四月上旬。花も盛りの春はじめ。
満開の桜の下、リトルバスターズの面々…とプラスその他にて、今日は花見大会――。
「少年、酒が少ないぞ酒が」
「少ないですけど酔いましたー!わふぅ…!」
「……お酒、ですか…。微酔い加減の直枝さんを、宮沢さんが介抱…これは有りです…」
「「「おおおっ西園君のNYP数値が飛躍的に跳ね上がったぞ!やはり”萌え”と何か関連があるとしかっ…」」」
「ちょっと貴方達、まさかそれ本物のお酒じゃないでしょうね?ああほら葉留佳、ちゃんと座って食べなさい!」
「って何でお姉ちゃんがいるの〜!?」
「あ、りんちゃん。見て見て!縞々猫さんだよぉー」
「ん?何だこいつ…もしかしてあたしの卵焼きが欲しいのか?…しょうがないな、少しだけだぞ?」
「そ、そいつはイリオモテヤマネコっ!さすが棗君の妹だよっ…ぜひそいつを我らが生物部に譲ってくれないかっ!?」
「うぉっ謙吾てめぇっ…今俺のカツ食ったろっ!」
「貴様が余所見などしているからだろう。大体先に俺の唐揚げを食べたのは――!」
……いやまぁ、誰一人として花なんか見てない訳だけど。
因みに、佳奈多さんとか科学班とか生物部のバイオ田中さんとかが一緒にいるのは、偶然だ。
この時期だから、皆お花見に来ててその会場で鉢合わせ。
ここは、僕らの高校から近場にある割に、いつも人が少なくて、主に学生達の中で有名な、穴場的な花見場所だ。
辺りは民家もなくて、多少騒いでも誰かに迷惑をかける事もない。だから、知ってる生徒はここに集まる事も多くて、最近はもう、穴場とも言えないかもしれない。
風紀委員の親睦花見会にまで使われてる位だもんね。
まぁ、人数は多い方が楽しいからいいけど。
お花見、なんて言っても、要はそういうイベントを口実に皆でドンチャン騒ぎがしたいだけなんだ。
宴もたけなわになった所で、僕は一人その場を離れ、一本の桜の木の下に立っていた。
そこからは、花の下に集うリトルバスターズ全員が見渡せた。
用意は色々大変だったけど、こうして皆の笑顔が見られるのは、凄く嬉しい。
そんな事を考えて――ふと、恭介もこんな風だったのかな、なんて……妙に感慨深い気持になる。
今年の三月に高校を卒業した恭介は、一人社会人になった。
やっぱり忙しいんだろうな。花見の予定は一応連絡したけど、来れないような事言ってたし。
あのイベント好きの恭介が来れないなんて言う位だから、相当なんだと思う。
それを聞いた時、恭介の都合に合わせて延期しようとも考えたけど、――考え直した。
…恭介に後を任されたのは僕なんだから、僕がちゃんとしっかり計画しないと。
勿論恭介みたいに出来る訳じゃないけど…まだまだ恭介のやってきた事を思い出して、追っかけてるだけだけど、でも、皆も協力してくれて、花見は開催出来た。
――今年の花見は、一段と賑やかだよ。…恭介。
一人物思いに耽っていたら、不意に携帯が鳴った。メールだ。誰だろう?
ポケットから携帯を引張り出す。メールの送信者は――恭介だった。
中の文面はたった一行だけ。
”今、花見か?”
あはは。うん、今まさにそうだよ。
「えっと…今花見してるよ、と…」
メールを打ちながら、考えないようにしていた事が――胸の内を一瞬掠る。
恭介がこの場にいない事実。それに、胸が詰まるような息苦しさを感じて……自分が、ひどく寂しいのだと気付いた。
先週の日曜にも会ったばかりなのに…ダメだなぁ。うん、我慢我慢。
楽しいよ、と付け加えてから送信する。
ややして、また直ぐに携帯がメールの着信を告げる。内容は――。
”寂しくないか?”
