君と僕の軌跡・6

 さて、今日は何をして遊ぼうか。
 途中で買った紙パックのジュースにストローを刺し込みながら、俺は食堂へと向かう。
 角を曲がったところで、クラスメイトの一人とすれ違う。
「よぉっ」
「お、お早うさん。棗はこれから飯か?」
「まぁな」
 通りすがりの短い会話。いつもならそれで終わるのだが――。
「そういや棗」
「ん?」
「お前、二年の直枝理樹と付き合ってんだって?」
 ぶっ!
「うわっ汚ねっ」
「ま…待て。ちょっと待て。お前、その話どこから聞いた?」
「どこからって…どこからともなく?というか皆知ってるんじゃねぇ?」
 …マジで嫌な予感がする。
「皆って…」
「学校中?」
「なにぃーーー!?」
「いや、だってほら……これ」
 そいつの差し出した手には、一枚のビラが握られていた。
 
 
「号外号外っ!大ニュースですヨ!!ななななあぁんとっついにあの!
時代の寵児も名高い抱腹絶倒眉目秀麗真正ロリショタ疑惑の我らがリーダー棗恭介さんが!
女子より可愛い愛されマスコットショタ系美少年の直枝理樹君にっ!こ・く・は・く・だぁぁぁーー!
という訳で、はいこれあげる。ちゃんと読んで下さいネ?」
「お前か三枝ーっ!」
「うは!?どうしたんですカ、恭介さん?」
 三枝の手には、大見出しで「遂に誕生!?大型カップル!棗恭介×直枝理樹!」と書かれたビラの束。
 「西園女史の解説コーナー」なんてコラムまで載っている凝りようだった。
「どうしたもこうしたもあるか、何なんだこれは」
「そりゃあジャーナリストたる者、いつ如何なる時も、真実を報道しなければなりまセンからネ」
 お前、いつからそんな骨太ジャーナリストに転向した?
「だったら聞き方を変えようか。何のつもりだ、三枝」
「やはぁ〜。話せば長い事ながら昔々ある所にデスネ」
「三枝。俺は気の長い方じゃないぜ?――分かるな?」
「昨晩鈴ちゃんがみおちんの部屋を訪れまして、結婚は断られたけど、どうにか付き合う事になったって報告してきたのデスヨ!」
 速攻で白状する三枝。…どうでもいいが、理樹は男同士だから結婚は無理だと言ったんであって、別に断られたわけじゃないんだが。
「それで急遽女子全員に連絡して緊急会議を開いた所、二人を盛り立てる方向で満場一致を見たんですネ。ほらね、はるちん悪くないですヨ?」
「勝手に盛り立てるな!ったく…。それで、このビラは誰の案だ」
「それ、私ですヨ」
「……書いたのは」
「みおちんと……私かなぁ…テヘ」
「結局殆どお前だろうっ」
 相変わらず、予想の斜め裏を行く突飛性だな…三枝。
 まさか全校生徒にバラすとは…。
「あのぉ…恭介さん…お、怒ってる…かなぁ、とか?」
 額に汗する三枝にちらりと視線を向ける。
 …まぁ、別に俺はいいんだが。
「いや、怒っちゃいない。ただ…理樹がな」
「ああ、理樹君ならダイジョブダイジョブ!」
 お前…その楽観的な自信はどこから来る!?
 この分だと、当然他の女子メンバーも似たり寄ったりのノリか。
 こりゃあ、マジで理樹がどうなってるか心配だな…。
 
