未来へ続く路 -あしたへつづくみち- 1

 ”恭介は、やっぱり凄いね”
 お前はいつもそう言ってくれた。
 そう言われるのが嬉しくて、楽しくて――いつでも、俺はお前のヒーローでいたかった。
 確かに憧れと尊敬の眼差しは心地良かったけれど、それだけが理由じゃない。
 お前を、守りたかった。全てから護ってやりたかった。
 この手を繋いで、いつまでも――。

 俺は、お前とずっと一緒にいたかった。

 お前が、いい。
 お前じゃなきゃ駄目なんだ。
 俺と一緒に生きて欲しい。
 お前は、俺にとって帰る場所なんだ。――還る、場所なんだ。
 だから。

 なぁ、俺がヒーローじゃなくても…ずっと一緒にいてくれるか?――理樹…。


          *


 歯ブラシが二本。お揃いのカップが二つ。箸も茶碗も皿も――。
 一つだったものが段々二つに増えて、一人だった俺の部屋に、今日遂に、住人がもう一人増える。
「ごめん、忙しいのに」
 荷物を解きながら、理樹が申し訳なさそうに俺を見る。
 今日から、俺と理樹は一緒に暮らす。
 理樹が午前中にこっちに着くというから、午前休を取って駅まで迎えに行った。
 自分で持つ、という理樹から無理矢理荷物を奪い、恥ずかしがる手を繋いで、アパートに着いたのはつい先刻だ。
「仕事大丈夫?やっぱり土日に合わせれば良かったね…」
「気にするな。一日でも早く来いって言っただろ」
「…ん」
 理樹は、嬉しそうに頷いた。
 大体の荷物は、週末の休みを利用して俺の車で運び込んでいるから、理樹の手荷物は少ない。
 理樹が今解いているのは、前に運び込んだ段ボールだ。ま、そんなに量は多くないから、全部合わせてもこれなら二、三日で片付きそうだ。
「理樹、こっちの段ボールも開けてもいいか?」
「あ、うん!」
 俺も手伝いながら、二人で荷物を片付ける。
 服や本、CD――。俺の部屋に納まっていく理樹の荷物に、思わず目を細める。
 そうか。俺達は二人で暮らすんだな…。
 今更ながらのように実感する。
 嬉しいような照れ臭いような、何だか妙にハイな気分だ。まあ、一年待ったからな。そりゃハイにもなるってもんだろ。
 やっと、一緒に暮らせるんだ。
 離れていたこの一年に想い馳せて、一層感慨深くなった。
 中々逢えなかったり、気持ちが擦れ違ったり、たまに下らない事で喧嘩もした。
 一年なんて直ぐだと思っていたのに、逢えない日が続けば、一日すら長く感じて。
 そんな一年だった。
 でもやっと一緒に暮らせる。これから、……ずっと、だ。
「――理樹」
 荷物を整理する手を止めて、呼びかける。理樹が俺を振り向いて、目が合うとはにかんだ様に笑った。
 ああ…ヤバいな、顔が勝手に二ヤける…。チクショウ、やっぱ何か照れ臭いな。
 約束だってしていたし、こういう日を想像だってしていたが、現実になってみるとその感動は全然違う。
「なぁ理樹。まだ言ってなかったよな?」
「え?」
「――これから、よろしくな」
 俺がそう言うと、理樹は少し目を見開いた後、手にしていた荷物を置いて、ちゃんと俺に向き直る。
 それから、ぺこりと頭を下げた。
「うん…。えっと、こちらこそよろしくお願いします」
「ああ。勿論だ」
 それから二人で顔を見合わせると同時に、笑みが浮かぶ。
「改まって言うと照れるな」
「だね。でも何かまだ不思議な感じだよ。これからずっと、恭介と一緒かぁ…」
「何だ、不満か?」
「そんな訳だろ。う、嬉しいよ…」
 頬を染める理樹に目を細めて笑いながら、傍に寄る。
「そういや、他の奴らはどうした」
「大体は寮かな。鈴と小毬さんは、ルームシェアで部屋借りようか迷ってるみたい。あと謙吾が、学生マンション借りるって言ってたかな」
「へぇ」
 何と言うか、この春に聞いて俺も驚いたんだが、――リトルバスターズは、全員理樹と同じ大学を受験した。
 確かに、学部が豊富でレベルもそこそこな大学だから、特に決めていない、というなら選びやすい大学なのは事実だ。
 学部によって偏差値も結構な差があるらしく、一番心配されていた真人も無事合格。
 何だかんだ言ってあいつもやればそれなりに出来る奴だしな。あくまでそれなりだが。
 しかし、皆付き合い良すぎだろ。まぁ、来ヶ谷曰く「大学など青春を謳歌するためのモラトリアムにすぎん」らしいからな。
 あと四年は遊び尽くす心積もりなんだろう。確かに、遊べるうちは全力で遊ばないと損だ。
