晴れ時々女体化注意報・8

 バイオ田中発見――来ヶ谷さんからのその一報は、メールで全員に配信。
 そして、田中さんを確保してあるという、真人と僕の部屋に皆で集まる事になった。

          *

「さて、それで――バイオ田中、というのはこいつでいいのか?」
「うわ…」
 来ヶ谷さんが示した先には、椅子に縛りつけられた、……ボロ雑巾のような…ええと、多分バイオ田中さん?
 いや、顔とかボコボコで人相変わってるし。一体何があったのさ…。
「どうだ、少年?」
「いや、ええとさ…多分田中さんで合ってると思うけど、一体どうしたの…?」
「うむ。それなら簡単だ。何を考えていたのか、女子寮に足を踏み入れたらしい。私が発見した時は、既にボコられた後だったよ」
 うわぁ…男子生徒が女子寮のデッドラインを越えるとこういう事になるのか…こ、怖いな。
 ――何で僕、いつも大丈夫なんだろう?いいや、深くは考えない事にしよう…。
 ボロボロの田中さんを、小毬さんが不思議そうに見つめる。
「でもぉ、何で田中さん、女子寮に入ろうとなんかしたんだろうねぇ?」
 うん、それは確かに。
 雲隠れしてた事と、何か関係あるのかな?
 僕も首を傾げた所で、来ヶ谷さんが口を開いた。
「これは私の個人的な推測だが――誰かに会いに来た、という所じゃないか?」
「誰かって?」
「ふむ。恐らくは――」
 来ヶ谷さんの視線が――西園さんへ。…え?
「美魚君。こいつは君に会いに来たんじゃないか?」
「ええっ!?どういう事っ!?」
 僕も周りのメンバーも驚く中、来ヶ谷さんが淡々と続ける。
「バイオ田中は、美魚君に匿われていた、という事だよ。そして、恐らくアンチ女体化バイオクッキーが完成……田中はその報告を美魚君に持ってきた、という所だろう」
「…いつから気付いていたんですか?」
 あっさり認める西園さん。ってホントにっ!?
 来ヶ谷さんはクールな笑顔で西園さんに答える。
「割と最初から疑ってはいたよ。一番最初の緊急会議の時、集まった時は全員いたはずなのに、美魚君だけ途中でいなくなっただろう?」
「…でも、それだけでは…」
「しかもその後戻って来て、記念写真を撮ろうと言い出した。それで、おやっと思ったのさ。
田中も見つからず、元に戻れるか全く不確定の中で”記念写真を撮る”という悠長な言葉が出てきた――つまり、理樹君の女体化の原因を知っていて、それが特に害は無い事、更に近いうち男に戻れる事、の二つを確信しているんじゃないか、とな」
「……なるほど。席を外した口実を、と思ったのですが…裏目に出てしまいましたか」
「皆がバイオ田中を探したのは、緊急会議開始までの数時間。このぐらいなら、たとえば女子寮の自分の部屋に彼を隠しておけば、どうにか凌げる。
その後、皆が緊急会議で集まった隙に、こっそり部屋に戻ってバイオ田中を科学班の研究室に隠す。科学班関係は美魚君に一任してたからな。そこに隠せば、誰にも見つからない。
―――私の推測はこんな所だが」
「――その通りです」
「で、でも西園さん…なんだってそんな事を…?」
「それは―――わたしの責任だからです」
 えっ…!?
 その瞬間、椅子に縛りつけられていた田中さんがぱっと顔を上げた。
「違うっ君のせいじゃないっ…!」
 あ、生きてたんだ。
 田中さんは、ぼこぼこに腫れた顔を僕へと向ける。…正直怖い。
「直枝理樹君」
「え?はい…そうですけど」
「僕を覚えているかい?」
「はぁ…まぁ…」
 顔は何て言うか判別不可能な感じだけど、一応田中さんの事は覚えている。
 僕が頷くと、田中さんは笑ったようだった。…腫れてて分からないけど多分。
「君に初めて会った時、――僕は」
 何だろう…嫌だな、どうせ実験対象とかそういう…。
