君と僕の軌跡・7

”ま、俺が卒業するまでの間だ。付き合えよ”
 恭介のその台詞に落胆して――けれど安堵した。
 そっか、やっぱりフリだよね。恭介が卒業したら終わりなんだ。期限付きの恋人ゴッコ。
 終われば――元に戻れるんだ。
 僕と恭介の間には、優しくて温かくて、ただ楽しいばかりの関係がある。
 それを壊したくなかった。
 だから、”本当に付き合う”のは怖かった。
 本当に恋人になって、それが壊れたら――もう還れない。そんな気がしたから。
 本当の恋は、――怖い。
 一度失ったら、もう二度と取り戻せない。
 僕は、多分それを知っているんだ。想いを覚えてる。
 あの世界で繰り返した、哀しい別れを。
 だから怖い。
 恋の”フリ”は、確かに少し寂しかったけれど――十分楽しかった。
 フリでも良かった。「デート」だなんて言われて舞い上がったりした。
 ホテルに入ったときは邪な考えで頭が一杯になって。
 でも、恭介は昔のままだった。子供の頃みたいに、僕にただ楽しい事を教えてくれて。
 綺麗な――空を見せてくれた。
 なのに。
 恭介は昔のままで、只の恋人ゴッコだったはず、なのに。
 突然、あんな――!
「っ…」
 唇の触れ合った感触を思い出して、思わずぎゅっと目を瞑る。
 恋人の”フリでも”じゃない、”フリだから”楽しかったんだ。
 ゴッコ遊びなら、いつだって友達に戻れる。壊れる事なんてない。傷つくものもない。
 だけど――キス、なんてしたら……まるで、本当のっ…!
 違う、よね?恭介はだって、いつも平然としてて普段どおりで、僕をそんな目で見た事なんてないじゃないか。
 だからきっと違う。あのキスだって――多分……悪ノリ、だ…。
「そっか…。そうだよね…いつもの悪ノリだよ…」
 自分で言って、妙に納得してしまう。
 恭介はただふざけただけなんだ。それなのに、僕一人で過剰反応して――。
 そう思ったら急に恥ずかしくなった。
 どうしよう…きっと恭介、びっくりしてるよね…?
 
