土曜日の朝、恭介から、二人で公園にでも遊びに行かないか、と突然誘われた。
急にどうしたの、と聞いたら、天気がいいから、と至極当たり前の笑顔で返された。
きっといつもの思いつき発言なのは分かってるけど、何だかデートみたいだと思って、ちょっと照れてしまう。
二人で、かぁ…。恭介の事だからデートなんてそんな意識はないのかもしれないけど…。
一応付き合ってる、訳だから…デート…だよね?うん、少なくとも僕にとっては。
部屋に迎えにきてくれた恭介と一緒に、二人で寮を出たのがお昼前。
公園で食べようかと、途中でコンビニに寄ってオニギリやお菓子を買って。
こんな事ならお弁当でも作れば良かったねと言った僕に、恭介は「じゃあ次回は弁当だな」と何だか凄く喜んでいた。
恭介が喜ぶなら、この次の時はちょっと頑張ろうかな。
それからバスに乗って、更に歩いて――公園に到着したのはお昼を過ぎた位だった。
「やっと到着か。理樹、腹空いてるか?」
「んー、僕はまだいいかな。恭介は?」
「そうだな…じゃ、少し歩いてからにするか。何か食うにしても、どうせならいい場所で食いたいしな」
恭介が歩き始めて、僕はその後を付いて行く。
途中で恭介が立ち止まって、振り向いた。どうしたのかと思ったら、手を差し出される。
「繋いで行くだろ?」
「えっ…こ、こんなトコで!?」
「こんなトコだからいいんじゃないか」
戸惑う僕の手を、恭介は半ば強引に奪っていく。手を繋いでいるのがなんだか気恥しくて、僕は思わず俯いてしまう。
恭介は――全然平気だ。二人で手を繋いで公園って…ホントにデートみたいだ。
もしかして…恭介もそのつもりなのかな。だったらいいな。
歩きながら、二人でなんだか下らない話をして、笑って。公園の中をどんどん進んで、やがて開けた場所に出る。
一面緑に波打つ芝生と、所々に日陰を作る木が植えられている。
向こうではバトミントンをしている女の子達。家族連れでシートを広げている姿もちらほら見える。
「ちょっと休むか、理樹」
「うん。そうだね」
傍にあった、丁度良く木陰になってるベンチに、二人で腰かける。サワサワと葉擦れの音がして気持ちいい。
「良い天気だね。風も気持ちいいし」
「そっか。なら良かった」
恭介が目を細めて笑う。すごく優しい顔に見つめられて、どきりと心臓が跳ねる。
顔が赤くなってしまいそうな予感に、慌ててコンビニの袋を掴む。
「あ、そうだ、えっと…何か食べる?」
「そうだな。流石に腹減ったしな…」
お腹の辺りをさすって眉をしかめる恭介に、微笑ましいもの感じながらコンビニの袋を開く。
中身を取り出し――ふと飲み物が足りない事に気が付いた。
しまった…急いでた、っていうか、浮かれちゃってたからなぁ…。
「ごめん恭介、飲み物忘れちゃったかも…」
「飲み物か。確か…入口付近に自動販売機あったよな」
言って恭介が立ち上がろうとする。早速買いに行きそうな恭介を、僕は慌てて制した。
「あ、いいよ。僕が行くから」
「けど、こういうのは男の役目だろ」
「そりゃそうだけど――って僕だって男だよっ!」
何気に失礼なっ。憤慨して見上げると、恭介は優しい笑顔のまま、ポン、と頭に手を載せて撫でてくる。
「…一人で大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
「そっか。…じゃ、頼むかな」
「うん」
「変な奴に声掛けられても、付いて行ったら駄目だぞ?」
「行かないよっ」
一体何歳の子供だと思ってるのさっ。
悪戯っぽく笑う恭介の肩をぺしりと叩いてから、僕はお財布を持ってベンチから離れる。
公園の入り口近くに売店がちょっとだけあって、そこに自動販売機もあったはずだ。
何を買おうかな。学校の自動販売機は変なラインナップばっかりだけど、流石にここのはそんな事ないだろうし。
恭介はサイダー系かなぁ。あ、でもご飯だからお茶かも。何がいいか聞いておけばよかった。
公園の入口付近に着いて、目的の自動販売機を発見する。
缶のじゃなくて、紙コップで出てくるタイプの奴だ。うーん…缶なら三本とか買っていっても大丈夫だけど…。
紙コップじゃ二つ持っていくので精一杯だなぁ。仕方ない、僕はお茶にして、恭介はコーラにしておこう。
何なら僕のお茶飲んでも貰ってもいいしね。
結構縁ギリギリまで液体の入った紙コップを持って、ベンチに戻る。
恭介待ってるよね、急ごう。相当お腹空いてたみたいだし…ってうわ、ちょっと手に零れたっ…!
