夢を、見ていた。
内容はよく覚えていない。辛くて、哀しくて、でも――幸せな夢だった。
心が満たされる。そんな気分で、僕はゆっくり目を覚ます。
ゆるゆると瞼を持ち上げると、輪郭の滲んだ世界が、境界線を取り戻していく。
目の前に焦点が合う。そこには、恭介の寝顔があった。
ドキリと心臓が跳ね上がったけれど、直ぐに幸せな気分になった。
長い睫毛と、すっと通った鼻筋。端正な顔は、男の僕でも見惚れるほどで。
「――ほんとにかっこいいなぁ…」
思わず呟く。寝てるし、どうせ聞こえてないもんね?
「恭介…大好きだよ…」
起こさないように、小さく囁く。
さらさらの髪に手を伸ばそうとして――だけど腕が持ち上がらない。
「……?」
そこで、恭介の顔がひどく近い事を改めて自覚する。
抱き締められている、恭介に…。
「――ぁ…」
寝ぼけていた頭が起き出すにつれ、段々自分の置かれている状況が普通じゃないことに気付き始めた。
え、ちょっと待って?
抱き締められているのはいいとして……何か、肌が…直接触れてる、よね…。
ええと、…恭介、裸…?
っていうか――僕も、服着てないような。
「―――」
お、落ち着こう。そうそう、こういう時は小毬さんの十八番のあれを言ってみればいいんだ。
「み、見なかった事にしよう。おっけー?…うん。見られなかった事にしよう…おっけー?」
「んな訳あるかっ!」
いきなり恭介が目を開いた!
「うわぁぁあ!?」
「お前な…そんなのオッケー出来る訳ないだろ」
「うっ…っていうか、いつから、起きて…」
「ん?俺がカッコイイって辺りからだな」
最初からだし!
「理樹、俺も大好きだぜ!」
あああぁぁぁ!?爽やかな笑顔で言い切られたっ!
死ぬほど恥ずかしいんですけどっ!?
自分でも顔が真っ赤になっていくのが分かる。
恭介は、僕の瞼にキスをしてから、おでこをくっ付くけるようにして、顔を覗き込んできた。
「それより理樹、身体大丈夫か…?」
「え…」
「昨日は無理させたからな」
――昨日…。
一瞬で、脳裏に――昨晩の出来事が蘇った。
触れた肌と肌。
熱に浮かされて――恭介と絡み合って。
そう、だ。昨日、僕は恭介と……!
「っっっ…!」
うわわわっ!?ど、どうしようっ…!ほんとに、ほんとに昨日っ…!
「だだだ大丈夫だからっ…!」
「あ、こらっ…」
恥ずかしさに耐え切れず、僕は恭介の腕から逃れようと身じろいで――その瞬間、あらぬ所を走った痛みに思わず顔を顰める。
「い、た…」
「馬鹿、急に動くな」
恭介の腕の中にまた閉じ込められる。
「ちょっと…乱暴にしちまったからな…擦り切れてるかもしれない」
「うっ…」
もう、もう…なんていうか色々とこう…あぁぁぁ…!
「――理樹。今日は授業休めよ」
「え?」
恭介は、凄く優しい目で僕を見つめてくる。
「身体辛いだろ。動くのも結構大変だと思うぞ?」
「そんな事ないよ…」
心配させたくなくて、強がってみる。恭介は何か言いたげに僕を見て、それから視線を逸らして横を向いた。
え、何で?なんだか、目尻の辺りが赤くなってるようにも見えるけど。
「恭介?」
「悪い…その、俺は構わないが……。いや、やっぱり出ない方がいい」
「でも、体育とかじゃなきゃ大丈夫だよ」
「………」
恭介は、僕の首と胸元に、ちらりと視線を落とす。
何だろう…?
「出るのか、授業」
「ん。別に病気とかじゃないしね」
痛む部分に気をつけながら、身体を起こす。
うわ、ほんとに何にも着てない…。思わず恭介を振り返る。恭介も、だよね…。
忽ち頬に熱が集まる。
ベット脇の床に落ちていたワイシャツを拾って、それに腕を通してからベットを出た。
立ち上がった瞬間、つ…と、何かが後ろを伝ったような気がした。
「っ…!」
思わず息を呑む。
それが何かを考えないようにして、寧ろ気付かない振りで洗面所に向かう。
ああでも、何か、何か…凄いことにっ…。
恭介に気付かれませんようにっ…!
ぎこちなく歩いて、洗面所のドアを開け、中に入る。
一人になってほっと息を吐いた。ドアに背を預けて、ふと目の前の鏡を見遣った。
――え…?
