「でも、ほんっと男前デスヨ、恭介さん!」
三枝は、もう何度も聞いた台詞を繰り返す。別に、普通のフロックコートを着ただけなんだがな。
能美と西園が、その横でコクコクと頷く。
「はいもう、みらくるな程のナイスガイなのですっ!」
「…これなら、直枝さんと並んでも遜色ありません…」
「そだねー。理樹くん凄かったもんネ」
それももう、何十回と聞いたな。一体どんだけなんだよ。
流石にこれだけ言われると、理樹がどうなってるのか、否が応にも期待させられる。
俺達は、全面にブルーシートを敷いたグラウンドで、理樹を待つ。
式を挙げるなら、やっぱここだよな。皆で野球をした――俺達の、場所だ。
目を細めて辺りを見回すと、不意に三枝が、深く溜息を吐いた。
「どうした?三枝」
「やはぁ〜…緊張してきちゃって…」
深呼吸しながら、三枝はポケットから折り畳んだ原稿と小さな聖書を取り出し、睨みつけた。
「ええっと……あれ、何ページだったっけ……」
「三枝」
「邪魔しないで下さいヨ。今――」
「原稿も聖書も必要ないぜ?」
「は?」
パカリと口を開ける三枝の手から、俺は紙と本を取り上げた。
「俺がお前に司会を頼んだのは、楽しくやってほしかったからだ。だから格式張らなくていい」
形式なんて、どうでもいいんだ。
「三枝。お前が楽しいようにやってみろ」
その方が俺達らしい、だろ?
ニッと笑ってやる。三枝はどこか困ったような表情で、情けなさそうに呟いた。
「たははぁ〜…参ったなぁ。こりゃ適わないって…」
「何がだ?」
「いえ、こっちの話ですケドネ」
「?どうした」
「いやまぁ…あれデスヨ……」
しまった、というように視線を漂わせ、次いで俺を振り仰いだ三枝の顔には、嘘くさいほど晴れやかな笑みが貼り付いていた。
「やはは〜まぁ気にしない気にしない〜!さあさあ、じゃ、はるちん流司会でレッツゴー!」
「おい…?」
「…細かい事を気にすると禿げますよ、恭介さん…」
「そうですそうです!せっかくのナイスガイが禿げては大変なのですっ!気にしてはいけませんっ!私達の最後のチャン」
「うわわっばかワンコっ!」
三枝がガバッと能美の口を押さえる。
………ちょっと待て。お前ら…何企んでる!?
俺の視線を受けた西園は、しらっとした顔で横を向く。詰め寄ろうとした時、不意に音楽が流れた。
見ると、来ヶ谷がキーボードの前に座って、優雅に指を滑らせていた。次いで、バージンロードの方向から人のざわめく気配。
振り返った俺の視線の先に――白いウェディングドレスに身を包んだ理樹が、いた。
ベールに隠されて、この距離だと顔はよく見えない。小さなブーケを手に、俯き加減で理樹がゆっくり俺の元に歩いてくる。
幾重にもレースを重ねた、ふくらみのある白いオーバーショルダーのドレス。
歩くたびにドレスが揺れて、取り付けられた小さな花の飾りがまるで風にそよぐようだった。
後ろで長いベールの裾を持つのは、鈴と小毬で、二人とも満面の笑みだ。
バージンロードにしては大分長い距離――。やがて近づいてきた理樹に、俺は息を呑んだ。
薄い紗の向こうに、――文字通り天使がいた。
俺は…気の利いた言葉の一つも言えなくて。
言葉なんて出てこないほど、理樹は奇麗だった。三枝たちが騒いでいたのがよく分かる。
そして理樹は、そっと俺の左側に寄り添った。
三枝がマイクを手に、俺達から少し離れた前方に立つ。
『えー、ではこれより、棗恭介、直枝理樹両名の挙式を執り行いますっ。まずは僭越ながら、司会を任されたこの私、
三枝葉留佳より、お祝いの言葉を申し上げちゃいますヨっ!理樹くん恭介さんっ結婚オメデトー!』
わーっと拍手が鳴り響く。
……こいつは、結構照れるな…。
『でわでわ、リトルバスターズの皆からも一言ずつドーゾ!んじゃ、こまりんからっ!』
三枝のアナウンスと共に、小毬が進み出て、マイクを受け取った。
『えっと…恭介さん、理樹くん。ご結婚おめでとうございまぁす〜!』
深々と一礼してから、俺達を優しく見つめた。
『二人とも、絶対絶対、幸せになってくださいね?きっと色々あると思うけど、二人なら大丈ー夫っ!
