視線が絡む――死線が絡む。
ふと見た鏡の中に、僕達がいた。住人はたったの二人だけ。
一人は弱々しく、ひたすらに庇護だけを求める、雛鳥のような――『ボク』。
一人は狂気に堕ちて、壊れたように「ボク」を抱く――『恭介』。
「どうして…」
呟いた僕に、『ボク』が応える。
『罪を犯したんだ』
「どんな?」
『逃げたんだ……強く生きる事から』
「失うことが怖かった…?」
『うん。怖かったよ』
「今は――怖くないの…?」
『………。今も、怖いよ――』
滂沱と流れる涙はそのままに、鏡の向こうで『ボク』が泣く。『ボク』が――啼く。
脆弱な雛鳥をその腕(かいな)で抱き潰す『恭介』は、まるで死神のようだった。
飢(かつ)えた瞳は餌食を求めて、『ボク』を貪欲に貪り尽くす。
背徳と欲望に蝕まれた――けれど奇妙な悦びに満ちた世界。
それは、目を覆いたくなるほど……痛々しい。
救える――だなんておこがましい事を考えた訳ではないけれど、溢れる哀惜に耐えかねて、僕は二人に手を伸ばす。
昔…僕に、手を差し伸べてくれた人の事を想いながら。
そして―――拒絶。
硬く冷たい鏡面が、隔絶した空間を突きつける。
閉じた世界の向こうで……最早壊れた”神”が嗤いながら言った。
『放っておけよ。俺達は、この不条理な世界でこそ幸福なんだ』
届かなかった手。全てが決して交わることのない……それはなんて孤独な世界だろう。
そうして、行き場を失った僕の手を、不意に、しなやかな手が包んだ。
「どうした、理樹。……怖い夢でも見たのか?」
「夢…?」
今僕は、夢を――見ていたんだろうか…?
視線を彷徨わせ、テーブルの上の鏡を探したけれど、それは何故か伏せられていて、見ることは適わなかった。
それでも、見えないそこに、あの哀しく残酷な世界があるような気がして――。
「…怖くて…すごく、可哀想な夢だったよ…」
「そうか…」
恭介は、安心させるように、そっと僕の手を握ってくれた。それを握り返して、胸元に顔を寄せる。
――大丈夫。
ここは、二人きりの世界ではないから、きっと失うものは沢山あって、幸せばかりではないけれど、僕はもう迷わない。
恭介の見せてくれたこの世界で、――共に生きると、誓ったから。
*
鏡界を侵す。――境界を侵す。
ふと見た鏡の中にボク達がいた。寄り添って幸せそうな二人の姿。
愛し愛され、真っ直ぐ前を見つめる、強い瞳の―――二人。
君は、逃げなかったんだね…。
「失うことが、怖くなかったの…?」
呟いたボクに、『僕』が応える。
『怖かったよ』
「なら、どうして逃げなかったの?」
『失うことに怯えるよりも、生きて色んなものと出会えって教えてくれた人がいるから』
そう…。
ボクもずっとずっと昔に、そんな風に教えて貰った気がするけれど。
この手を引いて、世界を見せてくれた人が……いたような。
――それは、誰だったかな…?
鏡の外の『僕』に、一瞬だけ誰かの、強く温かな笑みが重なって。
そして――消失。
……ほら、やっぱり失うんだ…。だったら最初から望まなければいい。
それは何も生み出さず、けれど何も失わないじゃないか…。
届かなかった手。でもいいんだ……また失うぐらいなら。
そうして不意に、後ろから覆いかぶさる恭介に、伸ばした腕を捕らえられた。
「どうした、理樹。……怖い夢でも見たのか?」
「夢…?」
今ボクは、夢を――見ていたんだろうか…?
視線を彷徨わせ、机の上の鏡を探した。そこには、ただボクと恭介だけが映し出される。
外からの雑音が消えた静謐な世界に、最早救済はない。けれどそれに安堵する。
「…優しくて…すごく、残酷な夢だったよ…」
「そうか…」
恭介は、壊れたように微笑んで、ボクを抱き締めた。逃れることも出来ない。
――ああ、そうか。
瓦解する正気と理性。ボク達はもうとっくに狂ってて、…だったら、ボクも、壊れるしかないんだろう…。
恭介の創ってくれたこの世界で、――共に死に続ける事を、選んだのだから。
あとがき?
即興な物ですんませんっ!!いやもう、鏡設定が素敵過ぎたので…よ、四次創作…!?
そして実は、社会人恭介と大学生理樹が同棲設定は私も同じですっ…!やっぱそうですよねっ!
で、では、こここんなんですが、つ、謹んで、宮本さまに献上っっ!(脱兎!)