「あいつらが一緒なら、退屈なんて無さそうだな」
「あはは。まあね。学部は結構違うけど」
 嬉しそうに笑う理樹に、俺も嬉しくなる。
 そうか、良かったな。高校卒業で皆バラバラになると思っていたが、考えてみれば、二年の段階では誰もどこを受けるかなんて考えてなかった。
 大学四年間をかけてやりたい事を見つけたいって所か。ま、それぞれ学部が違うって事は、それなりに皆やりたい事や夢はあるんだろう。
「でも、ほんと長いような早いような一年だったなぁ」
 理樹は荷物の整理に戻りながら、おもむろに呟く。
「この一年ずっと恭介に逢えないって思ってるばっかりだったのに、…何か、まだ実感湧かないよ」
 ああ、――俺も、ずっとそう思ってたぜ?
 床に座って段ボールの中から荷物を取り出す理樹の動きを目で追いながら、俺はその背後に膝をつく。
 そして、そっと腕を伸ばして抱き締めた。理樹の動きが止まって、せっかく箱から外に出かけていた荷物が、段ボールの中に落ちて行った。
「これからは、毎日一緒だ」
「う、うん…」
 応えた理樹の頬は薄く色付いていて、何と言うか…妙な気分になる。
「………」
「―――」
「に、荷物整理しないとっ…!」
 空気が変わるような気配を察知したのか、理樹が慌てて俺の腕を剥がしにかかる。
 あっさり離してやると、理樹は様子を窺う様に振り返った。
「どうした?」
「――な、何でもないよっ」
 ぱっと赤くなって理樹は視線を逸らす。その様子に悪戯心を擽られる。
 身を寄せて、逃げようとする肩を掴んで引き寄せ、耳元に唇を近づける。
「なぁ理樹」
「な、なに…?」
「――しようか」
「っ!」
 理樹の頬があっという間に薄紅色に染まっていく。ついでに耳まで美味そうに赤く熟れていく。
 ――ああヤバいな。悪戯じゃなくて本気になりそうだ。
「な、何をさっ…!」
「…言って欲しいのか?」
「いえいいです言わないで下さいっ」
「このままキスして、床に押し倒――」
「言わなくていいってばっ!それに大体、午後から仕事だろ。そんな暇ないからね?」
 まるで諭すような理樹に、俺は不敵な笑みを浮かべてみせる。
「俺を見くびるな」
「え?」
「一回位出来る」
「そ、そーゆー問題じゃないだろっ!大体、そんな事言っていっつも一回で済んだ試しなんか無いじゃないかっ」
「じゃあ二回」
「いやいやいや!回数増やしてどうするのさっ。もっと駄目だよ会社遅刻しちゃうよっ!ていうか真昼間だしっ」
「別に構わないだろ。昼でも夜でも朝でも」
「構うから、普通」
 割と冷静に突っ込みを入れる理樹。中々手強いな。
「前に言ったろ。一緒にいて我慢出来そうもないって」
「い、言ったけどっ…ちょっとは我慢してよ」
 そのまま上目使いに睨まれる。――お前、それで我慢しろってか。
 完っ全に逆効果だな。煽ってどうするんだ。というかマジで引けない状態になっただろ。
「理樹。割とのっぴきならない状況だったりするんだが?」
「えっ…え、本気で!?」
「お前な、冗談でこうはならないだろ」
 細い身体を抱き締めて腰の辺りを押し付けてやると、状況を理解した理樹は再び真っ赤になった。
「や、あの、だって…急にそんな…」
「駄目か?」
「駄目っていうかっ…何も今じゃなくてもっ…だって、これからいつでも出来――、あっ…」
 理樹は慌てて自分の口を塞ぐが、もう遅い。聞いちまったからな。
 なるほど。これからいつでも出来るんだから、ちょっとした我慢くらい覚えろ…ってトコか?
「ふうん?いつでも出来る、か」
「っ」
 赤く色付く耳朶を唇で挟んで擽ってやってから、俺は、さっきは心の中で思った事を、口にしてやった。
「馬鹿だな。――煽ってどうするんだ、理樹」
 そして俺は、悲鳴を上げる理樹をそのまま床に押し倒した。
 
 
 
 
 
 

あとがき
 久々更新!…でもってやっちまった社会人同棲編……です。
 ようやくネタが固まってきましーたー。それなりに続く…かと。
 や、なんだ…これは需要ありなのか?微妙にアダルト仕様になる予定、ですが…。
 くっついたカップルには、試練を(笑)的な、とってもベタな展開になるかと思います…。
 まぁ、うん、途中までは甘甘かな。…あと、話の都合上、割合タブーにしてきたオリキャラが…多数出てしまうかも。
 どうしても恭介が社会人な上、理樹も大学生なんで…。

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