一人じゃ辛くても、二人ならきっと、どんな困難だって乗り越えられるから』
小毬。お前には本当に世話になった。鈴のことも、ずっと見守っててくれて……ありがとな。
これからも、よろしく頼む。
次に、西園が進み出てくる。
『…ご結婚おめでとう御座います。お二人なら理想の家庭が築けます。世間の風評などあるかもしれませんが…、
私は、死んでもお二人の味方ですから…!』
何か異様にあつい情熱を感じるな…。
だがまぁ確かに、お前ほど心強い味方はいないぜ。
頬を上気させた西園が退場すると、今度は能美がマイクを手にする。
『ご結婚おめでとうなのですっお二人とも!とってもお似合いです…!』
笑顔でそう言った能美は、だが理樹を見るなり瞳を潤ませた。慌てたように帽子を掴んで俯く。
『わ、わふーっ!どんとくらい、なのですっ…!こ、これは理樹があんまり綺麗だからでっ…』
――お前……そうか。悪いな能美。理樹の事が好きだったんだろう…?
だが能美は、精一杯祝ってくれた。
『私はお二人が大好きですからっ…!』
そう言って、目を赤くした能美はマイクを次へ渡す。
入れ替わって現れたのは来ヶ谷。
『恭介氏。……君の隣にいる天使を一晩貸してくれたら、モズクをやろう。――まぁ、二割くらい冗談だ』
八割本気かよ。流石だな、来ヶ谷…。
『さて、まずはオメデトウと言っておこうか。理樹君…ヤバイくらい可愛いぞ。いつでもいいから、
気が向いたらおねーさんの所に嫁いでくるがいい。それから……恭介氏』
さて、こいつには何を言われるやら…。
『君は―――幸せになっていい』
来ヶ谷は、静かに一言だけ言って、それから茶目っ気たっぷりに微笑む。
『私達は――全員、君たちの幸せを願っている。…ま、だからといって――何の障害もないとは思わない事だがな?』
どこか含みのある笑みで、台詞を締める。
次は…真人と謙吾か。
『お祝いの言葉ったってなぁ……何だ、もうマイク入ってんのか?あーその、何だ?筋肉関係なら任せろ!
足りなきゃいつでも分けてやっからよ!あとは、……ま、お前らが幸せなら――俺は、それでいいや』
真人は照れ臭そうに、鼻の頭を掻く。
そう言ってくれるのか…。ほんとに大した奴だよ、お前は…。
そして、真人にマイクを渡された謙吾は、俺達をじっと見つめ――生真面目な顔で告げた。
『恭介。――俺はまだ諦めてないぞ。勝負はこれからだ』
「ってコラコラ!」
『理樹。恭介が嫌になったらいつでも俺のトコに来い。一生守ってやる』
「っていやいやいや!?」
二人で思わずゆるく突っ込む。
そんな俺達に、謙吾が澄み切った笑顔を向けた。
『だがまぁ、お前達はお似合いだからな。……いつまでも、笑顔のままでいろ』
……すまないな、謙吾。お前がずっと理樹を想ってたのは知ってる。
それなのに祝ってくれて…ありがとな。
最後に――鈴が姿を見せた。去年までならきっと逃げ出していただろう。
人前で話すことなんて苦手だったはずなのに、鈴は、皆の前でしっかりとマイクを握っていた。
『きょーすけっ!理樹を泣かせたら、あたしが許さないからなっ!』
ああ、分かってる。…分かってるさ。
『理樹。…その、…ほんとにウチの馬鹿兄貴でいーのか?こいつ、ほんとに馬鹿だぞ?すごいアホだぞ…?』
……お前、兄を何だと思ってる…。
そんな鈴に向かって、理樹が大きな声で応えた。
「いいよ!知ってるからっ」
『そうか……そーか!じゃぁ――二人とも幸せになれっっ!』
真っ直ぐ俺達を見つめる瞳には、眩しいほど強い意志が溢れている。
鈴…本当に強くなったな…。お前は、紛れもなく―――この俺の妹だ…。
やがてマイクが三枝の元に戻る。
『えーでは。次は誓いの言葉デスネ!聖書…は、ないんだった…』
少し考えてから、三枝は済ました顔で口を開く。
『えーコホン!汝病める時も健やかなる時も死せる時も…えっと…ええと――ぶっちゃけ永遠の愛を誓いますかっ!?』
そこをぶっちゃけたか。
俺の隣で、理樹がくすくすと笑った。…ま、いいか。お前が笑うなら…俺は、それがいいんだ。
「ああ、誓うぜ」
俺が頷くと、三枝は理樹に視線を移す。
「うん。誓います」
理樹も迷いなく頷く。
それを受けて、三枝がマイクに向かって叫ぶ。
『では…誓いのキスをっ!』
俺と理樹は、向かい合う。そっと、薄いベールを持ち上げた。
顕わになる――花のかんばせ。まさに、その言葉に相応しい。俺は思わず魅入ってしまう。
理樹が頬を染めて微笑む。綺麗な――綺麗な笑みだった。本当に……俺は、こんな綺麗なものを手に入れていいのか…?
