どうやら恭介は、それなりに僕の事を意識しているらしい。
女になって早三日。漸く落ち着いて周りが見られるようになって、僕は漸くその事に気が付いた。
まぁ、薄々態度がおかしいなとは思ってたんだけどさ。
恭介の気持ちも分からないわけじゃない。
今はこんなだけど、僕だって男だし、ちょっとは女の子に興味位ある。
それは当然恭介だって同じはずだ。
頭では僕だと分かってても、女の子の身体を目の当たりに見せ付けられたら、意識しちゃうんだろう。
――でも、ちょっと意外だった。恭介はそんなの全然平気だと、心のどこかで思ってたから。
僕には『青春真っ只中の男子高生だろ?』なんて言ってよくからかう癖に、恭介自身は、女の子より面白い事の方に興味がある――そう思ってた。
バレンタインとかも、イベントって意味で楽しむ感じだったしね。
もちろん、女の子に全く興味ないなんて事はないはずだし――まぁ、恭介の事だから、『実は女』とかそういう漫画みたいな展開に弱いだけなのかもしれない。
僕の場合は実は男って事になるんだけど…どっちにしろ漫画みたいな展開に変わりはない。
でも…そっかぁ。恭介も興味あったんだなぁ。当たり前だけど。
恭介にはいつも迷惑をかけてるし、何だかんだと今回の騒動でも全面的に面倒を見てくれてる。
それのお礼…って訳でもないけれど、ついつい言ってしまった。
「そんなに気になるなら、――えっと…ちょ、ちょっとだけ、触る…?」
その言葉に固まった恭介を見て、思わず笑みがこぼれた。だって、こんな恭介の顔なんてそうは見られない。
目を丸くして、口までパクパクさせてる。うわぁ、ホント珍しい…。
「さ、触る…って、おま」
「じゃぁ、とりあえず見てみる?」
タンクトップの裾を少しだけ持ち上げて、全部肌蹴るのはちょっと勇気がいったから、そのまま恭介を見上げた。
「えっと…さ、わる?」
「――」
何故か恭介は、眉間に皺を寄せた顔で無言。…怖いんですけどその表情。
ややして恭介は、僕から目を逸らして自分の髪を掻き回した。詰めていた息を吐き出すように、僕をたしなめる。
「理樹、お前っ…触るってなぁ」
「別に遠慮しなくていいよ?ホントの女の子じゃないんだし」
「けど、だからってお前…」
「でも恭介さ、興味あるだろ?なんか結構気にしてるよね」
告げると、恭介は呆気に取られたような顔になる。決まり悪げに視線が床に落ちるのを見て、どうやら図星だったらしいと確信した。
そっか…やっぱり、そうだったんだ。
うわぁ、女の子に動揺する恭介、初めて見た…!いや、厳密には僕は女の子じゃないわけだけど。
でもやっぱり珍しいなぁ。ついマジマジと見つめてしまう。
恭介は、そんな僕の視線にすら気付かないまま、いつまでも無言で。しかも眉間の皺…段々深くなっていってるような?
「恭介?」
「――落ち着け、な?」
「いや、僕は落ち着いてるし」
「………」
うわっ一気に眉間皺倍増っ!?
ど、どうしようっ何か怒ってるかも。あ、もしかして実は全然興味なかったり?僕の勘違いだった?
