「よし、じゃあ次のシーンだ。城ごと眠りについて百年後。そこに王子がやって来る」
何の問題もなく、とは言い難いけど、どうにか話は佳境に入ったみたいだ。
恭介は台本を見ながら何故か鈴を指差す。
「鈴、台詞だ」
「あたしじゃないぞ」
「っと…。そうだったな」
「どうした恭介氏。もうボケたのか?」
「――誰のせいだよ」
来ヶ谷さんの突っ込みに、小さく恭介が呟くのが聞こえた。
うん、やっぱりそうか。
怪しいなとは思ってたけど、来ヶ谷さんと恭介は組んでたんだ。
で、鈴と僕に、王子と姫を割り振るはずが、なんかの手違いで、王子を恭介が当てちゃったのか。
もしくは来ヶ谷さんがわざとそうしたか。
どっちかっていうと後者かな。何か二人の間に流れる空気が、先刻から妙に殺伐としてるしね。
…ああもう、仕方ないなぁ。恭介って結構、自分の思い通りにいかないと、拗ねたり投げやりになったりするんだよね。
今だって、眉間に皺寄せてるし。
「…恭介」
小声で呼んで、袖を引っ張る。
「何だ?」
「あのさ、恭介は鈴にやらせたかったんだよね、王子役」
「ん?…ああ、まぁな」
「でも、僕は恭介が王子役で良かったよ?流石に他の人相手にお姫様とか、やりたくないしさ」
余りにも僕が情けなさすぎる。恭介相手なら、まぁ我慢するけど。
「ほんとは姫役はやっぱり嫌だけど、恭介相手ならいいかなって思うし。劇を成功させる為にも……一緒に頑張ろう?」
「――理樹」
恭介は、凄く優しい表情で、僕の頭を撫でてくれた。ちょっとは機嫌、直ったかな…?
「いやぁ〜あっついあっつい、ですネー」
「うむ、是非におねーさんも混ざりたい」
「そ、そんなのだめだよぉ、ゆいちゃん」
「恭介さんと直枝さん、二人だけの禁断の世界――眼福眼福…」
「禁断の世界ですか!それは何ともでんじゃらすなのです!」
「ん?筋肉の世界がどうしたって?バイオレンスか?」
「お前は黙ってろ真人。――恭介、俺はまだお前に理樹を譲った覚えはないからな!」
皆に聞かれていた!いやでも、そんなに冷やかされるような内容じゃないと思うけど。
ていうか最後の謙吾の台詞は色々おかしい――って、ちょっと待って。
いつもなら真っ先に突っ込むはずの鈴がいない!?
慌てて見回すと、鈴は、物凄く難しい顔で腕組みをしていた。
「あの、鈴…?」
「理樹は――いいのか?」
「いいって…何が?」
「うちの馬鹿兄貴で」
ああ、王子役がって事か。
「うん、いいよ」
「そっそうなのか!?……そうか…理樹は、いいのか…」
鈴は呆然としている。え?何で?
「えっと、…もしかして、鈴がしたかった?」
言うと、何故か鈴は赤くなった。
うーん、鈴に王子役か…合うような合わないような。
「あ、あのな、理樹。あたしは全然そんなんじゃないぞっ!?だから、その…理樹がきょーすけでいいなら、あたしは構わない」
自分で言って頷く鈴。
「だからだな、理樹さえいいならこの後も宜しく頼むというか…ええとだな、何か分かんなくなってきたぞ…?」
まぁ、鈴だって女の子だし、王子役をやりたいって事はないよね。混乱してるらしい鈴に、助け船を出すつもりで頷く。
「分かったよ、とりあえずは、今のままでいこっか」
「そうだな。うん、そうしてくれ」
やけに真剣な顔で、鈴は僕と恭介を見上げる。
「お、応援するから、頑張れ」
「うん、ありがとう鈴。恭介も頑張ろうね」
「ああ、そうだな」
そう答える恭介に、もうさっきの不機嫌な影なんてどこにもない。やっぱりさすがは鈴だ。
「よしっ!じゃぁ続きだな!」
僕と恭介は一緒に台本を捲り――。
「!」
「!?」
ビシッと同時に固まった。
台本の真ん中辺り、太いゴシック文字でそれは書かれていた。
『ここで目覚めのキス。もちろん濃厚にな!!』
「……恭介、この脚本、僕と鈴がやる前提で書いたでしょ…」
「…まぁ、何だ…」
「人を呪わば穴二つって諺、知ってる…?」
「す、すまん…」
人を騙そうとするからこういう事になるんだよ、全く…。
そっか、さっき皆が妙に冷やかしたのは、これがあったせいか。
キスするなら恭介とがいいって言ったも同然………って、うわぁぁぁぁぁぁぁ!?
