Play Ball!

 昼休み。いつものように恭介が窓から降りてくる。
「よっ」
 トンっと僕の机の前に着地した恭介は、小脇に何か丸い物を抱えていた。
 目をキラキラさせながら僕の方を見る。
「――という訳で、バスケットをしよう!」
「いやいやいや、何が”という訳”なんだか全然分からないんですけどっ」
「ん?ほら、こいつだよ」
 言って、恭介は抱えていた物を片手で掴み、器用に指先でくるくる回す。
「…バスケットボール?」
「ああ」
「どうしたの、それ」
「落ちてた」
「どこにさ」
「体育館」
「それ落ちてたって言わないからね?」
「まぁまぁ、細かい事言うなって。もう全員に通達してあるからな。お前も早く食えよ」
 台詞と共に、机の上にパンが二つ置かれる。
 周りを見回すと、真人と謙吾、鈴や小毬さん達が、既に一生懸命パンを口に詰め込んでいる。
 相変わらず、神業のような手回しの良さだった!
 
 
        *
 
 
「さて。じゃあまずはルール説明な」
 皆を黒板の前に集めて、恭介がチョークを持つ。
「チームだが、今回は分かり易く女子と男子で分ける」
 黒板に書かれる男女のチーム分けに、まず来ヶ谷さんが眉を顰めた。
「恭介氏。それは少々こちらに不利じゃないか?確かに女子の方が人数は多いが、君たち相手ではな」
「そうデスヨー!ブーブー!」
 ついでとばかりにブーイングを発する葉留佳さん。恭介はそれを手で制す。
「まぁ聞けって。その為にちゃんとハンデルールは考えてある。まずは男子チームだが、全員この鉢巻を付ける」
 恭介がどこからか鉢巻を取り出し、僕たち男子チームに配る。
 とりあえず、頭でいいのかな。
「この鉢巻を取られたら、その時点でゲーム脱落だ。こいつは男子だけに適用する。勿論鉢巻を取るための作戦は好きに立てていい。どう取ろうがOKだ」
 成る程。…でもそれって、今度は逆に僕らに不利なような…。
 謙吾も同じ事を考えたらしく、恭介を訝しげに見る。
「ふむ。しかしそうすると、人数が減るほど加速的に勝率が下がって、俺達がどんどん不利になってしまうぞ?」
「ああ不利だ。そのために、起死回生の一撃必殺ルールを付け加える」
 ニヤリ、と笑う恭介。こういう時の恭介って、ホント楽しそうだなぁ…。
「男子チームは、最後の一人になった時点で、一回でもシュートを決めたらそれまでの点数に関係なく勝利。
ただし二人以上残ってた場合は普通に点数で計算。全員鉢巻を取られたら、勿論男子チームの負けだ」
 逆に考えれば、点数が開き過ぎた場合は、わざと一人になるっていう手もある訳だよね。
 うん、面白そうだ。
 だけど、女子はそれほど乗り気じゃないようだ。まぁ…確かにこのルールで、恭介の言う所の『燃える』要素があるのは、男子チームだけだよね。
 それまで黙っていた鈴が、腕組みをしながら口を開いた。
「勝つと何かあるのか?」
 途端恭介が、よくぞ聞いてくれたとばかりに満面に笑みを浮かべる。
「ある。…まず男子チームが勝った場合、女子チームにホットケーキパーティーを開催してもらう!」
 うん、それは楽しいかもしれない。勝ち負け関係なく。その言葉を聞いた女子チームも何となく楽しそうな顔をする。
 取り敢えず、女子が負けても別段ペナルティー要素はないって事か。
「――で、女子チームの勝った場合だが」
 …え?何?何で僕の方見るの?
 戸惑う僕の肩に、恭介がぽむっと手を置く。
「勝ったら、理樹が何でも言う事聞いてくれるぜ?なぁっ理樹!」
「ええぇぇぇっ!?いやいやいやっ…!」
 慌てて首を振るも…もちろん無意味だった。
 途端に女子チームが異様な盛り上がりを見せ始める。
「フフフ…そうか。では少年に、あんな事やそんな事をさせられる、という訳か…。い、いかん…涎がっ…」
「わ、わふーっ…で、では、リキと一回でーと、なのですっ…!」
「猫の餌やり」
「ええとねぇ〜、じゃ、理樹くんお菓子作ろぉ〜」
「ええー、そんなんじゃ面白くないしーっ!やっぱ裸で校内一周デスヨ!」
「裸で…それも悪くないですが…。やはりどうせなら、その後、恭介さんと二人で草むらに…」
 うわー…皆好き勝手な事言ってるなぁ…。
 呆気に取られて眺めていたら、珍しく鈴が西園さんの言葉に反応する。
「ん?それはアレか?”しっぽりムフフ”って奴か?きょーすけ、いくら恋人だからって、お前ちょっと自重しろ」
「って何で俺に飛び火してんだよっ」
 途端に西園さんの目がキュピーン!と光る…!…マズイっ!
「恭介さん…まさかとは思いますが、既に直枝さんと野外プレイなどっ…!」
「いや、流石にまだ外では…」
「うわーーーーっ恭介の馬鹿ーーっ!」
 慌てて恭介の口を押さえたけど遅かった。
 皆のじっとりとした視線が突き刺さる。――恭介に。
「ほほぉぉう…。面白いじゃないか、恭介氏。…”まだ”と来たか」
「り、リキが恭介さんのぽいずんふぁんぐに掛かってしまいましたっ!?」
「何だ?きょーすけと理樹がどうかしたのか?」
「まだ外では…って事はぁ…ほわわぁぁぁっ…」
「理樹くんってば、やるじゃんっコノコノぉ〜!」
「棗×直枝……我が人生に、一片の悔いなしっ…」
 来ヶ谷さんからは殺意と見紛う敵意。クドからはショックの視線。鈴はよく分かってない。
 小毬さんは赤くなって照れている。葉留佳さんは完全に面白がってるし、西園さんに至っては…言わずもがな、だ。
 結果的に、女子全体の士気――敵意とか興味とか――は上昇。…もしかして、これを計算しての発言だったんだろうか…?
 あれ?そう言えば真人と謙吾は…?
「俺のっ…俺の理樹がよぉっ…!チキショー!」
「良く分かるぞ、その気持ち…くっ…俺は認めんぞ恭介ぇぇっ!」
 何か物凄いジェラシーオーラを発していたっ!



