「お、前の車、地元っぽいな」
買い出しの帰り道、宿に戻る途中で脇道から一台の軽トラックが現れ、僕たちの前を走り始めた。
「この辺に住んでる人かな?」
「いや、この辺に民家はないはずだ」
「じゃあもしかして、僕たちの泊ってる宿にでも行くのかなぁ」
何気なく僕が呟くと、運転席の恭介の目が、急に生き生きと輝きだした。
「という事はだ。あの車についていけば、近道出来るかもな」
またそういう危険な事を…。
「もし違ったらどうするのさ」
「その時はその時さ!」
爽やかに言い切った!
「いやいや、遭難するよ!?」
「安心しろ理樹。幸い食料なら買い込んだばかりだ」
って遭難前提!?
「お、あいつ曲がったぞ」
その言葉に、僕は慌てて地図を見る。ええと、宿がここで――。
「よし、俺たちも行くぞ」
今通ってるのはこの道だから――ってあれ?
「きょ、恭介。曲がるトコなんてないよ?」
「知る人ぞ知る道って訳か…。ヒュー燃えてきたぜ!」
「いやいやいや!こんなトコで燃えなくていいからっ!」
ああもう、本当に子供みたいな人だ。けれどその少年のような横顔に、暫く見とれた。
それから――僕たちは予想通り道に迷った。どうなる事かと思ったけれど、やっぱり流石は恭介だ。
僕にはどう通ったのか全然分からない内に、ちゃんと元の道に戻っていた。
行く時には気付かなかったけれど、どうやら例の裏道は、途中で二股に分かれていたらしい。
その後宿に戻ると、あの軽トラックが停まっていて、恭介は運転手に道を教えてもらっていた。
「恭介の馬鹿に付き合わされたんだろ。災難だったなぁ理樹」
真人は呆れたようにそう言っていたけれど。
本当は、全然災難なんかじゃなかった。
だって――。
”だったら一生傍にいろよ”
うわわっ…どうしよう顔が赤くなるっ…!
いやいや恭介の事だから、深い意味はないんだきっと!友情、友情だよね、うんうん。
……でも、珍しく恭介がちょっと照れていたような気もするけど…。
「おい、どうしたんだよ理樹」
「え?な、何?真人」
「お前、顔赤くね?」
「そんな事ないよっ」
真人に顔を覗きこまれて、慌てて表情を取り繕う。
「そっか?…いや、やっぱ赤くねぇか?」
「あ、はは…そういえば暑いかな。さっきちょっとだけ筋トレしたんだ」
「何だ、理樹も筋トレしてたのかよ!早く言ってくれれば一緒にできたのによぉ」
水臭いぜ、としょげる真人を慰めつつ、ほっと息を吐く。
恭介はと言えば、裏道を色々教えて貰ったらしく、満面の笑みで地図を眺めている。いつも通りの顔だ。
…何で僕だけいっつも一人でジタバタしてるのかなぁ…。
*
その日の夜。僕らはいつものように一つの部屋に全員で集まって、騒がしく遊んだ。
けれど、流石に男女一緒に雑魚寝という訳にもいかず、十二時を過ぎた頃に女子は部屋に引き揚げた。
それからいつものように、男だけで双六やら人生ゲームやら野球盤やらで盛り上がり。
やがて一番最初に、昼間遊び過ぎたせいか、真人が布団二つを占領して眠り始めた。
「フ、情けない奴だ」
なんて言っていた謙吾も、その五分後に、トランプを持ったままいきなり落ちた。僕と恭介で謙吾を布団まで引きずっていって――現在に到る。
僕と恭介の前には、布団が一枚。
……いや、別に恭介と一緒に寝るなんて初めてじゃないし、寧ろ小さい頃はよく一緒に寝てたんだけど。
「えっと…寝るトコどうしよっか、恭介」
「別に一緒でいいだろ?そういや、久し振りだなぁ」
懐かしそうに恭介は目を細める。
ホントに久しぶりだ。恭介と一緒に寝るなんて。――すごく、嬉しい。
持ってきたパジャマに着替えて振り返ると、恭介はもう布団に入る所だった。
「恭介。電気消すよ、いい?」
「いいぜ」
