現在地は、脱衣所の入口前。
今さっき最後の一人が出て行って、あとは入口を見張っていれば、理樹の入れる状態になった訳だが。
俺と真人、謙吾の三人を前に、理樹は何とも言えない表情をしていた。
「どうした、理樹」
「えっと…ど、どうしよう…?恭介」
言って困ったように首を傾げる。
どうしようって言われてもな…。
「選べよ、理樹」
「ぼ、僕が…?」
「ああ」
この三人の中から、誰と風呂に入るかを理樹に選ばせようと思ったのだが―――。
「理樹っ!俺だよなっ」
「何を言う。俺だろう、理樹」
真人と謙吾の二人に挟まれて、理樹は困り顔だ。どうやら選ぶに選べないらしい。
ま、確かに真人と謙吾のどちらか片方を選ぶ、なんて理樹には無理か。
ったく、仕方ないな…。
「――理樹」
「え?」
「俺と入るか?」
助け船を出してやると、理樹は飛びつくようにこくこくと頷く。
とたん真人と謙吾からブーイングが上がる。
「何だよ恭介っズレェだろっ」
「恭介、抜け駆けは許さんぞ」
「落ち着けよお前ら。理樹は俺を選んだ。そうだろ?」
「う、うんっ…」
理樹の答えに、二人はしおしおと肩を落とす。
何だ、お前らそんなに理樹と風呂に入りたかったのかよ。つーかいつも入ってるだろうが。
「じゃ、二人は見張りな。ちゃんと来た奴らは追い返せよ?」
「ちっ…分かったぜ。誰も通さなきゃいいんだな」
「…いいだろう。この竹刀に掛けて、理樹、お前の身は俺が守る」
何か物凄い燃えてるな…。
まぁいいか。こいつらを突破して風呂に入ろうなんて輩は、少なくともこの学校には存在しないだろ。
見張りは二人に任せる事にして、俺は理樹の肩をポンと叩く。
「ほら、じゃあさっさと入るぞ。時間もないからな」
ぶっちゃけ、もう人も来ないような時間だ。あと二十分ぐらいしかない。
どことなく渋る理樹を脱衣所に押しやって急がせる。
が、時間もないというのに、理樹はうろうろと辺りを見回し、着替える場所を探す。
まぁ…女の身体、というかつてない事態だ。理樹が戸惑うのも無理はないんだが。
結局、俺と背中合わせに、後ろで着替える事にしたようだ。
シュルシュルと衣擦れの音が聞こえる。
「恭介」
「ん?」
「み、見ないでね…」
「あのな…一緒に風呂に入るのに、見るなってのは無理だろ」
「そ、そうだけどっ」
不安そうな声。
身体に引っ張られて、精神的にも女性特有の防衛本能が働いているようだ。
確かに、俺は男で理樹は女、という状況だ。本能的な危機感を持ってしまっても仕方ない。
安心させようと、俺は背中を向けたまま肩を竦めた。
「じゃ、俺はどうすればいい?」
「えっと…ちょっと待ってて」
ぱさりと服を落とす音。どうやら脱いではいるようだが。
「い、いいよ」
その声に振り向く。どうやら理樹は、バスタオルで身体を隠す、という手を考えたようだ。
が―――幅のないバスタオルで無理矢理胸と下の両方を隠そうとしたらしい。
身体に巻いたバスタオルから、柔らかそうな胸の谷間がはみ出し、下の陰った三角地帯が、布のギリギリの線から覗く。
「これならいいかな?恭介」
「――」
こう…見えそうで見えない辺りが何と言うか…。
「……恭介?」
おっとしまった。
理樹が妙に不審そうな顔でこっちを見ていた。慌てて目を逸らす。
「ああ。――いいんじゃないか?」
こりゃ不味いな。落ち着けよ、俺…。理樹だぞ?
