その日、移動教室の途中で恭介に会った。
別に珍しい事でもなかったけれど、恭介が優しく目を細めて僕を見たから、鼓動が胸を一つノックした。
「これから移動か?」
「うん。視聴覚室でビデオだって。恭介は?」
「俺か?…そうだな、じゃあ俺も行くか」
「え!?いやいやいやっ別に誘ったわけじゃないんだけどっ二年の授業だしっ」
っていうか、普通に駄目だよねっそれ!?
「細かいこと言うなよ、大丈夫だって、案外バレないもんだぜ?」
「…少なくとも、三年の教室にいないのはバレてると思うよ…」
僕の突っ込みに、恭介は少しばかり面白くなさそうだ。
「何だよ、理樹は俺と一緒に授業受けたくないのか?」
「そういう問題じゃないと思うけど…」
「嫌なのか」
「い、嫌じゃないよっ…!」
しまった、またつい反射的に…。
「だよな。じゃあ一緒に受けようぜ」
恭介は嬉々とした様子で僕の隣に並ぶ。
…まぁいいか。恭介が凄く嬉しそうに笑ってくれたから、僕もなんだか嬉しくなった。
二人で視聴覚室に向かう。
「そういや、真人はどうした?」
「ノート忘れたから、先に行っててもらったんだ」
「そっか。だったら俺は、理樹の忘れ物に感謝だな」
目を細めて笑う恭介に、頬が紅潮していくのが分かって、僕は思わず下を向いた。
視聴覚室の後方からこっそり入って、僕と恭介は、一番後ろの席に座った。
流石に前で堂々っていうのもね。…勿論、提案したのは僕だけど。
止めなきゃ、一番前で見ようとか言い始めたんだろうなぁ。
真人達は真ん中辺りの列。僕を探しているのが見えたから、一応メールで後ろの方に座った事だけを伝えておく。
同じく後ろの方に陣取っていた数人が、恭介を見て怪訝な顔をしたけど、それだけだった。
まぁ、恭介だしね…。皆慣れっこだ。
ものの数分で授業が始まり、案の定、先生は恭介に気付かなかった。
遮光カーテンが引かれ、室内の電気が落ちて暗くなる。
前面のスクリーンにビデオの映像が映し出された所で、不意に――指を、繋がれた。
はっとして横を見たけど、恭介は落ち着いて前を向いたまま。
暗闇の中、指だけが…絡んでくる。
うわ…。何か、ドキドキしてきた…。
ええと、ええと、そうだよビデオ!ビデオ見ないと…。
そう思っていたら、恭介が身を寄せてきた。
――ち、近いって…!
「…理樹」
「な、なに…?」
「――キス、しようか…」
掠れるような小声が、耳元に――!
ななななな何言ってるんだよっこの人は!?
「だ、駄目に決まってるだろっ」
思わず厳しく抗議する。が、ビデオの音があるとはいえ近くに人もいるし、どうしても僕も小声になる。
結果、自然と顔が近くなる。
唇の触れ合いそうなギリギリの所で、恭介が低く囁く。
「ダメか…?」
「だ、だめっ…!」
「――理樹」
切れ長の瞳が僕を真っ直ぐに見つめてくる。お互いの吐息が唇に触れて――。
「だめだって…!」
慌てて、僕は顔を逸らした。耳元で、恭介の笑う気配。
「そっか。…残念だな」
呟いてあっさり離れていく恭介に、何となく焦って、つい余計な事を口走った。
「あ、後でね…」
言ってしまってから、恥ずかしさに死ぬほど後悔した。
いやまあ、小さな声だったし、聞こえてないかも――。
「じゃあ…後で、な?」
しっかり聞かれてた!しかも滅茶苦茶嬉しそうだ…!
ああもう、いいよ…。
その一時間、ずっと恭介に指を弄ばれ続け、勿論、ビデオの内容なんて頭には一つも入ってこなかった。
そして、放課後――。恭介は僕の部屋にいた。
さっきまで真人もいたんだけど……。
恭介が、真人を上手い事丸め込んでトレーニングに行かせ、今は二人きりだ。
並んでベットに腰掛けてる状況に、心臓が早鐘を打ち出す。
き、緊張してきた…!
