教室の隅で、いつものように窓から降りてきた恭介が、理樹達と戯れる。
男四人が仲良くふざけるほのぼのとした光景を見つめながら、美魚はぽつりと呟いた。
「…あれは、まだですね…」
「うむ。まだだな」
「まだデスネ」
来ヶ谷の同意に、葉留佳が頷く。三人の視線は、恭介と理樹にホールドされていた。
「このままだと、卒業するまで何もなさそうな気もします…」
「ええい、じれったい!棗兄も男ならガバっといかんかガバっと」
「恭介さんは意外と奥手かぁ〜」
恭介と理樹が付き合い始めて早一月。折角盛り立ててやったというのに、二人の仲に然程進展は見られない。
美魚は残念そうに溜息を吐く。
「お二人の親密度が高いのは以前からですし、それ以上を急にというのも無理な話かもしれません」
「ふむ。お互いがお互いをもう少し意識してくれれば良いのだかな」
「やはぁ〜、ついこの前まで友達だった訳で……ん?んん〜?…んっふっふっふ」
葉留佳の顔に、突如ニヤ〜リと邪悪な笑みが浮かんだ。
「ありましたヨありましたヨそのネタがっ!はるちん天才っ!」
「どうした葉留佳君」
「…突然気持ち悪いです…」
「ふっふっふ。二人とも、こんなミッションはどうデスカネ?」
*
「少年。困ったことが起きたんだが、協力して貰えるか」
昼休み。僕の元を訪れた来ヶ谷さんは神妙な顔をしていた。
何かあったのかな?
勿論すぐ頷く。
「うん。僕で出来る事なら」
「そうか。それは良かった。では早速これに着替えてくれ」
「え?これ………って女子の制服!?」
「ちゃんとブラジャーとパンツもあるぞ」
「なくていいよ!っていうか何これ!?」
困った事だなんて言うから、心配したのにっ。
来ヶ谷さんはいつものように泰然と構えている。
「何、ちょっとした人助けだよ、少年」
「何をどうすれば人助けと女子の制服が結びつくのか全く分からないんですけど」
「うむ。実はこの前の理樹君の女装写真を売り捌いた所、そのうちの一枚が寮長の手に渡ってしまってな」
「う、売ったのっっ!?」
「中々イイ売れ行きだったぞ。それでな、肖像権がどうとかで、本人の許可を、寮長が直接確認することになった。
全く…迷惑な話だよ」
「いやそれこっちのセリフだからね?っていうか許可してないし!」
「何ださっきの”僕に出来る事なら”というのは嘘かまやかしか戯言か?私が寮を追い出されようがどうしようが関係ないという訳かふざけるな小僧殺すぞ」
うわぁ…相変わらずなんて理不尽な……。
「分かったらさっさと着替えてくれ。時間が惜しい」
そうして、半ば引きずられるように、僕は使われていない空教室へと連行された――。
「あのさ、来ヶ谷さん。何で下着も…?」
「万全を期してだ。万一男だとバレると、君の身も危うくなるぞ。何といっても寮長の手に渡ったのは、この写真だからな」
来ヶ谷さんの差し出してきた写真を受け取って、即納得した。
いや何て言うかこう…ね。来ヶ谷さんに色々絡まれているというか……。ああぁぁ!?
っていうか女だとしてもこの写真ってどうなのさ!?
「能美女史ならともかく、私の制服で胸がないと違和感があるからな、ちゃんとパットは入れておいたから安心して付けるがいい」
安心って言うのかなぁ、それ…。何気にクドに失礼だしね?
「えっと…下、も?」
「当然だ。階段でパンツが見えたらどうする」
「……わ、分かったよ…」
ああっ何かいいように丸め込まれてる気がする!?
「では外で待っている」
「うん…」
な、何でこんな事に…。
仕方なく、自分の制服を脱いで女子の制服に着替える。スカートと…パンツ、は、どうにか穿いた。
何か色々泣きそうだけど。
それから…ブラジャー……えっと。えっと?こ、これ…どうやって付けるの??
「く、来ヶ谷さん?」
扉の向こうにいる来ヶ谷さんに、助けを求める。
「どうした少年」
「…つ、つけ方、分かんないんだけど…」
「ああ、ブラジャーか」
言って、来ヶ谷さんは教室に入ってきた。
「仕方ない。私が付けてやろう」
「お、お願いします…」
「―――ハァハァハァ…」
「いやいやいや!?」
うわー貞操の危機!?物凄い危機感がっ!
それでもどうにか来ヶ谷さんを押しとどめ、カツラも被って、無事着替えは終了。
色んな意味で疲れた…。あ、でもこれからが本番か。
「来ヶ谷さん?終わったよ」
教室の外に声を掛ける。
―――?
返事がない。
ガラリと扉を開けてみる。……誰もいない。
えぇっ何で!?
と思ったら、廊下の向こうから人の声が聞こえてきた。
「駄目ですっそっちは……!」
「あーあー!ダメだってば!」
「さっきから何なの?私はこっちに用事があるのよ。退きなさい、葉留佳!」
西園さんと葉留佳さんの声がして――廊下の角から二木さんが現れた。
僕とばっちり目が合う。
ま、マズイ!何を言われるかっ…!下手すれば退学ものかもっ!?
「―――見たことあるような、見たことのない子ね…。名前は?」
バレてなかった!!え、でも名前って…何て言えば!?
「どうしたの、名前は」
「え、えっと…」
戸惑う僕を庇うように、西園さんと葉留佳さんが前に立つ。
「この人は……棗理佳さんです」
「そそっ、りかちんですヨ!」
えぇぇぇっ!?
「棗、理佳…?もしかして、あの棗恭介先輩の妹さんかしら?」
「はい、そうです」
躊躇なく肯定する西園さん。
……ごめん、恭介。妹一人増やしちゃった…。
「そう。…関係のない所をあまりうろうろしないように」
二木さんは用事があったらしく、特にそれ以上聞くこともなく去って行った。
残った西園さんと葉留佳さんを見る。
…何で目を逸らすかな?
来ヶ谷さんはいなくなるし…って、なるほど。段々状況が読めてきた。
「あのさ、もしかして来ヶ谷さんと組んでる?」
「やはぁ〜…ええと、まぁ、そのぉ…」
「……すみません…」
やっぱり。
人払いか見張りをしてたんだろうけど、二木さんに突破されて、ここまで来ちゃったんだろう。
「で、一体何だってこんな事になったの?寮長さんがどうのって話だったけど…それも嘘?」
「すみませんごめんナサイ全部嘘デス!怒んないでぇ〜」
涙目の葉留佳さん。僕は思わず苦笑した。
「別に怒ってないよ。でも理由は知りたいかな?」
「―――理由はだな、少年」
「わ!びっくりした…来ヶ谷さん…」
背後に忍び寄るの、いい加減やめて欲しい…。来ヶ谷さんには悪びれた様子もない。
「これはな、ミッションだ」
「ミッション?」
「うむ。その名も”女装理樹君にドキ!アレ…こいつ男だよな…なのに何だこの気持ち!?萌え萌え大作戦!”だ」
「いや、誰が萌えるのさ…」
「それはもちろん――」
来ヶ谷さんが後ろを振り向く。そして、やって来る人物を指差した。
「――恭介氏だ」
あとがき
いやまぁ恭介氏に捧げてみようかと…(笑)いえいえコメディですからエロはないですが(笑)
寧ろ恭介には忍耐の試練。いやぁ仕掛ける側ならこの三人が組むとすんなりいきますねぇ。ボケ役…いません…。