 未だ事態を理解できない鈴が茫然と呟けば、恭介は、例によって例の如く、してやったり、な笑みを浮かべて告げた。
「つまりお前らは、昨日見事に四月一日を三月三十一日と思い込んで、俺に騙されてたって訳さ」


           *


 そして――翌日。
 珍しく寝坊しているらしい恭介を除いた四人は、一足先に棗家の食卓に着いていた。
 割合食事の支度が自由な棗宅では、たとえ客人と言えど、泊まれば食事当番が回って来る。
 本日の当番は理樹。メンバーの中で多分一番料理が上手いのが理樹だ。故に、理樹が当番の日は、真人も謙吾も鈴も全員が早起きする。
 お腹を空かせつつ、暇を持て余した鈴が、何の気なしにテレビのスイッチをオン。
『――をお伝えしました。では、次は天気予報です』
 ニュースキャスターの顔が消え、天気予報に画面が切り替わる。
 やがて、それを見ていた鈴が首を傾げた。
「なぁ、理樹」
「なにー?」
「どうして、昨日の天気予報をやってるんだ?」
「…え?」
 
 今日が四月二日だと知った幼馴染達が、リーダーの部屋に殴り込みを掛けるまで、あと――数秒。
 
 
 
 
 
 
 

あとがき
 そして、部屋に突入すると、変わり身の毛布人形と「今年も騙されたろ?」の垂れ幕(笑)。
 きっと恭介の事なので、来年は本当に全部カレンダーの日付をずらして騙す。
 携帯を持ってないくらいの年齢なので…いくつでしょうね?小学生?幼馴染組が大好きなので、…たまにはこんなのもね!

<<BACK △topページに戻る。△