 寮の自分の部屋に着く頃には、あれだけ昂ぶった気持ちは落ち着いていて。
 代わりに、自分への情けなさで一杯だった…。
 
 
         *
 
 
「理樹、夕飯食いに行くだろ?」
 そう話しかけてきた真人に、僕は、小さく首を振る。真人はそれ以上何も聞かないでいてくれた。
 ただ「そっか」とだけ言って、部屋を出て行く。
 …きっと、心配かけてるよね…。
 食堂に行かなかったら、他の二人も何かあったと気付く。
 それは分かってた。だけど――恭介と顔を合わせ辛い。
「ダメだな…僕は…」
 いつまでたっても弱いままだ…。
 一人になって、ぽんとベットに寝転がった。
 僕は――恭介と、どうなりたいんだろう……?
 友達でいたいのか、恋人になりたいのか。ただ、ずっと一緒にいたいだけのような気もした。
 色んなことが頭の中をグルグル回る。
 嬉しかったり、辛かったり、苦しかったり――それから、キス、とか。
「っ…!」
 思わずベットから跳ね起きる。
 高鳴る鼓動を抑えて、僕は立ち上がった。
 やっぱり、行こう。逃げてばかりじゃダメだ。こんなトコで悩んでたって、何も解決しない。
 決意して、部屋を出る。そのまま食堂へ。
 到着して中を覗き込む。夕飯にはもう遅くて、あまり人はいない。
 恭介は―――いた。
 いつもの席に座ってる。ご飯を食べる皆の顔は、ちょっと険しい。
 多分僕が行かなかったせいで、余計な心配をかけちゃったんだろう。
 ――うん。大丈夫。
 遅れてごめんね、って言って入っていけばいいんだ。恭介にも、普通に「何食べてるの?」って聞けばいい。
 そしたら万事解決、だ。
 食券を買って、深呼吸してから食堂に足を踏み入れる。定食をお盆に乗せて、皆の所へ行く。
「遅れてごめんね」
 声をかけると、鈴が僕を見て少し表情を和らげる。
 謙吾は、席を立ってこっちを振り返った。
「遅いぞ、理樹」
「ん、ごめん」
「お前が遅いから、俺はもう食べ終わった」
 ――え?
 お盆にはまだご飯が残ってるのに、謙吾は訳の分からない事を言って膳を下げにいく。
 それを見た鈴も立ち上がった。
「あたしも済んだ」
「え?だってまだ…」
 鈴の夕餉には殆ど手もつけられていない…。
 なのに鈴はお盆を持って席を立つ。
 僕と恭介と真人が残される。
「えっと…」
 戸惑っていると、ちりんと鈴が駆け寄って来る。そして、真人の背中に問答無用で蹴りを入れた。
「んがっ!何すんだよっ!」
「お前もうご飯終わっただろ!?」
「まだ終わってねぇよっ」
「いーから終われっ」
 鈴は強引に真人の膳を奪っていく。
 結局僕は、――恭介と二人で残された。鈴と謙吾なりに、気を使ってくれたんだろう。
 何処に座ろうか迷って、結局恭介の向かい側に座る。
 向かい合って座ったまま、沈黙が落ちる。
 こんなの――初めてだ。僕がどんなに動揺してても、恭介はいつも普通だった。
 こんな風に沈黙が気になった事なんてない。
「………」
「………」
 二人で黙ったまま、ご飯を口に運ぶ。味なんてしない。美味しいとも不味いとも感じる事なく、ただ咀嚼する。
 辺りを見回すと、もう殆ど人は残っていない。おかげで、更に沈黙が重く圧し掛かってくる。
 皿の上に載るシュウマイを見つめ、醤油が必要かな、なんて埒も無い事を考えて。
 箸を銜えたまま、ぼんやり手を伸ばす。
 その指先に―――…恭介の、手が。
「っと、悪ぃ」
「ご、ごめっ…」
 勢いよく手を胸元に引っ込めて、恭介と目を合わせる。
「―――」
「―――」
「ね、恭介」
「ん?」
「何、この少女漫画みたいな展開」
「まぁ、こういうのもたまには有りだな、と思ったんだが」
「!…わざと!?」
 やっぱり!!
 僕が醤油に手を伸ばしたの知ってて、わざとだ。
「ていうか、こういう展開になるチャンス待ってたでしょ!」
「お、よく分かったな」
「分かるよっ」
 道理でおかしいと思った…。恭介が、僕相手に動揺なんてするわけ無いんだ。
 僕一人で、緊張して動揺して……。何か、馬鹿みたいだ…。
 そうだよね、恭介だもんね。あのキスだってやっぱり悪ふざけみたいなもので。
「どうした、理樹。…何だよ、怒ったのか?――悪かったって」
 恭介の――ちょっと気遣わしげな、いつも通りの声。
 いつも慌ててうろたえるのは、僕の方。
「恭介はさ…平気、なんだね」
「何が」
「僕といても、恭介はいつもと同じで全然平気でっ」
「――」
 応えない恭介に、落胆と苛立ちが募る。
 だって、付き合えって言ったのは恭介の方なのに!
「僕はっ……」
 勝手に言葉が口を突いて出る。
「僕は平気じゃないよっ…!恭介といるとっ…楽しくて嬉しくて、ど、どきどきしてっ…!」
「――理樹」
 ああ、どうしよう。何言っちゃってるんだよ僕は!
 恭介と付き合うっていうのは、ただのフリで、本気じゃない本当じゃない。
 大体、だからキスなんてされて、僕は怒ってたんじゃないか。それなのに…!
「ご、ごめん恭介っ。変な事言っちゃった!やっぱり今のなしっ」
「―――」
 睨むような恭介の視線に、身が竦む。
 ――どう、しよう…。怒らせた…?
「恭介、…ごめん。本当にもう、変な事言わな」
「ダメ」
 短く拒絶されて、僕は目を瞬かせた。
 駄目…って…?
「”今のなし”ってのはダメ。もう俺は聞いちまったからな」
「あ…」
「で?何だって?お前は俺にドキドキしっぱなしで、俺は平気だってか?」
 口元だけは笑ってるけど、目が笑ってない。――本気で怒ってる時の恭介だ。
 何で……どうして…!?
「お、怒ってるの…?」
「そりゃ怒るさ。お前が訳の分からない事を言うからな」
 訳の分からない事…?
「あのなぁ…」
 苛立ちの篭った声のまま、恭介が深く溜息をつく。そして、視線を逸らすように横を向いた。
「――俺だって、平気じゃない」
 え……?
 言われた意味が、よく分からなかった。
「で、も…だって恭介は、いつも普段通りで…」
「じゃあ聞くが、俺が今もし――本気でお前にキスしたい…って言ったらどうする?」
「っ!」
 一瞬脳裏を、ホテルの屋上での事が過ぎる。
 だけど直ぐに打ち消した。あれは、――悪、ノリ、のはずだし。
 本気で、恭介がそんな事思うはず無い。だから慌てて首を振る。
「そ、そんな事っしないよっ…恭介は!」
「ほらな?」
「え?」
「俺はそんな事しない――そう思ってるのは、お前の方だろ」
「で、でも…」
「理樹」
 恭介が低い声を出す。それだけで、僕は反論できなくなる。
「俺は――聖人君主じゃない。お前が思ってるような…そんな出来た人間じゃないんだ」
 恭介は僕をみて、少し自嘲するように唇を歪めた。
「お前に……触れたいと思ったりもするしな?」
「っ…でも、僕相手に、そんな事…」
「ホント分かって無いな、理樹。――お前だからだよ」
 恭介は、不機嫌そうにこっちをねめつける。
「大体、無防備すぎるだろ、お前は。シャツ肌蹴たまま人の部屋で寝るし、人の缶ジュース横から一口飲んでいったり、
普通にそういう事やってるのはお前の方じゃないか」
「え、普通って…うん…」
「その度にこっちがどんだけ焦ったかなんて知らないだろ」
 ――え?
 焦った?恭介が??
「え、だって…そんな素振り全然っ…!」
「当たり前だ。隠し通すさ。――お前が、俺を信用しきってるんだからな」
「――!」
 そう、だ。
 確かに僕は、ずっとそう思ってる。恭介は、昔のままで変わらない。
 ずっとずっと――僕と恭介は、温かくて優しくて、楽しいばかりの関係でいられるんだ、って…。
 そう、思ってる。それは――今も。
 恭介の目が、ふと寂しそうに翳った気がした。
「理樹。――聞かなかった事にしたいなら、それでもいいぞ」
 その言葉に、胸を突かれた。
 ああ、そうか。
 僕達の関係を崩したくなくて、意固地に見ない振りをしてきたのは、僕なんだ。
 恭介は、だから――ずっと”親友”で居続けてくれたんだ。
 他でもない、僕の為に。
 直ぐに怯えて逃げ出す、僕なんかの為に…。
 ――強く生きると、誓ったんじゃないのか、僕は。
 もう二度と、離れないと、そう……誓ったんだ。
 目の前のこの人と、ずっと一緒にいたいと思ったんだ。
 それが、恋なのか恋じゃないのかなんて、どうでもいい。
「恭介…」
「別に、今急いで結論出さなくていいぜ?」
 その言葉に、ゆるく首を横に振る。
「大丈夫。…もう、答えなんて出てるよ」
 深く息を吸って、僕は恭介を見つめる。
 不思議と、怖くはなかった。あんなに――楽しいだけの二人の関係を壊すのが怖かったのに。
「僕は、恭介の事が好きなんだ。だからずっと一緒にいたい」
 するりと出てきた言葉。―――いつかどこかで言ったはずの、言葉だ。
 恭介が優しく目を細めた。
 それから、長い指が、僕の指に絡む。
「――理樹」
「うん」
「キスして、いいか」
「っ…」
 ひどく真面目に言われて、戸惑う。ここは学食で、思わず辺りを見回してしまった。
 恭介は無言で僕の手を引いて、席を立つ。膳も片付けずに、僕を連れて外に出た。
 学食の横に連れて行かれる。
 コンクリートの壁にそっと肩を押し付けられて――。恭介が僕を見下ろしてくる。
「理樹」
 真っ直ぐに僕を見つめる恭介の瞳。
「いいか…?」
「っ…」
 落ちてきた真剣な声に―――。僕は……小さく頷いた。
 恭介の手が僕の顎を捕らえる。
 近づいてくる端正な顔。
 ぎこちない――本当にぎこちない、不器用なキスだった。
 唇が触れ合うだけの、――まるで怯えているような。
 お互い唇を離したあと、何となく目を合わせて――赤くなって笑った。
 やがて恭介が、照れくさい雰囲気を払拭するように、快活に言う。
「よし、じゃあ部屋戻って、ちゃんと飯でも食うか?」
 言われてみれば、食べたか食べてないか分からないような食事だった。
 お腹に手を当てて、思わず頷く。
「あ、でも食べ物は?」
「俺を見くびるな。ヤカン携帯コンロにカップ麺とミネラルウォーター。標準装備だぜ?勿論、他の奴らの分もな」
「震災時でも安心だね…」
「お、いい調子じゃないか、理樹」
 そして、
「ほら、行くぞ」
 そう言って差し出された手に、僕は素直に自分の手を重ねる。
 前を歩く恭介を見ながら、ふと…”卒業まで”の約束は、どうなったんだろうと思った。
 反故になったんだろうか。
 …そうだと、いいな。
 繋いだ手に力を込めると、恭介も直ぐに握り返してくれた。
 外は寒かったけれど――繋いだ手は、いつまでも温かかった。

