「ちょ、ちょっ…ちょっと待ってよ!?何で恭介が…!?」
「…呼び出しておきました…」
って西園さん!?
「大丈夫だ少年。恭介氏が暴走しそうになったら、これに向かって助けを呼べ。可能なら助けに行ってやろう」
渡されたのは、前に恭介が使っていたのと似たような、耳に掛けるタイプの無線機。
僕らに気づいた恭介が、片手を上げてこっちへやって来る。
「よ、お前らも一緒か。西園、見せたいものってのは………ん?」
恭介の声が途切れ―――不審そうな表情で僕を見た。次いでその目が小さく見開かれる。
「――理樹か…?」
まぁ、バレるよね…。前に写真も見てるし。
来ヶ谷さん達は満足そうだ。
「ではな、少年」
「やはぁ〜、ごめんネ理樹くん」
「それでは……お暇いたします」
最後に西園さんがぺこりと頭を下げて、三人はいなくなる。
え…何この状況…。こんな格好で恭介と二人っきり!?
「あ、のね…恭介」
「西園の見せたいものってのはこれか…。へぇ、似合うじゃないか理樹。男には見えないぜ」
「いやそれ褒めてないからね?」
「そうか?」
「そうだよっ」
恭介は何を考えてるのかよく分からない顔で、じっと僕を見る。
…は、恥ずかしいんですけどっ!?
「――理樹。空き教室入るか」
「え?」
「そんな格好、他の奴らに見られたくないだろ」
「あ、うん。そうだね…」
確かに。
恭介に促されるまま、さっきまでいた空き教室へ。机の一つに、僕の着替えが上がっている。
「ここで着替えたのか?」
「うん。来ヶ谷さんに急に連れてこられてさ…」
「はははっ。何だ、あいつらに騙されたのか」
「笑い事じゃないよっ。完璧にとか言われて下着までっ…」
……あ。言わなくていい事まで言っちゃった…。
恭介の目が―――チラリとスカートの辺りに。
「な、何っ…!?」
思わずスカートの裾を押さえると、恭介は慌てたように目を逸らした。
「いや、まぁ…何だ。早く脱いだ方がいいんじゃないか?」
「ぬ、脱ぐって…!」
「いや違うっそうじゃなくてだなぁ…」
恭介は教室に掛けてあった時計を指さす。
「昼休み、終わっちまうぞ」
うわ、ホントだ…。
「そっか…早く着替えなきゃ」
呟いて、恭介を見る。
「あのさ、恭介?」
「ん?」
「えっと出来れば、外で待ってて貰えると助かるんだけど」
「っと。そっか、悪い。じゃぁ、俺は誰か来ないか見張っといてやるから、終わったら声掛けろ」
「うん、ごめんね」
恭介が教室を出ていくのを見送って、僕は慌てて上着を脱ぐ。急がなきゃ。カツラを取って、ブラウスのボタンを外し…。
「あ……」
しまった!ブラジャーってどうやって外すんだろう!?…結構ピッタリしてて、無理矢理取るって訳にも…。
出来ない事はないだろうけど、来ヶ谷さんのだし、破いたり壊しちゃったりはまずい。
…そうだ、無線機!
さっき渡された無線機を耳に掛ける。
「来ヶ谷さん?」
『ん?どうした少年。何かあったのか?』
「あったといえばあったというか…。は、外し方、分からないんだけど…」
『ああ、ブラジャーか』
「う、うん」
『はっはっは!初心だなぁ、理樹君は』
『知的な棗さん×無知な直枝さん…ご飯三杯はいけますっ…』
『あはははーおバカさんですネー理樹くん』
「…あのさ、来ヶ谷さん以外の声も全部聞こえてるからね?それでどうやって外すの、これ?」
『うむ。まずは肩紐を外す』
「えっと…うん」
『次に両手を後ろに回してホックを外す』
「………。いや出来ないよ!?」
『だろうな。慣れていないと難しい。よし、少年。恭介氏に助けて貰いたまえ』
「―――は?」
恭介に助けて貰う?何を??
僕の間抜けな声に対して、無線機からは実に楽しそうな声が聞こえてくる。
『何、簡単な事だ。こう扉を薄く開けてだな、”お願い恭介ブラのホック外して”と言ってはにかみながら背中を向ければよい』
『……そして耐え切れず野獣になる恭介さん…』
『でもって理樹くんロストバージンっ!』
「いやいやいやっだから二人の声も聞こえてるからね!?っていうかそれ以外の方法で外せないの!?」
『無理だな。おねーさんが行ってやってもいいが、もうあまり時間もない。早くしないと遅刻だぞ』
「うっ…」
『まぁ何かあったら助言してやるから、無線機は付けたままにしておけばいい』
「わ、分かったよ…」
しぶしぶ扉に歩み寄る。ちょっとだけ開くと、気付いた恭介が話しかけてきてくれた。
「どうした。終わったのか?」
「いや、まだなんだけど…その…ちょっと色々あって…」
「ん?」
「あの、あの……て、手伝って貰える…?」
「――はぁ?」
何言ってんだお前、と言わんばかりに恭介の目が見開かれる。
訳分からんポイント一点獲得だね…。
「手伝うって…何をだ」
「えっと、その……ブ、ブラジャーのホック…」
「―――」
「は、外して…」
「―――んなっ!?」
うわー珍しいなぁ。恭介が顔赤くしてうろたえてる…。
こんなテンパってる恭介見るのなんて、初めてかもしれない。
「は、外してって…おまっ……いや待てっ。落ち着け。な!?」
「うん。や、何か恭介見てたら、僕は落ち着いてきたかな…」
「そ、そうか。そいつは良かった」
「―――」
「―――」
「えっと恭介?」
「何だ」
「いやあの…ホック外してほしいんだけど…」
「っそうだったなっ……。よし」
一つ大きく頷くと、恭介はいつものポーカーフェイスに戻っていた。
うーん、流石だなぁ。
「外すにしても、とりあえずここからじゃマズイだろ」
「あ、そうだね」
いつ誰が通りかかるとも限らない。
僕が横にずれると、恭介は教室の中へ入ってくる。その姿を見た途端、僕は反射的に恭介に背を向けていた。
いやだって…ブラジャー付けた姿を真正面からは見られたくないよっ!
