君と僕の軌跡・7.5

 俺が本気だと言ったら、きっとお前は困るんだろう。
 そう思った。
 優しくて温かくて、楽しいばかりの関係。苦しくも辛くもない。…お前は、それが良いんだもんな?
 だったら俺は――それ以上を望まない。望むべきじゃない。
 今ならまだ、間に合う。全部冗談だったことにすればいい。
 屋上でしたキスも、たちの悪い冗談だったと思わせれば良い。
 俺は、なんとも思ってない振りをして、悪ノリの延長線を作ってやればいいだけだ。
 そうだな。……手が触れ合って思わず謝る、そんなラブコメみたいな展開はどうだ?
 お前なら、きっとすぐ俺がふざけてる事に気付くだろう。
 そこで怒って――「全部冗談だったんだ」…そう安心してくれれば、万事解決だ。
 そうしたら俺は、屋上での事をちゃんと謝って、もうあんな”悪ノリ”はしないと言ってやる。
 お前を怯えさせるような気持ちなら、そんなものはいらない。
 それが俺自身だと言うなら、俺は、「俺」を切り捨てる。
 そう――決めて、いたのに。
 理樹が、あまりに―――分からない事を言うから。
「――俺だって、平気じゃない」
 本音が、口を突いた。
 少なくとも”親友”でいたいなら…言うべきじゃない。
 だが、一度決壊した言葉は止まらず、まるで理樹を責めるように流れ出た。
 俺が本気だと、理樹にも分かっただろう。もう誤魔化せない。
 それでも、逃げ道を用意した。
「理樹。――聞かなかった事にしたいなら、それでもいいぞ」
 逃げたいなら、逃げていい、理樹。
 ”親友”がいいなら、それでもいいんだ。誰もお前を責めない。俺は、それで十分だ。

 理樹は―――逃げなかった。

 そして、ずっと俺の耳について離れなかった、あの世界での告白を……もう一度、口にしてくれたんだ…。


          *


 秋から冬へ。冬から春へ。
 季節が移ろうたび、俺と理樹の関係も少しづつ変わって行く。
 例えば……触れ合うだけだった唇が、深く重なり合うようになって。
 じゃれあっていただけの指が、絡み合うようになって。
 ただ抱き合ってまどろんでいただけの夜に、……熱い吐息と、火照った肌が紛れ込むようになった。
 日を重ねるほど、愛しさも積み重なっていく。
 俺たちは―――卒業までの短い間を惜しむように、まるで蜜月のような日々を過ごした。


「もう少しで、卒業だね」
 ポツリと、理樹がもらす。
 部屋の中には俺と理樹の二人しかいない。
 俺が一人部屋になったのは、もう大分前だ。それ以来、理樹はよく俺の部屋に訪ねてきて、一緒に課題をやったりするようになった。
 そのまま自分の部屋に帰らない事も多い。ま、正確には俺が帰さないのだが。
 今日も二人で、頭をつき合せて課題を片付けていた。
 そんな中、不意に洩らされた言葉に、俺はノートから顔を上げた。
「急に、どうした」
「…恭介。卒業したら、いなくなっちゃうんだね…」
「まぁ、そりゃあな」
 頷くと、理樹の表情が翳る。
 ――ほんとに、仕方ない奴だな…。
「そんな顔するなよ、理樹」
「…僕、どんな顔してた…?」
「――死ぬほど淋しいって顔、してたぜ?」
「そ、そこまでじゃないよっ」
「ふぅん?じゃ、やっぱ淋しいのか」
 俺が言うと、理樹の頬が紅潮していく。やがて理樹は、小さく頷いた。
「さ、淋しい、よ…」
「――そっか…」
 可愛い。――愛しくて堪らなくなる。
 俺は理樹に手を伸ばす。
 そっと頬に触れると、理樹はひくりと震えた。手にしっとりなじむ肌を、何度も撫でる。
「そんなに淋しいのか…?」
「…っ…きょ、恭介は、淋しくないの?」
「俺だって、淋しい」
 告げて、顎を捉えた。そのままそっと口付ける。
 舌でノックすると、応えるように、おずおずと理樹の唇が薄く開く。
「んっ…」
 小さな舌を絡めとって、触れ合う粘膜を擦り合わせる。
 僅かに理樹が身じろぐ。唇を解放してやると、理樹は熱く吐息を洩らした。
「は、…ふ…」
「――卒業したら、理樹と、いつでもこんな事とか出来なくなるしな?」
「っ!」
 ぱっと白い頬に朱が散った。
「な、何言ってるんだよっ…!」
「だから、…淋しいって言ってる」
 啄ばむようにキスをする。何度も。
「…ん、…きょう、すけ…」
「――理樹」
「ま、って…」
「待たない」
 短く告げて、俺は理樹の手首を掴む。自分の方に引き寄せた。
 そのまま、もつれ合うように二人で床に倒れこむ。
「恭介…か、課題っ…」
「後で出来る」
「だけど」
「理樹」
 俺は、目の前にある理樹の耳に、唇を押し付けるようにして囁いた。
「今――したい」
「っ…」
 理樹が息を詰める。そして、僅かにあった抵抗が消える。
 了承と見なして、俺は耳朶にキスをする。
「ね、恭介…」
「ん?」
「――ずっと一緒にいようね…」
「ああ」
 
 誓うように、俺は理樹に深く口付けを落とした。

 
 
 
 
 

あとがき
 何かと寸止めで申し訳ありませ…しかも間章だから短いしっ…。
とりあえず7の恭介が何を考えてたのかが分かりにくかったので、恭介視点追加〜。ついでに8と繋げて間章にしてみました。
 が、しかし、7-7.5間の補間編が書きたくてしょーもない私…。蜜月編とか言って無駄に書きますとも。ええ。
 今週はちょっと無理かもですがっ…!

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