未来へ続く路 -あしたへつづくみち- 6

 目が覚めると、朝だった。
 無意識に枕元の時計を掴んで時間を確かめ、違った昼だったと悟る。
 気だるい身体と、なんだかガサガサ痛む喉。
 ――ていうか、……あれ?僕、いつ寝たんだろう?…思い出せない…。
 うわっちょっと待って昨日僕何やってたんだっけっ!?
 ハッとなってベットから起き上がろうとして、…失敗した。あらぬ所にジンと走った疼くような鈍い痛みと、全身に極度の疲労感。間接に力が入らない。
 再びシーツの波に沈んで、それから――ゆっくりと、昨日の出来事を順を追って思い出していく事にした。


         *


「直枝、今いいか?」
 午前の授業が終わった後に、キャンパスで僕に声を掛けてきたのは、黒髪の背の高い男子だった。
 同じ学科の生徒だから見覚えはあったけど、名前までは出てこない。
「えっと…」
「柏木だ。柏木博人」
 相手は特に不愉快な顔をする事もなく自己紹介をしてくれる。
 そうか柏木君か。言われてみれば、周りとはちょっと違う雰囲気で、何となく印象に残ってる。大人っぽいというか…落ち着き具合が周りとは違う人だ。
 もう入学して二週間経つけれど、僕はまだ学科の人達と話した事が殆どない。
 高校と違って席が決まってる訳でもなく、教室だって授業ごとに違う。そんな中、僕と真人と鈴は同じ学部だった事もあって、早々に三人で寄り集まってしまった。そうなるともう、他の人と話す機会はあまりなくなる。
 入学直後に自己紹介を兼ねたオリエンテーション的なものはあったけど、それだけで全員の顔と名前を一致させるなんて出来ないし、大勢の中で一度小さく纏まってしまうと、何か特別用事でもない限り、他の人とは話しにくくなってしまう。
 だから、柏木君が僕の名前を覚えている事の方が、驚きだった。鈴と真人なら目立つから分かるけど、僕は目立たない方だし、名前だって特徴があるわけでもないのに。
 でも、折角自己紹介してもらったんだから、ここは僕も返すべきだよね。
「ええと…直枝理樹です」
「知ってる」
「そ、そっか」
「親睦会の話、覚えてるか?」
 言われて頷く。オリエンテーションの時に全員に紙が配られて、それに日時も記載されていた。
「確か今日の夜だよね」
「ああ。出席出来るかの最終確認なんだが…どうだ?」
「うん、僕は出席しようと思ってるけど…あ、あと真人と鈴も」
「真人と鈴…」
 ちょっと考えるように眉を顰めてから、柏木君は名前の書かれた出席簿の用紙を取り出す。
「いつも直枝と一緒にいる二人だな…?」
「うん、そう。井ノ原真人と、棗鈴」
「…この二人も出席、と。…そう言えば、今日は一緒じゃないのか?」
 怪訝そうに辺りを見回す彼に、苦笑して理由を話した。
「二人とも、自分の学科必修の履修登録がよく分かんないとかで、今事務に聞きに行ってる所だよ」
「なるほど。今の時期は結構多いみたいだな。俺の周りにも割といるよ」
 そう言って柏木君が小さく笑う。見た目がちょっと無愛想だけど、笑うとなんだか優しそうだ。
 それから、少し柏木君と話をした。
 今回の親睦会の幹事役を押しつけられた、という事や、実は浪人生で、年齢は幾つか上だという話まで聞いて。
 それからまだ出席者の確認が済んでいないからと、柏木君は忙しそうに去って行った。それが、親睦会前の出来事。
 親睦会は夜七時からで、バス組の集合場所はキャンパス内電光掲示板前。車を持ってる人とかは直接会場に集まるらしい。
 時間になるとどんどん人が集まった。真人と鈴と僕の三人も勿論参加だ。行きの移動はバスで、帰りはお金を出し合ってタクシーという話だった。
 で、真人も鈴もバスの中ではかなりはしゃいでいたんだけど……。


