日向の陰

「やめてよね」
 そう呟いたのは、フェアが大切にする身内の一人。
 召喚術士の少女に、常の明朗な様子はない。
 怒りと翳りを帯びた視線で、目の前の男を突き刺す。
「やめてよね…本当に」
「何の話かね」
「フェアの事よ」
 リシェルは、策を弄して言葉を操ることはしない。いつでも直感と直球勝負だ。
 彼女とほぼ対極にあると自負する龍人は、落ち着いた仕草で、扇子を手に取った。
「店主殿がどうしたと?」
「とぼけないでよっ。あの子はね、あたしの大事な親友なの」
「それで?」
「あの子が泣くのはもう沢山。あの子は幸せになんなきゃ駄目なのよ!」
「うむ。我もそのように思うが」
 少女の意図を量りかねつつ、セイロンが頷けば、途端にリシェルの気配が一気に怒気を孕んだものになる。
 日向のような少女の面影は、そこにない。
 暗く歪んだ炎をリシェルの瞳に垣間見て、セイロンは少なからず驚いた。
「そなた…」
「アンタは、あの子を不幸にするわ」
 忌々しげに吐き捨てられる言葉。
「アンタなんかにあの子は幸せに出来ない。あんたのせいで、あの子絶対泣くわ!」
「――では」
 ぱちりと扇子を鳴らす。
「一体誰なら、店主殿を幸せに出来るのかね」
「アンタじゃない事は確かね」
「ほほう。さて、その根拠を知りたいところだが?」
「あの子はね、ここにいて、ここで料理を作ってるのが一番幸せなのよ。アンタなんかに、邪魔はさせないから!」
 あの子はあたしが守るわ、と息巻く少女に、セイロンは目を細める。
 ――聡い娘だ、と思った。
 フェアをこの世界から攫っていこうと企てる、不埒な己を見抜かれた。只の勘であれ、彼女の直感は驚嘆に値する。
「しかし、それが店主殿の幸せとは限るまいよ」
「あら、幸せに決まってるわよ」
 明朗に、リシェルが笑む。
「だって、あたしがいるもの」
 自信満々に、少女は告げる。そこには、疑心の入り込む余地もない。
 一瞬呆気に取られて後、セイロンは込み上げる滑稽さにやがて声を立てて笑った。
「あっはっはっは!」
「ちょっと!?なに笑ってるのよ!」
「いやいや、これが笑わずにいられようか!」
「何よ…あたしじゃフェアを幸せに出来ないって言うの。お生憎様。あたしはずーっとあの子を見てきたの。アンタなんかより、数倍あの子の事わかってるんだからね!あの子は、あたしが守るわ!」
「そう尖るでない。別に、そなたの言う事を否定しておるわけではないよ。ただ――」
「ただ?」
「意外に我らは似ておると思ってな」
 リシェルが眉を跳ね上げる。一緒にしないで、と言いた気だ。
 セイロンはまだ笑っている。
 『フェアの幸せ』――そう言いながら、確信しているのは自分の幸せだ。
 守ってやると言いながら、本当に守っているのは己自身ではないか。
 己が幸せをフェアに守ってもらう、のだ。
 ――なんともこれは意外であったな。
 対極にいると思っていた少女が、実は自分と同じであろうとは。
 相手の気持ち?そんなものは後付けでどうとでも出来る。奪ってしまえば勝ちだ。幸せなど人それぞれ。
 相手が幸せだと、そう自身が思い込めれば、それで「相手は幸せ」なのだから。
 例え当の本人が、実際にはどう感じていようと。
 盲目的な自己満足。
 セイロン程極端ではないにしろ、リシェルもその類の性質を持ち合わせているらしい。
 ――最も、自覚があるか無いかの違いは、大きいだろうがな。
「そなたの言い分、相分かった。我もフェアの幸せをいつも考えておるよ。幸せになるには――彼女の周りには、随分と守るべき枷が多そうだがな」
「何が言いたいのよ」
「さて」
 ――その枷から解き放ってやるために、我が攫おうというのだよ。
 口にはせず、静かに笑う。
 攫った先で新たに枷を嵌める――その矛盾に、だが彼が疑心を抱くことは無い。
 結局は似た者同士なのだ。
 愛しさと優しさの裏には、傲慢と盲目の自己満足とが同居する。
 それはまるで、日向に陰があるように。
 
 
 
 
 
 

あとがき
 サモナイ4。やっぱ若。漸くリシェルがセイロンの本性に気付き始めた(笑)。
 いやーやっぱ三人称楽だわー!

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