「――理樹」
名前を呼ばれて、肩に手が掛かる。促されるまま、僕は恭介の方に正面を向けた。
見つめてくる恭介は、…凄く、真面目な顔をしてる。
常の笑みを落とした表情は、整いすぎて怖いくらいだ。
顎を掴まれて、近づいてくる距離にあわせるように、僕はそっと瞼を閉じる。
吐息が触れて――唇が、重なった。
何度か啄ばむように、キスされる。
「んっ…」
「理樹、…口、開けられるか?」
「っ……は…」
その言葉に、というよりも、息が苦しくなって自然と口を開いた。
そこに、恭介が――。
「っ!?」
口の、中にっ……!
「ん、んんっ!?」
驚いて、恭介の胸を押し戻した。顔を背けて逃れる。
「――嫌だったか…?」
少し心配そうな声。
だ、だって……いきなりだったから…!
横を向いたまま、一応その言葉は否定しておく。
「違う、よ…その、び、びっくりしたけど…」
「そっか」
「うん…」
でも、恥ずかしくて恭介の方が見れない…。横を向いたままでいたら、不意に、耳にキスをされた。
「わっ!?」
悲鳴を上げて、思わず恭介の方を見る。
「な、何するんだよ…!」
「ん?…理樹の耳が、美味そうだったから」
「な、な、な」
微笑みながら、恭介はもう一度口付けてくる。
「ん…」
「理樹、…口、開けてみろ」
「……っ…ぁ…」
おずおずと、薄く開いてみる。
そこに恭介の唇が重なって――するりと、口内に舌が滑り込んできた。
思わず逃げる僕の舌を、恭介の舌が追ってきて、蹂躙する。
「…ん…んむ…んっ」
身体が熱くなって、息が苦しくなって――恭介の胸を叩いた。
唇を解放されて、喘ぐように呼吸した。そんな僕の姿に、恭介が苦笑を漏らす。
「お前、息止めてたのか?」
「だ、って…」
「鼻ですればいい」
ちょん、と恭介の指が僕の鼻を突付く。
「そう、なの?」
「ああ。――試してみるか?」
「え?……んっ…!」
今度は、最初から舌が入れられて、口を塞がれた。
「んんっ…ん、は…」
慣れてない事を分かってるからか、恭介は時折唇をずらして、呼吸をさせてくれた。
キスの合間に、恭介が小さく笑う。
「その内、慣れろよ?」
「ん、ぁ…ふ…」
恭介の手が、両耳の下辺りを押さえて、僕の頭を固定する。
隙間も無いほど唇が深く重なって、舌を絡みとられる。
滴るような水音が、僕と恭介の間で聞こえる。
「んっん……きょうっ…は…、ぁ…」
「お前…その声、ヤバイだろ…」
薄く目を開いたら、そこに…少し眉を寄せた恭介がいて。
もっと深くキスをされた。
それが気持ちよくて…頭の芯がぼうっとしてくる。心臓が、とくとくと鳴って…。
「ん…む、きょう、すけ…」
「理樹…」
恭介の手が、後頭部に回る。それから背中にも。
抱き締められながらのキスに、陶酔する…。
ガチャッ――
「っ!!?」
突然聞こえたドアノブの回る音に、文字通り僕は飛び跳ねた。
「うわわっ!」
凄い勢いで恭介から距離をとる…!
顔を上げると、恭介は肩を竦めて苦笑していた。
ドアノブが再度ガチャガチャと鳴り。
「おーい理樹?いるんなら鍵開けてくれ」
扉の向こうから、真人の声が聞こえた。
あ、そっか……鍵、掛かってたんだ…。
ほっとしつつも、胸の動悸は治まらない。ああもう、落ち着けっ!
「大丈夫か?理樹」
「ん、大丈夫。――鍵、閉めてくれてたんだね」
「そりゃ俺だって、邪魔されたくなかったからな?」
恭介は、優しく僕の頭を撫でてくれたけど――。おかげで、余計に顔は赤くなってしまった。
鍵を開けると、真人が怪訝そうに僕を見た。
「どうした、理樹?お前顔真っ赤だぞ。熱でもあんのか?」
「できれば聞かないで…」
「ま、俺は別にいいけどよ。無理すんなよ?」
真人の優しい言葉に、ちょっとだけ罪悪感を感じつつ、部屋の中の恭介を振り返る。
恭介はもうベットから立ち上がっていて、その何でもないように佇む姿を、カッコイイなと思ってしまった。
そうしたら、また顔が火照ってきて――。
真人に心配されつつ一生懸命誤魔化す僕を、恭介は全部分かっているような目で見ていた――。
あとがき
えー…砂吐きます…ザー…。
恭介がねっ、段々ね…!