気を付けて、手元と足元に注意しながら歩く。
そろそろベンチの近くだな、と思って、顔を上げた。
ベンチに座った恭介が、待って――。
「あー、いや悪いが」
「大丈夫よー。そこの喫茶店あたしの知り合いやってるとこだから、お金とか気にしなくても全然オッケー」
「―――いや、そういう事じゃないんだが…」
ベンチに座った恭介の周りに、女の子が三人。話しかけてるのは、その中でも一番可愛い子だった。
さっき見たバトミントンをしていた女の子達だ。
ええと…どうしよう。ここで僕が出ていくのってマズイのかな。
――もしかして恭介、この子たちと一緒に喫茶店行きたかったり…する、のかな…。
「じゃあ、さっきの子も一緒に五人でお茶しよっ決まりっ!」
女の子が、凄く魅力的な笑顔を浮かべて恭介の――腕に、触れた。
「あっ――」
思わず短く勝手に声が出て、次の瞬間、ばしゃん!と大きな音が響いた。
僕の手から滑り落ちた紙コップが地面に中身をぶちまけて、コロコロと転がっていく。
あ――落しちゃった…。
恭介と女の子達が驚いた顔でこっちをみる。僕は慌てて誤魔化すように笑った。
「ご、ごめん。落しちゃった!――えっと、もう一回買ってくるね」
「いや、ちょっと待て。それより――」
恭介が僕を呼び止める。女の子に腕を掴まれたまま。
何だよ…デレッとした顔してさ…。大体”それより”って何。自動販売機まで行って買ってきて、その挙句に落しちゃって、そんな事より、って事?
ああ、何だろう。凄く嫌な感じだ。買いに行ったのも落したのも自分なのに、何腹を立ててるんだろう、僕…。
恭介は、一端女の子を見回して、それから僕を見る。
「彼女達がお茶したいって言ってるんだが…どうする、理樹」
どうする……?え、何それ…。僕に聞くの?
逆ナンパされて、お茶に誘われたのって恭介だよね。それで僕に聞くって…どういう事。
……ああそっか、僕一応”連れ”だもんね?