          *


「……ね、二人とも。僕一人でも平気だから…」
「何言ってんだ…!俺が理樹を置いていく訳がねぇっ。俺とお前の筋肉で繋がったこの深い絆はマリファナ観光より深いんだからよっ」
「マリアナ海溝ね」
 ていうかそんなタチの悪いもの観光しちゃ駄目だから。
「しかもこいつ深いって二回言ったぞ」
「そこは突っ込まないであげようよ鈴。いつもの事だけど真人なりにそれこそ深い意味があるんだから」
「別に意味なんてねーよすいませんでしたーーーっ」
 僕の左隣からは鈴が「こいつ馬鹿だ!」と叫び、右隣からは真人が「うるせー」と吼えている。要するに僕を挟んでいつもの小競り合い。
 いい加減、自分たちの卓に行って欲しいんだけどなぁ…。
 学部が同じだから会場自体は一緒なんだけど、卓は学科毎に分かれていて、当然僕らの席はバラバラ。それを知った時の二人の反応はものの見事に同じだった。
 僕の袖を掴んで一緒がいいと駄々を捏ね始め、――鈴はともかく、真人にまで同じ事をされたせいで周りの視線が痛かったのは言うまでもない。
 今現在、そんな二人を説得…してる所なんだけど。
「あのさ、鈴」
「ぜったい嫌じゃ」
 フンっと鼻まで鳴らして説得できるものならしてみろと言わんばかりの臨戦態勢をとる鈴。それを見た真人が、だったら俺も!と腕を組んで徹底抗戦の構えを見せる。
 …いやまぁ、真人の場合は単に鈴に便乗してるだけだと思うから別にいいんだけど。問題は鈴だ。
 多分鈴はまだ、僕ら以外の誰とも話した事ないんじゃないかな。入学式後に三人で寄り集まってしまったのが裏目に出た形だ。
 鈴にしてみれば、いきなり知らない人の中に放り込まれるのと同じような心境なんだろう。でも、このままじゃ鈴が学科で浮いちゃうのは目に見えてる。
 学年が上がって専科が増えてくれば、僕らとは時間も合わなくなるし、そんな中で孤立してる鈴は見たくない。
 生来の人見知りを考えれば、鈴にとっては大変なことだと思うけど…でも、鈴はもう大丈夫なはずだ。
「鈴」
「なんだ」
「鈴が親睦会に出るって言った時、小毬さんは何て言ってた?」
「男はみんなオオカミだって言ってた」
「――え、ええと。他には?」
「変な事されそうになったら蹴って逃げろって」
「………えと…ほ、他は?」
「あと理樹が襲われそうだったら取り敢えずきょーすけに連絡してその場は真人に助けてもらえって」
「いやいやいやっ!?」
 何で僕が襲われるのさっ!ていうか鈴に何を吹き込んでるのかな小毬さんっ!?
 うう、どうして僕が鈴に心配される立場になってるんだろう…。肩を落とした僕の横で、腕組みをした鈴が、不意に眉間に皺を刻む。
 しばし黙り込んだ後、すごく言い難そうに口を開く。
「あとな…あとそれから…」
 うみゅう、と唸って、不貞腐れたように下唇を突き出しながら言った。
「あと…友達、たくさんできるといいねって…」
 …うん。だよね。小毬さんならそう言うだろうと思った。僕は、鈴の頭をそっと撫でる。
「そっか。小毬さんそう言ってたなら――頑張らないとね、鈴」
「――で、でもあたしは…」
「色んな人と出会わなきゃ、鈴。小毬さんとだって最初は”知らない人”だったんだから。…大丈夫だよ」
 諭すようにそう言うと、鈴は顰めていた眉を緩ませ、少し視線を落とす。
「こまりちゃんも、同じ事言ってた」
 ぽつりと呟いて、それからちりんと頷く音。
