君と僕の軌跡・蜜月編3

 夢を、見ていた。
 内容はよく覚えていない。辛くて、哀しくて、でも――幸せな夢だった。
 心が満たされる。そんな気分で、僕はゆっくり目を覚ます。
 ゆるゆると瞼を持ち上げると、輪郭の滲んだ世界が、境界線を取り戻していく。
 目の前に焦点が合う。そこには、恭介の寝顔があった。
 ドキリと心臓が跳ね上がったけれど、直ぐに幸せな気分になった。
 長い睫毛と、すっと通った鼻筋。端正な顔は、男の僕でも見惚れるほどで。
「――ほんとにかっこいいなぁ…」
 思わず呟く。寝てるし、どうせ聞こえてないもんね?
「恭介…大好きだよ…」
 起こさないように、小さく囁く。
 さらさらの髪に手を伸ばそうとして――だけど腕が持ち上がらない。
「……?」
 そこで、恭介の顔がひどく近い事を改めて自覚する。
 抱き締められている、恭介に…。
「――ぁ…」
 寝ぼけていた頭が起き出すにつれ、段々自分の置かれている状況が普通じゃないことに気付き始めた。
 え、ちょっと待って?
 抱き締められているのはいいとして……何か、肌が…直接触れてる、よね…。
 ええと、…恭介、裸…?
 っていうか――僕も、服着てないような。
「―――」
 お、落ち着こう。そうそう、こういう時は小毬さんの十八番のあれを言ってみればいいんだ。
「み、見なかった事にしよう。おっけー?…うん。見られなかった事にしよう…おっけー?」
「んな訳あるかっ!」
 いきなり恭介が目を開いた!
「うわぁぁあ!?」
「お前な…そんなのオッケー出来る訳ないだろ」
「うっ…っていうか、いつから、起きて…」
「ん?俺がカッコイイって辺りからだな」
 最初からだし!
「理樹、俺も大好きだぜ!」
 あああぁぁぁ!?爽やかな笑顔で言い切られたっ!
 死ぬほど恥ずかしいんですけどっ!?
 自分でも顔が真っ赤になっていくのが分かる。
 恭介は、僕の瞼にキスをしてから、おでこをくっ付くけるようにして、顔を覗き込んできた。
「それより理樹、身体大丈夫か…?」
「え…」
「昨日は無理させたからな」
 ――昨日…。
 一瞬で、脳裏に――昨晩の出来事が蘇った。
 触れた肌と肌。
 熱に浮かされて――恭介と絡み合って。
 そう、だ。昨日、僕は恭介と……!
「っっっ…!」
 うわわわっ!?ど、どうしようっ…!ほんとに、ほんとに昨日っ…!
「だだだ大丈夫だからっ…!」
「あ、こらっ…」
 恥ずかしさに耐え切れず、僕は恭介の腕から逃れようと身じろいで――その瞬間、あらぬ所を走った痛みに思わず顔を顰める。
「い、た…」
「馬鹿、急に動くな」
 恭介の腕の中にまた閉じ込められる。
「ちょっと…乱暴にしちまったからな…擦り切れてるかもしれない」
「うっ…」
 もう、もう…なんていうか色々とこう…あぁぁぁ…!
「――理樹。今日は授業休めよ」
「え?」
 恭介は、凄く優しい目で僕を見つめてくる。
「身体辛いだろ。動くのも結構大変だと思うぞ?」
「そんな事ないよ…」
 心配させたくなくて、強がってみる。恭介は何か言いたげに僕を見て、それから視線を逸らして横を向いた。
 え、何で?なんだか、目尻の辺りが赤くなってるようにも見えるけど。
「恭介?」
「悪い…その、俺は構わないが……。いや、やっぱり出ない方がいい」
「でも、体育とかじゃなきゃ大丈夫だよ」
「………」
 恭介は、僕の首と胸元に、ちらりと視線を落とす。
 何だろう…?
「出るのか、授業」
「ん。別に病気とかじゃないしね」
 痛む部分に気をつけながら、身体を起こす。
 うわ、ほんとに何にも着てない…。思わず恭介を振り返る。恭介も、だよね…。
 忽ち頬に熱が集まる。
 ベット脇の床に落ちていたワイシャツを拾って、それに腕を通してからベットを出た。
 立ち上がった瞬間、つ…と、何かが後ろを伝ったような気がした。
「っ…!」
 思わず息を呑む。
 それが何かを考えないようにして、寧ろ気付かない振りで洗面所に向かう。
 ああでも、何か、何か…凄いことにっ…。
 恭介に気付かれませんようにっ…!
 ぎこちなく歩いて、洗面所のドアを開け、中に入る。
 一人になってほっと息を吐いた。ドアに背を預けて、ふと目の前の鏡を見遣った。
 ――え…?
 ワイシャツの合わせ目から覗く自分の肌に、違和感。
 そっと襟首のところを開いて。
「―――っ」
