ぴぴぴ…ぴぴぴ…ぴぴぴ…
「う…ん…」
今、何時だろう…?
セットした目覚まし時計を探して、枕の脇へと手を伸ばす。
指先に触れる硬質な感触。カチリと音を立ててスイッチを押し込んで、僕は時計の時間を確かめた。
まだ六時半だよ…。何でこんな早くセットしたんだろう。
もう一眠りと思って寝返りを打とうとして――違和感に気付く。腰に巻きつく腕が動きを邪魔をしていた。
ええと……。
寝ぼけたまま首だけで振り返ってみる。そこにはスヤスヤ寝息を立てている恭介の顔がある。
――ああ、そっか。昨日から……一緒に暮らす事になったんだ。
まだ見慣れない部屋の中で、まどろみながらも恭介との同居生活を実感する。
間近に長い睫毛を見て、――もう見慣れているはずなのにドキリとした。
やっぱり格好いいなぁ。改めてみると、なんていうか…綺麗な顔だよね。近くで見るとドキドキするっていうか…心臓に悪いっていうか。
この顔で、びっくりする位馬鹿なことも平気でやるし言うし。子供みたいだったり、凄く大人だったり、優しかったり――すごく、意地悪な事も…。
ふと昨夜の事を思いだしかけて、慌ててそれを頭から追いやる。
ええと、ええと、…今何時だっけ?六時だよね。
恭介が会社に行く時間は七時二十分。その前に、朝ごはんとか…お弁当とか、作ったりしたいなぁ。
それには、まずこの腕を何とかしないと身動きが取れない。
眠っている恭介を起こさないように、そっと身体に巻きつく腕を外す。思ったよりすんなり解放されて、ほっと安堵の息を吐いた。
ベットから静かに降りて、辺りに散乱している服の中から、とりあえずはワイシャツを拾って腕を通す。
恭介のワイシャツ、ちょっと大きいな。僕の服も散らばってはいるけど、何と言うか、こっちは後でまとめて洗濯機に放り込まないといけない状態になってるし…。
ついつい昨夜を連想して顔が直ぐに熱くなる。
そ、そんな事より朝食朝食。それから僕は、部屋を出てキッチンへと向かった。
昨日の残りと余った食材を使って、簡単に朝食とお弁当を準備。でもお弁当はちょっと隠しておいた。
会社の食堂で皆で食べる、とかが習慣付いてるならいらないだろうし。いきなりお弁当渡されても恭介だって困るよね。
コーヒーメーカーでコーヒーも淹れたし、これで準備は万全、かな?
そろそろ恭介も起こしにいかないとね。
一応足音を忍ばせつつ、奥の部屋へ。ドアを開けて中を窺うと、恭介はまだベットの中にいた。
「恭介。朝だよ?」
近づきながら小さく声をかけてみる。――起きない。
うーん……何か狸寝入りっぽい気がするなぁ。ていうか絶対そうだと思う。
更に近づいて、僕はそっとベットの脇にしゃがみ込んだ。恭介の寝顔を覗き込んで見る。
聞こえてくるのは規則正しい呼吸。…あれ?ホントに寝てる?
「恭介、そろそろ起きなよ」
「……」
「恭介ってば」
やっぱり返ってくるのは寝息だけ。…ホントに寝てる、のかな…。いやまさか…。
窓から入り込む陽の光に恭介の髪が透けて、端正な顔と相まってどこか神聖な雰囲気すら醸し出す。
触れ難いような、触れたいような。
恐る恐る指を伸ばした――その瞬間。
「っと!捕まえた」
「!」
いきなりぱしりと手を掴まれる。目の前にはぱっちりと全開の赤瞳。
や、やっぱり狸寝入りだったし…!分かってたのにっ!
「おはよーさん、理樹」
「わっ」
そのままベットの上に引き上げられる。驚く僕の後頭部に手が回って、軽く唇を吸われた。
次いで姿勢が逆転し、僕の上に恭介が圧し掛かって来る。直ぐに重なってくる唇に抵抗もままならない。
「んっ……はっ…」
いやあのっ…朝から濃厚っていうかっ!
き、キスされるのは嫌じゃないけど朝だし普通ここは軽く済ませてくれるトコだよねっ?
「んん、は、……むっ…――きょ、恭介!」
どんどん熱烈になっていく口付けに驚いて、僕は慌てて掴まれていない方の手で恭介の胸を押し戻す。
――正確には、押し戻しかけた…所で、自由だった方の手まで、恭介に掴まれてしまった。
シーツの上に両手が縫いつけられる。
っていやいやいやっ!?朝からそんな。
「きょ、恭介もしかして寝ぼけてる!?もう朝――んぅっ」
まるで黙れと言わんばかりに、ぬるりと口内に熱い舌が捩じ込まれて、背筋が泡立った。
両手首が、いつの間にか頭上で一纏めにされていた。片手でもって押さえ付けられて、恭介は空いた方の手を使って僕の身体を弄って来る。
ちょっ…そんなトコ触ったらっ…!