不意に、理樹がくすりと零す。
「緊張してるの?恭介」
「そりゃ、してるさ」
「らしくないなぁ」
「お前はしてないのか?」
「――僕も、ドキドキしてるよ…」
「…お前、その顔マジ反則だぜ…。可愛すぎる」
恥ずかしそうに目を伏せる理樹に、心臓が跳ね上がる。
チクショウ、何でんな可愛いんだよっ…!
自分を落ち着かせるように深呼吸してから、俺は、理樹を見つめた。
大きな黒瞳を、しっかりと捕らえる。
今、言っておかなきゃいけない。これが――俺がお前に与える、最後のチャンスだ。
「――理樹。これまでにも何度か色々言ってきたが、これが最後通告だ」
挑むように理樹の瞳を射抜く。
「俺で、いいか」
「いいよ」
受けて立つように、理樹は強い瞳で即答した。
「ほんとにいいのか」
「恭介こそ、僕でいいの?」
「お前じゃないとダメだ」
言った俺に、理樹の頬を赤くなる。
「――僕も…恭介じゃなきゃ、嫌だよ…」
「…そっか」
いいのか。本当に。――俺はお前の手を、もう絶対に離さないぞ?
俺と一生手を繋ぐ――お前に、その覚悟はあるか?
――死ぬ時も、きっとお前の心を連れて行く。
その言葉を口に出しそうになった時、理樹が俺を見上げて微笑んだ。照れたように頬を染めて、けれど俺を真っ直ぐに見つめる瞳は、澄んでいて。
「もう、先にいなくなろうとしたら、駄目だからね?――僕ね…。いちにのさん、で一緒がいいよ?」
ああ――何だ…お前はもうとっくに…。
ギリギリまで悩んでいた自分が滑稽だ。思わず苦笑が漏れる。
ああ、そうだな。簡単な事だ。俺達は……きっと魂の片割れ同志なんだろう。どちらが欠けても、駄目なんだ。
「なぁ理樹」
「何?」
「俺、結構馬鹿だぜ?」
「知ってるよ。頭いいけど、単純だもんね」
「優しくないしな?」
「優しいよ。恭介が知らないだけで」
「……意外とヘタレだったりするぞ?」
「僕にとっては世界で一番カッコイイよ」
「――そうか。…あとそれからな、指輪…無くてごめんな?」
ちゃんと俺が一人で働いて稼いだ金で、買ってやりたかったんだ。だから、もう少し待っててくれ。
そんな俺に、理樹は、何でもない事のように答えた。
「いらないよ。……恭介がいれば、他には何も」
「――理樹…」
ああチクショウ。完敗だ。お前はほんとに凄い奴だぜ、理樹――。
きっと、一生敵わない…。
俺は、理樹の顎に手を伸ばす。
「キスして、いいか…?」
「…ダメだなんて、言うと思う?」
慎重に尋ねた俺に、理樹が綻ぶ。俺も思わず笑った。
「いいや、思わない――」
そして全員の見守る中、そっと顔を傾けて……触れるだけのキスをした。
静寂と――大歓声。
同時に俺達の頭上に紙吹雪が舞い散る。真人と謙吾が、袋に入った大量の紙片を空にぶちまけていた。
軽快な音楽が鳴り響く。
それに合わせて理樹がブーケを放る。青い空に一度舞い上がった小さな花束は、綺麗な弧を描いて――鈴の手の中に落ちた。
「え、ええっと…な、何だ??」
戸惑う鈴の手元を覗き込み、小毬が少し得意げに言う。
「良かったねぇ、鈴ちゃん。花嫁のブーケを受け取るとねぇ、次に幸せになれるんだよー」
「幸せに?」
「うん!」
「じゃあ……こまりちゃんにやる」
「ほえぇぇっ!?で、でも…受け取った人のものだし…」
困ったように首を傾げる小毬に、鈴は屈託なく笑った。
「だったら、半分こだ!」
和やかな光景に、俺達は顔を見合わせて微笑みあう。
全員からの祝福を受けながら、俺は理樹の手を取って、バージンロードを後にする。
晴れやかな空の下、何事もなく――平和に挙式が終わる…。
――何かを忘れているような気がするんだが…。
何の気なしにちらりと三枝の方を振り返った瞬間、……西園、来ヶ谷と顔を突き合わせる邪悪な笑みを見た。
……これは、どうやらこのまま大人しく終わりそうもない。最後に絶対何かあるな…。
歩きながら手を引き寄せて、理樹の耳元に囁く。
「理樹」
「何?」
「俺の計画じゃ、これから新婚旅行に行くんだが」
ちなみに、ワゴン車はすでに校門前にスタンバイ済みだ。
理樹が目を丸くする。
「し、新婚旅行…!?」
「――まぁ、無事にいけるかどうかは怪しい所だが…」
俺が呟いた瞬間――。
『さー!本日式場にお集りの皆様へっ、目玉イベントのお知らせですヨー!』
辺りに響く三枝の声。
やっぱりきたかっ…!しかし何をする気だ?