 上げた瞳に、強い光が戻る。うん、その調子。
「じゃあ、…何人と話ができるか勝負しよっか」
「しょーぶ…つまりミッションか?」
「うん、そう。ミッション」
 途端に鈴の表情がやる気のある物に変わる。勇気が出てきたのか、負けないぞ!などと強気な発言まで飛び出してきた。
「よ、よしっ。じゃあ、まずはあのちょっとドルジに似た女子の隣に座ってみる…!」
 指を差して宣言し、そろそろとそっちへ向かい始める鈴。言ってる事は失礼な気がするけど…まぁ、これなら大丈夫かな。
 後で様子は見に行ってみるけどね。
「ほら、それじゃあ真人も自分の席戻って」
「嫌だ」
「うんそれじゃ…ってえっ!?」
「俺は理樹っちと一緒がいんだよっ!何だよ理樹は嫌なのかよこんなむさ苦しい筋肉さんとお友達だとか周りに思われるのは勘弁してほしいなぁってそーゆー事なのかよぉぉぉっ!」
「ああもうそんな事言ってないだろっ!」
 ていうか何でマジ泣きっ!?ノリで鈴に張り合ってるだけだと思ってたのにっ!
 その後、周りの冷たい視線に耐えながら、真人を宥めすかしてどうにか自分の卓に移動して貰った。
 後で遊びに来れるからとかなんとか言いくるめ、――鈴の時より大変だったとか有り得ないよね…。
 でもどうにか二人を無事各自の卓へ送り出し、ほっと一息つく。
 さてと…じゃあ僕も…。
「ほほぉう。流石現リーダーではないか、少年」
「フっ…これならば俺達が付いてくるまでもなかったか」
「って何してるのさ二人ともっ!?」
 僕の背後に気配もなく立っていたのは、来ヶ谷さんと謙吾。
 …さっきまでの惨状を見ていたなら助けてほしかったんですけど。特に真人の説得。まぁいいけどね。
「で、何で二人がここにいるのさ?」
「お前たちに何かあったら、助けになれるかと思ってな」
「フフ、野暮な事を聞くな少年。慣れない酒の席でほろ酔い加減になった少年と鈴君をおねーさんが手厚く保護してやろう、という訳だ。有難い申し出に涙が出そうだろう?感謝感激感涙するがいい」
「いやいやいや」
 どっちかって言うと来ヶ谷さんの魔の手から保護して貰いたい。それに一応親睦会であって酒の席じゃないし。
 あれ、でもこの二人がいるってことは、もしかして他のメンバーも?
 無言で謙吾の方を伺うと、僕の意を察した謙吾は一つ頷いた。そして顎であっちを見ろと指し示す。
 何か予想付いたよ…きっと普通に交ってたりするんだろ…。
「ふっふっふ、見よっ隠密スパイ変装!ザ・忍者!ピンクはるちん参上っ」
「わふーっ私は水玉忍者なのですっ」
「ほわあ、すごいねぇ」
「…すごい…目立ってますが…」
 普通じゃなかった!いやいやいやっせめて普通に交ってよっ!ていうかに忍者服ピンクって!水玉って!
 しかも、たぶんその妙な位置にある卓は、どう考えても持ち込みだよね?
 取り敢えず、――何かあったらこれ、僕がどうにかしないといけないんだろうな…。
 そんな僕の心境を知ってか知らずか、謙吾と来ヶ谷さんは、ではあっちに交じってくる、と無駄に目立ちまくってる忍者集団に紛れ込む。
 まあ、心配してくれたのは嬉しいんだけど…。
 しかも異様な目立ち方をしているせいで、逆に人が寄り付かず、何でか親睦会に参加出来てしまっている。
 鈴と真人がどうしてまだ気づいてないのか疑問だけど、あの二人はボケ属性だからなぁ…。会が終わってから実はいたんだ、とかバラされて「なにー!」って驚く方に百万円。