パチリと電気を消して、月明かりを頼りに恭介の元へ。
「ほら」
恭介が布団を持ち上げてくれる。その間に、僕は身体を滑り込ませた。
狭い布団だから、どうしても身体がくっつきそうになる。少し距離を取ろうと、恭介とは反対側に身体の向きを変えた。
途端、後ろから腕が伸びてきて、抱きしめられた。
「きょ、恭介っ…?」
「何だよ、狭いしいいだろ。お前、抱き枕に丁度いいし」
「抱き枕ってどういう意味さ」
「俺的にジャストフィットな抱き心地って奴だ」
それは――どいういう意味なんだろう??喜ぶべき所なのかな。単に小さいって言われただけのような気もするけど。
「恭介、抱き枕なんて欲しいの?」
「いや?別に」
だよね。あんまり想像つかないし。
「じゃあ何で抱き枕?」
「拘るなぁ、お前。いいだろ別に。減るもんじゃないんだし」
「まぁ、そりゃね」
よく分からないけど、いいか。僕も抱きしめられてた方が気持ちいいし。
こうされてると、安心する。恭介の胸は広くて温かい。幼い子供に戻って、守られているような安堵感。
ふと、恭介の顔が見たくなった。
「ん?どうした理樹」
「やっぱりそっち向いていい?」
言って、恭介の腕の中で寝返りを打つ。思ったよりずっと近くに、恭介の顔があった。
恭介はちょっとびっくりしたような顔をしていて、僕は思わず笑ってしまう。
ああ、でもやっぱりカッコイイなぁ…。
そのまま、僕も恭介の背中に腕を添えた。と、不意に恭介の腕に力が籠った。強く抱き締められる。
首筋に、恭介の吐息が掛かる。――心臓が跳ね上がった。
「きょ、きょうすけ…!?」
うわ、声が裏返っちゃった…!
「――理樹」
耳朶を叩く、少し低くて掠れたような声。うわ、どうしようっ…!
「あ、あああの、恭介っ…」
「―――よく、頑張ったな」
「――っ」
どうして、だろう…?
その言葉に、胸が詰まった。
切ないのか。
嬉しいのか。
哀しいのか。
――わからない。
けれど泣きたい。泣きそうになった。
それから――泣くわけにはいかない、と思った。
だって、約束したんだ。もう泣かないって。僕は強くなるって。
恭介と約束した。
海に行ったあの日、帰る場所を守ってくれと言われた時に――。
それに、もう僕は不安じゃない。この世界が夢じゃないかなんて思ったり、また恭介がいなくなるんじゃないかと疑心に駆られたりしない。
恭介は確かに生きていて、そして僕らも確かに生きている。
だから――泣きたいなんて、おかしいんだ。
だけどずっと、おかしかった。
不安なんてなくなって、ちゃんと前を向いて生きて行こうと思っているはずなのに。
それなのに、どうしてか…ずっと何かが胸の奥で燻り続けてる。
不意に鼻の奥がツンと熱くなって、その衝動に慌てた。
「っ…」
耐えて、視線を上げる。
そこには恭介の顔があって。皆を見守る時とは少しだけ違う、僕と鈴にだけ見せる、本当に優しい瞳が。
「…よく頑張ったな。理樹」
恭介が目を細めて、僕の頭を撫でる。何度も。
「…っ…」
僕は、声も出せない。唇を噛み締める。
今何か言おうとしたら、――きっと溢れるのは嗚咽だけだ。
ずっとこうされたかった気がする。
恭介に抱きしめられて、よく頑張ったなと言われたかった。頭を撫でて貰いたかった。
腕の中で泣きたかった。
いつ、どこで、どうして――そう思ったんだろう……?
夢のようにおぼろげな、あの世界で思ったんだろうか。
その腕に飛び込みたいと。抱きしめて欲しいと。
そうしたら、どんなにか心強いだろう――。
ああ―――そうだ。
そうだったね、恭介。
思い出したよ。
もうずっとずっと、訳も分からず泣きたかったんだ。
だけどその理由が漸く分った。
思い出せないわけがない。忘れるなんて出来ないよ。
忘れるわけないよ…!