「っ…」
どうして……分かっちゃう、かな…。
思わず”うん”って送りたくなって、勿論止めた。迷った挙句、そう言えば以前、野球の練習の時に恭介が「全然余裕だ」なんて言ってた台詞を思い出して、その言葉を真似してみる。
”全然平気だよ”と送ったら、返信は来なかった。
心配掛けないようにと思ったのに、返事が来ないとなると、今度は逆に不安になってくる。
平気だよ、なんて送らなきゃ良かったかな。うわ、何か女々しいな…。
手持ち無沙汰に携帯を手の中で転がしていたら、今度は電話の着信音。――恭介、だ。
慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『お、理樹か?』
「うん…どうしたの?恭介」
『ん?ああいや…まぁ、なんつーか…ホントに平気か?』
「――あ、さっきのメール?……大丈夫だよ。そんな事より、恭介の方はどう?仕事とか…引っ越しの整理もまだ大変じゃない?」
『引越しの方は、お前らが手伝ってくれたおかげで殆ど終わったよ。仕事は…まぁ、まだ最初だからな』
「頑張ってね。あ、でも身体は大事にね?」
『ああ分かってる。――ところで理樹』
「何?」
『ホントに平気か?』
「え…うん…」
な、何だろう?いつになく拘るなぁ。
「平気だってば」
『ホントのホントにか?』
「ホントだってば」
『――じゃぁ、会わなくても良かったりするか?』
「え?」
会わなくても…って、何言ってるんだろう。そもそも会えないじゃないか。
恭介は社会人で、今はその就職先に住んでるわけだし、そんな気軽に往き来出来る距離でもない。
それに、来れないって言ってたのは恭介の方だ。
「なに言ってるのさ、きょうす――」
「『俺は、平気じゃないんだが?』」
「っ…!?」
携帯から耳に流れ込んでくる音声と、――恭介の肉声が重なる。
後ろから伸びてきた手に、耳元の携帯がやんわりと抜き取られていった。
「きょう、すけ…?」
「よぉ」
振りかえった先には、恭介がいて。
桜の花弁が舞い散る中にある、その姿に、僕は何も言えなくなった。
――ああ、私服だ…なんて、そんなどうでも良い事ばかりが頭の中をグルグル回る。
もう暫くは会えないと覚悟して、自分に言い聞かせてきたのに。
どうしよう、嬉しい。嬉しい。嬉しいっ…。
そうだ皆にも知らせなきゃ!
「きょ、恭介っ…んぐ!」
「馬鹿!大声出すなって。これからあいつら驚かせるんだから」
恭介の手が僕の口を塞いで、そのままずるずると樹の陰へ引っ張り込まれる。
「んんっ!」
「っと、悪い」
プハっと口を解放して貰ってから、僕は改めて恭介と向かい合う。
――ちょっと前に会ったばかりなのに……すごく、久しぶりな気がした。
「どうした?理樹」
「え…あ…や、…し、私服だな、って思って…」
「ま、そりゃな。…惚れ直したか?」
ニッと笑う恭介に、頬が熱くなるのを感じる。うわっ。
「えっと…その、場所よく分かったね?」
慌てて話題を逸らす。――ってああっしまった!場所は連絡してたっけ!
ええとええと。そうだよ仕事!
「ていうか仕事はっ…?」
「一応土日は休みだからな。入社したてだし、まだ研修の身だから、取り敢えずはそれほど忙しくもない。だから、ちょっと様子見に来たんだが」
「でも、この前連絡した時は来れないって…」
「何だ、気付いてなかったのか?連絡したの四月一日だったろ」
「――あっ」
エイプリルフールっ……!
ああああまた騙されたっ!?しかも今まで気付かなかったよ!
得意そうな恭介の満面の笑みを見上げながら、嬉しいやら呆気に取られるやら複雑な気持ちだ。
いや、うん…嬉しいけど、さ。
恭介は目を細めて、木の陰から皆の方をそっと伺う。
「楽しそうだな、あいつら」
「うん。でも皆、花より団子だけどね」
僕が小さく呟けば、恭介はそりゃそうさと自分も団子派を主張する。
「花を見ても腹は膨れないからな」
「あはは。お腹空いてるなら、恭介も何か食べる?」
「――そうだな」
暗に、早く皆の所に行こうと持ち掛けてみると、恭介は少し考えてから頷く。
そして――何でか無表情になって、ちらりと僕を見下ろした。
恭介って時々こういう顔するんだよね。大体が良からぬ事を考えてる時だけど。
「恭介?」
「…じゃぁ、まずは一口な」
「一口?」
って何を?