何か、今更ながらすごい恥ずかしくなってきた!
「あ、あの…恭介…」
「――外すぞ」
「う、うん」
『理樹君。恭介氏の方を肩越しに振り返ってみたまえ』
耳につけた無線機から、来ヶ谷さんの突然の指示。
「?」
よく分からないけど、振り返ってみる。
うわっ…すごい真剣な顔で、恭介が僕の背中に―――。
「理樹。前を向いてろ」
「え?」
「いいから前を向いてろ」
静かだけど、有無を言わせぬ迫力で命令されて、僕は慌てて前を向く。
こ、怖い…。
『はっはっは!恭介氏の動揺した姿とは、またレアなものを見たよ。うむ、大満足だ』
『…せめぎ合う理性と欲望の狭間で苦悩する恭介さん…眼福眼福…』
『そこだーいっちゃえー!恭介さん!』
いやだから全部聞こえてる――っていうか……見えてる!?
まさかカメラとか仕込んであるの!?どこに…!
『フフ、窓際の辺りだ理樹君』
まるで思考を読んだように来ヶ谷さんが告げる。うわっ…そうだったんだ…。
ってさっき僕ここで着替えてたんだけどっ!?まさか見られてないよね!?
「――理樹」
「は、はい?」
「………。さ、さわるからな?」
恭介が噛んだ!
な、何かどんどん緊張してきた…。顔が熱い。
背中に―――恭介の、指…が…。
「…んっ…」
うわわわっ変な声出ちゃったよ!
ちょっとだけ振り返ると、恭介が固まっていた。険しい顔でホックに指を掛けたまま、動かない。
「…恭介?」
「っ…変な声出すなよ」
「ご、ごめん」
怒られてしまった…。
「じゃあ、外すぞ」
「うん、お願い…」
「……ぐはっ…」
って何か危険な声がっ!?
「きょきょ恭介!?」
「いや待て!今のは違う。断じて違うぞ!」
何が!?
「いいから前向いてろ。こっち見るんじゃねぇっ」
逆切れされてしまった!
『見事だ少年。恭介氏は愉快だなぁ』
『…無自覚小悪魔の直枝さんに翻弄される恭介さん…有りです…!』
『やはは〜何か楽しいデスネ〜』
全然愉快じゃないし有りじゃないし楽しくないから!
寧ろ怖いよ!
何か得体の知れない無言のプレッシャーが、背後からビシバシ伝わってくるしっ。
恭介の指が、ぐっとホックに掛かる。
「っ…」
プチン、と小さな音を立てて、あっけなくホックが外れる。途端はらりと落ちてきたブラジャーを、僕は慌てて押さえた。
「あ、ありがと。恭介」
「―――」
恭介は無言で教室を出て行く。
お、怒らせちゃったのかな。どうしよう…。
『いやいや実に面白かったな』
『ええ、もう永久保存版です…』
『面白かったデスネー』
「全然面白くないよっ。恭介怒らせちゃったじゃないか!」
三人の無責任な発言に思わず抗議する。
『うん?怒ってなどいないだろう』
『寧ろ喜んでいるかと…』
『でもって今頃は、廊下で顔赤くして前屈みで悶絶って所じゃないデスカネ?』
「そんなわけないから!」
言いながら、僕はさっさと着替える。もちろん、窓際から隠れるように教卓の影で。
ブラジャーさえ外れてしまえば、後は僕の羞恥心の問題だ。漸く着替え終わって時計を見る。
うん、ギリギリ授業には間に合いそうだ。
ドアを開いて、外で見張りを続けてくれていた恭介に声を掛ける。
「終わったよ、恭介」
「お、良かったな」
何故か僕に背中を向けたまま、振り返りもせずに、恭介は片手を上げた。
「じゃ、俺は先に教室に戻ってるぜ」
ニヒルに去っていく。
「恭介」
「ん?」
「……前屈み…」
「―――。ぬぁぁぁぁ!俺はロリでもショタでも女装萌えでもねぇぇぇっ!」
絶叫しながら、恭介は走り去っていった。
因みに、僕は授業に間に合ったけど、何でか恭介は遅刻したらしい。
理由は――聞かないでおこうと思う……。
あとがき
そりゃあ、青春真っ只中の高校生がねぇ、そうなったら…個室に駆け込むしか(笑)
来ヶ谷西園葉留佳の三人は、悪巧みさせたら最凶トリオかもしれません…しかも書きやすい!
メッセージ下さった方々、拍手くださった方々!ありがとう御座います!もうホント、創作意欲の糧ですね!