君と僕の軌跡・10

 恭介はいつだって無茶苦茶だ。分かってたつもりだったけど――。
「あいつ、ここまでめちゃくちゃだったのか。いやもう、くちゃくちゃだ」
 そうは言うものの、鈴は満足そうだ。
 準備ができたら呼びに来るからと言われ、僕は鈴と二人で、空き教室で待機中だった。
「鈴は知ってたの?」
「何がだ?」
「恭介が…結婚式の準備とか、前からしてたって」
 恭介は、内定をもらった後もバイトだ何だと忙しそうだった。
 それっていうのが結婚式場のバイトで、今日の為に、色々無理を言って借りてきたらしい。
 ”因みにあのゴンドラもな”と恭介は妙に得意そうだった。
 先生たちには止められると思ったのに――何でか式場設置を手伝ってくれている。恭介曰く、根回しは済んでる、らしい…。
 一体どんな根回しをしたんだろうか…。
 鈴は、少し考え込んだあと、腕組みをして言った。
「正直、ここまでやるとは思ってなかった」
「それはちょっとは知ってたって事?」
 チリン、と鈴が頷く。
「あたしが言ったんだ、恭介に」
「え?」
「ちゃんと理樹を捕まえておけって」
「そう、だったんだ…」
「言っとくが、あたしは式まで挙げろなんて言ってないからな!?全校生徒の前でのプロポーズとか、そんなむちゃくちゃな事、あたしは言ってないっ」
「あはは、まぁ恭介だからね」
 やるからには楽しく徹底的に、がモットーの恭介らしい。
 だけどそうか。鈴が言ったから……なのかな…。
 ふと、胸の内に暗雲が広がる。それはとても身勝手で、本当に――情けない程女々しい考えだった。
 鈴が喜ぶから――だから始めた恋人ゴッコ。そのきっかけが…今も、僕の中に漠然とした不安の影を落とす。
 プロポーズまでされて何を今更、と思うのだけれど…。
「――あのな、理樹」
「何?」
「あたしな、……実は、きょーすけに勝負を挑んだ」
 突然のセリフに面喰らう。鈴が?恭介に?
「一体何の…?」
「どっちが理樹と結婚するか、だ」
「!?」
 何を――何を言ってるんだろう、鈴は。だってもし、本当に鈴がそんな事を言ったら――恭介が僕にプロポーズなんてする訳ない…!
「恭介は……なんて…?」
「受けて立つって言った。妹だろうが容赦はしない、理樹が欲しかったら俺を倒せって」
「――」
 本当に…そんな事を…。何言ってるんだよ、恭介。馬鹿じゃないの…鈴に、そんな…。
 だって、あんなに鈴と僕の事、くっつけたがってたじゃないか。鈴が喜ぶなら、何でもするんだと、思って…。
「あたし、嬉しかった。きょーすけが理樹と付き合うのは、あたしが喜ぶからじゃないかって疑ってたんだ」
 鈴はまっすぐ僕を見る。
「でも、違った。あの時のきょーすけは本気だった。本気で鬼怖かったぞ、あいつ」
 その時の事を思い出したのか、鈴がぶるっと肩を震わせた。
 ああ、本当に……恭介は、そう言ってくれたんだ。そう思ってくれたんだ。僕なんかの事を…。
「あいつが本気なのが分かったから、言ってやった。理樹は結構モテるんだぞって。ちゃんと捕まえておけって」
「鈴…」
「――じゃなきゃ……理樹だって、不安になるだろ…?」
 窺うように鈴が僕を見上げる。
 僕は、けれどただその言葉に驚いていて。本当に、――びっくりしたんだ。
 鈴がそこまで僕らの事を考えてるなんて、思ってもみなかったから。
 それはきっと、小毬さん達との交流を通して、鈴が自分で培ってきたものなんだろう。
 僕らの知らない所で、鈴は確実に成長していく。
 鈴に突然挑まれ、そしてその成長を目の当たりにした恭介は、どう思っただろう?
 きっと、泣きたくなるほど嬉しかったと思う。
 ――今僕が、そう感じているように……。
 一抹の寂しさと、そんなものは消し飛ぶ程の喜びと。
「だからな、理樹。安心しろ。あいつはちゃんと本気で理樹が好きだ。そうじゃなかったら、あたしがぶっ飛ばす!」
 久しぶりに聞いた鈴の物騒な台詞。
 だけど鈴は嬉しそうだった。僕も嬉しかった。
「ありがとう、鈴」
「な、何だ…あたしは別に…」
「ありがとう」
「……う、うん…」
 僕は、赤くなって俯いた鈴の頭を撫でた。
 その時、突然教室のドアが開いた。
 現れたのは、葉留佳さんと西園さん。
「さぁ理樹くん!心の準備はいい!?はるちん腕振るっちゃうからねっ!」
「直枝さん。衣裳が届きましたので、体育館の方へどうぞ」
「え……衣装?」
「はい。……(ぽっ)」
「いやいやいやそこで何で頬を染めるかなっ!?もしかして……ウェディングドレス…とか」
「はいはいもうごちゃごちゃ言ってないで、行きますヨー!?ほら、鈴ちゃんもレッツゴー!」
 ハイテンションの葉留佳さんに僕らは引っ張っていかれる。
 あああ、何で皆こんなに楽しそうなんだ!?
 卒業式って……もっとしんみりするものじゃなかったっけっ…!?