 ――とまぁ、そんなこんなで、皆の士気が異様に高まった所で試合開始。
 両チームとも作戦を練ってから試合を開始した訳だけど。
 まず開始直後に、葉留佳さんが謙吾と衝突。派手に転んで大泣きを始めた。
 慌てた謙吾が葉留佳さんの傍に跪く。救急セットを持った西園さんが二人に近づくのを、僕らはなんの疑問もなく見つめ――。
「では…鉢巻頂きます」
 あっさり謙吾の頭から鉢巻を取っていった!
「んなっ…!?さ、三枝の怪我はっ…!」
「やはぁ〜ごめんネ!」
 と笑う葉留佳さんの手の中には目薬。謙吾の性格を手玉に取った、女子ならではの見事な罠だった。
 反則技と言えない事もないけど、鉢巻きに関してはどう取ろうがOKな訳だから、文句も言えない。
 罠に嵌められた謙吾の落ち込みっぷりといったら、見るも哀れな程だった。
 そして更に――。
「くっそーっ…謙吾っちの仇はとってやるぜっ!」
 そう咆えた真人の目の前で、クドがゴトリと何かを落とす。
「ん?クド公。何か落としたぜ?」
「わふー!見つかってしまいましたっ!?実はそれは、我が家に伝わる家宝…伝説の”きんぐおぶ鉄あれい”なのですーっ!」
「なにぃぃーー!マジかよっ!?」
 目を丸くして鉄アレイに飛びつく真人。
 ちょっ…!?
「言われてみれば、この色、艶、形…どれをとってもまさに鉄アレイの中の鉄アレイだぜっ…!」
「わふー!鉢巻いただきなのですっ!」
「うおぉぉっしまったぁぁぁっ!?」
 