 まぁでも、…みんな楽しそうだし、いっか。
 取り敢えず、僕は僕で自分の卓に向かう。疎らに人はいるけどまだ結構席は空いてる。
 なんとなくあまり人のいない席に着いて、一息。
 と思ったらすぐに隣の席が引かれた。
「隣、いいか?」
「あ、どうぞ」
 聞いた事のある落ち着いた声音。見上げると案の定、そこにいたのは柏木君だった。
 手には親睦会のスケジュール表。
「幹事役大変だね」
「だが誰かがやらなきゃいけない事だからな」
「柏木君、苦労症だって言われない?」
「…まぁ、な。――ああ、ところで直枝」
「なに?」
「……名前の呼び方なんだが…」
 そう言って、柏木君は困ったように視線を逸らす。…君付け、苦手だったのかな。
 別にそんな困って言う事でもないと思うけど。
 年上だから一瞬”さん”付けかなとも思ったけど、同じ一年だし、そこを変に拘るのもおかしい。
 どうしようかと思案していると、柏木君は、できれば呼び捨てで、と提案してきた。
「えっとじゃあ、柏木…でいい?」
「――そう、だな」
 なんでかちょっとがっかりしたような顔をする。なんだろう、話してみると意外に不思議な人だなぁ。
 柏木…うん、でもきっといい人だ。友達になれそうだと思って笑いかけた途端に、そっぽを向かれる。あ、あれ?何か嫌われちゃったかな??
「ま、まぁ何だ…その…俺は年上だし、何か困った事でもあったら言ってくれ。俺で良ければ力になる」
 えーと。もしかして柏木って、照れ屋?…やっぱり謙吾と似てるかも。
 ありがとうと返すと、柏木は無言で頷いた。取り敢えず新しい友達はさっそく出来たかな。
 柏木と雑談している所で、今度は右隣の椅子が引かれた。
 無遠慮にどんと座り込んだ男子が、馴れ馴れしく僕の肩を掴む。
「ねえ君。女子の席あっちだよ?」
「って男ですからっ」
「――えっマジでっ!?」
 何か普通に素で驚かれた。それどういう意味かな?
「へー。その顔で」
「いやいやいやっ」
「あ、俺工藤な。工藤晃。お前は?」
「…直枝、理樹」
「ふーん。あ、そう。直枝理樹、ねぇ」
 言った相手の目が、ちょっと嫌な感じで眇められる。何だろう…?でもそれは一瞬だった。
「んじゃよろしくな直枝!」
「え、あ…よろしく…工藤君」
「うわ寒っ!?君とか付けんなよっ!アッキーでいいから!」
「いやいやいやっ」
 凄いマイペースっていうか…強引っていうか。柏木とは対極にいるタイプだなぁ。
 工藤はそれから柏木とも軽く挨拶を交わした。柏木が幹事役だったせいか面識はあったみたいだけど、まぁほぼ初対面。
 暫くして人が集まりきると、親睦会開催の音頭を、柏木が工藤に指名した。まぁ、いい選択だと思う。
 その後、僕は工藤と柏木に挟まれて中々離して貰えなかった。
 何でか妙にくっ付かれて、鈴の様子を見に行けたのは、大分経ってから。
 でも、心配するまでもなかった。鈴はぎこちないながらもちゃんと初対面の人と話をしてて、それを、リトルバスターズの皆がそっと遠巻きに見守っていた。
 特に小毬さんが凄く嬉しそうだった。
 ――で、勿論、そんな微笑ましいだけで終る訳はない。親睦会なんて言ったって、学生達だけの集まり。しかもすでに二十歳を超えてる生徒も普通にいたりする訳で。
 最初に挙動がおかしくなったのは、よりにもよって真人だった。僕が何度か席を離れてたその間に、僕の席に遊びに来たらしく、柏木と工藤の話では「理樹がいねーよー理樹ー理樹やーい」とか泣きながらうろついていたらしい。
