君と僕の軌跡・3

 ずっと、抱きしめてやりたかった。
 ずっと、我慢していた。
 よく頑張ったなと、褒めてやりたかった。
 本当によく頑張ったな。
 本当に本当に、よくやったな…理樹。
 けど、いきなりそんな事を言っても面喰らうだろうから、結局言えず仕舞いだった。
 抱き締めてやりたいと思ったことも、一度や二度ではなかったが、何故かタイミングを逃し続けて。
 だから、一緒の布団で寝る事になった時、俺は、抱き枕と称して理樹を抱きしめた。
 理樹は不思議そうだった。
 それでよかった。これは俺の自己満足だ。お前は何も知らないままでいい。
 なのに。
「やっぱり、そっち向いていい?」
 理樹が俺の方を向いて。
 子供の頃のままのあどけない笑顔で、腕をのばしてくるから。
 ――耐え切れずに、きつく抱き締めていた。
 理樹が戸惑っているのが分かる。ああそうだろう。
 ……俺だって、驚いた。
 歯を食い縛って耐えてきた、その反動だったのかもしれない。
「よく、頑張ったな」
 気がつけば俺は、そんな事を言っていた。
 ――思い出させる気じゃ、なかった。
 別に忘れたままで良かったんだ。
 理樹の泣きそうな顔を見て、俺はすぐに後悔した。
 あの世界の事を、理樹はおぼろげにしか覚えていない。
 何も、辛い日々を思い出させる事はなかったのに。
 だが―――そんな後悔は一瞬だった。
 そうか、そうだな。
 
 お前が、忘れる訳なんてないんだ…。
 
 失う哀しみを誰より知っているお前が、――あの世界の哀しみを、忘れるわけがない。
 それは、まだこの世界が夢じゃないかと思う不安とは別の物だ。
 俺がまたいなくなると不安がる気持ちとは、全くの別もので――その哀しみは、この世界では知らないはずの物なんだ。
 たくさんの別れと喪失。あの、優しくも残酷な世界だけが知っている、本来なら、理樹は忘れていていいはずの代物。
 だから、きっと理樹自身泣きたい理由なんて分からなかったはずだ。
 ここが夢じゃないと分かって、俺がいる事に安堵しても――それでも、きっとずっと泣きたかっただろう?
 訳も分からず――だが泣けなかっただろう。
 ごめんな、急に思い出させて――。
 だけど、良かった。すぐに抱き締めてやれて――こんな近くにいられて、良かった。
 一人の時に思い出したりなんかしたら、お前の事だ。あの時みたいに歯を食い縛って耐えただろうな。
 だから、今思い出してくれて良かった。
 抱き締めて、思う存分甘やかしてやりたい。
「も、…離れないから…」
「ああ」
「ずっと、傍に…いる…っ」
「ああ、そうだな」
 大丈夫だ。ずっと傍にいるさ。だから安心しろ。もう独りになんかしない。
 そう思った時。
 理樹が腕を伸ばしてきた。……俺の、頭に。
「きょうすけも…頑張った、ね……」
 大きな瞳一杯に涙を溜めて、理樹は俺の頭を撫でる。小さな手で、何度も――。
「もう…独りじゃないからね…?」
 ああ、そうか…独りが辛かったのは、俺の方だったのか。
 辛かった。
 寂しかった。
 哀しかった。
 ――俺も、泣きたかったのか…。
 気付いた時、俺は理樹の肩口に顔を埋めていた。せめて声だけは殺した。
 細くて華奢な理樹の身体。こんなに強く抱き締めたら、きっと痛いだろう。
 だけど、そんな事には構っていられなかった。
 理樹の小さな手が何度も俺の頭を撫でる。
 男二人して、夜中に何を泣いてるんだろうな?畜生、格好悪ぃな。
 けど、今だけだ。
 明日になったら、二人して、お互い顔でも指差して笑おうな。
 
 明日は、一緒に笑おう、理樹―――。
 
 
 
          *
 
 
 翌日。
 俺達は、お互いの顔を指さして笑った。
「何だよ、理樹。ひっでぇ顔だぞ」
「恭介だって相当だよ?」
 二人で、先を争うように洗面所に駆け込む。鏡に映る顔に、思わず噴き出した。
 ははは、こりゃ確かに酷いな。
 鏡の中の自分の顔を見ていると、目の前にタオルが差し出された。
「冷やした方がいいよ。少しはマシになると思う」
「サンキュ」
 二人してタオルを瞼に当てたところで、洗面所のドアが開く。入ってきたのは謙吾だった。
 俺達の様子に一瞬戸惑ったようだ。
 何か言われるかと思ったが――。
「…もう起きていたのか。早いな」
「あ、お早う謙吾」
「ああお早う」
 謙吾は、普通に理樹と会話をしただけだった。俺の方を向き、やはりいつも通りに「お早う」とだけ言う。
 瞼が腫れているのなんて丸分かりなのに、何も言わない。
 謙吾はタオルと歯ブラシだけを持って出ていく。別棟の共有洗面所の方に行くのか。
 入れ替わりに真人が入ってきた。
「お早う、真人」
「おう、早ぇな理樹。恭介もか」
 ……。やっぱり、それ以上何も言わない。
 真人もタオルと歯ブラシだけを持って、出て行ってしまう。
 …どうやら――昨夜の事は、全部聞かれていたんだろう。
 だが、何も言わず、何も聞かない二人に、俺は改めて最高の仲間の存在を噛み締めた。
 それは理樹も同様だった。
 俺達は、顔を見合わせて思わず微笑む。
「ね、恭介。朝ご飯どうしよっか?」
「そうだな…。目の腫れ引いてからにするか」
「うん。流石にちょっとこの顔で皆の前に出るのは勇気がいるかも」
「甘いな理樹。ちょっと所じゃないぞ。他の奴らに一晩中泣いてたなんてバレてみろ。どうなると思う」
 理樹はきょとんと俺を見てから、次いで赤くなり、やがて青くなった。
 ま、男の面子なんて考えちゃくれない奴らだからな。バレたが最後、どんだけネタにされるか。
 下手すりゃ一生もんだ。
「真人と謙吾、僕達が遅れる理由ちゃんと誤魔化しといてくれるかな…?」
「まぁ……謙吾に期待、だな」
 真人はともかく、あいつなら上手く切り抜けてくれるだろ……。


