朝、下駄箱に一通の手紙が入っていた。
封筒の表には、” 直枝 理樹様へ ”と綺麗な字が綴られていて、内容はシンプルに、” 放課後家庭科室で待っています ”、とだけ。
差出人の名前はなかったけれど、――これって、ラブレター…だよね…?
恭介や謙吾宛ての手紙を渡されたり、下駄箱に入れられてた事はあったけど、僕宛てに、なんて一体どこの誰だろう?
うーん…悪戯、かな。まぁその可能性は高いと思う。
だけどなぁ。一応放課後になったら、家庭科室に行けばいいのかな。悪戯なら悪戯でも仕方ないけど、もし本当だったら、無視は流石に失礼だ。
相変わらず野球の練習はあったけど、放課後になって、僕は一人家庭科室に向かった。
くっ付いてきたがった真人を、用事があるから先に行ってて、となんとか宥めて。
家庭科室に到着し、幾分緊張しながら扉を開けた。
だけどそこには誰もいない。まだ来てないのか、やっぱりいたずらだったのか…。
そう思いながら室内に足を踏み入れる。
イイ匂いがした。
クッキー、かな?
「あ…」
やけに匂いが強いと思ったら、それもそのはず。家庭科室の中央あたりの机に、クッキーの入った皿が載せられていた。
近づいてみると、そこには、今朝貰った手紙と同じ便箋が添えられている。
”これは気持ちです。どうぞ召し上がって下さい”
綺麗な字でそう書かれている。
ええと…ど、どうすればいいの…!?
気持ですと言われてもっ…。単なる好意、という意味なのか、告白、という意味に捉えていいのか。
戸惑いつつも、ちょっとだけ嬉しくて便箋を手に取る。
名前が書かれていないかと裏返し――。
そこに見つけた文字に、僕は絶句した。
”あなたのバイオ田中より”
…いやいやいやっ!?
てかあんたですかっっっ!!
気持ちって、それ絶対研究者の被験者に対する気持ちだよねっ!?
という事は――。美味しそうだけど、これ明らかにバイオクッキーっ!?
す、捨ててしまおうっ!いや待って!もし間違ってその辺の蟻とかが食べたら大変な事にっ!
どうすればっ…!
焦る僕の背後で、不意に扉が開かれる。
「やっぱり理樹だっ」
ちりん、と音がして、現れたのは鈴だった。不思議そうに僕に近づいてくる。
「練習に来ないから、探してたんだぞ?今日は新しい必殺技のトックンだって言ってたろ」
「あ、ごめん」
そうだった…。
遅くなると真人には言ったけど、僕がキャッチャーっていうのは恭介の中でしっかり固定らしいから、呼んで来いって事になったんだろう。
「でも、よくここだって分かったね?」
「こっちに来たら、丁度理樹が家庭科室の方に行くのが見えたから、追ってきた」
「そっか」
「…ん?それ何だ?」
鈴が、皿に乗っていたクッキーに目を留める。
「美味しそうだなっ。一個くれ」
「え…待っ…!」
止める間もなく、鈴はクッキーを手にしていた。さくり、と齧りつく。
えぇぇぇっ!た、――食べちゃった…!
「ん?どーした。理樹は食べないのか?」
「いやあのっ…それっ…」
「――もしかして、大事な物だったのか…?」
鈴がひどく申し訳なさそうな顔をする。
「いやいやっそういう訳じゃないよ」
「そーなのか?」
「うん。ていうか…それより身体大丈夫?」
「?別に…何ともないぞ。それよりこれ、美味しいな!ほら、理樹も食え」
無邪気に鈴がクッキーを差し出してくる。
うわぁぁ食べたくないっっ!
でも、不可抗力とはいえ鈴に食べさせちゃったしな…。僕が食べないって訳にも…。
すごく嫌だけど…とりあえず受け取った。匂いはいい。
ほんとに美味しそうなんだけど…。
「どーした?」
「いや、うん…貰うよ…」
ううっ…どうにかなったら、助けてよね恭介っ!