「君に一目ぼれしてしまったんだっ!」
「やっぱり…ってえええぇぇ!?」
「ラブレターは読んでくれただろう?」
 あ、あれってホントにラブレターのつもりだったんだっ!?
 思わず一歩引いてしまう。
「直枝理樹君。僕はね…以前棗君と一緒にいる君を見て、その笑顔にすっかり心を奪われてしまったんだよ…だが君は男の子だ。男の僕に告白されたって困るだろう。それを考えると切なさに胸も張り裂けんばかりだった…」
 田中さんの自己陶酔告白を聞いていた鈴がぽつりと呟く。
「正直引くな…」
 うん、僕もそう思う。
「ロクに食事も喉を通らない日が続いた。――そんなある日の事だ。僕はいつものように、一目直枝君を見る為に君達の教室へ忍び込み――そこで、声を掛けられたんだ」
”――もしかして、恋をしていませんか?”
”っ!なぜそれをっ…”
”しかも相手は――直枝さん、では?”
”くっ…そのものズバリだっ…君は一体…!?”
”いえ、毎日直枝さんを見に来ているようですので、もしやと…”
”――ああ、そうなんだ。僕は…直枝君に恋をしている…でも、彼は男の子なんだ”
”そうですね。田中×直枝……これは美しくありません…”
”くっ…どうして彼は男の子なんだっ!あんなに可愛いのにっ!”
”……そうですね。もし直枝さんが女の子だったら―――女体化直枝、ですか。…これは有りです…!”
「女体化――その言葉を聞いた時、僕は神の啓示を受けたと思った。――曰く、女体化バイオクッキーを作れ、と…!」
 いやそれ唯の思い込みだから。っていうか危ない電波だよっ!
「そうして僕は、日夜女体化バイオクッキーの開発に没頭したっ!」
 何て迷惑な人なんだっ!
 多分これは全員の心の叫びだ。だけど、そんな僕らの心中を察することなく、田中さんは熱く語り続ける。
 DNAの塩基配列とか化学式とかベクターのウイルスがどうのとか。きっと聞く人が聞けば凄いんだろうけど……。
「――そして、研究に研究を重ねて三日目、遂に僕はそれを完成させた!」
 って早いねっ!?さすが恭介の友達だ。基本的に普通じゃない。
 天才って似るものなのかな…。才能はあるのに、使い方を無駄に間違ってるよね…。
「念願叶った僕は、憧れの直枝君へ、心を込めたラブレターとバイオクッキーを捧げ…そして見事!僕の気持ちを受け取った直枝君は、無事女の子にっ!」
「いやいやいやっ」
 受け取ってないしっ無事じゃないしっ!
 大体そんな危険な物なら、食べたら女の子になるとか注意書き位しといてよっ。
「…けどよ」
 そこで不意に真人が首を傾げる。
「だったら何で雲隠れなんかしてたんだよ?」
「あ…そう言えばそうだよね」
「――いやそれは…」
 田中さんはどこか怯えたような目で真人と謙吾を見る。
「き、君たちが……『田中はいねーがー!』って物凄い形相で探し回っているのを見て…こ、怖くて…」
 ってナマハゲっ!?真人も謙吾もどういう探し方してるのさっ。
 この二人が必死になって探してくれたって事は分かるけど――それは探される側としては怖いかもしれない。
 西園さんがこくりと頷く。
「わたしは、怯えた田中さんから事情を聞いて…こちらの事情もお話して、アンチバイオクッキーを作るよう進言しました。それが完成すれば、あの二人から追いかけられる事はなくなりますから」
 それまでの間、匿う事で話をまとめたらしい。謙吾と真人がよっぽど怖かったんだろうなぁ…。
 それが今日完成して、西園さんに報告しようとした田中さんがうっかり女子寮に足を踏み入れて、今に至る、という事か。
 ホント色んな意味でうっかりな人だなぁ……。
「アンチバイオクッキーは完成した。だがその前に――僕は本来の目的を果たしたい」
 田中さんが、椅子に縛られたまま僕を見上げる。