『ではこれより、第一回……”恭介さんと理樹くんを捕まえろっ!新婚旅行に行きたい奴はこの指止まれ!
難度S級バトルでゲットだ大作戦!”を決行だーーっ!』
おぉーっと沸く観衆。……ちょっと待てっ!?
『ルールは簡単!ワゴン車に着くまでに二人を捕まえたらバトル開始!”理樹くんを倒して二人の新婚旅行に同行!”
もしくは”恭介さんを倒して理樹くんゲットー!”のどちらかが選択可能っ!但し先着一名のみの限定バトルですヨっ!』
勝手にルールを決めるな!
その場の全員の視線が俺達に注がれる。こいつは――ヤバい!
「理樹――走るぞ!」
「ええっ!?」
困惑する理樹の手を引っ張って、俺は猛然とダッシュする。
その直後――。
『逃がすかーー!みおちん準備はっ!?』
「ターゲットロックオン。…発射します…」
轟音。
くそっ準備いいなおい!
いつの間にかグラウンドに鳴り響く音楽は、バトルのそれに変わっている。
はははっ!ま、俺達らしいか!
『さあっミッションスタートっ!泣いても笑ってもこれが最後のチャンスだーー!』
三枝の声がグラウンドに響き渡る。
ったく…仕方ない奴らだな。やっぱりこういう事企んでたか。
西園の放った捕獲網を掻い潜り、俺は理樹を横抱きにした。
「うわっ!?」
理樹が首にしがみ付いてくる。
「しっかりつかまってろよっ」
軽い身体を胸に抱いて、俺は全速力で駆け出した。
後ろから、真人、謙吾、来ヶ谷を先頭にしたリトルバスターズメンバーと、地を揺るがす勢いで付いてくる全校生徒達。
お前ら…さっきまでの応援ムード一色はどうなった。
変わり身早いな!?
「チクショーやっぱ諦められっかぁぁ!」
「勝負だぁぁぁ!恭介ぇぇー!」
「フハハハハハ!やはり恋や愛に障害は付きものだろうっ!」
「お前らに邪魔される位ならあたしが二人に付いていくっ!」
「ほわぁぁあっ皆待ってよぉぉ私も行くよ〜」
「……科学部隊出動願います。…お二人の新婚旅行…絶対に付いていきますっ…!!」
「リキ―!ごめんなさいですっやっぱり私はっ…恭介さんにバトルでトライなのですーっ!」
『待て待てぇ〜!はるちんマックスパワーで理樹くんゲットー!!恭介さんには悪いけどマジ狙いで行きますヨ!』
お前ら…割りに本気だろ…。
耳元で、理樹が声をたてて笑う。
「ねっ恭介…!」
「何だ」
「すっごい楽しいっ!」
「――ああ、俺もだっ!」
ゴールを目指して突っ走る。後から追ってくるミッション参加者達。
ああチクショウ楽しいぜ!やるじゃないかお前らっ!
ワゴン車が見える。あと少しっ……!
そして――その手前で、俺は立ち止まる。
「なぁ、理樹」
「うん、恭介」
腕の中の花嫁は、俺と同じく不敵な笑みを浮かべていた。
そうだよな。こんな楽しいイベント、俺達も楽しまなきゃ損ってもんだ。
あいつらとのバトルも久しぶりだしな?
「その格好でいけるか、理樹」
「この位のハンデはあげなきゃね?」
は!言うじゃないかっ。それでこそ――俺のパートナーだぜっ!
俺は理樹を地面に降ろし、迫る背後を振り返って叫ぶ。
「おいお前ら!先着一名なんてセコイ事言わないぜっ!勝負したい奴は掛かって来い!
俺と―――理樹が相手になってやるっ!」
二人で手を取り合って、俺達は走り出す。
地を蹴って――高く空へ飛び出すように…!
あとがき
うっしゃー!あとはエピローグのみです〜!
まぁ、あとはもう墓場まで一緒、という事で(笑)。や、夫婦ってね、うん。
ほら、クラナドとかやってると、パン屋の夫婦が大好きな訳ですよ。もう、死ぬときはいちにのさんで一緒にってね…!
まぁでも、ぶっちゃけ恭介と理樹は、鈴の事さえなかったら、片方が生き残る道は選ばない気がします。
そして最後は、やっぱりはちゃめちゃな理樹争奪戦で(笑)。いえ、お姫様だっこをしてほしかっただけですが。
いやいや長かったですがあと一話〜!ちょっと連休返上でお仕事になりそうなので、その前に更新できて良かった!