「…ん、ぁっ!」
びくっと腰が跳ねて、しまったと思った時は遅かった。
見降ろしてくる顔が、こういう時にしか見せない妙に意地の悪いものになる。
「――理樹。…どこ、触って欲しい?」
「っ」
うわ、何その嬉しそうって言うか舌舐めずりでもしてそうな声と顔っ。
いやいやいや何処も触ってほしくないですから!
慌てて首を振る僕に、恭介が顔を近づけてくる。唇の触れそうな位置で、目を細めて笑う。
「な、理樹…。――ほら」
「――っん」
恭介の手が、焦らすように足の付け根辺りを這い回る。
や、だよ…やめて…。こんな、の…。
「…ぁっ…」
「可愛い、理樹」
「ん、きょうすけ…や、だよ」
「焦らされるのが、か?」
「…あ、んっ!」
緩く指先で撫で上げられて、甘い痺れに思わず仰け反る。
仰け反った瞬間、――視界に目覚まし時計が入った。
ってああぁぁ!会社!時間!出勤!こんな事してる場合じゃなかったよっ!恭介起こしに来たんじゃないか!
「恭介っ」
「ん?――どうした」
恭介は怪訝そうに僕を見下ろす。だからそんな場合じゃないってば。
「ダメだよ、こんな場合じゃないって。会社行く時間っ」
「――ああ。そういやそうだな」
「だろ?分かったら放して…」
「一回だけシたらな」
「そうそうってええぇぇぇっ!?」
「何だ、まだ何かあるのか?」
いやいや、そんなさも当然そうな顔で言われても。
「き、昨日散々したしっ」
「昨日は昨日だろ。今日とは関係ない」
えーと。普通は昨日と今日って繋がってるものだと思うんですが。
大体、昨日って言ったって今日みたいなもんじゃないか。
「い、いいから放してよっ」
「今更無理だな。お前だって、――感じてたろ」
「やっ…ダメだってば!ちょっ…!」
するりと指が下肢に絡んで来る。だから駄目って言ってるのにっ。
「恭介会社っ。遅刻しちゃうって!」
「大丈夫だ任せろ」
何をっ!?
「んぁ――ちょっ…ダメって言ってるだろっ!あ、朝ごはん冷めるしっ」
「――」
途端に、ピタリと恭介の動きが止まる。
え、何、どうしたの?
「――朝飯、あるのかっ…!?」
「うん…あるけど…」
「マジか!」
「うわっ」
突然ぎゅうっと抱きしめられて、それから恭介はうきうきした様子で「さて起きるか。折角の理樹の飯が冷めたら勿体ないしな!」とか言い始めた。
……会社に遅刻は効果無しなのに、なに、この朝ごはんの効果…。
いや、いいけどさ…。
ベットの上で茫然としていたら、やっぱり一回しとくか?と真面目な顔で言われて、慌てて僕はベットから飛び降りた。
服を着替えて、二人で居間へと向かう。昨日はなんだかバタバタしていて、そう言えば作った料理の感想とかも全然聞けなかったっけ。
そう思ったら、急に不安になってきた。
昨日の余った材料とかでササっと簡単にしか作ってない…恭介の口に合うかな…。
今までも恭介は、僕の作った御飯を食べた事はあるし、いつも「美味い」って言ってくれるけど――。でも、こんな風に二人だけでテーブルを囲むなんてあんまりない。
僕が作る羽目になるのは、大概昨日みたいに他にも沢山人がいる時だったし、恭介の為だけにって…そういえば、殆ど無かったかも。
ここに遊びに来た時は外食で済ませちゃってたしなぁ。うわ、何かホントに緊張してきた…!
そんな僕とは対照的に、恭介はテーブルの上を見た瞬間に目を輝かせた。そんな大した物じゃ全然ないのに、凄く喜んでくれる。
見た目はとりあえずクリアらしいけど、問題は味だよね。これで美味しくないとかだったら最悪だ。
二人でテーブルに着いて、恭介が手を合わせる。
「じゃ、頂きます」
「う、うん…」
僕の見守る前で、恭介がオムレツに箸を伸ばす。口に運ばれていく半熟状態の卵を見ながら、不安と期待の綯い交ぜになったような心地で恭介の言葉を待った。
オムレツを噛み締めた恭介が、次の瞬間、ふ…と視線を落とす。
え、嘘。もしかして不味かった!?どうしよう、何か間違えた?もしかして調味料?まさか塩と砂糖っ…!
「――感動したっ!」
感動していた!?
顔を上げた恭介はまっすぐに僕を見る。
「よし、理樹。――定食屋をやろうっ!」
「えっ!?」
「店名は――リトルバスターズだ!」
「いやいやいやっ」
何気に目が真剣だからっおかしいからっ!