恭介の指に、くっと顎を捉えられ――ぱくりと鼻の頭を食べられた。
「――ひゃっ!?」
「お、うまそうな声」
「いやいやいやっ何やってるのさっ!」
「ん?…花より鼻か?」
「何さそれっ」
「じゃぁ花より団子」
「僕団子じゃないよっ!」
「だったら花より理樹な」
「〜〜〜っっ!!」
慌てて鼻を隠したら、今度は腰ごと抱きすくめられる。制止する間もなく、耳朶を甘噛みされた。
耳、弱いからっ…やめ――!
「ん、ぁっ…」
うわあっ変な声出た!
耳元に唇を付けたまま恭介が笑う。
「ヤバイ声だな」
「なっ…だ、誰のせい…――ってどこ触ってるのさっ!」
「あー…まぁ気にするな」
それ無理だからっ!うろたえてる間も、恭介の手は腰から下――つまりはお尻の辺りを撫で回す。
なななにこの人…っ!周りに人がいないからいいけど、これって端から見たら単なる変質者だよねっ!?
「ちょっと、ホントに駄目だからね?わ、わ、駄目だってばっ…!」
「もうチョイだけな?」
「っ…やっ……!」
「――理樹」
「やっ…だって言ってるだろっ!?」
ぐいっと無理矢理恭介の胸を押し退ける。ホント…こんな所で常識ハズレにも程があるだろ、この人は!
「も…何するんだよ…」
「…お預けか?」
うわ、なにその物凄く不満そうな顔っ。僕は別に悪くないよね。
「…キスも駄目か?」
そ、そんな眉間に皺寄せたって、駄目なものは駄目だよ。うん。
「理樹」
ううっ…不機嫌そうな顔しないでよっ。
「――そんな嫌か」
だからってそんな哀しそうな顔も無しだからっ!
そして、恭介の無言の訴えに耐える事しばし――。
「………じゃあ、一回だけね…」
結局折れたのは僕だった。
取り敢えず辺りに人がいない事をしっかり確認してから、譲歩する。
だって仕方ないじゃないかっ。ここで恭介と押し問答してたら、いつまでも終わらない。
恭介って、諦めてくれる時はこっちが拍子抜けするくらいあっさりの癖に、しつこい時はトコトンだからなぁ。
そろそろ皆も、僕がいない事に気付いて探しに来るかもしれないし、ここは僕が折れる事にする。
「一回、ね。…ま、いいか」
恭介は直ぐに機嫌を直して、今度は凄く嬉しそうな笑顔を近づけてきた。
柔らかく重なる唇に、そっと目を閉じる。桜の木の下で、恭介とキスをする。
…なんだかくすぐったいような、幸せな気分だなぁ…。
「―――っ、んっ…」
不意に舌が滑り込んできて、びくりと身が竦む。
そしたら、まるで逃がさないとでも言う様に、恭介の手が両耳の下を押さえつけてきた。
そのままがっちり頭を固定されて、身動きも取れなくなる。
「っ……ん、ぅっ…んっ」
うわ、ちょっとっ…!?
別の生き物のように動く恭介の舌が、口内で傍若無人に暴れ回る。優しく絡めたと思ったら強引に吸い上げられる。
触れ合う舌の感触と唾液の跳ねる音に、背筋がゾクリと泡立つ。
ていうか、これ一回って言う…!?長い、よっ…。
「んんっ…っ、はっ…!」
「…理樹」
「きょうす…――んむっ…!」
唇を触れ合わせたまま名前を呼ばれて、でも応える暇すら与えてくれない。
息が上がって、苦しくなってくる。恭介の足が、膝を割って入ってくる。
やっ…!
「んんっ…ん!」
ぐっと股間に足が押しつけられてきて、その明確な意図を以った動きに、カッと全身が熱くなる。
その間も口づけは止まない。制止しようと伸ばした指は、恭介の袖に縋っただけで何の意味も成さなかった。
震える指で、恭介の袖も握り締めて――不意に足から力が抜けた。
「――ぁっ…」
「おっと」
恭介が素早く腰を支えてくれる。見上げると、凄く残念そうな顔。
「…口、離しちまったな」
「え?」
「一回だけ…だろ?」
まだ濡れたままの僕の唇を、恭介が指の腹で撫でる。そして、不意に真面目な顔になって言った。
「よし理樹。――もう一回だ。今度はちゃんと…」
「ダメっ!」
未練がましく伸びてきた手を、僕はぺチンと叩き落とす。
じょ、冗談じゃないっ。今度は…って、これ以上何をする気さ!
