眠れる森の美女・裏事情

「来ヶ谷」
「恭介氏か。どうした」
 ロッカーの前に立っていた私に声を掛けてきたのは、棗兄だった。
 いたずらを思いついた子供のような笑みで、一冊の本を差し出してくる。
「何だ?」
「劇をやるんだ」
「――ほう」
 受けとった脚本の表紙に目を走らせる。演目は、眠れる森の美女、か。
 これはまた、随分と分かりやすく誰かさんを彷彿とさせる題名だな。
「ふむ。で、何を仕掛ける?」
「流石来ヶ谷。話が早くて助かるぜ」
 ニッと笑った後、恭介氏は声のトーンを落とした。
「配役をな、どうにかしてほしい」
「どうにか、とは?」
「鈴と理樹に、王子と姫をやらせたいんだよ」
「…ほう」
 これもまた随分と分かりやすい。まぁそんな所だろうとは思ったが。
 恭介氏は更に声を低めて耳打ちする。
「実はな、キスシーンがあるんだよ」
「ほほう」
 全く以てベタな展開だな。
「で、ネタ的には、鈴君が王子で、理樹君が姫役といった所か」
「ま、その辺はどっちでもいいが。来ヶ谷の好きなように決めてくれ」
「姫役の鈴君か……。やっちゃっていいか…!?」
「やっぱ鈴は王子役で頼む」
 何だ、つまらん。まあ姫役の理樹君も萌えるがな。
 僅かに引き攣った顔のまま、恭介氏は自分の計画を話し始めた。
「まず、俺が最初に理樹に姫役を振る。あいつのことだから、公平にクジで決めようとか言い出すに決まってる。そこで来ヶ谷の出番だ」
「うむ。こんな事もあろうかと思って、とか何とか言って、仕込みクジを提供すればよいのだな?」
「ナイスだ来ヶ谷。流石だぜ」
「他の配役はどうする」
「そこはお前の好きに決めてくれ。これ位の役得はあって然るべきだろ?」
「ふふ、君も中々の仕掛け人だな」
「いやいや、来ヶ谷ほどじゃない」
 私と恭介氏は、しっかりと握手を交わし、お互いを認め合う。
 そして、じゃあ宜しくな、と去っていく棗兄の姿を見送って――。
 私は後ろのロッカーを振り返った。
「――という訳なのだが」
「絶対いやじゃ!ボケっ」
 ロッカーから棗妹の怒声が聞こえてきた。
 ふむ。やはりダメか。
 全く…棗兄も、悪いタイミングで声を掛けてくれたものだ。
 せっかくリトルバスターズ女子メンバーだけで、隠れ鬼をしていたというのに。
 ロッカーに隠れていた鈴君が外に飛び出してくる。
「言っとくが、あたしは絶対やらないぞ!」
「ふむ」
 これは困ったな。恭介氏の思惑に気付いてしまった鈴君を説得するのは、困難だ。
 大体、本人にバレてはもはや裏工作の意味もない。
 かと言って、配役操作という美味しい役柄を失うもの惜しい。さて、どうしたものか。
「鈴君。モンペチ一年分」
「!……い、いや、やっぱダメだ!」
「高級モンペチ」
「!!……だ、ダメだったらダメだ!」
 む、やはり駄目か。これで靡かないなら、鈴君は無理だな。
「しかし、恭介氏に頼まれてしまったが」
「馬鹿兄貴の言うことなんか放っておけばいい」
 鈴君は、ふんっと鼻を鳴らす。
「あたしは劇なんか出ないからな。きょーすけが全部一人でやればいい」
 ほう。中々面白い事をいう。
 ふむふむ。
 いい事を思いついた。
「くるがや?どうかしたのか、何か笑顔が怖いぞ…?」
「いや何。鈴君のおかげで、妙案を思いついた」
 恭介氏に一肌脱いで貰えばよいのだ。
「大丈夫だ鈴君。安心して参加したまえ。ちゃんと裏方になるように細工しておく」
「配役はどうするんだ?」
「鈴君の代わりに、恭介氏にやってもらうさ」
「!だけど…そうすると、理樹はどうなるんだ…?」
「なぁに、それも一興だろう」
 ふふふ。
 棗兄の困り顔が今から楽しみだ…!
 
 
 
 
 
 

あとがき
 ってな訳で、実は来ヶ谷さんと組んでたのは鈴でしたー(笑)

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