「あ、の…ごめん…」
「ん?」
「もしかして、別に興味無かった…?」
「いや、あるが」
そこ即答なんだ。いや、別にいいけど。
しかも、即答したのは恭介なのに、しまったって顔してるし。
どうしたのかなぁ?いつもの恭介なら、好奇心だけで結構何でも手を出すのに。
「あー…理樹?」
「うん」
「何で急に…触らせようとか思った?」
「なんとなく、かな。気になるならどうかな、って思っただけだけど」
「お前なぁ…」
溜息をついた恭介が、気軽にそういう事を言うな、と怒る。
「そんなの俺以外の奴に言ってみろ。…どういう目に合うと思う」
「大丈夫」
「…その根拠はどこから来るんだよ、ったく…」
「大丈夫だって。恭介以外には言わないよ」
流石にその位の分別はある。
一応今は女の身体な訳だし、不用意にこんな事言うのは確かに危険だろう。…来ヶ谷さんとか。
今一瞬自分で想像して凄い光景が頭を過った…!か、考えなかった事にしようっ…。危ない危ない。
うん、やっぱり恭介相手だから言える事だよね。興味があるって気持ちは分かるし、元々は男同士な訳だから、肌を見せる事にもそんなに抵抗はない。
「理樹」
不意に低いトーンの声音が落ちてきた。顔を上げた先には、恭介の妙に真剣な顔。
「ホントに――いいのか」
まだどこか困惑したような表情に、微笑んでみせる。
「ん、いいよ。そんな遠慮しないで…どうぞ?」
「―――」
恭介が、無言でベットに片膝を載せ、僕に身を寄せる。感情の削げ落とされた切れ長の瞳が、怖いくらい真っ直ぐ見詰めてくる。
え…と。何か――今更ながら危機感を覚えるのはなぜだろう?
「あ、あの…」
「理樹…」
うわぁっ!?何か今すっごい声で名前を呼ばれたようなっ!?
ていうか、ていうかっ…!
「っ…」
恭介の手が、タンクトップの下にするりと入り込んでくる。脇腹を、やけにゆっくり撫でられて、ゾワリと背筋が粟立つ。
何ていうか触り方がっ…!や、ヤらしいよっ恭介っ!?
いやいや、そりゃ確かに、触らない?なんて持ちかけたのは僕だけどっ。で、でも僕の予想では、胸とかをちょっと突っついて、こんななのか、とか…そんな感じで。
ここここんなっ…妖しげなムードになるはずじゃっ…!
脇を撫でた手が、じわりと上へ這いあがって来る。胸の膨らみを――柔らかく、包み込まれた。
その一瞬、恭介の手の平と胸の尖端が擦れる。
「んっ…」
って今変な声出たっっ!?恭介が、ちょっとびっくりしたような顔で僕をみている!
「理樹?」
「や、あのっ…今のは違っ…」
「……胸」
「え?」
「先っぽ、硬くなって尖ってるな…」
「っ!!」
カッと耳まで熱くなった。
ううっ…自分でも分かってるけどっ…言わなくたって!
恭介の視線から逃れるように、思わず目を瞑る。視覚を閉ざしたら、手の感触が鮮明になってしまう。
どうしよう…指で突っつかれる程度かと思ってたのに、こんなしっかり触られ――。
「…柔らかいな」
ふにゅ
って揉むーーーっっ!?ちょっとぉぉぉーーっ!?
「お?さっきより先っぽが硬くなったな…」
「ちょっ……きょうっ――んぁっ…!」
うわぁぁっまた変な声がっ!
心臓がバクバク鳴って、背筋に変な汗まで浮き始める。
いやいやいやっ!?ちょっと待ってよこんなはずじゃっ…!
「や、めっ…」
「理樹…」
ぐっと、不意に空いていた方の恭介の手が僕の手首を握る。
え…何?何か――すっごい危機感が…?
「あ、あのっ…ちょっと待って。恭介?」
「―――」
何で無言っ!?何か言ってよぉぉっ!
なんて思っている間に、どさり、とベットの上に押し倒される。見下ろして来る赤い目。その奥に揺らめく、熱いような、冷たいような――。
こ、怖いしっ!
慌てて恭介を押しのけようとしたけれど、…全然びくともしない。
嘘。女の子ってこんな非力なのっ…!?
「――理樹」
「あ、あ、あ、あのっ!ええと…か、鍵っ鍵は?ほら今誰かにドア開けられたら、僕の身体の事バレちゃうしっ」
「――鍵なら掛けてある」
ああそれなら……ってそれどういう意味さーーーっ!?うわぁぁ恭介っホントに目が怖いよ目がっ!何か来ヶ谷さんがクドに迫る時に似ているような!?
うわうわっ…手、が…胸、揉んでっ…。いーーーやーーーっ!
「やっ!……た、助けて恭介っ…!」
って、どうしてこういう場面ですら出てくるのが恭介の名前かなっ!?
今まさに僕を襲ってる張本人じゃないかっ!ああ、馬鹿だ…。
自分で自分に呆れた所で、不意に、目の前から深いため息が漏れた。
「…依りに因って、なんでそこで俺だよ。…ったく、ホントに仕方ない奴だな」
――え?あれ?
