君と僕の軌跡・蜜月編4

 
「てめーっこの野郎っ謙吾っ!」
「フ…ちょこざいなっ!竹刀の錆にしてやろう!」
「うっさいボケーっ!病み上がりの理樹の前でさわぐなっ」
 いつもの如く――喧々囂々の昼休み。真人と謙吾が喧嘩して、鈴が真人の頭にハイキック。
 そのまま真人VS鈴バトルが勃発。
 うわぁ…なんていつも通りの展開だ。
「ちょっと、やめなよ二人とも…」
「理樹。やらせとけ」
 仲裁に入ろうとした僕を制したのは、隣にいた恭介。
「でも」
「いいから」
 言って、恭介が不意に耳元へ唇を寄せてくる。
「――身体、まだ本調子じゃないだろ」
「っ…」
 ボソリと囁かれた言葉に、カァッと全身が熱くなる。
 い、今そんな事言わなくたってっ…!うわ、どうしよう。絶対顔赤いよねっ…!
 ちらり、と横を伺うと、恭介の優しく細められた目とぶつかる。
「無理はするなよ?…なんたって”病み上がり”、だからな」
「う…」
 恭介と、…そ、そういう関係、になってしまった翌日、酷い風邪、なんて事にして学校を休んだは良いけれど、身体の痣やら何やらでベットから出られず――。
 おかげで皆にえらく心配をかけてしまった。挙句、風邪が治るまで登校禁止、と全員からメールに電話に差し入れと、盛大にお見舞いされて、結局三日も学校を休んでしまったんだ。
 だって…起き上がれないほどの酷い風邪が、翌日にケロッと治ってるって訳にもいかなくてさ…。
 でも、おかげで痣は大分薄くなって、襟を上まで留めておけば、バレない――かな。
 痣に関しては恭介も随分殊勝に謝ってくれたけど、でも絶対反省なんてしてない。
 だってこの三日、……痕はつけないから、なんて言いながら、色々っ…!確かに痕はつけなかったけどっ!
 看病だのお見舞いだのと託けて、授業を抜け出しては部屋に戻ってきて、寝ていた僕に――い、悪戯とかしたしっ…!
 最初、恭介が皆に「風邪が治るまで理樹の面倒は俺が見ておく」と言ってくれた時は、バレないように配慮してくれたのかと感謝までしたのにさっ!
 まぁ…実際には風邪を引いちゃいないわけで、僕の方としても強く抗議は出来なかったんだけど。
 でもあんなっ…もう無理だって言ってるのに、まだイケるだろとか…なんて言うかもう、あんなに欲望に忠実な恭介、初めてだった。
 散々しといて、最後に「これでも我慢してるんだが」なんて、どの口が言うのさ、ホントに!
 思い出したら、段々腹が立って……。
「どうした?理樹」
「――な、何でもないっ…」
 う、わ……今の声で変な事まで思い出しちゃったよっ…!
 意地悪く、どうした?って聞いてきたりとか…。耳の後ろを這った唇の熱さとか……。
「――理樹」
「っ!な、なにっ?」
「…いや、何でもない」
 さっきの僕と同じ台詞を口にして、笑みを浮かべる恭介。…絶対見透かされてるよ…。
 相変わらず騒いでいる真人達を尻目に、恭介がすっと間近に寄ってくる。
 手が伸びてきて――繋がれる。
「恭介っ…」
「ん?」
 悪戯するように、指が絡んでくる。びくりと震えると、途端に耳元で「敏感だな」なんて言い出した。
 もっ…誰のせいだよっ…!
 軽く睨むと、恭介は肩を竦めて、それから絡めあった指を隠すように、少しだけ手を後ろに引いて、身体を密着させてくる。
 でもこれ、横から見たらバレバレなんじゃ…。そうは思ったけど――振り解くことも出来なくて。
 そんな事をしてたらまた頬に熱が集まって。
 その後、熱でも上がったのかと真人達に心配されてしまった。


