君と僕の軌跡・エピローグ

 車がゆっくりと雪道を走る。運転席には恭介がいて、いつものように僕はその隣。
 現在、新婚旅行中――と言っても、二回目だけど。
 一回目は結局リトルバスターズメンバー全員で行く事になって、修学旅行みたいなノリになってしまった。
 もちろんそれはそれで楽しかった。ただまぁ……誰にも邪魔されず、という旅行ではなかったのは確かで。
 恭介が後でもう一度行こうと誘ってくれたんだ。僕も、二人っきりで旅行っていうのは実は楽しみだったりする。
 社会人一年目は凄く大変みたいで、ずっとロクな休みも取れなかった恭介は、今回無理やり有給をもぎ取ってきた。
 僕の方も、センター試験が終わって一段落。第一志望の大学は前期がセンターのみの判定で、自己採点の結果、とりあえず合格はほぼ確実という話だ。
 それで、余裕の出てきたところで予定を合わせて、今回の旅行に漕ぎ着けた。
 因みに旅行先は北海道。恭介曰く”やっぱ愛を温め合うなら寒い所で寄り添うのが基本だろ”…らしい…。
 雪山で遭難した男女の映画とか、その辺の影響だと思うけどね。
 今は、会わせたいダチがいるという恭介たっての希望で、なぜか山の中を走っている。
 それにしても、恭介と二人で旅行なんて、初めてだ…。ちらりと隣へ顔を向け、ハンドルを握る恭介の姿に思わず見惚れる。
 ハンドル捌きが堂に入っていて、格好いい。
「そういや理樹」
 突然話しかけられて、どきりとなる。
「な、何?」
「受験の方は大丈夫か」
「ああ、うん。センターだけだから…一応自己採点の結果はA判定だったから、大丈夫だと思うよ」
「そっか」
 目を細めて笑う恭介の嬉しそうな顔に、何だか照れくさくなる。
 実は第一志望は、恭介の職場の近くの大学で、……志望理由の方も、恭介の職場が近いからという単純なものだった。
 学部とかは一応ちゃんと選んで決めたけれど。
 ふと大学を決めた時の事を思い出して、さらに照れ臭さが増した。
 恭介は、卒業後も週末になるとひょっこりやってきて、僕達は良く……デート、をした。そんな週末デートの時に、恭介が僕に言った。
”行きたいトコがあるなら、そっちを優先しろ。――これは、俺の我儘だからな”
 真剣な声で言いながら恭介が渡してくれた封筒の中身は……、つい数日前に僕が取り寄せたのと同じ大学の願書。
 僕も、恭介にいつ言おうかと思っていた矢先の出来事で。そのことを告げたら、恭介はなんだか気の抜けたような顔をした。
 それから二人で少し顔を赤くして、笑い合った。
 恭介の後を追いかけてばかりいるようで、本当は気後れしてたんだけど…。今は、後悔なんてない。
 一緒にいたい、それだって立派な行動原理だ。悪い事でも恥ずかしい事でもないんだ。
 因みに…学部こそ違うけど、実は皆も同じ大学を受けた。今年の春になるまで、恭介には秘密だ。
 恭介は、前を向いたまま、口を開く。
「住む所はどうするか決めてるのか?」
「んー…まぁ、まずは受かってからだけど…。やっぱり住むなら寮かなぁ」
 安いしね。……ホントは、恭介と一緒に住みたいけど…そこまで言うのは我儘だよね。恭介は社会人だし、僕は大学生だ。
 生活時間だって違うだろうし、追っかけてきたみたいな状態で、部屋にまで押し掛けるのは流石に気が引ける。
 ……やっぱり、実はちょっと不安なのかもしれない。迷惑かけて嫌われたくない、なんて思ったり。
「ふぅん…」
 恭介はちょっと思案顔で頷いた。そこで一度会話が途切れ、僕はのんびりと窓の外を眺めた。
 ちらちらと雪が降り始めていたけれど、車内は暖房が利いていて暖かい。同じような景色が続いて、なんだか少し眠くなってくる。
 欠伸が一つ漏れたところで、元々遅かった車の速度が更に落ち、やがて停まった。
「どうしたの、恭介」
「――迷った」
「……ええ!?」
 何か前にもこんな事なかったっけ!?
 ていうか冬の山道で迷ったはヤバイよね!本気で遭難!?