 …それってまさか。
「直枝理樹君!…いやさ、今は理樹子ちゃん、かな。僕と付き合ってくれっ!」
「嫌です」
「何だってぇぇぇっ!?」
 いやいや、そんな驚く所じゃないしね?普通に予想できる事態だから。
 が、田中さんには想定外だったのか、目に涙まで浮かべている。うわ…この人、本気泣きだ…。
「君は無事女の子になったんだろう!?なら僕と付き合うのになんの問題もないじゃないかっ!」
「問題あり過ぎだよっ!大体、男とか女とか関係なく、田中さんと付き合ったりしないから」
「なぜだぁぁぁっ!?」
 田中さんが絶叫した所で、鈴が痛烈に一言つぶやく。
「こんな迷惑でマッドな奴、あたしだって嫌だ。しかも顔がくちゃくちゃだ」
 いやまぁ、元の顔は取り敢えず普通だったと思うけど。でも迷惑云々の下りはその通りだよね。
 第一結局身体が女になった所で、心は男のままだ。まぁこの辺を言い始めると、今度は精神も変化するバイオクッキーの研究にいそしむような気もするから、言わないけど。
 田中さんは、くっと悔しそうに歯噛みする。
「そうか……やっぱり君は――棗君が好きなのかい!?」
 え…棗って―――ど、どっちっ!?
 恭介と鈴を、思わず見てしまう。
 そりゃどっちも好きだけど、鈴は妹みたいなものだし、恭介は……恭介、は……。
 あ、あれ…?えっと恭介は―――。
 うわっ何で顔が赤くなるのさっ!?
 自分でも分からずにうろたえていたら、田中さんが滂沱と涙を流し始めた。
「やっぱりそうだったのかいっ……ううっ…そうじゃないかとは薄々思っていたけれどっ…!」
「え、いやあのっ…違っ……」
「くっそれじゃあ……西園さんに言われて作ったけれど――アンチバイオクッキーなんかいらないじゃないかっ…!」
「いやいやっそれ凄い必要だからっ」
「でも、君はどうせ棗君と付き合うんだろうっ!?」
 ならこんなもの、と言った田中さんの視線が彼の胸ポケットに落ちる。
 それを目にした西園さんは、田中さんの胸ポケットからバイオクッキーの包みを取り出した。
「――これ、ですか」
「西園君……君は、直枝君が棗君と付き合う事になると、知っていたんじゃないか?ならどうしてアンチバイオクッキーなんか必要だったんだい…」
「…田中さん。確かに直枝さんが女体化したら面白いとわたしは思いました。請われるまま科学班の研究室もお貸ししましたし…」
 うわぁ、ホントに凄い協力的だったんだね…。
「でも、まさか本当になるとは思っていなかった、というのが正直なところです」
「――成る程、な」
 西園さんの告白に、それまで黙って経緯を聞いていた恭介が頷く。
「理樹が本当に女になって西園自身も慌てていた所で、俺達が事態を騒ぎたてた結果――事情を言うに言えなくなった、って事か」
「――お恥ずかしい話ですが、その通りです。…勿論、全て解決したら正直に言うつもりでしたが」
 そうだったんだ…。
「すみませんでした、直枝さん」
「いいよ。結局は西園さんも、僕が男に戻るのに協力してくれた訳だしね」
「直枝さんの女体化には当然わたしも責任がありますから、直枝さんが戻りたいと言うなら、戻す方法を模索するのは当たり前です。それに…」
 西園さんが、僕と恭介をちらり、と見る。
「………それにやはり、…男の子同士の方がいいと思います」
「――ええと、それって…」
「取り敢えず、これをどうぞ」
 西園さんの発言の真意を聞く前に、僕の前にアンチバイオクッキーが差し出される。
 これを食べれば、元に戻れるのか。
 受け取ったクッキーを手に、不安になって恭介の方を見る。恭介が一つ頷くのをみて――安心する。
 うん、大丈夫。何かあっても…恭介がいる。
 皆の見守る中、僕は思い切ってクッキーを頬張った。
 