 
 
 
 
 

あとがき
 うざい位語りますので…うざい方は回避っ!
 ええもう、本当はもっと理樹が暗い感じでいくはずだったんですが、…とある御方の(バレバレ・笑)
 素晴らしいイラストの二人を見たらもう、もう…こいつらに喧嘩なんかさせられーーん!と絶叫!
 やっぱりラブラブがいいですよね!速攻仲直りですよっ!!ああ、幸せ…(お前の頭がな…)
 まぁあれですよ、理樹が恋をしてように見えて、ほんとに恋をしてるのは恭介の方だと。
 理樹は、憧れというか、変な妄想はするんですけどね、スレてないというか。初心というか。
 ホントお前は何処のご令嬢だ、というくらい無垢な少女みたいな部分がある気がしてます。
 まぁ、十中八九恭介が守ってきた部分なんでしょーけどね!なんたって守ってやりたいグランプリですから!
 恭介胸中白状のトコは、称号のあたりから妄想(笑)ムラムラきてたんだろ、とか突っ込み。
 でもって次回がいきなり卒業まで飛びます、が…多分その前に、せっかくラブラブ書けるトコまで
 話が進みましたので、ちょっと横道逸れます、はい。だって…ラブラブ…書きたいじゃないっすか…!
 エロとかっ…(そこかい!)
 久方ぶりに語ってしまった…すんません…。や、ちょっとテンション高すぎて…。

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