「恭介!遊びに来てやったぞ!何か楽しい事をしようじゃないか!」
謙吾が声を張り上げる。
部屋から顔を出した恭介は、漫画を片手に、あっさりその要求を却下した。
「今日はダメ」
「何故だっ」
「気になってたシリーズ本手に入れたんだよ。今日中に読んじまうからな」
すげなく言って、ドアがパタンと閉まる。
「うおぉぉ恭介ぇぇーー!」
「だから言ったのに…」
落ち込んでるのかハイテンションなのか良く分からない謙吾を前に、僕は溜息を吐いた。
今日は真人は筋トレに行ってしまって、部屋にいなかった。いつものように押しかけてきた謙吾は、恭介の所へ行こうと言い出した。
恭介の今日の予定は知ってたから、止めたんだけど…。
「だから、今日は無理だって」
「そんな事はない」
「その自信って何処からくるのかな…」
「よし理樹、突入だっ」
「ええー?」
まだやるの?…仕方ないなぁ…。
謙吾に続いて、部屋の中に入る。恭介はベットの端に腰掛けて、漫画を読んでいる。
うわ、相変わらず凄い冊数だ…。
「恭介っ!」
「――」
「どうだ、遊ばないか?」
「――」
「筋肉さんがこむらがえったとかでもいいぞ」
「――」
「………」
うわー見事なスルーだ。っていうか…無視…。
「くっ…無念…!」
「ま、まあまあ謙吾。えっと、僕でよければ一緒に遊ぶから…」
「――理樹」
途端恭介から声が掛かって驚いた。
「え、なに?」
「お前も読むか?」
ぽん、と一冊本が寄越される。珍しいなぁ、大抵自分が読み終わって、面白いと判断してからじゃないと、他人に貸さないのに。
手の中の本に視線を落とす。と、僕の手元を謙吾も覗き込んでくる。
「ほう、面白そうだな」
「じゃ、一緒に読む?」
「いいのか?」
「もちろ――」
「謙吾はこっちな」
ヒュンっと空気を切る音と共に、恭介から本が投げ寄越される。
あ、危なっ…!?
謙吾は飛んできた本を間一髪キャッチ。今の、謙吾じゃ無かったら絶対脳天直撃だよね…。
「ふ…これか。どれ…」
本に目を落とし――謙吾が固まった。どうしたんだろう。
「何?どんな本…」
「みっ見るなっ!理樹はダメだっ!」
ばばっと謙吾が本を背後に隠す。何か一瞬だけ、巫女姿の表紙が見えた気がするけど…気のせいかな。
恭介が漫画へ視線をホールドしたまま、ニッと笑う。
えっと…今のって、漫画が面白くてって笑顔じゃないよね?
何か、悪意が見えるんだけど。
「恭介…貴様どういうつもりだ…!」
「別に?お前そういうの好きだろ」
「なっ…俺は別に巫女が好きなわけではないぞっ」
え、謙吾って…巫女が好きなの…!?
思わず謙吾を見つめてしまう。謙吾は僕の視線に気付くや、慌てて首を振った。
「断じて違うぞ理樹。俺にそんな趣味ない」
「そうなの…?」
「当たり前だ」
真面目な顔で頷く謙吾。そこに恭介がさらっと茶々を入れる。
「この前ドラマで、巫女姿の女優が出てきた時にじっと見てただろ」
「あれは違うっ!俺はただ――」
言ったきり、謙吾が硬直する。そして、僕を見た。
な、何だろう…?
「えっと謙吾…?」
「違うんだ理樹。俺はただ……その…」
「その…何?」
「――お前が着たら、似合いそうだと思って…」
「えええぇぇぇっ!?」
いやいやいやっ!?おかしいよ謙吾っ!?っていうか、それなら普通に巫女さんが好きとかの方が良かったよっ!
「いやあの、それはちょっとどうかと思うんだけどっ…!?」
「すまない、理樹…。だが俺は理樹が好きなんであって、決して巫女が好きなわけじゃない」
謙吾に、がしっと両手を掴まれる!