 こうして――開始から僅か一分。男子チームは、僕と恭介の二人だけになった……。




 現在得点は、女子十点男子四点。残念ながら負けてるけど、ボールは今こちら側にある。
 だけど、状況は逼迫していた。昼休みがもう少しで終わる。
 ここに来て女子チームは、完璧な守りに入った。
 ゴール下には来ヶ谷さんと鈴。他がその周りをぐるりと囲む、完全なデフェンスのフォーメーションだ。
 だけど、仕掛けるしかない。
「理樹。まずは俺が様子見に行く」
「うん…気を付けて」
 鉢巻を取られたら終わりだ。だけど恭介は不敵に笑う。
「任せとけ」
 そう一言後、姿勢を低くして速攻を掛ける恭介。
 数に物を言わせたデフェンスの中に突っ込んでいくっ…!
 西園さんはデフェンスの位置に立っているだけで、特に何かするわけでもないようだ。となれば、実質ディフェンスは三人。
 一人、二人、三人…次々とドリブルでかわして、ゴール下へ。
 これで一回シュートが決まれば…!
「フフっ…甘いぞっ恭介氏!」
 立ちはだかる来ヶ谷さん!――その瞬間、さっと鈴が来ヶ谷さんの後ろから隠れるように飛び出して、恭介の背後に回るっ…!
 マズイっ!
「恭介っうしろ!」
 叫んだ瞬間、鈴に気付いた恭介がボールを持ったままターン。シュートを諦め、僕へ鋭いパスが来た。
 どうやら、来ヶ谷さんがシュートのブロック、鈴が鉢巻を取る、というコンビネーションらしい。
 オフェンス要員を犠牲にしたのは、そういう作戦か…。
 確かに、もう得点しなくても、昼休み終了まで持ち堪えれば、女子チームの勝利だ。
 デフェンス組も、どうやらフォーメーションを崩す気はないらしく、恭介の鉢巻を取ろうという気配もない。
 僕からボールを取ってオフェンス、という考えもないらしい。
 傍に戻ってきた恭介が、悔しそうに舌打ちした。
「あいつら、完璧守りに入りやがったな」
「でも、まだ手はあるよ」
「ああ」
 ニヤリ、と恭介。
 視線をかわして頷き合い、僕と恭介は同時に走り出す。そして、ディフェンスの付近すれすれでボールをパス。
 手を出せば取れそうな、緩めのスピードで。
 運動に自信のあるクドと葉留佳さんが、パスに合わせて視線を動かし始める。
 よし…掛かった!
 ――わざと、僕はボールを転がした。
「甘いデスヨっ!理樹くんっ」
 まず葉留佳さんがボールを追った。だけどキャッチ寸前で恭介がボールを掬いあげる。
 葉留佳さんをディフェンスの位置から誘導しつつ、ボールを持ったまま逃げるふりをして、クドの付近に。
 そして。
「おっと落しちまったぜっ」
「ボールげっとなのです〜!」
 バウンドするボールへ飛びつくクド。でも掴む寸前でやっぱり恭介がキャッチ。
 移動する葉留佳さんとクドに釣られて、小毬さんも移動。恭介の周りに三人が集まる。
 女子の輪の中で、恭介の身体が不意に沈み込む。
「理樹っ!」
 声と同時に、低い位置からのバウンドパス!
 床すれすれに飛んできたボールを掬いあげるようにキャッチして、僕はゴールへ走る。
「ああーーっずるいっ!?」
「わふーしまったなのですっ」
「理樹くん待ってよぉ〜!」
 後ろからバラバラと追って来る女子メンバー達。
 前方――ゴールの前には、来ヶ谷さんと鈴が立ちはだかる。
 だけど、目指すはディフェンスのいなくなったガラ空きの三点シュート地点だ。
 僕はそこでジャンプする。
「くっ…!」
 来ヶ谷さんが手を伸ばすけど――勿論届かない。
 ボールはネットに吸い込まれるようにゴール!
「やった!」
 これで三点だ。あと――三点か。同点に持ち込めればそれでもいい。
 同じ手はもう通用しないけど、三点シュートで点差を詰められた女子チームに、焦りが見え始める。
 狙いは――これだ。
 守り一辺倒を崩すのは辛いけど、向こうが攻撃に出るなら、こっちにもチャンスはある。
 案の定、女子チームのディフェンスが崩れ、葉留佳さんがオフェンスに回る。
 だけど、相変わらず来ヶ谷さんと鈴は――ゴール下か。流石に用心深いな…。
 しかも、僕らが三点シュートを狙う事を見越してか、先ほどより前に出てのディフェンスだ。
「――恭介」
「ああ」
 視線だけでの会話。
 さっと二手に分かれる。
 僕は、ボールを持つ葉留佳さんの前にディフェンスに入る――ふりをして、横から走り込むようにボールの横っ面を叩いた。
 弾いた先には恭介。
「ナイスっ理樹!」
「ああーヒドっ!?」
 情けない声を上げる葉留佳さん。
 恭介が再び速攻を掛ける。見届ける事もせず僕はゴールの方へ――。
「理樹っ!」
 鋭い声に振り向くと、恭介は、葉留佳さんクド、小毬さんの三人に張りつかれて足止めされている!
 しまった…!こっちも焦りすぎた!
 ノーマークの僕に向けて、ディフェンスの隙間から、恭介がボールを床に叩きつけるようにしてパス。
「シュートだっ!」
 鋭い声に押されるように、ドリブルで走る。だけど、三点シュートの位置には――来ヶ谷さんと鈴っ…!
「フハハハっ来いっ少年!」
 この二人相手に正面からじゃ…!でももう時間はない。僕はそのまま突っ込んだ。鈴がさっと僕の後ろに回り込む。
 シュートは来ヶ谷さんがブロック、鈴は鉢巻を取る――相変わらず計算されたコンビネーションだ。
 一か八か。走った勢いのまま、僕はシュートの体勢でジャンプする。
 同時に来ヶ谷さんが腕を伸ばしてブロックの為に飛ぶ。
「甘い!無駄な足掻きだ少年っ!」
 それは……どうかな!?
「恭介っ!」
 シュートの体勢のまま――僕はそちらを見もせずに、斜め後方へボールを投げ渡す。
 ――大丈夫。恭介なら、絶対にさっきのディフェンスをかわしてくれてる。そこに恭介がいる事を、僕は信じた。
「なっ…!?」
 驚愕する来ヶ谷さんの視線だけが、ボールを追う。
 ボールはバウンドすることもなく―――パシンっと頼れる手の中に納まる音。
 僕の足が床につくと同時に、予め打ち合わせてたんだろう、予想通り鈴が僕の鉢巻を取る。
「待て鈴君っ取るなっ」
「うにゃっ!?」
 僕らの作戦に気付いた来ヶ谷さんが止める――だけどもう遅い。
 振り返った僕の視界には、僕と恭介の間でどっち付かずになってるディフェンス組と、全てのマークを振り切り、ボールを手に走る恭介の姿。
「甘いのはお前らだぜっ!」
 言い様、恭介がゴール下へ…!
 来ヶ谷さんが身を翻してブロックに走るけど――間に合わない!
 恭介が飛ぶ。高いジャンプ力を生かした完璧なシュートだ。誰にも止められない。
 恭介の手を離れたボールが柔らかく弧を描き――。
 そして、ザンっと音を立てて、ボールはネットを通過した。
 恭介の鉢巻は――取られてない。
 つまり、最後の一人のシュート、だ。
「勝った…」
 茫然と呟く。
 やがて恭介が僕を見る。そして、喜色満面子供みたいな笑顔を浮かべて走って来る。
「やったぜっ勝ったぞ理樹っ!」
「うわぁっ!」
 抱き上げられて、挙句に振り回された。
 皆見てるのにっ…!
 そんな事を思ったのはだけど一瞬で。何だか楽しくなって、皆も笑ってて。
 そして直後、昼休みの終了を告げるチャイムが、体育館に響き渡った。