          *


 それから、三週間後。
 僕と恭介は別段誰かに何かを追求される事もなく、平穏な日々を過ごしていた。
 絶対バレると思って、何か言われた時の言い訳を沢山用意していたのに――意外にも、誰にも気付かれなかったらしい。
 拍子抜け、というか。
 まぁ、バレてないならそれに越した事はない。
 でも――勿論、そんな訳がなかったんだけど…。


「少年。ちょっと付き合って貰おうか」
「直枝さん、お時間ありますか?」
「理樹くん今暇だよねー!」
 放課後。僕の前に現れたのは、来ヶ谷さん、西園さん、葉留佳さんの三人。
 机に座ってる僕を、何だか酷く楽しそうに微笑む三人が囲む。
 うわぁ、嫌な予感。この三人が揃うとなぁ…絶対ロクでもない事考えてるよ…。
「な、なに?」
「フフ…そんなに警戒するな。なぁに…ちょっとばかり話を聞かせて欲しいだけだよ」
「話って…何の」
 途端、すぅっと来ヶ谷さんの目が眇められ、両脇を固める西園さんと葉留佳さんの目がキランと光る。
 こ、怖いんですけどっ…。
「うむ。そうだなぁ…。ではまず――首の痣についての話はどうだ?」
「っっ!?」
 ツ…とワイシャツの襟首を来ヶ谷さんの指が撫でる。
 え、嘘っ痣っ!?まさか昨夜のっ!恭介の馬鹿っ残してないって言ったじゃないかっ!
 大慌てで、僕はワイシャツの襟を掻き合わせる。分かっていればきちんと上までボタンも留めたし、絆創膏貼るとか手段は色々あったのにっ…!
 っていうか、まさか知らずにずっと見えてる状態だったのかっ…どうしようっ…。今朝から真人にも鈴にも謙吾にも普通に会ってるし、他の皆にだって…!
「――少年」
「え、あ、ごめん…あの、これはっ…」
 しどろもどろ言い訳しようとした所で、来ヶ谷さんがニヤリと笑む。
「恭介氏はよほど少年が可愛いようだな?」
「っ…そ、そんな事っ…」
「昨晩も激しく可愛がって貰ったのか?乱暴に組み敷かれつつ、身も世もなく悶える理樹君か…ああ、エロい…」
「なっ…」
 うわぁっなんて事言うんだよっ…!で、でも否定出来ないし!
 昨日の夜の事が脳裏を掠めて、恭介の――触れてきた手とか、熱っぽく囁かれた声とかが蘇って――顔が勝手に赤くなる。
「顔が真っ赤だぞ、少年」
「や、あの、これは――そのっ…」
 言い訳とか一杯考えてたはずなのに、いきなりの直球な指摘に頭が真っ白だ。
 だって、そんな、バレてるだなんてっ…!
「直枝さん…。最近は毎晩のように恭介さんの部屋に通っているとか」
「っ!!な、に言っ…」
「やははー!隠してもムダですヨ?はるちんの情報網を甘く見てもらっちゃ困りますネ」
 にんまり笑う葉留佳さんが、携帯を取り出す。そして、
「なななーんとっ!深夜に恭介さんの部屋を訪ねる理樹くんの写メ!しかもその後泊まりだしー」
「って何でそんなの持ってるのさーーっ!」
 隠し撮りっ!?盗み撮り!?深夜の男子寮で…どうやって!?
 だ、大体僕が訪ねたっていうか、あれは、真人が寝た後で、恭介がメール送ってきて!
 あたふたする僕を眺める来ヶ谷さんの目に、妖しげな気配が漂う。
「ほほぉう…。これは意外だな。我慢出来ずに恭介氏に強請りにでも行ったのか。実は好きモノとは…エロエロだな、少年」
「なっ」
「…そうでしたか。直枝さんは……誘い受け、と」
「うっわー。そうだったんだ!理樹くんってば…エロじゃん」
「ち、ちがっ…あれは恭介が僕を呼びつけてっ…!」
「ほうほう。恭介氏が少年を呼び寄せたのか?」
「そうだよっ!その上寒いとかよくわかんない理由で抱き締められて、そのまま無理矢理――!」
 口走ってから、はっとなって口を塞いだけど――時既に遅し。
 一様に笑みを浮かべる三人。
「そうかそうか。恭介氏が無理矢理か」
「恭介さんはもしかしてSですか」
「Sかぁ。理樹くんも大変だねー」
「違うよっ!」
 真っ赤になって否定したけど、夜の恭介の意地悪具合とか考えたら、案外S気質は否定できない。
 結局、狼狽しまくった僕は三人の言葉に良いように踊らされ――。
 バレた、どころの話じゃない。気が付いたら、何だか凄い事まで口にさせられていた。
 キスは上手いかとか、最高で何回、とか…。
 ああぁぁぁっそれもこれも恭介が、首に痕なんて残すからっ!
 恭介のせいだっ!!