          *


 西園さんと葉留佳さんの二人によって、衣装合わせに髪型とか化粧とか、もう色々と弄り回された。
 そして小一時間は有に経過して。
 準備があるとかで一度いなくなった鈴が戻ってきた所で、まずはその場にいるクドと鈴にお披露目となったのだけれど。
 クドは、僕を見るなり目を丸くした。
「わっわふーっ!…り、リキ…とっても奇麗なのですっ…べりーべりーすーぱーびゅーてぃふぉー、なのですっ…!」
「やはぁ〜…はるちん、女のとしての自信失くしそうですヨ…」
 最後の仕上げをしてくれた葉留佳さんは何故か涙目。その横で、西園さんが頬を染めつつ、やはり驚愕していた。
「直枝さん…本当に男ですか…?」
「男だよ」
「――素晴らしいですっ…!」
 何がだろう。
 鈴はぽかんと口を開けて僕を見ている。
「り、理樹か…?」
「そうだけど」
「ほ、ホントに理樹か!そうか…。何て言うかもう……すごいぞ、お前。くちゃくちゃすごい。これ見たら、うちの馬鹿兄貴なんかこっぱみじんだ」
 よ、よくわかんないけど、今の僕の姿は相当凄い事になってるらしい…。
 うう、一体どうなってるんだろう?
 そこでドアが開いて体育館に顔を見せたのは、小毬さんだった。
「理樹くんの用意はどうですか〜?恭介さんの方は、おっけー、ですよ……って、ええと……」
 小毬さんはじっと僕を見つめ、にっこり微笑むと、何事も無かったかのように扉を閉めた。
 そしてもう一度開く。また小毬さんと目が合う。
「えっと…ええっとぉ……。ほわぁぁっ!?」
 いや、何て言うかこの鈍い感じが小毬さんだよね。
「りりりりりり、理樹くんっ!?」
「え、うん。…そう、だよ」
「ほぇぇぇぇーーーっ!?あうあうぅぅ!?」
「お、落ち着けこまりちゃんっ!大丈夫だ、あれは理樹だ!」
 鈴が小毬さんを落ち着かせてる…。本当に成長したね、鈴…。
 そして、どうにか冷静になった小毬さんは、それでもまだ茫然としたように僕を見ていた。
「ええっと、理樹…くん?」
「うん」
「そっかぁ…。す、すごぉいねぇ…」
 すごいすごい、と小毬さんは手を叩く。
 そうしている間に、西園さん、クド、葉留佳さんの三人は、恭介の様子を見てくる、と言って部屋を出ていく。
 三人が出て行ってすぐ後に、また扉が開いた。
「よぉっ!恭介の代わりに理樹の様子見に来たぜ!」
「入るぞ、理樹。準備はどうだ」
 真人と、その背後から謙吾の声。
「ん?」
 僕と目のあった真人は、入口で立ち止まってしまう。
「ん〜?」
 とっても不思議そうに首を傾げ――。
「なぁ、理樹はどこだ?」
「ここだよっ!」
「えっ……!?」
「おい、さっさと中に入らんか!理樹が見えんだろうっ」
 どかっと謙吾に突き飛ばされ、真人がよろめく。いつもなら食って掛かる真人が、何も言わない。
「ん?何だ珍しいな…」
 怪訝そうに真人を見遣ってから、謙吾が僕の方に顔を向ける。そして――。
「ふむ。何だ、その――理樹はどこだ?」
「だからここだよっ!」
 反応が同じだった!
 二人とも目を剥いて、同時に叫ぶ。
「「なぁぁにぃぃぃぃっっ!?」」
「うっさいボケぇっ!耳キーンだっ!」
 そして、二人に鈴の蹴りが入っていた…。


