今夜は満月。
狼の血が滾る夜。
自室に籠っていたロメオの元を訪ねて来たのは、シルヴィオだった。
ノックはあったが、ロメオの返答を待たずに扉は開かれる。そういえば、まだ鍵は掛けていなかった。
「よぉ」
片手を挙げて、シルヴィオはそのままロメオの部屋に入り込んで来る。こんな時に、とは思ったが、まだ月は昇らない。
銀の手錠をベットの脇に置いて、ロメオは親友を迎えた。
「どうした」
「どうもしねぇよ」
「そうか」
「…結構いい部屋だな」
「――どうした?」
そわそわと部屋の中を見回し、意味不明の事を言うシルヴィオを、ロメオは怪訝そうに見遣った。
ここはオルマロッサの屋敷内。この部屋にはシルヴィオはいつも来ているし、別段見慣れた普通の部屋だ。
「どうした、何かあったのか?」
シルヴィオからは、焦ったような匂いと――興奮した匂い。
「――?」
こういう匂いを、ロメオは知っている。以前レベッカが部屋に押し掛けてきた時に、こんな匂いをさせていた。
その時は、すぐ部屋から追い出したけれど。
何故今、シルヴィオからそれと似た匂いがするのか。だが一瞬で思い当って、ロメオは苦笑する。
「――レベッカの部屋なら、もう一棟向こうだ」
「っ…そんなんじゃねぇよ」
「嘘つくな。匂いは誤魔化せない」
「――まぁ、そういう事にしといてやってもいいさ」
どこかむくれたような声音に、ロメオは思わず頬を緩ませる。
シルヴィオはロメオを睨みつけるようにしながら大股で近付く。煙草を持つロメオの手首を掴み、乱暴にベットへと投げつけた。
不意を突かれ、ロメオはまるで引き倒されるようにベットの上へ沈み込む。
「っ!――急に、何だ」
ロメオがベットから起き上がると同時に、その隣にシルヴィオがドカリと座り込む。スプリングが軋んで、悲鳴を上げた。
並んでベットの端に腰かける、大の男が二人。
何をそんなに悩んでいるのか、シルヴィオは組んだ両手に顔を伏せるようにしたまま、黙っているばかり。
やれやれと肩を竦め、ロメオは弾き飛ばされた煙草を消し、新しい物に火を付けた。静かに、シルヴィオが口を開くのを待つ。
割とよくある事だ。何も言わずに時が過ぎる事もあれば、悩みを打ち明ける事もある。
ロメオは黙ってシルヴィオの傍にいる。唯それだけの事。
だが、シルヴィオがこんな風に気弱な姿を見せるのは、ロメオの前にいる時だけだ。
ヴァレンティーノにも、グリエルモにも、レベッカにも、こんな姿を曝け出したりはしない。
だから―――親友なのだ。
「――なぁ」
「ん?」
不意に言葉を発したシルヴィオに、ロメオは意識を向ける。シルヴィオは相変わらず俯いたまま。
「何だよ」
促してやれば、ひどく言い難そうに、だが再びシルヴィオは口を開いた。
「お前……グリエルモの事、どう思う…?」
「――は?」
いきなり何を言ってるんだ?
