君と僕の軌跡・9

『理樹。――返事は』

 こんな堂々と言ってるけどな……本当は、自信なんかないんだよ。
 俺は、理樹を見つめる。
 それはきっと数秒だったろう。けれど…俺には――酷く長かった。
 そして――。

『はい…』

 マイクから、理樹の声。
 花束の向こうで、理樹が微笑んでいた。
 背後の校舎からは地を揺るがす歓声――。
 気が付けば俺は、理樹を抱き締めていて。
 そうか、オッケーか…。そうか!
 やったぜっ!やっちまったぜっオイっ!!
 今ならチョモランマからパラシュート無しで裸ダイビングだってやってやるっっ!
「いぃぃやっほぉーーいっ!」
「う、わぁぁっ!?ちょっ…恭介っ!?」
「よーし理樹!今から結婚式挙げるぞ!」
「―――はい?」
 ははっなんて間抜けな面してんだよ。
「聞こえなかったのか?結婚式だよ」
「いやいやいやっそうじゃなくてさ!…だ、誰の…?」
「俺と、お前の」
 一瞬の沈黙の後、理樹の目がまん丸になった。
「えええぇぇぇぇーーーっ!?」
 そうそう、その顔が見たかったんだよっ。びっくりしただろ?
 チクショウ相変わらず可愛いぜっ!
「ちょ、ちょっと恭介っ。結婚式って…訳が分からないよ!?」
「籍云々はともかく、男同士で結婚式を挙げちゃいけない、なんて決まりはないだろ?」
「そりゃ――そうかもしれないけどっ。…いつ何処でやるのさっ、そんな事!」
 焦る理樹に、俺はニヤリと笑って答えた。
「今、ここで」


          *


 放送室――。
 俺と来ヶ谷は、機器の一部を外に運び出す。
「これで全部か?来ヶ谷」
「ああ。これだけあれば音響関係は十分だ」
 頷いた後、来ヶ谷は腕を組んで俺を見た。
「しかし恭介氏。まさか本当にやるとは思わなかったぞ」
「ん?」
「全校生徒の前でのプロポーズだ。放送室にマイクを借りに来たから、もしやとは思っていたが」
 来ヶ谷は呆れ顔だ。
「俺は、言ったからにはやる。徹底的にな」
「全く…大した男だよ、君は」
「そう褒めるな。マイク助かったぜ、サンキューな」
 俺の言葉に、来ヶ谷は軽く肩を竦め、首を振る。
「感謝すべきは私より、鈴君に、だろう?」
「――ああ。ま、確かに…アレがなけりゃ、ここまでやってなかっただろうな」
 鈴が、突然挑んできた時の事を思い出して、俺は目を細めた。


 その日――俺の部屋には、理樹を除くリトルバスターズのメンバーが全員集結していた。
 部屋の中心には、俺と鈴。全員の見守る中、鈴が俺に、勝負を挑んできた。
「きょーすけ。あたしと勝負だっ」
「…何のだ」
「どっちが理樹と結婚するか、だ」
「――本気か?」
 正直驚いた。
 確かに俺は、以前から鈴と理樹の仲を取り持とうとしていたが、俺と理樹が付き合うようになってからは、今度は鈴が俺の立ち位置にいたからだ。
 応援しているものだとばかり思っていた。
 だが、俺の前にいる妹の顔は、真剣だった。
 俺は、鈴と理樹が同じくらい大切だ。その感情に差異はあれど、どちらが、などと比べられるものじゃない。
 だから―――例え鈴でも、譲れない。
 二人とも大事だからこそ、簡単に譲ったり譲られたり…そんな事は出来ない。
 それは、二人に対する冒涜だ。
 真剣な鈴に、だから俺も真剣に応えた。
「いいだろう。受けて立ってやる。妹だろうが容赦はしない。全力でいくからそのつもりでな」
 真っ向から、鈴と睨み合う。
「――本気で理樹が欲しけりゃ、俺を倒して奪い取れ」
 同時にそれは、鈴だけに向けた言葉ではなかった。部屋に集まった全員に対する、挑戦状。
 俺は一年先に卒業する。もう内定も出ているし、これは動かしようのない事実だ。
 理樹の卒業後の進路は進学だが、それは概ね問題ない。俺の職場の近場で、学部の豊富な大学を幾つか見繕っておいた。
 理樹の成績なら問題なく入れるし、特に行きたい大学がないのなら、理樹には――俺の所に来て欲しい。
 だが問題はこの一年だ。どうやっても一年間、俺は理樹と離れる。その間に理樹が出す結論は予想がつく。
 このままじゃ駄目だ――そう思うだろう。俺に頼ってばかりいると思い込んで、――理樹は、揺らぐ。
 それは恐らく、俺の事を思って、俺の為に何が最善かを考えて――だからこその迷いだ。それを責める気はない。
 だがその時、周りの奴らをどうする?――理樹を慰めるに決まってる。
 だから俺は、牽制の意味も込めて、全員に宣戦布告した。
 そして――。
「そうか!良かったっ。じゃ頑張れっ!」
「――何っ…!?」
 鈴のあっけらかんとした言葉に、俺は目一杯脱力した。
 ど、どういう事だ…!
「鈴…!?」
「実はな、きょーすけが理樹と付き合ってるのは、あたしが喜ぶからじゃないかって、ちょっとだけ疑ってたんだ。
それで皆に相談したら、こーゆー事態になった」
「はっはっは!たまには騙される側というのも乙なものだろう、恭介氏」
「……直枝さんへの深い愛情…しかと拝聴いたしました…!」
「やはぁ〜あっついあっつい、ですネ〜」
「いっつ・ほっとらぶなのですっ最早お二人を別つ事など誰にもできませんっ!」
「そうだねぇ〜。ラブラブっ、だねー。これぞ永遠の愛…かぁ。うん!いいなぁ」
「へっ…ま、お前らが幸せならいんじゃねぇか?」
「もし理樹を泣かせるような事があれば、こっちも容赦はしないがな」
「マジかお前らっ…!」
 ものの見事に――騙された。全員グルとは言え…まさか、鈴に騙される日がくるとは…。
「でも良かった。きょーすけが本気で良かった。さっきのお前、鬼怖かったからな」
 良かったと繰り返す鈴に――俺は不覚にも、目頭が熱くなるのを感じた。。
 嬉しかった。本当に。
 理樹もこれを見たら、どんなに喜んでくれるだろう。あいつは、俺と同じように鈴を見守ってきたんだ…。
 だから、こんな鈴を見たら、俺と同じ事を感じてくれるはずだ。
 俺達の事を…こんなに考えて、こんなに思って…鈴、お前にはすごく大変な事だったはずだ…。
 一体いつの間に、そんなに大人になったんだ?
 知らない間に成長する妹に、少しばかりの寂しさと、言い表せない程の喜びを感じた。
 そして鈴は、満足そうに笑った後、きっちり俺を焚きつけた。
「理樹はな、きょーすけが思ってるよりモテるんだからな。ちゃんと捕まえておけ!」
「――分かった」
「ん?…何だ、やけに素直だな…」
「俺は――理樹にプロポーズする」
「お前、前に一度断られただろ」
「それを言うな…。今度は断れないように色々とな、仕掛けておく」
「………お前、鬼怖いぞ…」
 引き気味の鈴には悪いが、元々俺は、付き合うのは卒業まで、と決めてたからな。
 まぁ本当は、卒業式後に二人だけでこっそり結婚式を挙げようかという目論見だったんだが。
 それは取り止めだ。そうだな、やるなら徹底的にやるべきだ。何事も、な。
 だから俺は、ニヤリと笑って宣言した。
「全校生徒の前で、プロポーズしてやるさ」