「恭介っ!」
「お、どうした、理樹」
「どうしたもこうしたもないよっ!」
 やっと三人から解放された僕は、その足で恭介の部屋に向かった。
 だって、文句くらい言っても良いよね!?
「痕っ…残してないって言ったじゃないか!」
「ああ、昨日のか?…残してないが」
「何言ってるんだよっ!さっき来ヶ谷さん達に見つかって、大変だったんだぞっ」
 声を荒げる僕に、恭介が眉をひそめて近づく。
 ひょいと、と僕のワイシャツの襟首を指で広げ、首元を覗き込み――。
「…お前、騙されたな」
「え…」
「残ってねぇよ、痕なんて。鏡見てみろ」
 慌てて洗面所に駆け込んで、言われた通り備え付けの鏡を覗き込む。
 首の辺りを確かめる。…ホントに、ない…。
 じゃあ、もしかしてカマ掛けられただけ!?でもってそれに引っ掛かっちゃったの!?
 まさか…あの写メも、深夜じゃなくて普通に放課後とかに恭介の部屋を訪ねた奴だったのかも。ていうか、多分そうだ。
 さぁっと青褪める僕に反して、恭介は別段気にした様子もない。それどころか、小さく笑みを浮かべる。
「ま、いいんじゃないか?」
「よくないよっ!どうするのさっ…」
「別に、どうもしなくていいだろ」
 鏡の中、背後から伸びてきた腕が、僕を抱き締める。
「俺は、――理樹は俺のモンだって、全員に宣言したい位だけどな?」
「っ…!」
 ま、またそういう事を…!
 恭介は、戸惑う僕の襟足を掻きあげて、顕わになった項に唇を押付けてくる。
「ん…」
 思わず小さく声が漏れてしまった。恭介の目が細まるのが、鏡越しに見える。
 目が合って――恭介は、わざと音を立てて口付けてきた。
「きょうすけっ…」
「痕…つけちまうか」
「!だ、だめっ…」
「駄目か?」
 あ、当たり前だっ!確かにあの三人にはバレたけどっ…!
 でも、鈴や真人達にまでバレるのは…やっぱりまだ勇気がいる。
 そんな僕の心中を察したのか、恭介は、仕方ないな、と小さく笑う。
「ま、理樹が嫌なら、わざわざバラしたりはしないさ」
「ごめん…」
 まだ、恭介ほどの覚悟はないんだと思う。僕は、相変わらず弱くて。
 でもきっと、ちゃんと…胸を張って皆に言えるようになるから――それまで、待っててほしい。
 真剣に考えて謝った僕に、恭介が含みのある笑みを向けてくる。
「謝罪は…態度で、な?」
「っ」
 近づいてきた端正な顔が、明らかに情欲を帯びて――唇を奪う。
 ひ、人が真面目に謝ったのにっ!やっぱり謝るんじゃなかった!
「きょう…んんっ…」
「理樹…」
 キスをしながら、その合間に恭介が、低く囁く。
「…待ってるからな…」

 その声を聞きながら―――。
 僕も…早く恭介みたいに強くなりたいと思った…。

 
 
 
 
 

あとがき
 なんだか、君僕の続きが、とか、日常が、という要望がちらりちらりとありましたので、調子こいて書いてしまったり…。
 やっぱこのシリーズの恭介と理樹は、ちゃんとくっついてて書きやすいですね…。というか、書いてて楽しい(笑)
 こう…えろーく出来る辺りも…楽しい(爆)

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