閉じた世界 / side KYOUSUKE

 逃げるのか。――また、逃げるのか。
 お前はいつもそうだな。いつまで経ってもそうだ。
 弱くて弱くて、ずっと弱いまんまだな。
 見ろ。鈴だってあんなに強くなった。なのにお前だけ、弱いままだ。
 かよわいな。本当にかよわい。
 お前が強く生きるとさえ言えば――鈴の壊れた心も、治せるはずだった。
 ああそうさ。お前が治すはずだった。そうやって二人で強くなるはずだったんだ。
 なのに――どうだ。お前の弱さときたら、俺の想像を超えたぞ?
 ははっ。愉快じゃないか。凄いよ、お前は。
 本当に俺なしじゃ生きていけないんだな。俺がいなけりゃ、息も出来ないんじゃないのか?
 ――そうか。お前は本当に俺のものなんだな。俺だけの。
 可愛いなぁ、理樹は。本当に可愛いぜ。抱き潰したい程可愛い。
 そんなにお前が俺のものだというなら――だったら、もういいか。
 もういいよな?
 もう十分だろう。これ以上頑張ったって無意味だ。
 心配するな。お前以外は皆眠らせておいてやるよ。あいつらは俺のものじゃないからな。
 だが理樹、お前は別だ。
 お前は――俺のものだろう?
 
          *
 
 永遠に子供でいていい。一生俺が守ってやる。今が楽しけりゃそれでイイだろ?
 ――なのに理樹は、時々思い出そうとする。
「ねぇ恭介。前にもこんな風に遊ばなかった?」
「そうか?」
「何か変なんだ。…僕がおかしいのかな?」
「別に、お前はおかしくないさ」
「うん…。あのさ、変な事聞くけど、今日って――」
 何日だった?――分かるよ、理樹。そう言おうとしたんだろう。
 だがその前に、俺は眠り病をけしかける。この世界は俺の思うままだ。
 目の前で崩れ落ちた理樹を抱き寄せる。小さくて軽い身体。細く華奢な手足。
 あどけない寝顔。頬に落ちる睫毛の影。浅く上下する胸。
 この世界には、俺と理樹しかいない。俺は理樹をどうにでも出来る。その心も身体も。
 理樹の全てが俺のものだ。俺だけの。
 目の眩むような甘い衝動が突き上げる。
 ――俺は、理樹に欲情してるのか。
 そりゃそうか。いつだって、俺はずっと――お前が欲しかったんだから。
 俺は欲しいものを手に入れた。だったら、もう我慢しなくていいよな?
 俺のものにしていいんだろ?好きにしていいんだろう?心も、身体も、全て。
 
          *
 
「っ、アっ…きょうすけっ…!」
 縋るように俺を呼ぶ声。
 そうだ。もっとだ。もっと俺に縋ってこいよ。これ以上無いほどに。
 お前だけが俺を満たす。お前のその弱さこそが、俺を悦びに導く。
 分かるか理樹。俺が今どれほどの悦びに満たされているか。分からないだろうな。
 だがそれでいい。お前は自分こそ咎人だと思ってるだろう。
 そうだな――もしお前に咎があるとするなら、この俺に『理樹』という快楽を与えたことだ。
 お前は俺の所に逃げ込むべきじゃなかった。か弱い兎が、狼の懐に逃げ込むなんてな。
 だけど理樹。お前は今幸せだろう?
 俺に支配され、俺に求められ、俺に――愛されて。
「はっ…ん、ぅっ…!」
「理樹…愛してる」
「あ、アァっ…きょう、すけぇ…!」
 イイ声だ。それだけでイっちまいそうな位。
「もっと鳴けよ、理樹」
「ん…ぁっ」 
「マジで可愛いぜ…っ」
 最初は痛がって、抵抗もしてたのにな。今じゃお前も感じて、よがってるもんな。
 気持ちイイだろ。好きだよなぁ…ココとか。
「ひっ…!」
「――イイだろ」
「ャっ…やだっきょうすけっ…!」
「嘘吐くなよ」
 ちょっと突いてやれば、もう我慢出来ない癖に。ほら、感じまくってるだろ。
 
 初めて抱いた時、お前は泣いてばかりだったな。
 可哀相だった。俺にも余裕はなくて、優しくなんかしてやれなかったからな。
 だが、後悔なんてない。
 何でもっと早く、こうしなかったんだろう――そう思ったよ。ずっと前から、俺は理樹にこうしたかったのに。
 何を我慢していたんだろうってな。
 この手でお前に触れて、その身体を貪って初めて、俺は知ったんだ。
 自分が、どれほどの欲望を抱え込んでいたか。
 理樹。
 お前が欲しくて、欲しくて――気が狂いそうだ。
 ははっよくこんな化け物みたいな欲を抱えて、俺は平気だったな。
 自分を褒めてやりたいぜ。
 本当は、ゆっくり歩んでいくはずだった。
 時間は幾らでもあるんだ。お前に、恋をさせてやろうと思ってた。
 お前は俺に恋をすべきだったんだ。
 分かってるか、理樹。お前の「好き」は、博愛だ。万人に向けられる。
 お前は誰も選ばない。
 俺に向けられる眼差しは憧憬で、それは本当の意味の恋じゃない。
 お前は恋からすら、逃げ続けていたからな。
 だから待つつもりだった。お前が本当に恋をするまで。
 だけど、もう無理だ。
 悪いな、理樹。
 恋を知る前に、お前は俺のものになった。俺はもうお前を手放せない。
 恋なんてぬるい感情じゃ、俺の欲望には見合わない。
「っは、ぁ…きょ、すけっ…!」
「理樹――イキたいんだろ」
「ん、んぅ…やっ」 
「いいぜ、ほら」
「ぃ!あ、アァっ!」
 可愛いな、理樹。
 本当に本当に、お前は可愛い。
 俺が壊れたのはお前のせいだ。だから――絶対に、逃さない。もう二度と離さない。
 いつまでも夢は終わらない。
 すまないな理樹。
 こうやってお前を抱き締めて、永遠に続く世界に浸りながら、誰もが幸せになれるこの世界で。
――唯、お前だけがほんの少し悲しいんだ。
 
 
 お前はまた夢を見る。
 いつも悪夢を見ているな。本当の眠りは与えてやれない。
 ずっと、お前は全てを忘れる――忘れ続ける。
 ――死を望む事すら忘れるんだ。
 いつか眠りにつくだなんて、そんな事を俺が赦すと思うのか?
 
 
 繰り返す。忘れた事すら忘れて、何度でも繰り返す。
 ――そして、また同じ朝が来る。
 
 
 
 
 
 

あとがき
 恭介の方は、いつかくる終わりなど断ち切る気でいます。
 というか、理樹が受動的に待っているだけでは、終わりなど来ない。
 恭介は全てに打ち勝つ気でいますから。心は壊れても、折れてない。
 …あれ?これBADだよね…?

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