 
 三枝を連れて食堂に向かう。理樹は思った通り呆然としていた。
 まるで止めを刺すようで気が引けるが、言わない訳にもいかないしな…。
 ビラを見せると、案の定、理樹は絶叫した。
 すまん、理樹…。俺も流石に、こいつらがここまでやるとは予想しなかったんだよ…。
 三枝は、「やはぁ〜。ごめんね理樹くん」と然程悪びれた様子もなく謝っていた。
 ビラを見た理樹は口をパクパクさせた後、
「きょ、恭介っちょっとこっち!」
 俺の袖を引っ張って、食堂の隅へ連れて行く。
「どうした、理樹」
「どうしたもこうしたもっ…ホントにどうするのさ!恭介」
「何が」
 ぶっちゃけ俺は構わないんだが。
「何がって…だって説明しなくていいの?」
「説明か?」
「うん。鈴が喜ぶからでしょ?付き合うなんて事言ったのはさ」
「…なるほど」
 理樹はそう思ってたのか。ま、確かにお前ならそう考えるよな。
 さて―――どうするかな…。
「只の”フリ”なのに、皆本気にしちゃって……。しかも全校生徒って、話が大きくなり過ぎだよ…」
「まぁ、いいんじゃないか?」
 俺は本気だしな。
「え?いいの?」
「別にいいだろ」
 理樹は目を丸くする。その頬に赤みが差していく。
「ホントに…付き合う、の?」
「嫌か」
「そうじゃないけど…」
 そうは言いつつ、理樹の瞳は戸惑うように揺れている。
 ったく…。仕方ない奴だな。そんなに困った顔するなよ。
 俺は、ぽんと理樹の頭に手を載せた。
「ま、俺が卒業するまでの間だ。付き合えよ」
 その言葉をどう取ったのか―――理樹の顔に、落胆のような安堵のような表情が浮かぶ。
 やがて理樹は小さく頷いた。
「…うん。分かったよ」
 
 
 そしてこの日から、俺と理樹は、全校生徒公認の元、付き合うことになった――。
 
 
          *
 
 
 最初の一週間は、そりゃもう凄い冷やかしだった。理樹と二人で廊下を歩くだけで、口笛から野次から歓声から。
 二週間目になると少し落ち着いて、教室にわざわざ見学に来る奴らも減った。
 一月経った頃には、ちらほら冷やかしがある程度で、俺達の学校生活も元に戻っていった。
 人の噂も七十五日とは言うが、どうやら今は三十日ももたないらしい。
 実際、俺と理樹の関係にも大きな変化はなかった。
 ま、時々女子メンバーが、俺と理樹の仲を発展させようと目論んできた事もあったが、それ位だ。
 そうして二ヶ月ほど過ぎた頃。
 
 
 朝、いつものように五人が揃う。
「さて、今日は土曜日だ」
「土日に恭介がいるの、久しぶりだね」
 理樹が嬉しそうに言う。
「ま、最近就活で忙しかったからな。――でだ。実は内定を貰った」
「「「おおーー!」」」
 一斉に上がる感嘆の声を、まぁまぁと手で制す。真人が羨ましそうに俺を見る。
「じゃあ、これから卒業まで遊び放題かよっ!?チクショー羨ましいぜっ!」
「いや、そうでもない。バイト入れたからな。来週からまた忙しくなる」
 俺の言葉に、ふっと理樹の表情が沈み、それを見た鈴の目が剣呑なものになる。
「きょーすけ」
「何だ」
「お前、バイトなんてしなくていい」
「お前が決めるな。必要なんだよ」
「うぅ〜〜っ…」
 唸る鈴の横で、今度は謙吾が片目をちらりと上げる。
「しかし鈴の言う事も分かるぞ。お前、そんな金に困ってる訳じゃないんだろう?」
「金の問題じゃない」
 目的は金じゃないからな。
「ま、その話はさて置き、今日は時間がある。という訳だから――理樹」
「え?」
「二人でどっか行かないか?」
「――うん!」
 沈んだ顔から一変、理樹の顔が明るくなった。
「よし、じゃあ飯食ったら校門の前な」
「え?このまま一緒に行くんじゃないの?」
「何言ってんだ。デートって言ったら、おしゃれして待ち合わせだろ?」
「っ!」
 途端、理樹は耳まで真っ赤になった。
 
 
 もう秋で風は冷たいが、天気は良かった。中々のデート日和だ。
 校門には俺の方が先に着いた。直ぐ後にやってきた理樹は、俺の姿を見るや走り出す。
「ご、ごめん恭介っ。待った?」
「いや、今来たトコだ」
 答えてから、私服の理樹を改めて見つめる。
 普通に可愛い。が、理樹はバツ悪そうに視線を落とす。
「やっぱり恭介は凄いよね…」
「何が」
「だって…何か、格好いいよ…」
「そっか?別に普通だけどな…。お前だって可愛いぜ?」
「か、…かわいいって何だよっ…」
 パッと理樹の頬に朱が散る。
 マジでホント可愛いな、お前…。
「よし、じゃあ行くか」
「えっと、どこ行くの?」 
「そうだな。まずは――ゲーセンだな」
「また格ゲー?…あんまり熱くなっちゃ駄目だよ?」
「何言ってんだ。熱くなってこその格ゲーだろ。昨日新しい台が入ったらしいからな。行くだろ?」
「もう…仕方ないなぁ」
 苦笑して頷いた理樹に、俺は手を差し出す。
 理樹は一瞬戸惑ったように俺を見た後、恥ずかしそうに手を繋いだ。
 
