ずっと、抱きしめてやりたかった。
ずっと、我慢していた。
よく頑張ったなと、褒めてやりたかった。
本当によく頑張ったな。
本当に本当に、よくやったな…理樹。
けど、いきなりそんな事を言っても面喰らうだろうから、結局言えず仕舞いだった。
抱き締めてやりたいと思ったことも、一度や二度ではなかったが、何故かタイミングを逃し続けて。
だから、一緒の布団で寝る事になった時、俺は、抱き枕と称して理樹を抱きしめた。
理樹は不思議そうだった。
それでよかった。これは俺の自己満足だ。お前は何も知らないままでいい。
なのに。
「やっぱり、そっち向いていい?」
理樹が俺の方を向いて。
子供の頃のままのあどけない笑顔で、腕をのばしてくるから。
――耐え切れずに、きつく抱き締めていた。
理樹が戸惑っているのが分かる。ああそうだろう。
……俺だって、驚いた。
歯を食い縛って耐えてきた、その反動だったのかもしれない。
「よく、頑張ったな」
気がつけば俺は、そんな事を言っていた。
――思い出させる気じゃ、なかった。
別に忘れたままで良かったんだ。
理樹の泣きそうな顔を見て、俺はすぐに後悔した。
あの世界の事を、理樹はおぼろげにしか覚えていない。
何も、辛い日々を思い出させる事はなかったのに。
だが―――そんな後悔は一瞬だった。
そうか、そうだな。
お前が、忘れる訳なんてないんだ…。
失う哀しみを誰より知っているお前が、――あの世界の哀しみを、忘れるわけがない。
それは、まだこの世界が夢じゃないかと思う不安とは別の物だ。
俺がまたいなくなると不安がる気持ちとは、全くの別もので――その哀しみは、この世界では知らないはずの物なんだ。
たくさんの別れと喪失。あの、優しくも残酷な世界だけが知っている、本来なら、理樹は忘れていていいはずの代物。
だから、きっと理樹自身泣きたい理由なんて分からなかったはずだ。
ここが夢じゃないと分かって、俺がいる事に安堵しても――それでも、きっとずっと泣きたかっただろう?
訳も分からず――だが泣けなかっただろう。
ごめんな、急に思い出させて――。
だけど、良かった。すぐに抱き締めてやれて――こんな近くにいられて、良かった。
一人の時に思い出したりなんかしたら、お前の事だ。あの時みたいに歯を食い縛って耐えただろうな。
だから、今思い出してくれて良かった。
抱き締めて、思う存分甘やかしてやりたい。
「も、…離れないから…」
「ああ」
「ずっと、傍に…いる…っ」
「ああ、そうだな」
大丈夫だ。ずっと傍にいるさ。だから安心しろ。もう独りになんかしない。
そう思った時。
理樹が腕を伸ばしてきた。……俺の、頭に。
「きょうすけも…頑張った、ね……」
大きな瞳一杯に涙を溜めて、理樹は俺の頭を撫でる。小さな手で、何度も――。
「もう…独りじゃないからね…?」
ああ、そうか…独りが辛かったのは、俺の方だったのか。
辛かった。
寂しかった。
哀しかった。
――俺も、泣きたかったのか…。
気付いた時、俺は理樹の肩口に顔を埋めていた。せめて声だけは殺した。
細くて華奢な理樹の身体。こんなに強く抱き締めたら、きっと痛いだろう。
だけど、そんな事には構っていられなかった。
理樹の小さな手が何度も俺の頭を撫でる。
男二人して、夜中に何を泣いてるんだろうな?畜生、格好悪ぃな。
けど、今だけだ。
明日になったら、二人して、お互い顔でも指差して笑おうな。
明日は、一緒に笑おう、理樹―――。
*
翌日。
俺達は、お互いの顔を指さして笑った。
「何だよ、理樹。ひっでぇ顔だぞ」
「恭介だって相当だよ?」
二人で、先を争うように洗面所に駆け込む。鏡に映る顔に、思わず噴き出した。
ははは、こりゃ確かに酷いな。
鏡の中の自分の顔を見ていると、目の前にタオルが差し出された。
「冷やした方がいいよ。少しはマシになると思う」
「サンキュ」
二人してタオルを瞼に当てたところで、洗面所のドアが開く。入ってきたのは謙吾だった。
俺達の様子に一瞬戸惑ったようだ。
何か言われるかと思ったが――。
「…もう起きていたのか。早いな」
「あ、お早う謙吾」
「ああお早う」
謙吾は、普通に理樹と会話をしただけだった。俺の方を向き、やはりいつも通りに「お早う」とだけ言う。
瞼が腫れているのなんて丸分かりなのに、何も言わない。
謙吾はタオルと歯ブラシだけを持って出ていく。別棟の共有洗面所の方に行くのか。
入れ替わりに真人が入ってきた。
「お早う、真人」
「おう、早ぇな理樹。恭介もか」
……。やっぱり、それ以上何も言わない。
真人もタオルと歯ブラシだけを持って、出て行ってしまう。
…どうやら――昨夜の事は、全部聞かれていたんだろう。
だが、何も言わず、何も聞かない二人に、俺は改めて最高の仲間の存在を噛み締めた。
それは理樹も同様だった。
俺達は、顔を見合わせて思わず微笑む。
「ね、恭介。朝ご飯どうしよっか?」
「そうだな…。目の腫れ引いてからにするか」
「うん。流石にちょっとこの顔で皆の前に出るのは勇気がいるかも」
「甘いな理樹。ちょっと所じゃないぞ。他の奴らに一晩中泣いてたなんてバレてみろ。どうなると思う」
理樹はきょとんと俺を見てから、次いで赤くなり、やがて青くなった。
ま、男の面子なんて考えちゃくれない奴らだからな。バレたが最後、どんだけネタにされるか。
下手すりゃ一生もんだ。
「真人と謙吾、僕達が遅れる理由ちゃんと誤魔化しといてくれるかな…?」
「まぁ……謙吾に期待、だな」
真人はともかく、あいつなら上手く切り抜けてくれるだろ……。
*
一時間後。
どうにか腫れも引いて、俺と理樹は食堂に向かう。
食事の終わったらしい西園と三枝が歩いてくるのが見えた。
「よぉ、お前ら!」
爽やかに片手を挙げてみる。
こちらを見た西園は――ボンっと音がしそうな程真っ赤になって目を逸らした。
「西園…?」
「おっ……お邪魔しましたっ…!」
「って、おい!?」
西園が物凄い勢いで走って逃げていく。
な、何だ?