「しかし、あの時の恭介氏は中々面白かったぞ」
 来ヶ谷は可笑しそうに笑う。
「鈴君に騙される恭介氏とはまた、何ともレアな光景だったよ」
「――まぁな」
 実際、いつもの俺なら騙されなかったはずだ。芝居に気付けなかったのは――理樹の事だったからだ。
 まぁ最も…。
「まさか、鈴があそこまで考えてくれてるとは、正直思ってなかったからな」
 俺の言葉に、来ヶ谷は然りと頷いた。
「そうだな…。鈴君は本当に成長したよ」
「――ああ」
 一抹の寂しさと、胸に満ちる嬉しさ。
 見透かしたように来ヶ谷が俺を見る。
「寂しいものだな…。鈴君のアホな子な発言が聞けなくなっていくのは」
「いや、何気に人の妹に失礼だからな、それ」
 アホな子ってのはなんだ、全く…。
「それより恭介氏、選曲の方はこの前の打ち合わせ通りでいいのか?」
「ああ。じゃ、音響は任せたぜ」
「うむ。たまに余興で、あはーんとか、うふーんとかおネーさんのアドリブも入れてやろう」
「……頼むからやめてくれ…」
 マジでやりかねないだけにな…。
 げんなりする俺に反して、来ヶ谷は楽しそうだ。
 …だがまぁ、――俺は色々と感謝すべきなんだろう。
「来ヶ谷」
「うん?」
「――ありがとうな…」
 来ヶ谷は目を丸くし…そして、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「や、やめてくれ…。なんというか…君は腹に一物持ってるくらいが丁度いいと思うぞ」
「そうか?俺はいつでも素直だが」
「――ある意味ではな…」
 渋面のまま、来ヶ谷は溜息を吐く。
「全く…。音響の役得を狙って、本当は私も理樹君に告白しようと思っていたんだが…」
 ――おいこらマジか。
「分かったよ。恭介氏の素直な感謝に免じて、今回は大人しくしておいてやろう」
「そうしてくれ…」
「ふふ…。しかし、楽しいなぁ恭介氏。こんな楽しい卒業式なんて、きっと二度とないぞ」
「安心しろ」
 俺は、不敵に笑ってやった。
「きっと来年も、壮絶に楽しいぞ」
「――それは、楽しみだ」
 俺と来ヶ谷は、悪巧みを思いついた子供のように、笑いあう。
 リトルバスターズメンバーの卒業式なら、やっぱ盛大にやらなきゃな?
 楽しい事ならなんでもやってやる。
 来年も――いつだって、お前らの為ならな!
 
 
 
 
 
 

あとがき
 冒頭で恭介がいかれポンチと化してました(笑)うむ、野球で勝った時のホットケーキパーティーだなっ。
 そして次はいーよいーよ結婚式っだぁぁ!待ってろよ理樹っ!(お前誰だ)

 は、それからいつも拍手ありがとうございますっ!返信不要の方もぱちぱち下さったかたも、皆様大好きですっ…!

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