溢れだす感情は、想いは、けれどもう言葉にもできなかった。
恭介の、全てを見通すような瞳が僕を映す。
「本当によく頑張ったな…理樹。お前は凄いよ」
「…うんっ…ぅっ…」
遂に涙が零れた。
どうしようもなく―――泣き出してしまった。
ごめん、恭介。
泣いたちゃ駄目だって分かってるのにっ…!
「……ごめんな、理樹」
落ちてきた言葉に、僕は一生懸命首を横に振る。
違うんだ、違うんだよ恭介。辛いんじゃないんだ。
苦しい。
切ない。
哀しい。
―――嬉しい…。
「きょう、すけ…っ…」
「よしよし。偉かったな、理樹」
こんなに子供扱いされて、だけどそれが嬉しいんだ。恭介が近くにいる。こんな近くに。
良かった。
恭介がいてくれて良かった。今思い出せて――恭介に抱き締めてもらえて、良かった…。
「あり、がと…良かった…」
出てきた言葉は拙くて、意味もあまり成してはいなかった。でも、恭介は分かってくれた。
優しく微笑んで、そうか、と言ってくれた。
うん…、うん、そうなんだ。
不安で泣いてるんじゃないよ?辛くて泣いてる訳じゃない。
多分これは、あの世界で流せなかった分の、涙なんだと思う。
それから――もしかしたら、恭介や皆の分かもしれない。
生きているこの世界ではもう必要のなくなってしまった、あの世界でだけの別れと喪失。
忘れてしまっていたそれを、だけど思い出せて良かった。
覚えていよう。僕もずっと覚えていよう。悲しみや苦しみや喜びや、そしてあの世界での――皆の想いを。
泣かないと約束したけれど、これは僕だけの涙じゃないから、今回だけは大目にみてよ、恭介。
見上げた恭介はやっぱり優しい顔をしていて、きっと僕の内心なんて全部分かってるんだろうと思った。
そして、もう一度心に誓う。
もう二度と、離れないと。
「も、…離れないから…」
「ああ」
「ずっと、傍に…いる…っ」
「ああ、そうだな」
穏やかに頷く恭介に、僕は泣きながら腕を伸ばす。
手に触れた髪は、サラサラと指の間を擦り抜けていった。。
「きょうすけも…頑張った、ね……」
偉かったね。辛かったね。
ずっと独りで頑張って、耐えて―――。
そういえば恭介の頭を撫でるなんて、きっと初めてだ。
恭介はひどく驚いたように僕を見て――顔を、歪めた。
ああ、そうか。恭介も泣きたかったんだ……。
「もう…独りじゃないからね…?」
僕は弱くて、頼りなくて、守ってもらってばかりだけれど。
でもずっと傍にいるよ。
誓いを言葉にする代わりに、泣きながら笑ったら、恭介は、僕の肩口に顔を埋めた。
パジャマの布地に、熱いものが滲んでいく。
その頭ごと抱え込むように、僕は恭介を抱き締める。恭介も、僕を抱き締めてくれた。
声も、涙も、身体も、心も、―――全てが、こんなにも近い。
きっと辛いことは、これから沢山あるんだ。
楽しいばかりじゃない。幸せばかりじゃない。
それでも僕らは生きていく。
独りじゃないんだ。
きっと明日の朝には、お互い腫れ上がった瞼を指差して笑い合うんだろう。
だから、今は一緒に泣こう。
そうして、また明日から一緒に笑うんだ。
あとがき
ええ、鉄は熱い内に打てといいまして…。
書きたい時に書かないと、書けなくなってしまうので、取り敢えず書きたい病が治まるまでお付き合いの程を…。
勢いだけで書いた話って、後で読み返しちゃ駄目なんですよ…恥ずかしくなるからさ……。
080601改訂〜
うわ、すっげ古いの読み返しちゃった…恥ずっ!?
オフィシャルガイドブックで似たような場面が出てしまったので(理樹が泣きやがった…)それと繋がるようにどーにか修正いれました…。
いえ、この話だけはオフィシャルの延長線上として書いていきたいのですよっ。自己満足ですがっ。
うんまぁ、取り敢えず、ここでの理樹の涙は感極まって、に近いので、ちょっと意味合い違う為どーにか辻褄合わせできました…。ほ…。
しかしオフィシャルは油断ならんなっ!