        *


「それにしても、よく分かったな」
 教室に戻る道すがら、恭介からの言葉に首を傾げる。
「何が?」
「俺の狙ってた事さ」
 ああ、最後のシュートの事か。まぁ、そりゃあね。
 あんな一撃必殺のルールを作っておいて、それを恭介が狙わない訳がない。
 来ヶ谷さんと鈴の完璧なコンビネーションを逆に利用して、わざと鉢巻を取らせ、”最後の一人”を作る。
 多分予定では、僕と恭介の役目は逆だったんだろうけど。
 でも、どっちがゴールを決めたか、なんてどうでもいいんだ。
 僕と恭介の連携は、来ヶ谷さんと鈴とのような、計算された綺麗な動きじゃない。
 でも、お互い考えてる事が分かって、通じ合った――その事実が、何より誇らしい。
 試合は楽しかったし、結局勝ったわけで不満はないけど、……それでも一つだけ。
「あのさ、恭介」
「ん?」
「もし女子チームが勝ったら、どうするつもりだったのさ」
 こんな無茶なゲームで、勝利の景品が僕って酷いよね?
 ちょっとばかり嫌みを込めたつもりだったのに。
 恭介はあっさり笑って言った。
「何言ってんだ。俺とお前が組んで負けるはずないだろ?」
 その表情には嘘なんかなくて。
 そうか…。最初から負ける気なんてなかったから、女子メンバーの士気を煽るためにわざと…。
 楽しそうな横顔に見惚れながら、もしかして僕は、この人には一生勝てないんじゃないだろうか、と思った――。

 
 
 
 
 

あとがき
 8500hitキリ番リク…天様へ!こここんなんでよかでしょうか…!?理樹と見事な連係プレーを見せる恭介(恭理樹)、ということで、
 ミッション系かバトル系かなと思い…。ぶっちゃけ力量不足で申し訳ありませんっ!危うく連載になるほど長くなる所でしたっ…!(をいっ)
 Trueエンド後という事で、恋人未満か恋人以上か迷いましたが……西園女史の一言から一応恋人以上な関係らしいと判明…。あんまりラブラブではないですがっ…謹んで献上いたします!

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