君と僕の軌跡・番外編・聖夜の恋人達(後編)

 翌日。
 僕が目を覚ましたのは、お昼を過ぎた頃だった。
 パチリと目を開き、隣を見る。恭介はいない。先に起きちゃったのか。
 僕も起きなきゃ。
 身を起こそうとして腕に力を入れたつもりが、カクンと脱力ささる。
「……?」
 何だか身体がフワフワと頼りない。関節が笑うというか、とにかく全てに力が入らない。
 仕方なく再びシーツの上にパタリと伏せ、毛布に包った。
「きょうすけ…」
 小さく呼んだ声は、自分でも吃驚するほど掠れていた。
 ――ああ、そっか。夕べ…っていうか、今朝方までだけど…凄かったもんね…。
 恭介にされた事を思い出して、全身がカァっと熱くなる。
 昨日の夜、帰宅した恭介の姿を見た時は、何でいるんだと言われたら何て答えればいいんだろう――そう怯えていた。
 けれど、きつく抱き締められ、会社の同僚がいたというのに、キスをされて。
 そのまま部屋の中に連れ込まれた。玄関で押し倒されて――そこから先は、まるで嵐のように激しかった。
 玄関先で二度。その後ベットに行くかと聞かれたから頷いたら、そこでもまた抱かれた。
 もう回数なんて覚えてない。
 手加減出来ない、という恭介の宣言通り、ホントに手加減なしで。
 今までだって十分手加減なしだと思っていたけれど――。
 実は凄く手加減されていたんだと思い知った。
 本気の恭介って…あんななんだ…。そりゃ、確かに僕だってロクに抵抗もしなかったけど…。
 だって一月も会ってなくて、それに――恭介、だから。
 嫌だった訳じゃ、ないし…。ってああ!何考えてるんだろうっ…!
 一人ベットの中で赤面していると、不意に部屋のドアが開いた。
「理樹、起きてるか?」
「っ…」
 あ、どうしよう…思わず黙っちゃった…。
 いやいや、だって恥ずかしいし…。せめて顔の赤みが引くまで待ってよ…。
「――まだ、寝てるか…」
 恭介が近付いて来る気配。鼓動が高鳴り出す。落ち着け落ち着けっ。
 ベットの傍らがギシリと軋んで、恭介が端に腰掛けたのが分かる。
 毛布から出ていた頭に、そっと手が乗せられる。ゆっくり労わる様に僕の髪を撫で梳いていく恭介の手は、とても優しい。
 何だか幸せな気分になる。もし僕が猫だったら喉を鳴らしているんじゃないだろうか。
 しばらく撫でられてまどろみ始めた頃、恭介が小さく呟いた。
「――会いたかった、理樹…」
 その言葉に、一気に目が覚める。
「会いに来てくれて、すげぇ嬉しかった……。あーその…それからな…」
 恭介は、ためらうように口籠る。少し間があって。
「我慢、出来なくて――無理させて…ごめんな」
 ポツリと聞こえた言葉に、思わず毛布から顔を出して振り向いていた。
「そ、そんな事っ…!」
「っ……。起きてたのか」
 ちょっと驚いたような恭介の顔に、タヌキ寝入りをしていた事を思い出した。
 恭介はすぐに苦笑して、僕の頭を小突く。
「タヌキ寝入りかよ、こいつ!」
「っ…ご、ごめん」
「ま、いいけどな。――で、身体は大丈夫か」
 不意に真面目に聞かれ、返答に詰まる。
