理樹の女体化から早三日。
昼休み、放課後と田中の捜索は続いていたが、奴の行方は未だ知れず。
だがしかし。――まぁこう言っちゃなんだが、三日もすると人間慣れってモンがある。
初日こそ色々警戒していた理樹も、今じゃ謙吾や真人と肩を叩き合ったり、普段の態度と何ら変わる所はない。
ま、理樹が男でも女でも、基本的に、俺たちの日常に影響があるわけじゃないしな。理樹にしたって、唯一不便しているのが風呂位なものだ。
浴槽に入れない事を嘆いていたが、所詮は瑣末な問題。
この分なら、少なくとも裸だの薄着だのを見せられない限りは、理樹が女だなんて意識する事もない。
例えば―――。タンクトップとハーフパンツ一枚で、俺のベットの上で、漫画片手に仰向けに転寝してる、なんていう……今みたいな状況じゃなきゃなっ!
何の気なしに部屋の扉を開けて、ドアノブを握ったまま硬直すること暫し。
俺は人の通る気配を背後に感じて直ぐに、音を立てて扉を閉めた。
「?どした、棗?」
「――いや、何でもない」
怪訝そうな顔の同じ階の寮生に、俺は一瞬で取り戻したポーカーフェイスを向ける。
大丈夫だ、部屋の中は見られてない。理樹だって見られてない。つーか見てたら抹殺だが。
その不穏な気配を察知したのか、そいつは一瞬怯み、そして首を傾げながら立ち去る。
俺は辺りに人気がないのを確認し、一つ深呼吸してから再びドアを開いた。
そこには――なんとも無防備な格好で熟睡中の理樹の姿。
いつも部屋の中でしている格好なんだろうが…それを今の状況で着るのはマズイだろ。
女だって自覚あるのか、お前…。…いやまぁ、精神的には男なんだろうが。
それにしたって、無防備すぎる。状況に慣れるのはいいが、こりゃ慣れすぎだろう。
まかり間違って誰かに覗かれる可能性を考慮して、俺は後ろ手に部屋の鍵をかける。
よし、これで一応は心配ないな。
ったく…謙吾辺りが今のお前の格好見たら、鼻血でも出して卒倒するぞ。あいつ、あれで案外純情だからな。
俺は、そっと理樹の寝ているベットに近づく。
「――理樹」
声を掛けてみるが、反応はない。どうやらグッスリ、のようだ。
読みかけらしい辛うじて掴んでいる漫画を、そっと理樹の手から抜き取り、枕元に置く。
「こら…風邪引くぞ、理樹」
どうせ聞こえちゃいないだろうが、説教めいた言葉を口にしながら、ベットの端に腰を下ろす。そして、子供のようにあどけない寝顔を覗き込んだ。
理樹の伏せられた瞼を縁取る長い睫毛が、幼い頬に影を落とす。
薄く開いた、ぷっくりと赤い唇。白く細い首筋。浅く上下する胸元は盛り上がり、くりの広いタンクトップから胸のふくらみが覗く。
その柔らかい曲線を持った影に、目が吸い寄せられる。
「―――」
谷間、というには少々足りない気もするが、それが逆に妙に生々しく映る。
全くの未熟な身体付きでもなく、成長しかけの――女らしい丸みを帯び始めた身体つき。
発展途上の未成熟な…危うい感じだ。
元々、理樹にはそんな所がある。
身体しかり、精神しかり。子供な部分と大人な部分が巧妙に噛み合わさって、そのアンバランスさがどこか危険で中性的な色香を醸し出す。
あどけなく眠る顔に、引き寄せられるように手が伸びる。
「――理樹」
返って来るのは、湿った浅い吐息。理樹は眠ったまま。
俺の手は、無意識に親指で理樹の唇を辿る。柔らかな赤い唇。
「…ン…」
指の腹で何となく撫で続けていると、鼻に掛かったような甘い声が理樹の唇から漏れた。
その反応に、喉が鳴るのを自覚する。
ってそりゃマズイだろっ!
待て待て落ち着け!理樹だ、理樹だぞ?そうだ理樹だ。
理樹は理樹であって理樹以外の何者でもなくつまり理樹という存在がそのまま理樹であって理樹が理樹たる所以は――。
「ん…。――きょうすけ…?」
「っ…あ、ああ。起こしたか?」
「…んー、ん。あれ…僕、寝てた?」
きょとんとした表情で起き上がる理樹に、俺は内心の動揺を押し隠して、からかうように笑う。
「ああ、そりゃもうぐっすりな。おかげでゆっくり拝ましてもらったけどな」
「え…」
まだ寝惚けている顔で首を傾げた理樹が、自分の格好と俺とを交互に見て、やがてじわじわと赤くなり始める。
…いや、ちょっと待て。俺が言ったのは寝顔を見たって意味であって――。
理樹は、頬を染めながら胸を隠すようにタンクトップを引き上げる。
「きょ、恭介っ…見たのっ?」
「あ、いや…」
見たと言えば確かにそこも見たが――。
ついつい視線が隠される胸元にいってしまう。
って違うだろっ。
俺の視線に理樹がベット上で後退さる。
「ちょっ…!?」
「いや違うっ!ゆっくり見たのは寝顔の方だ!」
ってそれもどうなんだかな…。
からかうだけのつもりが、自分で自分の首を絞めてないか?
理樹はどう反応したものか困ったように眉をひそめ、それから苦笑した。
「恭介、それも結構おかしいと思うけど」
「…俺も今そう思ったトコだ」
憮然と俺が呟けば、理樹はくすくすと笑い出す。
どうも、理樹が女になってから調子が狂う。別に…特に意識しているつもりはないんだが。
だってそうだろ?理樹は理樹だ。男でも女でも関係ない。
意識なんて、するわけが――。
ちらりと理樹へ視線を向け、頭からつま先までじっくり眺める。
まぁ確かに、こう…妙に色っぽいというか…。所謂まだ固い蕾のような――。
「あ、の…恭介…」
困惑したような理樹の声。
白い胸元を無遠慮に凝視していた己の視線に気付いて、俺ははっとなる。
「悪ぃっ…!」
妙な罪悪感に駆られて、理樹から顔を逸らす。
なんつーか…さっきから色々とヤバイ。
理樹は、男だ女だってんじゃなくて、妙な色気がある。胸を肌蹴られたりすると――あらぬ妄想が渦巻く位に。
っ…だから、落ち着け落ち着けよ。俺は誰だ?冷静沈着がモットーの、日常のミッションリーダー棗恭介だ。
理樹の肌が白いなんて当に知ってるし、困ったような表情が可愛いのだって既知の事実だ。今更取り立てて気にするようなモンじゃない。
ないだろ、頼むから気にするな、俺。
「…あのさ、恭介」
「何だ」
くそっ…俺だって健全な男子高校生だぜ?お前の今の格好がどんな刺激になるかって事位、分かれよ。
だから今はあんまり話しかけてくれるな。ちょっと落ち着かせてくれ。
こっそり深く息を吐いた俺に、理樹は、少しばかり頬を染めて言った。
「そんなに気になるなら、――えっと…ちょ、ちょっとだけ、触る…?」
とりあえず――。
俺がその意味を理解できるまで、たっぷり数秒は掛かりそうだった。
あとがき
次回、理樹がもみもみさせてくれるらしいです(爆)。なんつーか…恭介が変態チックになってき…。
いいです、このシリーズはもう、どれだけ恭介を格好悪く出来るか、がコンセプトだチクショー。