それはマズイって!
「ま、待って!皆っ、さっきのは違うからね!?」
「やははー隠さなくていいってば」
「うむ、照れる事はないぞ、少年」
「えっとえっと、そのぉ、お、お似合いだよぉ、うん!」
「…棗×直枝…殿堂入りです」
「わふーっないすかぽーなのですっ!」
「電動アイスカップ?何だそれ?」
「だからお前は黙ってろ、真人。――恭介、俺は認めん」
いやいやいやっ!
って鈴は!?
「お前ら、幸せになれ」
物凄くお姉さんな顔で僕らを見ている!!
「きょ、恭介っ!」
「大丈夫だ。ここは書き直すから」
恭介は既に赤ペンを持っていた。ほっと息をつく。――ちょっと残念なような…いやいや!
その時だった。突然西園さんが立ち上がった。つかつかと恭介の元に歩み寄る。
「駄目です」
「ん?」
「そこを書き換えるのだけはいけません。お姫様を百年の眠りから覚ますのは、王子様の接吻以外にありえません。これは大前提です。常識です。それをなくすなんて、文学への冒涜です!」
言い切った!そして西園さんは、恭介にびしっと指を突きつける。
いつもの彼女からは想像もつかない迫力だっ…。
「恭介さん。これでもまだ書き換えますか」
「いや、しかしな…」
「人は過ちを犯します。ですが、その過ちを敢えて受け入れ、自らを罰する事で人は成長します。それとも恭介さんは、一度決めたことを自分の都合だけであっさり翻してしまうんですか。信念を突き通さずに諦めるんですか。貴方の信念はそんなものですか!」
「そんな事はない!」
「だったら――諦めないで下さい…。貴方になら、出来るはずです」
見事なアメとムチだった!
「――っ…感動したっ!」
そして見事に説得されていた!
「西園の言う通りだ…!俺が間違ってたぜ」
「ちょっ…恭介?」
「理樹。お前の言った通り、人を呪わば穴二つだ。だが、その過ちを敢えて受け入れ、自らを罰する事で人は成長する…!」
うわあ、さっき西園さんの言った事そのままだし…。相変わらず単純だなぁ、この人も…。
「あのね、落ち着いて恭介」
「俺は落ち着いてるさ!」
いや、どう見ても西園さんに踊らされてるからさ。
「分かってる?キスするんだよ?僕と」
「何だ、理樹は嫌なのか?」
「嫌じゃないよっ……」
――って、あ、あれ…?ああっつい反射的にっ。
「そっか。ま、俺も理樹ならオーケーだ」
「え……」
い、いいんだ…。そっか…。
――――。
「いやいやいやっ!本気なの!?」
「俺はいつでも本気だが」
「あ、…う……」
「よし、それじゃ読み合わせ再開だ」
恭介の一声に、皆何事も無かったように台本を開き始める。
……僕がおかしいの!?
「ほら、何やってんだ理樹。本開けよ」
「う、うん…」
どうやら、うろたえてるのは僕だけらしい。恭介は平然と台本の説明を始める。
「さて、どこからにするか。茨を断ち切って王子が現れて――そうだな、姫が目覚めた所からいくか。理樹、台詞――」
「駄目です!」
またも立ち上がる西園さん。
「どうした?西園」
「目覚めの接吻は、物語の最も重要な一場面です。例え単なる読み合わせでも、蔑ろにしてはいけません」
「じゃあどうするんだ?」
「――実践しましょう」
……えぇぇぇ!?