「店出さないか?」
「出さないよっ」
「そっか…?そいつは勿体ないな。――いや」
自分で言った台詞を即座に否定した恭介は、直ぐに納得顔で頷く。
「そうだな。誰かに食わせる方が勿体無いよな」
理樹の手料理は俺のものだろ?と続けて、恭介は目を細めて笑った。
うう、何か普通に恥ずかしいんですけど…。
それから恭介は、朝食を残さず平らげて満足そうだった。
朝はそんなに時間がある訳じゃないから直ぐに家を出る時間になって、バタバタと忙しく用意をする羽目になる。
「恭介、忘れものは?」
「おっと、大事な物忘れてたぜ。――理樹、弁当は?」
「あ、ちょっと待ってて」
そうだお弁当、と思ってキッチンへ向かおうとして、思わず足を止める。
あ、あれ?何で恭介が知ってるんだろう、お弁当の事。隠してたのに。
振り返ると、そこには僕よりもっと驚いたような恭介の顔。
――もしかして今のは、「ないよ!」っていう僕の突っ込み待ちのボケだったのか…。
「り、理樹…」
「うん?」
「弁当まであるのかっ…!?」
「…あるけど…」
どうする持っていく?と聞こうとしたけど――必要なかった。
満面の笑みで抱きしめられて、頭ごと抱える勢いで髪をぐしゃぐしゃに掻き回される。
そ、そこまで喜ぶような事じゃないと思うけど…。でも――こんなに嬉しそうにしてくれるなら、作って良かった。
少し心配になるぐらいにハイテンションの恭介に、用意してあったお弁当を渡す。このままじゃ道端で「いやっほー」とか言い出しそうだ……。大丈夫かな。
どうにか落ち着かせながら、玄関に出る。子供みたいだ、なんて思ったけれど――。
靴を履いて、身形を整えた恭介は、やっぱりちゃんと社会人の大人の顔をしていた。
「じゃあ、――行って来ます」
「うん…。行ってらっしゃい。気を付けてね」
「そうじゃない、理樹」
「?」
「いや、それもいいんだが――ほら、もう一つあるだろ」
急に訳の分からない事を言い始めた恭介に、首を傾げる。
もう一つ…?
疑問符を浮かべる僕に、恭介が物凄く真剣な眼差しで言った。
「行ってらっしゃいって言ったら――キスだろ」
「ああ、キス…ってキス!?」
「ここな、ここ」
恭介は自分の頬を指差して、僕に向けてくる。
え、何、僕にしろって事?…こ、これは予想外に恥ずかしいようなっ!
「……」
「――」
恭介は無言で待ってるし…キスしないと会社行かないとか言いだすかもしれない。
それにもう時間だってない。だから、仕方ないよね…?
僕は、恭介の袖をちょっとだけ掴んで、伸び上がる。
ホントに軽く触れるだけ。恭介の頬にキスをした。
「こ、これでいいだろ?じゃあ行ってらっしゃいっ…!」
「――行ってきます、理樹」
ひょいと顎を掴まれて、あっさり恭介に唇を奪われる。
「んっ…」
「早く帰るから」
幸せそうな笑顔でそんな風に言ってくれるから――。僕も、待ってるからと素直に言った。
恭介を見送って、それから、一人部屋に戻る。
入学式までは、まだあと二週間もある。その間に、色々荷物の整理もして、二人で暮らすのに必要なものとか買い揃えていきたいなぁ。
そういえば、入学式って恭介どうするんだろう。一応前に聞いた時は、楽しみだ、なんて言っていたから、来るつもりなのかなとは思っているけど。
まぁ鈴だっているし、別に恭介が出席したっておかしくはない。
それに、恭介が来てくれたら――嬉しい。きっと鈴も皆も凄く喜ぶだろうなぁ。
父母席から皆を見守る恭介の姿を想像して、なんだか胸の辺りが温かくなった。
それから、約二週間後。入学式の父母席に恭介の姿はなかった。
その代り――新入生に堂々と紛れ込む着グルミの姿があった。
しかも物凄い浮かれ気味で、なんていうか…鈴風に言うならくちゃくちゃ目立っていた。多分誰より「新入生」として印象深かったんじゃないかな。
着グルミ姿で入学式に出席し、その後リトルバスターズの横断幕を手に体育館の天井窓から去って行った新入生なんて、きっと今までもこれからもいないだろう。
その後、「消えた幻の新入生」として伝説になったのは言うまでもない…。
あとがき
読みたいと言ってくれる方が一人でもいるなら書くっ。
久々に書きました…。うちの理樹はめちゃくちゃ料理上手ですよ。もう主婦の域(笑)。入学とかもはや時期外れもいいとこですがネ(笑)まぁ、順番にゆっくり進めていきますよー。