 工藤は「泣き上戸かあいつおもしれー」とか笑ってたけど。…うん、それって完璧にお酒飲んでるって事前提だよね。
 嫌な予感がして謙吾の席にいったら、案の定真人と喧嘩になってた上に、多分これは来ヶ谷さんの仕業だと思うけど、卓の上にお銚子が数本。
 葉留佳さんとクドと小毬さんの手にはお猪口。まぁ…そうなるんじゃないかとはちょっと思ってたけどさ!
 他の学生達にもお酒が入り始めて、あっという間にどんちゃん騒ぎになる。――まぁ、親睦は深まる、かもしれない。
 驚いた事に、小毬さんがお酒を飲んでしまったのを知った鈴は、「あたしがしっかりこまりちゃんを守る」と息巻いて、絶対お酒には手を付けなかった。
 ほんとに成長したよなぁ。
 勿論僕もお酒は飲まなかった。一応リーダーという立場だし、酔って潰れる訳にはいかない。
 解散時間は11時半という話だったから、工藤に邪魔されながらもその前に恭介に電話で連絡を取って。
 それから無事解散時間には、メンバー全員がちゃんとタクシーに乗るのを見届けた。
 忘れ物を確認するのに、僕は一度会場に戻る。会場にはそれでもまだ結構残ってた。二次会に行く学生達だ。
 中から柏木を探して、帰る事を伝える。
「そうか。…もう少し待ってくれれば送っていくが」
「あれ、柏木は二次会出ないの?」
「…人付き合いはあまり得意じゃない」
 ぼそりと呟く。なんか柏木らしいな。
「そっか。でも大丈夫だからいいよ。ここからそんな遠くないし、タクシーは工藤と一緒だから」
 意外にも工藤は一次会で帰るらしい。しかも帰る方向が僕と同じとかで、相乗りする事になった。それを伝えると、柏木は物凄く考え込んだ。
 それから、そうかと一つ頷いて、すごく残念そうな顔をする。
 …もしかして、世話好きなのかなこの人。
 タクシーが来るまでにはまだ時間が少しあって、取り敢えず工藤のいる席に行くと、そこで飲み物を手渡された。さっきまで僕が飲んでたコップだ。入ってるのはウーロン茶。
「飲ーめよっ直枝」
「何で?」
「残したらもったいねーじゃん?それともアレか、俺の酒は飲めねぇってかぁ?」
「いやいやこれお酒じゃないし」
 うわー…酔っぱらいだよ、工藤。困ったなぁ。まぁ…こういう時は逆らわない方がいいよね。
「ぐーっといけぐーっと!一気だ一気!」
「はいはい…」
 ウーロン茶で一気も何もないけどね。
 取り敢えず、腰に手を当てて角度はこうだ、などと絡んでくる工藤の言う通りにしてやる。
「じゃ、これ飲んだら帰るからね?」
「そっだな」
 機嫌がいいんだか悪いんだか。まぁいいや。一気に飲んじゃおう。
 そう思って、僕はウーロン茶を喉に流し込んだ。
 一瞬――物凄く、変な味がした。
 少なくとも僕の思ってるウーロン茶とは違う味。
 勢いでかなりの量を飲んでしまってから、鈍く喉が熱くなる。
 え、何これっ…。
 次の瞬間、喉とそれから胃が、焼かれたみたいに熱くなる。
 これって――もしかしてお酒っ…!
 そう気付いた時にはもう遅くて。
 すぐに、目の前がクラクラと揺れる。
 ふらつく身体を支えようと僕が卓に手をつくと、工藤が「どうした直枝?」と聞いてくる。それがなんだか白々しいような…。
「直枝、工藤。タクシーが来たが…直枝?――おいっ」
 焦ったような柏木の声が聞こえて――僕の意識は暗闇に転落した。