「まぁ、しかし何だな…」
 謙吾はマジマジと僕を見る。
「こうして見ると確かに理樹だな。…理樹なんだが…何と言うか、お前やっぱり性別を間違って生まれてきたんじゃないか?」
「やっぱりって何さ!?失礼だよ謙吾っ」
「しかしお前、自分で見たか?その姿」
「う…いや、まだだけど…」
「何だ、まだ見てないのか」
「だって鏡とかないし…」
 すると、小毬さんがポケットから鏡を取り出した。
「全身見れないのが残念だけど、顔だけなら見られるよぉ〜」
「あ、ありがとう…」
 うう、何か怖いな…どうなってるんだろう?
 そっと小さな鏡を覗き込む。
「………」
 とりあえず、瞬きをしてみる。うん、これやっぱり僕か。あはは。凄いなー、何て言うか……。
「稀にみる美少女だぞ、理樹」
「謙吾――ごめん、言わないで…」
「理樹くん天使みたいだよ〜」
「うあぁぁぁ」
「いや、本当にくちゃくちゃすごいぞお前。やっぱ理樹は女だな、うん!」
「いや男だから!」
「―――なぁ理樹」
 それまで黙っていた真人が、突然声を掛けてきた。
 振り向くと、思いの他真面目な顔があった。
「何?」
「あのよ。……俺と結婚しねぇか?」
「しないよ!」
「するかボケぇーっ!」
「だ、駄目だよぉ、真人くんっ!」
「真人貴様っ…抜け駆けは許さんぞっ!」
 いや謙吾だけおかしいからね?
 一斉にダメ出ししたものの、真人はいつものように勢いで言っているような雰囲気ではなくて、僕は首を傾げた。
「真人、何で急にそんな事言うのさ」
「んー?いや…ま、別に急にじゃねぇよ」
「え……?」
 それってどういう…。
「でもま、フラれんのは分かってたから、いんだよ。気にすんな。一応ケジメだ」
「真人…?」
「だから、んな顔すんなって!ほれ、そろそろ時間だ」
「う、うん」
 でも、軽く流しちゃいけないんじゃないか――そう思ったけれど。
「理樹。――俺達は、ずっと親友だっ!」
 そう言って、真人がいつもみたいに笑うから。だから僕も、精一杯笑って頷いた。
 そんな僕たちの間に、ちりん、と鈴が割って入る。真人を見上げ、
「――これやるから、元気出せ」
 手にした何か差し出して、そう言った。
 鈴…!
 真人も感動したみたいだ。感極まったように、肩を震わせる。
「おうっ…ありがとよ!――ってこれモンペチじゃねぇかっ!」
「しかも賞味期限切れだ。半年前に」
「うぉぉっ!?何だよ嫌がらせかっ!?」
「当たり前だ。ヒトヅマに言い寄る奴は、めっ!だ」
「ぬぉぉぉ人妻言うなぁぁっ!」
 ああ……何か真人が、凄いダメージを受けてる…。
「おい、遊んでないでそろそろ行くぞ。恭介の方はスタンバイ済みだ」
 いつの間にか携帯を片手に、謙吾が告げる。
 う、そうか…。恭介はもう…。何か緊張してきた…!
 そこでふと、まだ来ヶ谷さんに会ってない事に気がついた。
「あれ?来ヶ谷さんは?」
「あいつは音響の方で忙しいみたいだな。何だかんだで結構張り切ってたからな」
 謙吾が小さく微笑む。そっか…皆、ホントに応援してくれてるんだ…。
 体育館を出て、五人でぞろぞろ廊下を歩く。
 恭介は、どうしてるかな…。僕の事待ってるんだよね。――僕……恭介と、結婚式挙げるんだ…。
 うわっ…心臓がっ!し、静まれ静まれっ。
「どーした、理樹?」
「ん。何でもないよ、鈴」
 深呼吸深呼吸、と。……ってやっぱり静まらないよっ。
 緊張する僕の前に、チリンっと鈴が走り出る。そこには満面の笑み。