 僕は、絶句した。
 首筋と言わず胸と言わず――あらゆる所に、これでもかという位、痣が…。
 まさか…。
 はっとして鏡に近づく。
 首の影になって見えなかった所を覗き込んで、愕然となった。
 なんていうかもう、――痣だらけだった。
 最早赤い斑点が、とかいう可愛いレベルじゃない。
 見つかったら虐待で通報されそうなくらい……酷い。
 ど、どーするんだよっ恭介!?
 これ制服でも隠せないよねっ!?
 呆然としていると、背後で扉が開いた。鏡の中に恭介が現れる。
「理樹。…あー、まぁ何だ」
 決まり悪げな恭介を、鏡越しに思いっきり睨んでやる。
「恭介。――この痣、何」
「その…悪い」
「も…どうするのさ…隠せないよ、これ」
「だから、休めって」
 言って恭介は、背後から僕を抱き締める。首の痣を見つめ、心配そうな顔になる。
「それ…痛くないか?」
「痛いとかはないけど……。消えるのがいつになるかが問題だよ」
 というか、暫く消えそうもない。
「マジで悪かった。明日までには解決策、考えておくから」
 あまり聞かない恭介の殊勝な声音に、思わず笑みがこぼれてしまった。
「うん、じゃあお願いするよ」
「ああ。…次からは、気をつけるな?」
「うん……」
 ――って次っ!?
 ばっと後ろを振り返った僕に、恭介が目を細めて顔を近づけてくる。
「…んっ…」
 優しく口を塞がれて、そのまま抱きすくめられる。
 忍び込んできた舌が僕の舌を擽る。
「んっ…んん…っは…」
「――理樹…」
「…ぁ…」
 合わさっていた唇が横にずれて、そっと首筋に降りていく。労わるように優しく触れていく。
「ごめんな…」
「も、大丈夫だってば…」
「そっか…」
 呟きながら、恭介は口付けを止めない。耳や首、頬や瞼に……キスの雨が降る。
 ああ、どうしよう…。幸せだ…。
「恭介…」
「ん?」
「――大好き、だよ…」
 この気持ちを表せる言葉が、それぐらいしか思いつかなくて。
 でも伝えたくて、拙い語彙を唇に載せる。
 恭介は柔らかく微笑んで、またキスをしてくれた。
「なぁ、理樹…」
「何?」
「…ずっと、一緒にいてくれるか…」
 やがて囁かれた言葉は、どんな意図で言ったのか分からなかったけれど…。
 恭介の顔が、あんまり優しくて、けれどとても真剣で――。
 僕は迷わず頷いた。
「そんなの、当たり前じゃないか」
 今更何を言ってるんだろう。
 即答した僕に、恭介が破顔する。
「そっか!」
 まるで子供みたいな、本当に嬉しそうな笑顔だった。そのまま、またキスをされて。
「んっ…ね、ちょっと恭介?…授業遅刻するよ…?」
「そうだな。じゃあ……俺も休むか!」
「え?い、いいの?」
「決まってるだろ。そうだな……一応風邪って事にしとくか。ま、二人で休むと…あいつらに何か言われるだろうけどな」
「…それは、言われるだろうね…」
 来ヶ谷さんを筆頭に、リトバスメンバーの顔が脳裏に浮かぶ。
 最近鈴も、前とは違った意味で爆弾発言多くなったしなぁ…。
 何を言われるやら、と思ったけれど。
 恭介が、優しく笑って手を繋いできたら、なんだか冷やかされるもの有りかな、なんて思った。
 そして、繋がれた手を見て、ふとさっき目覚める前に見ていた夢を――思い出す。
 そっか…。僕は――この手の夢を見ていたんだ。
 一度繋いだ手が離れて。
 そして、またこの手に戻ってくるまでの、それは辛く哀しく…――幸せな物語。
 僕達は、その先へと歩き出す。
 この手を、繋いで。


「――ところで理樹」
 ベットに戻る途中で、恭介が振り返った。
 切れ長の瞳が、どこか妖しい光を帯びて、僕の下肢へ注がれる。
「足のトコな……伝ってるぞ」
「っっ!!!」
 その後…人には言えないような恥ずかしい事を色々されて――。
 風邪のお見舞いに来たメンバー達に、僕は顔を合わせることが出来なかった…。
 恭介の――馬鹿っ!

 
 
 
 
 

あとがき
 やっぱ落ちが欲しい…(笑)
 この辺で取り合えずは蜜月編一休み〜。気が向いたら突然増えるかもですが。
 いや、こう…学校でのラブラブな二人とかねっ…!リトバスメンバーに冷やかされる二人とかねっ…!
 以降は短編になりますー。

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