「どどどうするのさ恭介っ!?」
 目を見開いて慌てる僕とは対照的に、恭介の方はあんまり焦ってない。
「ま、何とかなるだろ」
 恭介は、シートベルトを外して後ろの座席からロードマップを持ってくると、僕に差し出した。
「じゃ、ナビ頼む」
「…う、うん。それはいいけど」
 ナビはいつも事だから、僕も慣れてきた。受け取ってパラパラと地図を捲る。
 だけど、…現在地ってどこだろう…。
「大丈夫だ」
 自信満々に恭介が言う。
 そうしたら、なんだか本当に大丈夫な気がした。
 うん。恭介が言うなら大丈夫なんだ。
 僕は落ち着いて地図を見た。ええと、さっきまで通ってた道路は…。
「なぁ理樹」
「ん、何?」
「飴食うか?」
「えっと…じゃあ一個」
 地図を見ながら手を差し出す。そこに飴が一つ落とされる。
「それとな、…これもやる」
 恭介が、僕の手の中にちゃり、ともう一つ何かを落とす。
 え…?
 視線を上げると、掌には鍵が載っていて。
「失くすなよ?合鍵それ一個しか作ってないからな」
「!」
 はっと顔をあげると、恭介が目を細めて僕を見ていた。
 これって…もしかして…。
「理樹。お前が嫌じゃないなら――俺と一緒に暮さないか」
「っ……」
 頬が熱くなる。嫌な訳なんてないよっ…!
「い、いいの…?」
「そりゃ俺のセリフだな。その鍵、一度受け取ったら返品は受け付けないぜ?」
「じゃあ、もう返さないからね」
 ぎゅっと鍵を握り締めると、恭介は優しく微笑んで、僕の頭に手を伸ばしてくる。ぐしゃぐしゃに髪を掻き回された。
「よし!じゃ、言質は取ったからな。もう返品はダメだ」
「うん…!」
「あと、一緒に付いてるキーホルダーな、それも失くすなよ?」
 キーホルダー?
 僕は再び手の中に目を落とす。
 鍵にぶら下がる細い鎖の先には、飾り気のない丸い輪が取り付けられていた。
 ホントに無造作に、僕の指が入るくらいの―――指輪が。
「っ…」
 こ、れ――!
 恭介はただ目を細めて微笑みながら、僕を見ている。
 ああもう、この人はっ…!
 本当にいつだってこうなんだ。びっくりさせて、――不安なんて、いつでも根こそぎ消してしまう。
 何だよ…僕だって結構色々考えてたんだぞ?迷惑かけたり、追いかけてばかりじゃ駄目だとか。
 悩んでたのに――馬鹿みたいじゃないか…。
「指輪…つけてみてくれるか?」
「う、うん…」
 キーホルダーから指輪を外す。恭介が、途中で僕の手から指輪をそっと取り上げる。
「――俺が付けてやる」
 そう言って、僕の左手に…指輪を嵌めてくれた。指輪は、薬指にぴったりと嵌った。
 恭介は満足そうに笑った後、ポケットからもう一つ指輪を取り出して、自分の指に嵌めた。
 僕と同じ場所に嵌る、銀色の指輪。なんだか、凄く照れくさい。
 恭介が、僕のおでこに額をくっつけて、吐息の触れあいそうな距離で見つめてくる。
「理樹。一緒に暮らそうな」
「うん」
「体力は付けておけよ」
「うん……って、何で?」
 別に一緒に暮らすのに体力はいらないよね。
 首を傾げる僕に、恭介は、どこか含みのある笑みを浮かべる。
「一緒に住んでて…我慢できそうもないからな」
「え…」
「――理樹」
 恭介の手が、頬に降りてきて――、親指が僕の唇を撫でた。そのまま、柔らかく唇が重なった。
「ん…ん、んっ…」
 それが次第に深くなって――覆いかぶさるように、恭介が。
「っ…ちょっと待っ…」
「ん?どうした、理樹」
「や、あの…ええとっ…」
 この雰囲気はまずいような!?まさかっ…このまま、とか…いやいやいやっ!?
 慌てて僕は言い訳を考える。
「きょ、恭介っ」
「ん?」
「車だよっ!?」
「そうだな、車だな。…それがどうかしたか?」
 あっさり返された!
「それにほら!迷ってる最中だしね?」
「そんなの忘れさせてやるって」
 いやいやいや!それ忘れちゃダメだから!
「え、えっとその…山奥だしっ」
「ああ。人が来なくていいだろ」
