折れた心

 抱き締めてやりたかった。
 抱き締めてはいけなかった。
 
 泣くな――泣くなよ、理樹。
 分かってる。
 分かってるから…。
 伸ばせない腕を憎悪し、けれど歯を食い縛って耐えた時、衝撃が走った。
 ――俺の胸に、理樹が飛び込んできた。
 泣いていた。縋り付いて、泣いていた。
 ――何を、やってる…。
 何をやってるんだ。
 やめてくれ。
 やめろ泣くなっ…やめてくれ!
 
 『抱き締めてやればいい』
 『もういいじゃないか』
 『理樹は頑張った』
 『もう十分だろう』
 『もういいだろう?』
 『俺だって頑張った』
 『皆も頑張ったじゃないか』
 『だからもう』
 
 違う違う違う!
 全て無駄にする気か!?
 駄目だっ…!
 まだ、まだ諦めるな。
 まだ心は折れてない。
 だったら――。
 
 『鈴の心は折れたぞ』
 『理樹の心は?』
 『自分の心が折れないだけで、全てが上手く行くとでも?』
 『この上理樹の心まで壊れたら――どうする気だ?』
 
 そんな事は無い!そんな事はさせない!
 俺が――俺が理樹を…!
 
「きょうすけ…」
 
 その時、舌足らずな泣き声が、俺を呼んだ。
 ――最悪な、タイミングだった。
 
 抱き締めた身体は、壊れそうに細く、――麻薬のように、俺から正常な思考を奪った。
 
          *
 
 決意も意志も目的も――意味を成さない。
 俺の心を、俺の身体が裏切った。
 ああそうか。これはもう条件反射だ。考えるなんて、無意味だったんだ。
 だったら仕方無いじゃないか。
 他でもない俺自身が、全てを裏切ったんだ。
 理樹の身体は、細くて華奢だった。
 そんなのは当の昔に知っている。
 いつだって、抱き締めてやりたい時に抱き締めていたから。
 けれど――そういえば、随分と長い間それを我慢していたんだったな、と思い出す。
 耐えていた分の衝動は大きかった。
 思う存分抱き締めて――それでもまだ足りない。
 足りないんだ、理樹。
 抱き締めるだけじゃ、足りない。
 その渇望が、その飢餓が、肉欲を伴う情動に摩り替わる。
 笑えるほど容易く。
 別に、いつもお前をそんな目で見てたわけじゃない。
 まぁ確かに――そんな風にお前を見ちまった事も、何度かある。
 だけどそれは、こんなリアルな感覚じゃなかった。
「きょうすけ…」
 何も知らない無垢な泣き顔が、俺を見上げてくる。
 涙に濡れた頬を、両手で包んでやる。
 ――全く、お前は……。
 そんな無防備でいいのかよ。
 俺を見つめたまま、理樹の唇が薄く開く。
 何か言おうとしたのかも知れない。
 だがその前に――俺は、理樹の唇を塞いだ。
「んっ…!?」
 俺の腕の中で、小さな身体がビクリと震える。
 理樹の後頭部に腕を回して、更に深く唇を重ねた。
 歯列を割って、口内に舌を滑り込ませる。
 怯えた様に逃げ惑う小さな舌を吸い上げて、舌と舌を絡ませる。
「ぅ、…んっ…っ!」
 弱々しく理樹の手が俺の胸を叩く。
 俺は、ゆっくりと唇を離してやった。
 涙に濡れた瞳には、驚きと困惑と――怯えが色濃く滲んでいた。
「きょう…すけ…。な、んで…?」
「――分からないか」
「わ、分かんないよ!…こ、こんな事っ…」
「理樹。お前は――弱いまんまだな」
 縋って、懐いて、甘えて。
 甘やかしている内はくっついてくるのに、そこに代償を求められれば、怯えて逃げ出す。
 知ってたさ。
 お前が怯えて逃げ出さないように、俺がずっと守ってたからな。
 だけどこの手はもう、お前を守らないぜ?
 俺に怯えても逃げ出せないように、お前をずっと拘束するだけだ。
 この手は世界を閉じた。
 お前を閉じ込めるために。
 心は折れた。
 翼は折れた。
 もう誰も飛び立てない。
 
 
 なぁ理樹。
 お前はもう、俺の胸に縋るしかないんだ――。
 
 
 
 
 
 

あとがき
 BADENDです。激しく女性向け。この後はエロエロな展開になるはず…だけど、ss初心者なので断念
 ちなみに、恭介BADENDは私の中では何個もあります(笑)
 鈴BADENDで、強く生きると逃げるの選択で、逃げるを選択した場合、とか。
 …需要あんのかこれ…。まぁ自己満足だし!

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