          *


 えーと。とりあえずはっきり記憶があるのはここまで、なんだよね。この後どうしたのかよく覚えてない。
 誰かに支えて貰って、タクシーに乗った、ような。
 そう…何か階段を登って――そうだ、恭介が、いて。
”…理樹。ほら、こっち来い”
 そう言われて、凄い嬉しくなって飛びついて…。抱きしめてくれる腕が温かくて、安心したんだ。
 それ――から…。
「……ぁ…」
 そうだった…それから色々…!
 昨夜の自分の痴態が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。そう、だよ…何であんな…恥ずかしい事言ったりしたりっ…。
 そのあまりの羞恥に、枕を掴んでぼすりと顔を押し付ける。
 お、思い出さなきゃ良かった……。なんかすごい事口走ったりなんだりしたようなっ…。
 どうしようもなく耳まで熱くなってくる。居た堪れない。一度寝がえりを打って起き上がり、ベットの端に腰掛ける。
 う、身体ギシギシ言ってる…。昨日一体どんだけ――。わ、忘れよう。うん、酔ってて覚えて無いって事にしよう。
 それがいいよ、うん。恭介に何か言われても、惚けてさ…。
 カチャリ
「理樹、起きてるか?」
「っっっ」
「何だ起きてたのか。――どうした?そんな真っ赤になって」
「な、何でもないよっ」
「そっか?というかお前、起きてて平気なのか」
 心配そうに恭介が近づいてくる。うわうわうわっ…!
「昨日、ちょっとキツかったろ?悪かったな」
「や、や、あのっ…」
 取り敢えず傍にあった毛布を掴んでずるずると身体に巻きつけながら、顔も上げられない。
 恭介の指がこめかみに触れてきて、そっと横髪を耳に掛けるように撫でていく。
「途中で止めなきゃヤバいとは思ったんだが…」
「…あ、の…」
 お、覚えてないって事に…しようと思っ――。
「あんな可愛く強請られたら、流石に我慢出来ねぇよ。けど…悪ぃ」
 そっと僕の前髪を掻き上げて、恭介は労わる様に額にキスを落としてくる。大きく温かな手の平が頬を包んで、髪を撫でて――それはとても緩やかで優しい。
 額とこめかみ、鼻の頭や瞼に柔らかく唇が触れてくる。やがて唇の端にも寄せられて、そこで止まる気配に目を開けば、恭介はいつもの少し困ったような顔。
「これ以上すると、また我慢できなくなりそうだからな…?」
「っ…」
 そ、それは流石に、困る…。これ以上はホントに身体がもたない。黙った僕に恭介は、これだけな、と呟いて一度深く唇を重ねた。
 やがて離れていくのをなんだか寂しいと思ってしまって、慌ててその思考を振り払う。恭介は優しく髪を撫で続けてくれる。
「身体ギシギシだろ?」
「う…」
「無理するな。つーかんな恥ずかしがるな。俺まで照れてくるだろ」
「は、恥ずかしがってなんか…」
「何言ってんだ。さっきから真っ赤な顔で泣きそうな面してる癖に」
 昨日は色々させて悪かった、と恭介が後頭部を掻いて僕から視線を反らす。
 恭介の目元も何か赤い。うわあ…もう今更忘れたふりとか無理だよね、これ…。
「ほら、もうちょっと寝てろよ」
「う、うん…」
 今までだって、こんな朝は何度も迎えてるはずなのに…やっぱり慣れなくて。
 どことなくぎこちないような気恥かしい気持ちで、恭介の手に促されるままベットに横になる。
「何か欲しいものとかないか?」
 言われて、喉が渇いている事に気付く。僕が口にする前に恭介はそれを察して、取り敢えず水持ってくるから、と部屋から出ていく。
 動ける位だとこんなに気遣って貰わなくていいし、当然こんなに恥ずかしい気持ちになる事もないけど。
 やっぱり…こんな状態だとどうしたって羞恥心が先に立つ。あ、足腰立たないとか有り得ないよね…あーうー…。
 一人なのにそれでも顔が赤くなっていく。無意味に毛布を引きずりあげて、顔を隠した所で、インターホンの音が聞こえた。
 恭介が玄関に向かっていく足音が聞こえる。セールスだったらすぐに断って終わりのはずだけど――中々恭介が玄関から戻ってくる気配はない。
 お客さん、かな?
 暫くして、――カチャリ、と部屋のドアが開いた。
「理樹」
「どうしたの?」
「それが――お前にどうしてもって奴が来てるんだが、どうする」
「誰?」
「大学の友達とかで、工藤って奴だ」
 聞き覚えのある名前に、僕は目を丸くした。





 
 
 
 
 

あとがき
 えーあれだ。言い訳しなーいぃぃっ!畜生オリキャラ出番多すぎでもうこれほんとにリトバスssなんだろうか…。いーよもう、この路線で突っ走るよっ(涙)

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