「うん!やっぱキレーだなっ!」
「あ、ありがと…」
 うう、複雑だけど――照れるなぁ…。
「理樹。あたしはちょっと先に行ってる!バージンロードの最終確認だっ」
 言って、鈴は駆けて行った。小毬さんがちょっと得意そうに僕を見る。
「バージンロードの準備ねぇ、理樹くんが着替えてる間に、鈴ちゃんと私でやったんだよぉ」
「そうだったんだ…。ありがとう」
「うん!えへへー。じゃ、私も行ってくるねー!」
 小毬さんも鈴の後を追っていく。僕はちょっと走れないから、ゆっくり進んだ。
 廊下を突き当たった所で、謙吾が足を止める。
「理樹。俺達の付き添いはここまでだ。バージンロードは鈴と神北が付いてくれる」
「そっか。じゃ、また後でね?」
「ああ」
「おっし!んじゃグラウンドでな!」
「うん!」
 謙吾と真人に頷いて、僕は鈴と小毬さんのいる方へ足を踏み出す。
「――理樹」
 背後から、謙吾の声がかかった。振り向くと、謙吾は真っ直ぐに僕を見ていた。生真面目で――厳しく優しい瞳。
「いいか、理樹。何かあったら、すぐ俺の所に来い。いつでも相談に乗ってやる」
「うん…ありがとう」
「それからな、俺は真人と違って諦めが悪い」
「え?」
「勝負はこれからだ――そう恭介に伝えておけ」
「ええぇぇ!?それって…!?」
 もしかして僕今、謙吾に告白されたっ!?
 目を見開いて固まる僕に、謙吾が優しく笑う。
「ほら、さっさと行かないか。…俺が攫ってしまわない内にな」
 そう言って、謙吾は僕の背中をそっと押した。……さすがロマンティック大統領…さらっと言うなぁ。
「ぬぉぉ謙吾てめぇっ!抜け駆けする気かっ!?」
「抜け駆けも何も、勝手に戦線離脱したのはお前だろう」
「だったら俺も諦めねぇっ!」
 真人と謙吾の言い争いに、僕は足を止めて振り返る。そろそろやめさせないと…。
「あのさ真人…」
「理樹っ!やっぱ好きだっ!」
 あ……。
「このボケぇっ!あたしのいない間に何やっとんじゃぁぁぁっ!」
 鈴の蹴りが真人の顔面に入った!…だから今、鈴が来るよって言おうと思ったのに…。
「う…ぅ…すんません…」
 げしげしと鈴の蹴りを受けて床に沈む真人。鈴は、勝ち誇ったようにふんっと鼻を鳴らした。
 そして僕に向かって手を差し出した。
「行こう、理樹。――皆、待ってる…!」
 僕は、強くなったその手を見つめる。
 もしかして僕は、恭介と鈴――この二人の兄妹と手を取り合うために、生まれてきたのかもしれない。
 そうだったら、いい。
 恭介によく似た瞳で笑う少女を見返し、僕は、そこに自分の手を重ねた。
 そして歩き出す。この手を繋ぐ――もう一人の、大切な相手の元へと…。

 
 
 
 
 

あとがき
 お気づきかと思いますが…私、鈴大好きですっ…!え、もう理樹も恭介も、鈴のためなら命投げ出します。
 やっぱり、鈴は二人の子供的な位置づけなのですよっ!そして、その子供が、お父さんとお母さんとくっつけるために頑張る訳ですね!(笑)
 理樹と鈴は、恋愛対象とかじゃなくて、親子的な感じが好きです〜!というか、もはやそのスタンス以外ないですけどね!
 だって理樹は恭介のもんだからっ!でも鈴がたまにお母さんを独り占めしたくなってお父さんに蹴りいれるとかも好きです…。
 そして、結婚式に行けるはずだったのに、思いの他長くなってしまったがために、次回に持ち越しっ…(あほだっ)

next>> ○小説メニューへ戻る○ △topページに戻る。△