残された三枝は俺と理樹を交互に見遣り――。
「やははぁ〜。えっとぉ…そのですネ、まぁ、何事も程々にしといた方がイーんじゃないデスカネ?」
「葉留佳さん?何の話…?」
首を傾げる理樹に、「そんな事言えませんヨ!」と逆切れして、三枝は横をすり抜けていった。
何なんだ…一体…。
次に、能美と来ヶ谷、小毬、鈴の四人と出会う。
俺達の姿を認めるなり、能美が目を丸くした。
「わふーっ!!リリリリキと恭介さんなのですっ!」
「落ち着け、クドリャフカ君。……恭介氏。後で話をつけようじゃないか」
「はわわわっゆいちゃぁ〜ん!喧嘩はだめだよぉっ」
慌てて来ヶ谷を押さえた小毬は、俺と理樹を見るなり、赤面する。
――ちょっと待て。
さっきから全員の反応がおかしい。
「おい小毬。一体どうした?」
「きょ、恭介さんっ」
「ん?」
「き、聞かなかった事にしよう…、おっけー?うん。よぉっし。それじゃ恭介さんと理樹君も、聞かれなかった事にしよう!おっけー?」
「いや、それ以前に何の話――」
「おっけー?」
「だから何の」
「おっけー?」
「……オーケーだ」
小毬の迫力におされて、つい頷く。
鈴は――。
「ふかーーーーーーーっっ!!」
目が合うなり凄い勢いで威嚇してきた。お前……兄だぞ?
そして、ジタバタうろたえる能美と、殺気満載の来ヶ谷と、毛を逆立てる鈴の合計三人を、小毬は一人で引きずっていった。
…何気に最強キャラだな、小毬。
――というか、だ。
「なぁ、理樹」
「うん。…バレてるにしても、皆の反応おかしいよね」
「ああ。異常だな」
一体謙吾の奴、何を言ったんだ…?
やがて、食堂の入り口で、俺達は鉢合わせた。
謙吾が不自然に目を逸らす。
「おい、謙吾」
「言っておくが俺は悪くない。恨むならそこの筋肉馬鹿を恨め。ではな」
一方的に話を切り上げ、関わり合いになりたくないとばかりに、さっさと謙吾はいなくなる。
後に残った真人は、――至って普通の笑顔だ。
「真人。…お前、何言った…?」
「別に?俺は正直に答えただけだぜ?」
「いいから言ってみろ」
「お前らがどうしたかって聞かれたからさ、”恭介が一晩中理樹をなかせてたから、今日は当分部屋から出てこれねぇだろ”って言っといた」
「誤解を招くような言い方をするんじゃねぇぇぇーーーっっ!!」
因みにこの後、全員の誤解を解くのに、丸一日を費やした…。
あとがき
真人は大好きです。自分の損得考えないで行動できる人って格好いいですよね〜
まぁ、他人の損得も考えてくれませんが(笑)
しかし…WEB拍手…すげぇ、すげぇぜお前!!
メッセージくれたそこの天使!貴方です貴方!!ありがとうございました!そんな貴方にふぉーりんらぶっ(壊れすぎ…)
返信は…小説って事でイっすか!?や、自分不器用なんでっ……!
温かいお言葉もあって、なんだか涙ほろりです…。
いつも読んで下さってるという方、頑張ってくださいとのお言葉くれた方、きゅんきゅんしてくださった方!
素敵な萌えとお褒め下さった方、無理せずとおっしゃって下さった方、ハァハァして下さった方!
ありがとうございますぅっ!
自分ブログとか無いので、いまいち返信の仕方がわからんのですが、勉強します…!
080601改訂〜
ちょっとだけ…やっぱりオフィシャルガイドとの辻褄合わせのため……