ちょっと無責任な事を思いながら、クッキーを少しだけ齧る。
――あれ…。
「……普通に美味しい…」
「うんっ。美味しいな、これ」
意外にも普通のクッキーだった。バターの風味が口の中に広がって、凄く美味しい。
うーん…バイオ田中さん…どういうつもりだったんだろう。もしかして、前に何度か迷惑を被ってるから、その謝罪とかって意味だったのかな。
よく分からないや。まぁ、変わった人だったしね。
でも、ホントにクッキーは美味しくて。
放課後で小腹が空いていた事もあって、結局、僕と鈴の二人でクッキーを平らげてしまった。
「うんっ美味しかったな!理樹」
「だね」
よし、じゃあ後は皿を片づけておこうかな。洗ってここに置いておけばいいよね。
一応、美味しかったです、と伝言の紙でも添えておこう。
そのまま二人で、部活に向かう。
グラウンドにはもう皆揃ってて、手を振ってそっちに向かう――途中で、それは起った。
急に、心臓がドクリと跳ね上がる。
えっ――何っ…!?
胸骨を裏から叩かれるような激しい鼓動に、目の前がグラリと揺れる。
何だ、これっ…!
まさか、やっぱりさっきのクッキーに何かっ…!
鈴…鈴はっ!?
「り、鈴っ…!」
「ん?どーした理樹。…お前、顔色悪いぞ?」
「!?」
斜め前を歩く鈴には…何の不調もないようだ。
どういう事だっ…!?
「っ…く…ぁ…」
駄目だ、もう歩けないっ…!
心臓が激しく脈打つ。
苦しいっ――身体がバラバラに――なっ…!
「理樹っ…!?」
鈴の驚いたような声が聞こえて――僕は、意識を手放した。
「――理樹っ!」
最初に耳に届いたのは、恭介の鋭い声。
うっすら目を開けると、皆が僕の周りに集まっていた。
どうやら、意識を失ったのは一瞬だったらしい。
「大丈夫か、理樹」
「ん…」
真剣な顔の恭介と、泣きそうな顔の鈴。二人の後ろから、みんなが心配そうに覗き込む。
急に倒れるなんてここのところずっとなかったから、皆余計に心配しているようだ。
「ごめん…何か倒れちゃった」
小さく笑うと、辺りにほっとした空気が満ちる。実際、さっきの苦しさが嘘のように、僕の身体は軽くなっていた。
恭介は相変わらず深刻な顔のまま、僕を見る。
「さっきの、ナルコレプシーじゃないだろ」
「あーうん…」
恭介には分かっちゃったか。
「どうした、何があった?」
「ん…何か、急に心臓が苦しくなってさ…」
「心臓か…やばいな。まだどっか痛むか?」
眉をひそめ、恭介が僕の胸の辺りに手を当てる。
「大丈夫だよ、もうどこも…」
「――」
「…恭介?」
何故か恭介は、僕の胸に手を当てたまま、硬直している。
どうしたんだろう?
「り、理樹っ…お前――これ、どうしたっ…!?」
「これ?」
――って何?
恭介の視線を追って、自分の胸元に目を落とす。
そこには、恭介の手と――その手がわし掴む、何か。
ええと…そこに、手でわし掴めるようなものなんてない、よね?
どういう事…?
理解できない僕に、恭介が叫ぶように言った。
「お前っ…胸付いてるぞっ!?」
――は?
思考が真っ白になる。
そして――。
「「「「「なにぃぃぃぃぃ−−−−っっ!?」」」」」
一瞬遅れて、グラウンド中にリトバスメンバーの絶叫が響き渡ったのだった――。
あとがき
やっちまいましたよ、女体化(爆)またも行き当たりばったりにっ…!これ続くのかよ!?
いえ、何だが出だしは真面目(??)のような。ループ世界のお話ですが、ギャグですよ(笑)!
ちなみに題名、最初はバイオ田中の飽くなき探求で、田中視点(∵)でした…!
まぁ、なんつーか…恭理樹、になるのかな、これ…。思いつきで書くとね…後で大変な事になるんですけどねっ!
これ終わったら、謙理も一本ネタがあるので、書きたいっすね。あと真理のエロネタ(爆)と…それからよーやくネタが固まってきた
恭理樹の社会人同棲編…うおぉぉぉっいつになったら書けるんだぁぁっ!?
てか、バレンタインネタもあるだろ俺っ!えー多分これ完結する前に、色々入るかと思われます…だって…この話…出だしの思いつきだけで書いちゃったからさっ…!