「信じてくれ、理樹っ…」
ていうか寧ろ出来れば信じたくないような!?
途端、また鋭く空気を切る音がした。
凄い勢いで何かが飛んでくるっ…!
「はっ!」
そして謙吾は見事にキャッチ!と思ったら、更にその後から本がっ…!
「よっ!とっ!ほっ!たっ!」
悉く受け止める謙吾。凄い…!
恭介の方を見ると、――漫画を読みながら本を投げていた!
「ほう…やるな、謙吾っ!」
「ふっ…まだまだぁ!」
「だが、…これでどうかな」
恭介が手にしてるのは――って百科事典!?何でそんなの持ってるの!?
しかも、相変わらず視線は漫画にホールド。それでどうやってこんな正確に投げてるんだろう。
びゅんっと音を立てて百科事典が宙を舞う…!
「甘いわっ!」
それを謙吾は見事にキャッチし――百科事典の死角から飛んできた類語辞典に、ゴスッと脳天を直撃された。
そしてそのまま地にひれ伏す。
あああぁぁぁ、謙吾……!
「くっ…ぬぉぉぉっ!」
い、痛そうだ…凄く…。
「大丈夫?謙吾…」
「理樹」
謙吾に近づこうとしたら、恭介に腕を掴まれた。漫画から視線を上げて、僕を見る。
「こっち座ってろ」
「でも謙吾が…」
「あいつなら平気だろ」
「いやいやいやっ。辞典の角当たってたからね?」
「そのぐらいじゃ死なないって」
「そりゃそうかもしれないけどさっ…!」
「――理樹」
ぐっと腕を引っ張られ、強引に恭介の隣に座らせられてしまった。
恭介の手が、僕の頬に伸びてくる。
凄く優しい目が僕を見下ろして――。
「あ、あの…漫画、は…?」
「そんなの別にいつでも読める」
「いやいやいや、今日中に読んじゃうって言ってたじゃないか」
「そうだったか?ま、別にいいや」
ええー!?そんな軽く…さっきと言う事が大分違うよね…!?
「そんな事より、な…」
謙吾を相手にしてる時はあれだけ漫画に集中してたのに、最早そんな事扱いだし…
恭介は、目を細めて僕の耳たぶを指で弄ぶ。…耳、弱いんだけどっ…。
「ちょ…っと…」
「どうした?」
「いや、どうした?じゃなくてさ…。…んっ…」
「何だ――もう我慢できないのか…?」
恭介の顔に、酷く妖しい笑みが浮かぶ…。
「謙吾がいるのに……いいのか、しても」
「はっ!?」
するって…何を!?
「いやあの、ちょっとっ…!?」
「悪い子だなぁ、理樹は……。所構わず俺を誘うなんて…」
「いやいやいやっ」
全然微塵も誘ってないですがっ!
恭介は、僕の耳元に唇を寄せてくる。
「…何なら、謙吾に見せ付けてやろうか…?」
「うわぁーー!」
何を言うかなこの人はっ!?
ジタバタ暴れる僕を、恭介は楽しそうに抱え込む。そして――。
「という訳だから、謙吾。悪いな?」
えっ!?
恭介の言葉に、はっと辺りを見回すと――落ち込み度マックスのすっかり萎れきった謙吾の後姿が――。
「えっちょっと待ってよっ!謙吾っ…違うんだってっこれは…!」
「いいんだ、理樹。…慰めは必要ない…。俺は…俺は…くっ…」
苦しげに呻いてから、謙吾は一言叫んだ。
「それでも俺はお前が好きだ理樹ぃぃっ!」
捨て台詞と共に、部屋をダッシュで出て行く…!
ああ、謙吾っ…気持ちは嬉しいような嬉しくないような何だか複雑だけど、その捨て台詞は止めて欲しかったよっ…!
「ふぅん?…モテるじゃないか、理樹」
恭介の唇が弧を描くのを見ながら、きっと今夜は眠れないんだろうな、と覚悟を決めた…。
あとがき
いちな様に捧げた駄文っ。