熱くなるばかりの頬を自覚しつつも、恭介を精一杯睨みつける。恭介は物凄く残念そうな顔をしたけれど、とりあえずは手を引っ込めてくれた。
でも――その後僕を見たのは、妖しい色を帯びた赤い瞳で。
「じゃ、理樹。後で――ちゃんとな?」
その言葉に、ちゃんと…何をするのかあっという間に想像してしまって――。
「真っ赤だな、理樹。…ヤバいな。マジで美味そうだ」
「う、うまそうってっ…!」
「後で食わせてくれるなら、今は我慢するけどな?」
「……そ、そんな事より皆のトコ早く行こうよっ」
「理樹」
「僕、先に戻ってるからっ」
照れ隠しも手伝って、僕は恭介の言葉に返答を返さないまま、慌ててその場を後にした。
*
恭介が現れた事で、会場は一気に盛り上がった。それまでも十分盛り上がってたんだけど――何ていうか、テンションが違った。
盛り上がるというか、全員壊れたというか…。とにかくお祭り騒ぎ。
やっぱり流石は恭介だ。どこから持って来たのかカラオケセットまで持ち込んで。
この辺りは民家もないし、多少騒いでも大丈夫だっていうのは、勿論皆も既知の事。
そのせいで全員リミッター解除。バトルまで発生して…。因みに、佳奈多さんまで参戦してたのは驚きだった。
多分、誰かがお酒を飲ませたんじゃないかと思うけど。これは後が怖いなぁ…。
その件の葉留佳さんと佳奈多さんとのバトル中、僕と恭介は一休みしていた。
注目バトルだと皆が囃し立てる中、休んでいる僕らに気付いた小毬さんが、大きなバスケットを抱えてこちらに向かってくる。
「恭介さん、理樹くん。デザートはどうですかー?」
小毬さんが、お菓子の入ったバスケットの蓋をパカリと開けた。
中には、花見だからか、さくらんぼ味のポッキーとか、さくらんぼケーキ、タルト、そんなのが沢山詰め込まれている。
見事にピンク色のそれを覗いた後、恭介は小さく笑った。
「いや…デザートならちょっと前に食ったからな」
「ちょっと前?」
小毬さんが首を傾げる。あれ、それ僕も知らない。恭介何か食べたっけ?
「ああ。――真っ赤に熟れたさくらんぼを、一口な」
途中で食い損ねたが、と続けて、ちらりと僕を見る。
――こ、この人っっ…!
「ふぇ、さくらんぼ、ですかぁ?」
「向こうの樹の下で、こうな、ぱくっと鼻を……」
「わーっわーっわーっ!」
僕は慌てて恭介の口を手で塞いだ。
小毬さんは「花を、ぱく?」と相変わらず首を傾げてるけど…。これ以上恭介に喋らせたら、いくら小毬さんでもバレそうだ。
あ、あんなトコでキスしてたとかバレるのは流石に恥ずかし過ぎるっ…。
「恭介っ…わひゃっ!?」
ててて手の平舐められたっっ!!
びっくりして手を離すと、恭介はなんだか妙に悪そうな笑みを浮かべている。
……分かったよ…。要は、ちゃんと約束すればいいんだろ?
「…恭介」
「ん?」
「あ、後で…ちゃんと……た、食べていいから、今は我慢してくれる…?」
「――ああ。勿論!」
そう言った恭介が顔が、あんまり嬉しそうで。
桜の下でそんな風に笑う恭介に、思わず見惚れてしまった。
恥ずかしいから口にはしないけど…。
僕も結局、花より恭介、かもしれない――。
あとがき
何となく、桜…あー花より団子。と思ったらこんな話(笑)。きっと今の時期なら花見話が各所で見られるんでしょーねぇ。
ああ、ゆっくりネット見る時間が欲しいっ!ホントは花見っつったら酒、とか思ったんですが…酒でむにゃむにゃな話は…まぁ、次の機会で…(笑)
うおー拍手は入れ替えできてませんっ…!