 大丈夫と言えば大丈夫なような――。
「大丈夫、だよ」
 取り敢えず咄嗟に頷くと、恭介は少し神妙な顔になった。
「無理するな。その、何だ…昨日は俺も、ちょっとやり過ぎたからな」
 ――え…。あれで、ちょっとなんだ…?
「あ、あのさ、恭介」
「ん?」
「昨日のって……恭介の、ぜ、全力っていうか…」
「――理樹」
 恭介は、ひどく真面目な顔で僕を見て、本当に真剣に言った。
「俺の本気は、あんなもんじゃないぜ?」
「いやいやいやっ!?」
 あんなもんって何さ!じゃあ本気ってどんなもん!?
「ま、それはまた今度な」
 今度って何ーーっ!?
 目を白黒させる僕に、恭介は、くっくっくと喉の奥で笑う。
 悔しいけど、何か格好いい。
「とまぁ、冗談はさておき、腹空いてるだろ。何か食べたいものとかあるか?今から買ってくる」
 言われて思わずお腹に手を当てる。うん、確かに――凄く空いてるかも。
 恭介は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「悪いな。まさか来てくれると思ってなかったから、何にも用意してなくてな」
「あ、ごめん」
「――何言ってんだ…。来てくれて――すげぇ嬉しかったのに」
 目を細めた恭介が、僕の頬にそっと手を伸ばす。
 そのまま柔らかくキスをされた。
「…じゃ、用意してくるから、食べたい物でも考えてろ」
 告げて、恭介は部屋を出ていく。
 食べたいもの――何でもいいけど、一応クリスマスだから、やっぱりケーキとか…。
 そう考えた瞬間、はっとなる。
 そうだ、プレゼントっ…!マフラー編んできたのに。
 昨日は何て言うか、色々あって渡せなかったけど…っていうか、どこにやったんだろう??
 外には落してないよね。あるとすれば――玄関、かな。
 考えた瞬間、自然と顔に熱が集まる。だから落ち着けってば!
 再びドアが開いて、コートを着た恭介が顔を出す。
「考えたか?」
「えっと…」
 顔を上げた視線の先――恭介の首元に、見覚えのあるものを発見して、僕は目を見開いた。
「恭介…それ…」
「――俺に、だろ?」
 マフラーを首に巻いて、恭介が微笑む。
「自分で編んだのか」
「う、うん…」
「大変だったろ。――ありがとな」
「た、大したものじゃなくて、ごめん…」
「何言ってんだよ。俺にとっては滅茶苦茶大したものだぜ?…マジで、すげぇ嬉しいよ」
 ふ、と横に視線をずらした恭介の目元が赤くなっていて――照れているその顔に、僕まで釣られて赤くなる。
 そっか…喜んでくれたんだ。良かった…。
「――で、食べたいものは?」
「何でもいいよ。えっと……恭介と二人で食べられれば、それで…」
「そ、そっか…」
 言ってから僕も恥ずかしくなったけれど、横を向いて口元を押さえた恭介は、多分さっきより照れていて――。
 二人で赤くなって、笑った。
「じゃ、行ってくるな。お前は寝てろよ?」
「ん。恭介…。行ってらっしゃい」
「――ああ、行ってきます」
 すごく嬉しそうな恭介の笑顔を見送って――。僕は幸せな気分でもう一度目を瞑った。