うん、やっぱりこれデートとかじゃ無かったんだ。単に友達と遊びに来ただけ、ってことか。
そうだよね、だったら、こんな可愛い女の子にナンパされたら、恭介だってお茶位したいよね。
そっかそっか。そうだよね……うん…。うわ、一人で浮かれて馬鹿みたいだ。ていうか、それならそれで、何も僕に断らなくたっていいのに。
行きたいなら……勝手に、行けばいいじゃないか。
平静を装う表面とは裏腹に、感情の底の方が波打つ。それを無理矢理押し留めて、僕は、わざわざ返答を待つ恭介に笑ってみせた。
「いいんじゃない?」
「――マジか」
「じゃあこれでもう、飲み物買いに行かなくてもいいね。僕はお役御免かな。――邪魔してごめんね。それじゃあ…」
「理樹…?」
恭介が眉を顰めるのが視界の端に見えたけど、考えてる余裕なんてなかった。
泣きだしてしまいそうで、慌てて踵を返す。そのまま走りだしていた。
後ろから恭介の鋭い声が飛ぶ。呼び止めようとしてるのが分かる。だけど聞こえないフリをして、それどころか全力疾走でその場を逃げ出した。
渾身の力で走って、恭介を振り切――。
「理樹!」
――れる訳もなく、すぐ近くで恭介の声。ていうか何で追ってくるのさっ。
背後から腕を捕まれて、強制的に止められる。その力が思ったよりずっと強くて、思わず小さく呻いたけれど、恭介は手を放してくれなかった。
「…理樹」
いつもより少し低めの声音に、もしかして怒っているのかもしれないと思う。
でも、怒ってるなら僕だって同じだ。
敢えて恭介の方は振り向かずに、前を向いたまま口を開く。
「何で追って来たの」
「何でってそりゃ、お前が逃げるからだろ。びっくりしたぜ」
「…答えになってないよ。――お茶しに行くんだろ。早く行きなよ。きっと待ってるよ」
「はぁ?何だそれ。俺一人で行けってか。何で…」
「可愛い子だったもんね。恭介だって満更でもなかったんじゃない?僕の事はいいからさ、行ってきなよ」
――何を、言ってるんだろう。…何でこんな事言ってるんだ。行って欲しくなんかないのに。追いかけて来てくれて嬉しかったのにっ…!
ドロドロした凄く嫌な気持ちが、思ってる事とは違う言葉を吐き出させる。
もういいよ、もういいからどっか行ってよ恭介。一人になって落ち着きたいっ…。
「…理樹。お前何言ってるんだ」
「何が?だからお茶しに行きなよって言ってるんじゃないか」
「――そうか。分かった」
「っ…!」
軽い溜息とともに、恭介の手が緩む。
あ――…。
「で?さっきの子達とお茶しに行って来い、だったか。そんなにして欲しいなら行ってやるよ。それでいいんだな?」
その言葉に、空気が張り詰める。
やがてもう一度、苛ついたような、怒ったような嘆息。
離れていく――手。
何で…どうして恭介が怒るんだよっ…!
背中越しに、踵を返す気配がする。
どうしよう。ほんとに行っちゃう。違、う…違うよ行って欲しい訳じゃないっ…!
「――い、行きたがってたのは恭介じゃないかっ!」
途端、立ち止まる足音に安堵して、だけど、一度決壊した感情と言葉は止まらなかった。
「女の子とお茶したかったならわざわざ僕に聞かなくたっていいよっ!僕の事なんて放って勝手に行けば良かっただろっ!?あんなっ…鼻の下伸ばしてデレっとしてた癖にっ…!」
怒鳴ってしまってから、はっとした。
これじゃーーまるで…!
「…嫉妬したのか、理樹」
「っ…!」
図星を指されてカッと頬が熱くなる。否定しようと思わず恭介を振り返って――。
そこに、あり得ない程喜色満面の笑顔を発見した。
「そうか…嫉妬したのか!理樹っ」
「え、え…あ…!?」
そのままぎゅうっと恭介に抱きしめられて、思考が止まる。
ここは公園で人が普通にそこら辺にもいて――ていうかそもそも僕は怒ってたはずで恭介と喧嘩してて…なのにっ…!
「ちょっ…恭介っ…!」
「はは、そうかそうか。何だ嫉妬かよ理樹。馬鹿だなぁ」
よしよしイイ子だ、なんて頭を撫でられて、力が抜けてくる。
さ、さっきまでの緊迫した空気は…??
「ちょっと恭介ってば…!」
「ん?どうした」
うわっメチャクチャ嬉しそうな顔だっ!
僕が嫉妬したの、そんな嬉しいんだ…!?ていうか嫉妬した事確定っ!?