目を見開く僕とは対照的に、恭介は考え込む。さっき説得されたせいか、またも西園さんの術中にはまりそうだし!?
「いやいやっちょっと待っ…」
「勿論、実際に接吻する必要はありません」
え?
「フリで十分です。それだけでも、大分役柄の心境がわかりますから」
「なるほど、一理あるな」
西園さんの提案に、恭介が頷いた。確かに、それは西園さんの言う通りかもしれない。
「理樹、どうする?」
「そうだね…フリなら、まぁ…」
僕が了承すると、西園さんは僕達を向かい合わせに立たせた。
「直枝さんはこちらに。…そうですね、少し顎を上げて下さい」
「こう?」
「はい、結構です。恭介さん、手は直枝さんの肩に」
「こうか?」
ぽん、と僕の肩に恭介の手が置かれる。
「いいです。では――始めて下さい」
「よし」
恭介が僕の方を向き――。見つめ合ったまま暫し沈黙。不意に、つ…と恭介の視線が下にずれた。
切れ長の瞳が、僕の唇を見つめる…。う、うわぁぁドキドキしてきたっ!?
「――――」
「――――」
「あ、あのさ、恭介…」
「目、閉じてろ」
「え?」
「お前、眠り姫だろ?眠ってるはずなんだから、ちゃんと目ぇ閉じてろ」
「あ、そっか」
慌てて目を瞑る。うん、閉じた方が少しはマシ――。
…………。
いやいやいやっ寧ろ恥ずかしさ倍増だよね!?しかも何か皆の視線を感じるんですがっ!
ああ、早く終わろうよ、恭介……。
…………。
………。
…?
まだ、かな…?
「…きょうすけ…?」
「――――(ゴク)」
って今なんか生唾飲み込む音が!?
「きょきょ恭介!?」
「いや待て違う!今のはだなぁっ……。た、タンだ…?」
僕に聞かれても。ていうかそれもどうかと思うよ?
恭介はワザとらしく咳払いをする。
「よし理樹。もう一回だ」
「う、うん…」
恭介が、真面目な顔で僕をじっと見下ろす。
「理樹。――目、閉じてろ」
「あ、ごめん」
言われるまま目を瞑る。僕の肩を掴む手に、僅かに力が篭る。少しだけ身体を引き寄せられた。
瞼の裏に届く光が、ふっと翳る。
「…っ」
恭介の、吐息、が――。
ちゃらりらり〜
突然鳴り響いた音楽に、一気に脱力した。恭介の携帯だ。
「すまん」
一言断ってから、恭介が携帯に出る。
「はい、もしもし。――ああ、はい。――え?」
あ、何か嫌な予感が。
「つまり俺達が、という事じゃなく…。――はい、分かりました。ちょっと待って下さい」
携帯を片手に恭介が振り返る。
「すまん、劇は無期限延期になった」
「「「「えぇぇーー!?」」」」
「まぁ待て。俺達の劇は延期だが、向こうで人手が足りないらしい。エキストラで何人か欲しいと言われた。やりたい奴は?」
「おっしゃ!やってやるぜ!」
真人が真っ先に手を挙げる。
「真人一人か…。ま、いいか」
「え、マジか。俺一人かよ?」
「因みに劇は、園長先生オリジナルの脚本で、環境問題を扱った難しい話だ。――やれるな、真人」
「おおっ…何かスゲェな、俺!任せろ!」
「よし、じゃ頑張れよ。あ、もしもし、先ほどのエキストラの件ですが、一人だけなら――。はい、じゃ宜しくお願いします。『木』の役で」
その後、真人の絶叫が響き渡ったことは、言うまでもない…。
あとがき
園長先生オリジナル「木の一生」とか…。
いやぁ、にしても西園さん大活躍。
そして恭介より理樹がノーマルを主張してくるっ。
考えてみれば、おかしなスイッチが入らない限り、理樹って普通の子でしたね…。
おかげで無意味に長く…行き当たりばったり書くからこうなるんですね。
書きたい欲求だけを放出するから…。
ギャグは勢いとテンポが命なのに!うう、精進精進。