 そして――。


「あーその……すまない、直枝理樹君…」
「うぉぉぉぉ理樹が小さくなっちまったぁぁっ!?」
 真人の叫び声と同時に、田中さんがメンバー全員の袋叩きにあった事は、言うまでもない…。


          *

 後日。
 何とか元に戻れた僕は、以前と変わらない日常を謳歌していた。
 そう――以前と何ら変わる事のない……。
「よっと…」
 掛け声と共に、恭介が窓から二年の教室に入って来る。恭介は、真先に僕に視線を向けて、柔らかく微笑んだ。
「理樹。身体の調子はどうだ?」
「ん、大丈夫だよ」
「そっか。ま、無理はするなよ?」
 …確かに、元に戻れるまでに、色々あったからねぇ……。小さくなったり、大人になったり…。
 その時の事を思い出してゲンナリしてしまう。
「もう大丈夫だけどさ。でもホント大変だったよ…」
「しかしまぁ、何にしろ戻れて良かったな」
 恭介がポン、と僕の頭に手を載せ、微笑みかけてきた―――その瞬間。
「っ…!」
 どきんと心臓が跳ね上がって、顔が真っ赤になるのが自分でも分かってしまった。
 な、何でっ…!?
「どうした、理樹?」
「ななな何でもないよっないからっ!」
 とは言うものの…うわわっ、なんでか恭介の顔をマトモに見られない…。
 これって、女の子になってた後遺症!?
 まさか僕、――ホントに恭介に恋でもしてるんじゃ…!
 き、気のせいだよ…。きっと、女になったり男に戻ったりで、身体と気持ちが混乱してるんだ。そうに決まってる。
 身体は元に戻ったんだから、気持ちだってその内…元に戻るよね?
 恋、なんか――してないよねっ!?
「それじゃ、昼飯食いに行くか。一緒に行くだろ?理樹」
「――うん」
 差し出された手に自分の手を重ねて……どきどき鳴る心臓は、だけど、ちょっとだけ心地良かった。
 うん…どうせなら、このどきどき感を楽しもう。恭介だっていつも言ってるもんね。
 楽しめって。
 漸く訪れた平和と、少しの高揚感を噛み締めながら、僕は、握る手に力を込めた。



          *


おまけ。


「ところで美魚君」
「はい、なんでしょうか」
「……次は、猫耳理樹君、というのはどうだろうな?」
「もしくは二人に増やす、というのも有りだと思います…」
「では、間を取って――猫耳理樹君を二人、というのはどうだ?」
「――有りです…!」
 西園と来ヶ谷は、視線を交わし――最凶最悪なタッグが、この日遂に誕生した。


 理樹に安息が訪れる日は―――まだまだ遠い…。


 
 
 
 
 

あとがき
 まぁ、ぶっちゃけ最初のきっかけと、このオチが書きたかっただけ、という品(笑)
 理樹を強くするために皆で協力…でもやっぱ楽しまなきゃね、という事で、西園さんと来ヶ谷さんはループ世界をとっても楽しんでそう…。
 バイオ田中の呼び方に関しては、多分バイオ田中呼び捨てなのかもしれないんですけど、一応恭介と同学年っぽいので、本人呼ぶならさんぐらい付けるだろう、と…。
 とりあえず、うちの田中は理樹スキー(笑)
 うん、しかし意外にも長くしてしまったので、既に展開を忘れかけている部分も有り…(おい)どっか物凄いミスってたらすいません(笑)

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