いつも一緒に飯食って遊んでる、幼馴染で親友の、理樹だ。
深呼吸してから、ポーカーフェイスを作る。
「じゃ、先に入ってるからな」
理樹の返答を待たず、洗面用具を持って先に風呂場へ向かう。
中央辺りに席を陣取って、まずはシャワーのコックの水の方を捻った。
頭から水をかぶって、思考を冷やす。
直ぐにカラリと戸の開く音。ぺたぺたと近づいてくる理樹の気配を感じ取る。
「じゃ、僕後ろ座るね…って冷たっ!?」
「あ、悪ぃ」
シャワーの水が跳ねたらしい。理樹がぎょっとしたように俺を見る。
まずったな…。どう思われるか――。
「何やってるのさ…。風邪引くよ?」
「いや、ちょっと頭を冷やそうかと思ってな」
「良く分からないけど、限度があるだろ。やめなよ」
心配そうに言って、理樹が俺の隣に膝を着く。そのまま腕を伸ばして、シャワーの水を止めた。
当然――肌が触れる。
腕の辺りにタオル地と――それから、ふにゅりとした柔らかい感触。
「うわっ…恭介冷たくなってるよっ」
「そりゃまぁ、水被ってたしな?」
「大丈夫?これじゃホントに風邪引いちゃうよ…」
「――理樹」
「なに?」
「…腕に当たってる」
「はぁ?」
理樹は眉をひそめて怪訝そうに俺を見る。理樹…お前、「キングオブ無意識小悪魔」決定な…。
「胸、当たってるぞ」
極力そっちを見ないように告げれば、途端に理樹はぱっと俺から離れる。
「ご、ごめ…」
「――ま、取り敢えずさっさと身体洗って上がるぞ」
「うん…」
叱られたと思ったのか、理樹が肩を落とす。
いや、別に怒ったわけじゃないんだが。――だが、目の前の鏡に映る俺の眉間には、深い皺が刻まれている。
………。仕方ないだろ…。
こういう顔でも作ってないと、なんつーか……まずいんだよ、下半身の辺りが。
――ま、既に結構まずい状態だけどな…。
鏡越しに、理樹の背中が見える。身体を洗う為だろう、鏡の中で、パラリとタオルが落ちていく。
白い肌が露わになる。
小さな肩と項。滑らかな背中の中心を走る背骨が、艶めかしく陰を作る。視線を下していくと、柔らかそうな理樹の――。
って何見てんだよ俺はっ!
慌てて眼を瞑る。そりゃ――俺だって男だ。女の身体に興味位あるが――相手は理樹だ。
親友に興奮してどうする…。
気を抜くとすぐに熱が集まりそうになる。
――やっぱ野球だよな。野球はいいよな。
最近は鈴もイイ球を投げるようになったしな。三枝が思いの外、外野として使える…。
「恭介」
来ヶ谷もな、気まぐれなとこがなきゃ優秀なんだが。
「恭介ってば」
「お?――どうした」
「シャンプーある?切らしちゃってたみたいでさ」
「そっか。ほら」
平常心を取り戻した俺は、何という事もなく振り向いて、理樹にシャンプーを手渡す。
――はずが、容器の表面が滑って、シャンプーがつるりと落ちる。
それを慌てて受け取ろうとした理樹が、体勢を崩す。
「わっ…!」
「理樹っ」
俺は条件反射で理樹の身体を引き寄せ、抱きかかえた。
二人でタイルの上に転ぶ。
俺は、身体の下に感じる柔らかい感触から慌てて身を起こした。
同時に手の平に、やけに頼りない物が触れる。
「大丈夫か?」
「ん。ごめん…ありがと」
転んじゃった、と理樹が照れ笑いで俺を見上げ――それから、二人で見つめ合ったまま、硬直する羽目になった。
何と言うか…いかんせん、体勢が悪かった。
仰向けに倒れた理樹の上に、俺が圧し掛かっているような状態だ。
しかも――ご丁寧に、俺の手は理樹の胸をしっかり鷲掴みにしていたりする。
なるほど、今さっきのやけに頼りない物はこいつか…。
柔らかい……。
「あ、の…きょうすけ?」
「っ!」
ヤバいっ!
一瞬マジで理性が消えそうになりやがった!?
不自然なほどの勢いで、俺は理樹から離れる。そのまま慌ただしく洗面用具を引っ掴む。
「悪ぃ。理樹――俺、先に上がるな」
「え?」
「ああ、湯船には入るな。そこで倒れたらマジでヤバいからな。一応俺の方でも様子は窺ってるが、戸口のトコにいるから、何かあったら声かけろ」
早口にそれだけ告げて、早々に退散する。一人脱衣所に戻り、ほっと息を吐いた。
――まぁ…理樹が上がるまでには……こいつも落ち着いてるだろ…。
現状収まりが付いていない下半身を見下ろして、俺は平静を取り戻すべく、眼を瞑ったのだった。
あとがき
えー何か恭介視点?…何か、ムラムラ懊悩してますね…。大丈夫か、こいつ…(笑)。
何か久々に書きました…。あ、拍手は更新出来てません……!