 
 
 ゲーセンで遊んで、その後は二人で色んな店を冷やかして歩く。途中で買い食いをして、その後カップル限定のパフェに挑戦したり。
 あっという間に時間が過ぎていく。
 そして、夕方近くなった頃――。
 
 信号の点滅する交差点の前で、俺は理樹に耳打ちした。
「理樹。…走れるか?」
「え?」
 きょとんと俺を見上げてくる理樹を、繋いだ手に力を込めて引き寄せる。
「――走るぞ」
「は!?」
 驚く理樹に構わず、ダッシュした。
 交差点を走り抜ける。渡り切った所で信号は赤。
 振り向いた俺は、道路を挟んで向こう側にいる、よく見知った面々に手を振ってやる。
「悪いなお前ら!ここまでだ!」
 ぎょっとしたように理樹も振向き――。
「ええっ皆!?い、いつからっ…?」
「気付いてなかったのか、お前。最初からだぜ?」
 あちらこちらから、見るからに怪しい格好をしたメンバー全員が、ぞろぞろと出てくる…。
 何つーかお前ら…よく通報されなかったな…。
 よし、全員道路の向こう側だな。ま、そうなるように誘導してたんだが。
「理樹。追いつかれない内に逃げるぞ!」
「え、えっ…うわぁ!?」
 理樹の手を引っ張って、俺は裏通りを走る。当然追手がかかる。
 悪いが、お前らにゃ追いつかせないぜ?というか、少しくらい二人っきりにさせろよ。
 十五分くらい走ったところで、後ろから、息も絶え絶えな声が聞こえた。
「きょ、…すけっ…ちょ…待っ…」
「ん?…何だ、もうバテたのか?だらしないぞ理樹」
「速っ…すぎるんだよっ、恭介が…!」
「悪い、ちょっと時間なくて」
 空を見上げると、徐々に茜色に染まっていく所だった。
 追手も撒いたし、ま、いい頃合か。
「こっちだ、理樹」
 手を繋いだまま、今度はゆっくり歩き出す。目指すのは、裏寂れたホテルの裏口。
 中に入ろうとすると、理樹は戸惑うように俺を見て、結局大人しくついてきた。
 …別に変な事をしようって気じゃないんだが…。
 俺は裏口から直ぐの警備室に顔を出す。
「すいません、棗ですが」
 声を掛けると、中の知り合いがニヤリと笑う。
「上手くやれよ?」
 そんな声と一緒に、鍵を放って遣した。礼代わりに片手を上げて、理樹を連れてエレベータの前に行く。
「恭介、今の人知り合い?」
「前にここで警備の手伝いやった時にな」
「何でもやってるね、恭介って」
「そりゃま、何事も経験だからな」
「そ、そっか」
 それっきり沈黙が落ちる。手持ちぶたさにチャラ…と鍵を手の中で回す。
 その音に、隣でビクリと肩がゆれた。
 ちらりと横を見ると、俯いた理樹の、赤く染まった項が目に入る。
 …まぁ、この状況下で何を想像してるかは、聞かないでおいてやる。
 その辺を突っ込むと、俺もヤバくなりそうだからな…。
 取り敢えずは、降りてきたエレベータに二人で乗り込む。押すのは迷わず最上階だ。
 やがて、ブザーと共に扉が開く。到着したフロアを突っ切って、俺は非常階段へと向かう。
 そこで初めて、理樹が辺りを見回した。
「どこ行くの?」
 答えはもう目の前だ。俺はニヤリと笑うだけに留めて、理樹を引っ張っていく。
 最上階から更に階段を上がって辿り着いた扉に、鍵を挿し込んだ。
 カチャリ…と扉が開く。冷たい風が一気に流れ込む。
 夕方になると、流石に冷えるな。
「さて、到着だ」
「もしかして屋上?」
「ご名答。――お前にも、見せたかったんだよ」
 扉の向こうに覗く景色に、理樹が目を見開く。
「うわ…すごい…!」
 屋上に足を踏み出し、理樹は夕日の見えるほうへと駆け寄る。
 眼下に広がる街並みの向こうに、山の裾が薄く伸び、海と混じりあう。そこに赤い陽が落ちていく。
 手すりに掴まって、身を乗り出すように夕日を見る理樹の姿に、思わず目を細めた。  どうやら、気に入ってくれたらしい。
「凄いね、恭介」
「だろ?俺もここで警備やった時、感動したんだ。古くてあんまり目立たないけどな、この辺じゃ一番高い建物なんだぜ?ここ」
「そうなんだ…。綺麗だね…」
「ああ、綺麗だろ」
 そう応えながら、俺は夕日を見つめる理樹の横顔に、思わず見入る。
 淡い笑みの浮かぶ、まるで少女のような優しい表情。幼い頃と変らない、微笑み。
 ――綺麗なのは、お前の方だ。
 二人で並んで夕日を眺める。
 それは、胸が痛くなるほど――綺麗だった。
 