――いや、うん…したけど、さ…。
喧嘩腰に否定するはずが、恭介の蕩けそうな笑顔を見てたら、なんだか毒気を抜かれてしまった。
「あ、あの…恭介」
「何だ」
「えっと…放して下さい…」
「っと、悪い」
恭介の腕の中から抜け出して、深呼吸を一つ。
落ち着いてきたら、何だかさっきまでの苛立ちや怒りが嘘のように引いていく。
うん…。勝手に嫉妬して拗ねて、凄く捻くれた考え方しちゃったけど、普通に考えればなんて事はない。
女の子に声掛けられて、普通連れの友達がいたらみんな一緒に、って思うよね。
当たり前だ。
なのに、恭介に当り散らして…情けないなぁ…。
「ごめんね、恭介」
「何で謝るんだよ。嫉妬ぐらい幾らでもしていいぜ?」
うっ…いやそうじゃなくっ…いやそうだけどっ…!
「や、あの、……僕、勝手にデートだと思ってて…だから…」
「――。ちょ、ちょっと待て理樹」
「そうだよね、遊びに行った位でそんな――」
「だからちょっと待てって。……これ、デートじゃないのか?」
「…え?」
恭介の言葉に、きょとんとその顔を見上げる。
え…あれ?デート、じゃないのかって…。
じゃあ…恭介もデートのつもりだったの…!?
茫然とする僕に、恭介は何だか物凄く情けない顔で頭を掻く。
「あーいや…言わなかった俺も悪いか…。でも――普通分かるだろ。俺達付き合ってるんだぜ?」
「だ、だって…」
恭介、色々普通じゃないからさ…。ていうか、そもそも僕達の付き合いだって普通じゃないし…。
友達と恋人の境界線が曖昧なままの関係だから、友達として振舞えばいいのか、恋人だと考えていいのか、時々分からなくなる。
恭介は、僕の顔を覗き込んで、まるで心の中まで見透かすようにじっと見つめてくる。
「デートじゃないと思ってたのか?」
「そ、そういう訳じゃないけど…でもだって、恭介が…」
「さっきお茶に行くかどうかを聞いた事か?」
言われて、こくりと頷く。普通デートだったら、ああいう場合は断るよね…。
恭介はあれか、と仕方なさそうに口を開く。
「俺は嫌だったんだが…彼女達、お前も一緒にって騒いでたからな。理樹にも聞かないと引きそうになかったんだよ」
「そう、だったんだ…」
「なのにお前はいいって言うし、その上逃げちまうし…焦ったぜ」
「ごめん…」
「別にお前は悪くねぇよ」
気の回らなかった俺も悪かった、と言って、恭介は僕の頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。
「わ、ちょっ…なにっ…?」
「仕切りなおし、だな」
「え?」
「理樹、デートしよう」
「っ……」
返事を促してくる視線に、僕は慌てて首を縦に振る。
恭介が満足そうに笑って、つられて僕も笑う。
何だかほんとに馬鹿みたいに最悪な喧嘩だったけど――。終わり良ければ全てよし、だよね。
結局、それから二人で一緒に飲み物を買いに行って、お昼を食べて、――デートをした。
やがて楽しく帰路に着いた、その途中。
恭介がそういえば、と切り出してきた。
「一つ言っとくが……俺がデレッとしてた件な。あれ、お前が原因だ」
「は?」
「いや、あの時お前、コップ落として焦ってたろ。で…目が真ん丸くなって、そういうドジった時の顔も可愛いなと思ったら…ついな…」
恭介が、決まり悪げに視線を逸らして、口元を手で覆う。
可愛い女の子が目の前にいたのに、僕のドジに…にやけてたって事…!?
恭介の顔も赤かったけど――多分僕の顔はもっと赤くなってたと思う…。
たまには、一波乱ありのデートも、いい…かもね…?
あとがき
記念リク企画ご参加ありがとうございました!天様へ捧ぐっ!以前にもリク下さった方とお見受けしますっ…!
恭理で私服デートで逆ナンパされている恭介に嫉妬する理樹…との事でしたが、ど、どうでしょうか…??
うわぁぁまたもやご期待に添えてない気がぁぁっっ…!