          *


 恭介が買ってきたのは、ケーキとオードブル。二人で話をしながらそれを食べた。
 どこかに出かけても良かったんだろうけど、話をしていたら時間はあっという間に過ぎて。
 気がつけば、もうクリスマスも終わりに近づいていた。
 
 
 現在時刻は十時半。
 本当は、今日の夜に帰る予定だったのだけれど、恭介が明日も休みだというから、明日まで泊まる事にした。
 そして――。
 なぜかこんな時間に恭介はコートを取り出す。
「理樹。出かけるぞ」
「え?今から?」
 目を丸くする僕に、恭介が笑う。
「ああ、今からだ」
 悪戯を企んだ子供のような笑顔。
 この笑顔に僕が逆らえた試しなどない。――それに、こんな時本当は、僕が一番わくわくしてるんだ。
 否やを唱えるはずもなく頷いて、僕も外套を羽織る。
 それから二人で車に乗り込んだ。
 昨日の雪はすっかり溶けて、夜分遅い事もあって、車はすいすいと進んでいく。
 話をしながら、そう言えばと、一つ気になっていた事を聞いてみる。
「ねぇ恭介」
「何だ」
「昨日の…会社の人って、大丈夫…?」
 どう考えても見られた、よね。寧ろ見せたというか…。
 恭介は気にした風もない。肩をすくめただけだ。
「大丈夫だろ」
「いやいやいや、その、だって」
 社会人としての体裁とか――そう言おうと思って、でも…止めた。
 恭介が大丈夫だというなら…僕はそれを信じようと思った。
 きっと僕らの関係は、非難されても仕方のないものなのだろうけれど。
 今日はクリスマスだ。――キリストの誕生日。
 僕にとっての神様は、ずっと恭介だった。
 その恭介の言う事を、僕が信じないでどうするんだ。
 うん、きっと大丈夫。
 そう思ったら、自然に笑みがこぼれて、まるで僕の心を読んだように恭介も微笑んだ。
 やがて車が大きな通りから、小さな小道に入って、そのまま三十分も経った頃。
「よし、到着だ」
 車がどこかの駐車場に停まる。外へ出たけど、辺りは真っ暗だ。
「ここ、どこ…?」
「直ぐ分かる」
 ぐっと僕の手を引いて、恭介が歩き始める。
 暗い中、係員専用のプレートが付いた扉を、恭介はあっさり開ける。
「え、ちょっと…恭介?」
「大丈夫だ。この時間に来るからって、開けといてもらったんだよ」
「はぁ…」
 また謎の人脈かな…。
 一端地下へと降りて長い廊下を抜け、また階段を上がって現れたドアの前で立ち止まる。
「理樹。目ぇ瞑ってろ」
 恭介が時計を見ながら言う。
 その悪戯っぽい笑みにわくわくしながら、僕は目を閉じた。同時にドアの開く気配。
 手を引かれて、連れだされたのは多分外だ。
「5、4、3、2、……よし、いいぞ!」
 ぱっと目を開いた瞬間――。
 ザァっと音を立てそうな勢いで、辺りから光が押し寄せてきた。
 まるで波のように、真っ暗だった周辺に光が打ち寄せる。
 夜空に駆け上がっていくライトが観覧車を形作り…。
 音楽が流れ始めて、僕は茫然とその光景を見つめていた。
 閉園後の遊園地のど真ん中に――僕らはいた。
 恭介が、得意そうな笑顔で僕を見る。
「どうだ。びっくりしたろ」
「…そりゃ、するよ…」
「貸し切りだぜ?っつってもまぁ、一時間だけだけどな」
 一時間も貸し切りなら、十分過ぎる。
「よっし、じゃぁ片っぱしから乗るか!」
 僕の手を引っ張って子供みたいにはしゃぐ恭介の姿を見ながら、この一か月会えなかった理由が、分かった気がした。
 恭介は何も言わないけれど、土日の休みを、ここのバイトか何かで潰したんじゃないかと思う。
 下手すると年休を取ったり、徹夜で何かの手伝いとかしたのかもしれない。
 係員の人と親しくなって、きっとまた得意の人脈を作って――。僕には、想像しかできないけれど。
「やっぱり恭介は凄いね…」
「何がだ?」
「だって、…こんな凄い事…」
「それ言ったら、お前のこれだって十分凄い」
 恭介が、大切そうにマフラーに触れる。
「全然だよ。そんなの…地味だし」
「確かに派手じゃないな。けど、要は気持ちだろ。……毎日俺の事想っててくれたんじゃないのか?」
「っ…」
 言われて、気付く。
 そうか。きっと僕らの気持は、同じなんだ。
 恭介に喜んで欲しくて、そんな事を毎日考えていた僕と。
 僕を喜ばせようと、一月…多分もっとかけて、計画していた恭介と。
 だから、僕は素直に頷いた。恭介が目を細めて笑う。
 繋いだ手の指を絡め合って。
 
 聖夜の夜。
 二人っきりの遊園地――その真ん中で、僕らはそっとキスをする。
 見ているのは、きっと神様だけだと思いながら――。

 
 
 
 
 

あとがき
 ライト操作してる係員のおっちゃんには見られてるかもよ?と理樹に突っ込みつつ(←何でこう、シリアスをぶち壊したいかな…)
 仕事行く前にUP-!ううっ24日になってしまった…!すいませっ…!
 急いじゃったので、誤字脱字とか、とんでもない抜けとかあったらすいませんー!

 以下単なる近況です(笑)。
 クリスマスなのでスポンジ焼いてケーキ作りました。ま、家族用だけどな!
 前に二段とか三段ケーキも作った(因みに型は25センチ+18センチ+13センチで三段)けど…。
 生クリームのカロリーを考えると…ケーキって怖いねっ!後作るのより、切るのが大変っ…!三段作った時は、段で分けて食いましたね…。
 今年は無難に一段。つか、それが普通だよっ俺!
 はるちんのシフォンケーキも食ってみたい。自分でも食べたい時は作るけど。因みに、私のシフォンの拘りは、ベーキングパウダー使わないで作ること。
 そしてチョコシフォンはココアを使わずチョコだけで作る事!…ま、拘りったって所詮そんな程度(笑)
 さーイブに会社だなー(泣)やっぱ恭介に仕事させた天罰かっ…!イブに仕事の皆様っお互い頑張りましょうっ!!きっといい事あるさっ!

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