疑問がそのまま顔に出ていたのか、シルヴィオが苛ついたように声を荒げる。
「っだから!グリエルモだよっ。お前、随分懐いてるじゃねぇか」
「懐いてるって…そりゃ、兄貴だと思ってはいるけど」
「ヤったのかっ!?」
「――はぁ?」」
今度こそ間抜けな声を出して、ロメオは親友をマジマジと見た。
言っている意味が全く分からない。
「やったって…何を?」
「だから、グリエルモとだよっ。ヤったのかヤらないのか、どっちだ!」
「だから何をだっ!」
「ヤったのか!?――ヤったんだな!?…チクショウっ…なら俺にもヤらせろっ!」
「いいからとりあえず落ち着け!」
ロメオの襟首を掴んで詰め寄るシルヴィオの両肩を掴み、宥めるように叩いてやる。
「お前の言ってる事がさっぱり分からない。落ち着いて話せ」
「――満月の夜に」
シルヴィオの声は低い。怒りと――獣欲の匂い。
「グリエルモと、セックスしたんだろ」
「なっ…!」
ロメオが瞠目する。
「お前、何でっ…!」
「そうか。やっぱりか。あいつとは出来て、俺とは出来ないなんて言わないよな?言わないだろ!」
「待てっ落ち着け!そういう問題じゃないだろう!大体あの時は仕方なかったんだ、満月で――」
「今夜も、満月だ」
ニヤリと笑ったシルヴィオの手には、先ほどベットの脇に用意していた銀の手錠。
止める間もなく、ロメオの手首とベットの柵は銀の手錠で繋がった。
「お前っ…」
「なぁ、何でグリエルモなんだよ。何でだ」
「あれは――違う」
「何が違うって?」
「だからっ……不可抗力だ」
「お前、不可抗力で男と寝るのか」
「だから――って何やってる!?」
「満月の不可抗力なんだろ?だったらこれも不可抗力だ」
「うわっバカ止めろっ!そんな不可抗力があるかっ!」
「ある。俺がそうだ」
「あのなぁ…」
シルヴィオは、ロメオのシャツをたくしあげ、現れた腹筋を撫で回している。
何時の間にやら怒りの気配は消え、残ったのは猛る欲情と、子供のような好奇心の匂い。
ロメオは深々と溜息を吐く。こうなったシルヴィオは抑えようがない。そもそも抑える術が、ロメオにはない。
足を使えば抵抗出来ない事はないが、どう考えても単なる無駄な抵抗にしかならないだろう。
勿論これが他の人狼なら、狼化してでも抵抗する。だが、相手はシルヴィオだ。――仕方ない。
下手に突くと暴走しかねない性格を知っているから、ロメオは敢えて落ち着いた声を出す。
「落ち着けよ。どうせ俺は逃げられない。だろ?」
銀の手錠を見やり、力無く笑う。
「で?お前は何がしたいんだ。俺とヤれば気が済むのか」
「………」
シルヴィオの目が揺れる。
「グリエルモとの事は誤解だ。満月で、お互い酒も入ってた。ただの性欲処理だ。お前もそれがしたいのか」
「――俺は…」
「俺達は親友だ。だろう?」
シルヴィオは無言で頷く。
あともう一押しで、シルヴィオは己の間違いに気付く――はずだった。
「なぁシルヴィオ。俺はレベッカの代用か?」
「違うっ!」
「なら、こんな事はす――」
「レベッカの代用とかじゃねぇ!そんな気持ちで言ったんじゃねぇよ!」
項垂れつつあったシルヴィオが、突如勢いづく。思わぬ展開に、ロメオは眼を瞬かせた。
「いや、でもなシルヴィオ。そうじゃなかったら、俺にこんな事する理由がないだろ」
「知らねぇよ。俺だって分かんねぇんだ。けど、お前とグリエルモが特別な関係みたいで嫌なんだよ!
俺達ぁ親友だろ。ずっと傍にいるんだろ。グリエルモなんかより、俺の方がずっとお前と一緒にいるだろうが!」
「…シルヴィオ。お前…」
ロメオは、信じがたい気持で親友を見つめる。精神的に幼い所があるとは思っていたが――まさか、これ程とは!
確かに、シルヴィオには、ロメオの他に友人はいない。
普通なら小学生の低学年辺りで卒業する、「俺の友達なんだから他の奴と遊ぶな」的独占欲が未だあっても仕方ないのかもしれないが…。
もし本当にシルヴィオが、普段からロメオを性欲の対象として見ていたなら、匂いで分かる。
シルヴィオはまだ、愛情と友情の区別が上手く付けられないだけなのだ。
だが、それは思いの他危機的状況だった。レベッカへの思慕で、一時的に昂ぶっているものと思い込んでいたが、そうではなかった。
それどころか、原因はロメオへの思慕である。
説得に失敗したロメオに、シルヴィオがにじり寄る。
――いや待てっまだ諦めるな!他にも何か説得の手がっ…!
しかし。
もはやロメオの前に選択肢が現れる事はなく――。
「まっ…待て待て待て待てぇぇっっ!」
「待てねぇっ」
そして――満月の夜に、ロメオの啼き声が響き渡ったのだった……。
あとがき
月光のカルネヴァーレ。シルヴィオはロメオラブ(笑)。や、ゲーム中のシルヴィオのロメオへの片思いっぷりに大爆笑。
最後の最後まで、ずーっと「俺の傍に戻って来い」ですからねー。お前、そんなロメオ好きかっ!「俺の傍にいるんだろっ!?」って辺りとか…ほんとロメオ命な狼さんです。
若い時の二人の背中合わせスチルとか…妄想掻き立てられましたねー。もうなんつーか、シルヴィオのロメオ命っぷりは凄いっすよ。ガチホモだー…。でも片思い(笑)。ロメオがノーマルだからね!