一緒に

 机に向かって、今日出た数学の課題に取り掛かる。
 同室の真人はいない。さっきランニングに行ったばかりだ。
 数学の課題の事は――多分、また僕のを写すつもりだ。
 たまには自分でやって欲しいなぁ…。
 そう思った時、ノックもなしにドアが開く。
「理樹、いるか?」
「恭介」
 戸口に、ノートを一冊持った恭介の姿。
「どうしたの?」
「今いいか?」
「いいけど、何?」
 恭介はなんだか悪戯っぽい笑みを浮かべて部屋に入って来る。
 なんだろう?
 ちょっとワクワクしてしまう。
 恭介はいつだって、僕に楽しい事を教えてくれるから。
「一緒に課題やらないか?」
「一緒に?」
 けれど、恭介の提案は極普通のものだった。
 勿論それはそれで楽しい。僕は頷いて、部屋の中央に置いているミカン箱の前に移動する。
 恭介と向かい合って、ノートを広げる。
 一緒に、と言ったって三年の恭介と二年の僕じゃ、当然課題は違う。
 だから本当に、向かい合ってお互い筆を動かすだけだ。
 細い黒鉛の線が、白い紙を埋めていく。
 静かな時間。静かな空間。
 なんだか、世界に二人っきりのような気がして――急に、恭介を意識した。
 そっと目を上げる。
 課題に取り組む恭介は、思いの外真面目な顔をしていた。
 いつもの笑みを取り去ってしまうと、端整な顔が一層際立つ。
 神聖とすら言えるその表情に、思わず見とれてしまう。
 と、不意に恭介の手が止まった。  ノートの上に注がれていた視線が、僕を、捕らえる。
 どきりと心臓が跳ね上がる。恭介は優しく微笑んだ。
「どうした、理樹」
「な、何でもないよ…」
 見惚れてたなんて言えない…。
「ふぅん…?」
 恭介が、切れ長の瞳を細めて面白そうに僕を見る。
 全部わかってる、みたいな顔だった。
「理樹」
「な、何?」
「…触っていいか?」
「は!?」
 思わず声が裏返った。
 恭介は、目を細めたまま、僕に腕を伸ばしてきた。
 頬に、恭介の手が触れる。
 しなやかな手。
 長い指が輪郭を辿って、――唇に。
「っ…」
 薄く開かされて、爪に歯がぶつかった。思わず身を引く。
 恭介は、そんな僕を見ながらくっくっと喉の奥で笑う。
「真っ赤だな、理樹」
「だ、誰のせいだよっ…」
「ん?俺のせいか?」
 そう言って恭介はまた笑う。
 もう、何でそんな楽しそうなのさ…。こっちは心臓飛び出そうなのに。
 恭介の手が再度僕に触れてくる。あんまり恭介が嬉しそうだから、諦めて好きなようにさせた。
 その内恭介の指が、僕の顎の下に辿り着く。何度も撫でられて、くすぐったさに首を竦めた。
「ちょっ…と…恭介ってば」
「可愛いなぁ、理樹は」
「も、何言ってるのさっ…くすぐったいよ」
「――くすぐったいだけか?」
 含むような声音に、全身が熱くなる。かぁっと頬が紅潮した。
「なに、言って…!」
「理樹…」
 甘く低い囁き。顎を掴む指。
 あ、と思った時には、恭介の長い睫毛が目の前にあった。
「――んっ…」
 触れ合った唇に、陶酔する。
 まるで許可を得るように、何度か啄ばまれて―――やがて深く重ね合わされる。
 恭介の手が、首筋を撫でて、滑るように後頭部に回った。
 舌が絡み合って、濡れた音が耳朶に伝わる。
「…っ、きょう…っん…」
 背筋がぞくぞくして、全身から力が抜ける。
 コトン…と手からシャープペンが落ちて、ノートの上に転がった。
 その音に課題の事を思い出して、慌てて恭介の腕から逃れる。
「ちょっ…待ってよ。課題…」
「ん?何だ、ひどいな理樹。俺より課題か?」
「そういう訳じゃ」
「大丈夫だ」
 部屋に入ってきた時と同じ悪戯っぽい笑みで、恭介は自分のノートを僕に見せる。
「俺がやっといた」
「え?」
「言ったろ?一緒に課題やらないか…ってな。後で写せばいい」
 得意げな恭介に、それでも僕はもう少し足掻いてみる。
「でもほら、真人…そろそろ戻って来ちゃうよ?」
「いや?戻ってこないぜ?」
「な、何でさ。真人だって課題あるし」
「だから言ってるだろ。俺がやっといたってな」
 パタンと閉じたノートの表紙には、見慣れた真人の文字が踊っていた。
 してやったり――そんな顔の恭介。
「だから大丈夫だ。課題をやっとくのと引き換えに、あいつには寝袋渡しといたからな」
「え…まさか真人、外で寝るの!?風邪引いちゃうよ!」
「大丈夫だろ、真人だし」
「いやいやいやっ」
 慌てる僕に、恭介が少し不機嫌になる。
「何だよ、俺より真人がいいのか?」
「そ…そういう問題じゃ…」
「――理樹」
 名前を呼ばれて、腕を引かれて。
 再び触れ合う唇に、抗議の言葉は飲み込まれてしまった――。
 
 
 
 
 
 

あとがき
 睦月舜様!1000hitリクエストありがとうございましたっ!ええと、こ、こここんなので良かったでしょうか…??(汗)
 恭理樹小説という事で、特に指定がなかったので甘々ラブラブに挑戦…そして爆死!ですが謹んで進呈いたします…!
 というか、せっかくリクエスト頂いたのにこんなのしかっ!
 もう…もう…煮るなり焼くなりお好きにして下さいませぇぇっ!(脱兎!)

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