ワイシャツの合わせ目から覗く自分の肌に、違和感。
そっと襟首のところを開いて。
「―――っ」
僕は、絶句した。
首筋と言わず胸と言わず――あらゆる所に、これでもかという位、痣が…。
まさか…。
はっとして鏡に近づく。
首の影になって見えなかった所を覗き込んで、愕然となった。
なんていうかもう、――痣だらけだった。
最早赤い斑点が、とかいう可愛いレベルじゃない。
見つかったら虐待で通報されそうなくらい……酷い。
ど、どーするんだよっ恭介!?
これ制服でも隠せないよねっ!?
呆然としていると、背後で扉が開いた。鏡の中に恭介が現れる。
「理樹。…あー、まぁ何だ」
決まり悪げな恭介を、鏡越しに思いっきり睨んでやる。
「恭介。――この痣、何」
「その…悪い」
「も…どうするのさ…隠せないよ、これ」
「だから、休めって」
言って恭介は、背後から僕を抱き締める。首の痣を見つめ、心配そうな顔になる。
「それ…痛くないか?」
「痛いとかはないけど……。消えるのがいつになるかが問題だよ」
というか、暫く消えそうもない。
「マジで悪かった。明日までには解決策、考えておくから」
あまり聞かない恭介の殊勝な声音に、思わず笑みがこぼれてしまった。
「うん、じゃあお願いするよ」
「ああ。…次からは、気をつけるな?」
「うん……」
――って次っ!?
ばっと後ろを振り返った僕に、恭介が目を細めて顔を近づけてくる。
「…んっ…」
優しく口を塞がれて、そのまま抱きすくめられる。
忍び込んできた舌が僕の舌を擽る。
「んっ…んん…っは…」
「――理樹…」
「…ぁ…」
合わさっていた唇が横にずれて、そっと首筋に降りていく。労わるように優しく触れていく。
「ごめんな…」
「も、大丈夫だってば…」
「そっか…」
呟きながら、恭介は口付けを止めない。耳や首、頬や瞼に……キスの雨が降る。
ああ、どうしよう…。幸せだ…。
「恭介…」
「ん?」
「――大好き、だよ…」
この気持ちを表せる言葉が、それぐらいしか思いつかなくて。
でも伝えたくて、拙い語彙を唇に載せる。
恭介は柔らかく微笑んで、またキスをしてくれた。
「なぁ、理樹…」
「何?」
「…ずっと、一緒にいてくれるか…」
やがて囁かれた言葉は、どんな意図で言ったのか分からなかったけれど…。
恭介の顔が、あんまり優しくて、けれどとても真剣で――。
僕は迷わず頷いた。
「そんなの、当たり前じゃないか」
今更何を言ってるんだろう。
即答した僕に、恭介が破顔する。
「そっか!」
まるで子供みたいな、本当に嬉しそうな笑顔だった。そのまま、またキスをされて。
「んっ…ね、ちょっと恭介?…授業遅刻するよ…?」
「そうだな。じゃあ……俺も休むか!」
「え?い、いいの?」
「決まってるだろ。そうだな……一応風邪って事にしとくか。ま、二人で休むと…あいつらに何か言われるだろうけどな」
「…それは、言われるだろうね…」
来ヶ谷さんを筆頭に、リトバスメンバーの顔が脳裏に浮かぶ。
最近鈴も、前とは違った意味で爆弾発言多くなったしなぁ…。
何を言われるやら、と思ったけれど。
恭介が、優しく笑って手を繋いできたら、なんだか冷やかされるもの有りかな、なんて思った。
そして、繋がれた手を見て、ふとさっき目覚める前に見ていた夢を――思い出す。
そっか…。僕は――この手の夢を見ていたんだ。
一度繋いだ手が離れて。
そして、またこの手に戻ってくるまでの、それは辛く哀しく…――幸せな物語。
僕達は、その先へと歩き出す。
この手を、繋いで。
「――ところで理樹」
ベットに戻る途中で、恭介が振り返った。
切れ長の瞳が、どこか妖しい光を帯びて、僕の下肢へ注がれる。
「足のトコな……伝ってるぞ」
「っっ!!!」
その後…人には言えないような恥ずかしい事を色々されて――。
風邪のお見舞いに来たメンバー達に、僕は顔を合わせることが出来なかった…。
恭介の――馬鹿っ!
あとがき
やっぱ落ちが欲しい…(笑)
この辺で取り合えずは蜜月編一休み〜。気が向いたら突然増えるかもですが。
いや、こう…学校でのラブラブな二人とかねっ…!リトバスメンバーに冷やかされる二人とかねっ…!
以降は短編になりますー。