          *


 一時間後。
 どうにか腫れも引いて、俺と理樹は食堂に向かう。
 食事の終わったらしい西園と三枝が歩いてくるのが見えた。
「よぉ、お前ら!」
 爽やかに片手を挙げてみる。
 こちらを見た西園は――ボンっと音がしそうな程真っ赤になって目を逸らした。
「西園…?」
「おっ……お邪魔しましたっ…!」
「って、おい!?」
 西園が物凄い勢いで走って逃げていく。
 な、何だ?
 残された三枝は俺と理樹を交互に見遣り――。
「やははぁ〜。えっとぉ…そのですネ、まぁ、何事も程々にしといた方がイーんじゃないデスカネ?」
「葉留佳さん?何の話…?」
 首を傾げる理樹に、「そんな事言えませんヨ!」と逆切れして、三枝は横をすり抜けていった。
 何なんだ…一体…。
 次に、能美と来ヶ谷、小毬、鈴の四人と出会う。
 俺達の姿を認めるなり、能美が目を丸くした。
「わふーっ!!リリリリキと恭介さんなのですっ!」
「落ち着け、クドリャフカ君。……恭介氏。後で話をつけようじゃないか」
「はわわわっゆいちゃぁ〜ん!喧嘩はだめだよぉっ」
 慌てて来ヶ谷を押さえた小毬は、俺と理樹を見るなり、赤面する。
 ――ちょっと待て。
 さっきから全員の反応がおかしい。
「おい小毬。一体どうした?」
「きょ、恭介さんっ」
「ん?」
「き、聞かなかった事にしよう…、おっけー?うん。よぉっし。それじゃ恭介さんと理樹君も、聞かれなかった事にしよう!おっけー?」
「いや、それ以前に何の話――」
「おっけー?」
「だから何の」
「おっけー?」
「……オーケーだ」
 小毬の迫力におされて、つい頷く。
 鈴は――。
「ふかーーーーーーーっっ!!」
 目が合うなり凄い勢いで威嚇してきた。お前……兄だぞ?
 そして、ジタバタうろたえる能美と、殺気満載の来ヶ谷と、毛を逆立てる鈴の合計三人を、小毬は一人で引きずっていった。
 …何気に最強キャラだな、小毬。
 ――というか、だ。
「なぁ、理樹」
「うん。…バレてるにしても、皆の反応おかしいよね」
「ああ。異常だな」
 一体謙吾の奴、何を言ったんだ…?


 やがて、食堂の入り口で、俺達は鉢合わせた。
 謙吾が不自然に目を逸らす。
「おい、謙吾」
「言っておくが俺は悪くない。恨むならそこの筋肉馬鹿を恨め。ではな」
 一方的に話を切り上げ、関わり合いになりたくないとばかりに、さっさと謙吾はいなくなる。
 後に残った真人は、――至って普通の笑顔だ。
「真人。…お前、何言った…?」
「別に?俺は正直に答えただけだぜ?」
「いいから言ってみろ」
「お前らがどうしたかって聞かれたからさ、”恭介が一晩中理樹をなかせてたから、今日は当分部屋から出てこれねぇだろ”って言っといた」
「誤解を招くような言い方をするんじゃねぇぇぇーーーっっ!!」

 因みにこの後、全員の誤解を解くのに、丸一日を費やした…。

 
 
 
 
 

あとがき
 真人は大好きです。自分の損得考えないで行動できる人って格好いいですよね〜
 まぁ、他人の損得も考えてくれませんが(笑)


 しかし…WEB拍手…すげぇ、すげぇぜお前!!
 メッセージくれたそこの天使!貴方です貴方!!ありがとうございました!そんな貴方にふぉーりんらぶっ(壊れすぎ…)
 返信は…小説って事でイっすか!?や、自分不器用なんでっ……!
 温かいお言葉もあって、なんだか涙ほろりです…。
 
 いつも読んで下さってるという方、頑張ってくださいとのお言葉くれた方、きゅんきゅんしてくださった方!
 素敵な萌えとお褒め下さった方、無理せずとおっしゃって下さった方、ハァハァして下さった方!
 ありがとうございますぅっ!
 自分ブログとか無いので、いまいち返信の仕方がわからんのですが、勉強します…!
 

 080601改訂〜
 ちょっとだけ…やっぱりオフィシャルガイドとの辻褄合わせのため……

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