「ええと…恭介?」
目を白黒させる僕の上から、恭介はあっさり退いた。肩を竦めて、苦笑いしている。
「ま、これで不用意な事を言うと、どんな目に合うか分かったろ?」
驚かせて悪かったな、と言って身体を引き起こされ、服を直された上に、ぽんぽんと頭を叩かれる。
…もしかして、全部演技…!?
な、なぁんだ……そうだよね、まさか恭介がそんな、暴走するなんて考えられないし。
「び、びっくりさせないでよ…」
「悪かった。けど、これに懲りたらそういう格好で寝るのも止めとけよ?一応今は女なんだからな」
「う…ごめん…」
そっか。確かに、この身体に慣れてきて無用心になってた部分はある。
万が一誰かにバレれば、今みたいな事態が起こらないとも限らない。女の子がこんなに非力だなんて事すら、僕は全然自覚してなかった。
それを僕に教える為に…わざと襲うマネまで…。
「ごめん、恭介。ありがとう…」
「分かりゃいいんだ。ま、相手が誰でも気を付けろ。特に男はな」
「ん。そうだね。こういう格好のままでいるのも止めるよ」
「ああ。そうしてくれ。…でないと俺が困る」
え?何で恭介が困るんだろう?……まぁいいか。恭介の考えって、読めない事多いしね。
「じゃあ…着替えるね」
うん。恭介にも言われた通り、取り敢えずこの格好はやめるべきだ。
そう思ってタンクトップの裾に両手を掛ける。
「ま、待てっっ!」
「え?何?」
「――お前っ…今俺が何て言ったかもう忘れたのか!?」
「んっと…気をつけろって」
「ああそうだ。相手が誰でも気を付けろって言っただろ。大体、たった今襲われかけたばかりだろうがっ」
「え…だって、さっきまでのは全部演技でしょ?」
「―――」
何故か恭介はもの凄くびっくりした顔。――って、それどういう事…!?
まさか……。
「きょ、恭介…?」
「いやっ…。まぁ、何だ。そうだな――勿論演技だ。決まってるだろ」
じゃぁその額の汗は何さっ!
しかも何気にそわそわしてるし…意外に分かり易い人だっ。
「恭介。もしかして演技じゃ無かったんじゃ…!?」
「その、…理樹。つまりだ――ヌクレボウォッチって知ってるか?」
もの凄い露骨な話題の逸らし方だった!
「いやいや、知ってるけど、それとこれと何の関係が」
「実はこれから購買で幻のヌクレボウォッチ抽選会があってな。おそらく会場は、血で血を洗う争いになる事だろう。だが俺は……必ずやこの手に勝利を掴むぜっ!」
いきなりそんな戦う男の目をされても。
大体抽選会で血を血を洗う争いも何もないし。ていうかそれ以前に――。
「じゃあ、俺は行ってくるぜ……。健闘を祈っててくれ、理樹」
「あのさ、恭介。購買……もう閉まってる時間だけど」
ピタ!と歩みを止める恭介。数秒固まってから、肩越しにニヒルな笑みを浮かべた。
「………はっ!俺がそんな些細な問題でヌクレボウォッチを諦めると思ったら大間違いだぜ!」
困難が立ちはだかるほど燃えるモンだろ!と、熱血な台詞と笑みを残して、恭介はダッシュで部屋を出て行った。
些細じゃなくて、致命的な問題だと思うけどね。
ていうかどう考えても、立場が不味くなって咄嗟に逃げただけじゃあ…。
恭介の去っていった扉を眺めながら、……今晩、一緒の部屋で大丈夫なんだろうか、と一抹の不安が胸を過ったのだった……。
あとがき
スランプ気味でしばし書いておりませんでしたが…書いてみたら、ちょっくらエロティックに(笑)そしてギャグに逃げた。
いや待て、この話は元々ギャグ路線のはずだ!そうか、恭介視点があまりギャグになってくれないのが敗因か…。
基本は、恭介が色々多分頑張って我慢してるのに、なーんにも考えずに無防備な理樹、というネタ。
……耐えろ、恭介(笑)。