 
 夕日が沈んだ頃、理樹が俺を振り返った。
「ありがとう…恭介」
 俺を見て微笑む。透き通るような笑顔だった。
 ――抱き締めたいほど、可愛い。泣きたくなるほど、愛しい。
 チクショー…礼を言いたいのはこっちだ。この気持ちを、お前に教えてやりたい。
 俺はただ、お前のその笑顔が見たかったんだ。
 無性に抱き締めたくて――だが俺は、自分の手を押し留めた。
 今抱き締めたら、それだけじゃ済まない様な気がした。
 俺はもう、知ってる。理樹が俺に及ぼす情動を。
 こんなに気持ちが高揚している時に触れたら、きっと抱き締めるだけじゃ我慢できなくなる。
 だから、我慢した。
 そんな俺の横で、少し理樹が震える。
「――寒いか?」
 手すりの上に置かれた理樹の手に、俺は自分の手を重ねる。
 このぐらいなら、いいよな?
 冷えた手を温めるように、包み込む。
「っ」
 理樹は少し驚いたように俺を見て、それから頬を染めて微笑んだ。
「ね、恭介」
「ん?」
「また一緒に、夕日見に来ようね」
「ああ」
「まだ帰りたくないなぁ」
「だったらいればいいだろ」
「うん。…恭介も、手冷たくない?」
 そう言うと、今度は理樹が俺の手を包み込んで、そっと口元に持っていった。
 そして、冷えた俺の手の甲に、息を吹きかけた。
「――っ」
 その瞬間。
 どうしようもなく。
 愛しさが溢れて。
 どうしていいのか分からないほど――想いが募って。
 俺は理樹の手を自分の方に引き寄せていた。
 よろめいて傾いだ身体を抱き締めて、――上向いた顔に。
 
「っ!」
 
 理樹の唇は、柔らかかった。
 触れるだけの、掠めるようなキスだった。
 だが―――。
 
「やっ…!」
 ドンっと胸を押し返された。
 俺を見る理樹は、泣きそうな顔をしていた。
「な、何…するんだよ…」
「――理樹」
「何なのっ……?」
 困惑し、動揺する瞳。
「何で…こんな事するのさ!?だって――”フリ”じゃないか!只のフリなのにっ…こんなっ…!」
「理樹!」
 伸ばした俺の手を振り切って、理樹は走って逃げる。
 追えば捕まえられるのは分かってた。けど、俺は追わなかった。
 今、俺が本気だと言っても、多分理樹には伝わらない。いや、伝わるかもしれないが…追い詰めるだけになる。
「チクショー……ミスった……」
 一人ごちて、俺はその場に座り込んだ。
 理樹の温めてくれた手は、直ぐに冷たくなっていった。
 
 
 
 
 
 

あとがき
 急展開にシリアスにっ…!?(←お前が驚くな) いや、何か理樹が急に逃げだしました…!
 なんつーか時間を端折る端折る(笑)いやいや、タッタカ書いていかないと、終わらんのですよっ。
 ちまちま伏線を張りつつ…。うーん理樹が乙女だなぁ。もちょっと男らしいのが好きなんですが、ここはっ悩んでもらわないとっ
 その次の恭介のサプライズの為にっ(笑)
 すんませんっまだまだ続きます…!

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