「雪がっ!雪が降ってるよ!?」
「ロマンチックじゃないか」
「それに…え、えと…寒いしっ」
「暖房付けてるんだが――寒いか?」
 いえ、実は全然寒くないです…て言うか寧ろ、暑いっていうか…。
 焦る僕に、恭介はニッと笑う。
「寒いなら…あっためてやろうか、理樹…」
 うわー墓穴っ!?
「ちょちょちょっ待っ…!」
 首筋に恭介の顔が埋まる。ぬめる感触が肌の上を這って、慌てて僕は恭介の背中をぽかぽか叩いた。
「だ、駄目だってばっ!?――ぁっ…!」
「――なんてな。冗談だ」
 クックックと喉の奥で笑って顔をあげた恭介は、僕を見るなり、僅かに目を見開く。
 それから、妙にバツ悪そうに口元を押さえて横を向いた。
「恭介…?」
「悪い――。その…お前、そういう顔するなよ」
「そういう顔って…どんな顔さ」
「エロい顔」
「してないよっ!」
「いや、してたぞ今。おかげで、冗談が本気になりそうだ」
 そんな真面目な顔で言われてもっ!
 恭介が、倒れこむように僕の上に被さって来る。ぎゅっと抱きしめられた。
「なぁ、理樹。……したい」
「っ!ば、馬鹿っ…!」
「ダメか?」
「駄目っ!」
 即答したけど、恭介が離れてくれる気配はない。強く抱きすくめられて、吐息が耳朶にかかる。
 そして、少し掠れたような、熱を孕んだ恭介の低い声が――。
「理樹…」
 そ、そんな声で言うのは反則だからっ!
「だ、だめ――」
「可愛い、理樹」
「やっ……こ、ここじゃ駄目だってば!宿でっ!」
 口走った瞬間、ふ、と耳元で恭介の笑う気配。
「そっか。じゃ、宿で――たっぷりな?」
 うわぁぁっ!どっちにしろ墓穴っ!?
 うろたえる僕を尻目に、恭介はあっさり身を起こす。シートベルトを締めると、すぐに車を発進させた。
「恭介、さっき道に迷ったって…」
「ああ、ダチのトコまでの道順がちょっとな。心配するな。宿ならすぐ着く」
 やっぱり……それ迷ったって言わないよね!?ていうかその友達は?会いに行かなくていいわけ?
 恭介は、聞くまでもなく最早宿に直行の雰囲気だ。…いいのかなぁ…。
「そういえば恭介。僕に会わせたい友達は?」
 一応聞いてみる。
 すると恭介は、肩を竦めて言った。
「冬眠中なのを忘れてた」
「――は?誰が?」
「ヒグマが」
 してやったり――そんな顔で少年みたいに笑う恭介。びっくりして、呆れて、それから僕も釣られて笑ってしまう。
 指輪と鍵を手渡すタイミングの為の演出だったのか、それとも案外本気でヒグマに会いに行く気だったのかもしれない。
 きっと、いつまでもこの人はこうなんだろう。
 そして僕も、ずっとこんな風にこの人に。
 …僕達は、きっとずっと―――こうやって、二人で歩いていくんだ。

 不安も喜びも、辛さも楽しさも、全部二人で受け止めて、二人で歩いて行こう。
 例えその足が震えても、例えこの足が震えても……二人ならきっと―――歩き出せるから。
 
 
 
 
 
 

あとがき
 しゅーりょーですっ!いやはやお付き合い下さって読んで下さった方々っ!ありがとうございますぅぅっ!
 や、もう拍手とかメセジとか下さった方々のおかげで、無事完結っ!それなかったら、完結してなかったような気も…(コラ)
 因みに、学部が豊富らしいので、皆学部は違うけど同じ大学(笑)来ヶ谷さんなら、勉強なんぞどこでも出来る、とか言いそうです。
 医学部希望。こまりんなら教育学部の美術とか。真人は体育。謙吾は意外に経済。美魚は文学部。クドは…農学部or獣医学部。葉留佳は薬科が似合う気も。
 で、実は理樹だけが不明…何か卒なく成績よさげなので、どこでも入れそうです…。
 大学受験か…ああ懐かしいなぁ、もうやりたくないけどな!
 うーん、次は…社会人同棲編ですかね!(笑)いえまぁ、ぽろぽろと番外編を書く感じで増えていくかと思います〜。

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