君と僕の軌跡・番外編・聖夜の恋人達(前編)

 12月24日。
「クリスマスイブ、かぁ…」
 カレンダーの日付を眺めながら、僕はため息を吐く。
 恭介は今日も仕事だ。仕事が入ると休日返上なんてザラにある。
 年末はどこも忙しいらしく、ここ一月ほどは週末も会えず終いだ。
 僕も大学受験の準備で忙しかったけど…そういえば、電話とメールだけで一月なんて、初めてかもしれない。
 大抵は、週末になると恭介が会いに来てくれていた。
 僕も会いに行こうと思った事は何度かあるけれど――仕事の邪魔になるんじゃないかという危惧があって、実行出来ていない。
 恭介が会いに来てくれる時は、「これから会えるか」なんていつも突然だったから、忙しい合間を縫っての事だと容易に想像できた。
 もし僕が会いに行くなんて言ったら、きっと恭介の事だから、無理にでも仕事を切り上げて、デートの一つもしてくれるんだろう。
 それも出来ない程忙しかったとしたら、凄く辛そうに謝ってくれるはずだ。
 そういうのが分かってしまうから、――たやすく会いに行きたいだなんて言えない。
 恭介と一緒にいたいけど…我儘を言って困らせたくない。
 前に聞いた時、23日と24日は仕事だと言っていた。多分25日も忙しいんだろう。
 カレンダーを見て、それからふと視線を机の上に移す。
 そこには、受験勉強の息抜きと称して少しづつ編み進めた、マフラーがある。
 小毬さんに編み方を教えて貰って、毎日少しずつ編んで、どうにか良い長さにまで仕上がった。
 一応編み目もとんでないし、初めてにしては上出来…だと思う。
 まぁ模様も何もない、ただのゴム編みだけどね。
「どうしようかな、これ…」
 いつでもいいのだろうけれど、やっぱりクリスマスに渡したい。
 携帯を取り出して、恭介の番号を表示させ――でも僕は、連絡せずに携帯を閉じた。
 恭介には会いたい。出来れば会って手渡したい。だけど。
 会えなくても、いい。
 ――そう思った。
 アパートの場所は一応知っている。鍵は持ってないけど、別に部屋の前で待ってたっていいもんね?
 それで会えれば嬉しいし、もし帰ってこなかったら、ドアの前に置いてくればいいんだ。
 渡しに行けないような距離じゃない。
 行きたいなら行けばいいんだ。会えたって会えなくたって…いいじゃないか。
 そう思ったら、急に気持ちが軽くなった。直ぐに列車の時間を調べる。
 うん、夕方には恭介のアパートに着けそうだ。
 外出している真人に一応出かける旨のメールを打つ。お財布とプレゼントを持って、僕は寮の部屋を出た。
 
 
          *
 
 
 前に連れてきて貰った時の記憶と、最初の頃に渡された手描きの地図を頼りに、恭介のアパートを探す。
 道にはカップルが沢山溢れてて、その幸せそうな笑顔に、僕もちょっとだけ幸せな気持ちになる。
 紙袋に入れた恭介へのプレゼントを胸に抱き締めて、まだ会ってもいないのに気分が高揚した。
 イブで賑わう繁華街を過ぎると、忽ち辺りは真っ暗になる。
 夜になると景色は変わってしまうもので、少しばかり迷ったけれど、それでもどうにか、僕は恭介のアパートに辿り着いた。
 二階の、一番端の部屋だ。
 窓に灯りはなく、やっぱり部屋の主は不在らしい。
 予想はしていたから、がっかりなんてしない。休日出勤が何時から何時までなのかは知らないけれど、きっと帰りは遅いだろう。
 階段を上って扉の前へ行く。一応、チャイムを一回だけ押してみる。
 うん、やっぱりいないや。取り敢えず、いつまで待とうかな。
 帰りの列車は何時が最後だろう?
 確かめようと思って――でも、止めた。
 待てるだけ待ってから、考えればいい。
 口から洩れる白い息を見ながら、僕は扉に背中を預ける。それから目を閉じて――恭介が現れた時の事を考えた。
 びっくりするかな。恭介のびっくりする顔なんて滅多に見れないから、見れたら嬉しいな。
 驚いて――それから、もしかしたら怒るかも。
 何で連絡しなかったんだ、って言われちゃうかなぁ。でも、だって会いたかったんだ。
 怒られてもいいけど……迷惑そうな顔とかされたやだな…。
 ――うん、恭介はしないよね、そんな顔…。きっと、困ったみたいに、でも嬉しそうに笑ってくれるよね。
 そうだといいな。
 そんな風に期待して、思わず苦笑を浮かべてしまう。
 会えなくたっていい――そう考えていたはずなのに、恭介に会う事ばかり考えている。
 やっぱり……会いたいよ、恭介…。
 見上げた夜空は曇っていて、やがてチラチラと白いものが見え始める。
「……雪だ…」
 どうりで寒いと思った。
 そっか。ホワイトクリスマス、かぁ。
 恭介、早く帰って来ないかな…。
 階段から足音が聞こえる度に、否が応にも期待してしまう。
 でも、やっぱり恭介は帰って来なくて。
 
 僕は、ただじっと待ち続けた。
 
 
 
 雪は、まだ降り続いている。もう何時間待っただろう。
 手も足も冷え切って、思うように動かない。
 途中で何度か、もう帰ろうかと考えて、でももう少しと思っているうちに、列車の時間を逃してしまった。
 かじかむ指で携帯を開いて時間を見ると、もう日付が変わる所だった。
 残念……イブに恭介には会えないか。
 でもまぁいいや。どうせ次の列車は朝の六時だし、それまでに帰ってこなかったら、流石に帰ろう。
 会社に泊まり込む事もあるらしいから、もしかすると今日がそうなのかもしれない。
「恭介…」
 ぽつりと呟いたら、急に寂しくなって、涙が滲みそうになった。
 いけないいけない。
 ああ、でも――会いたい、なぁ…。
 会ったらきっと、抱きついちゃうかもな。
 それから、恭介にもぎゅってしてもらって――。
 恭介に―――。  ……会えなくてもいい、なんて――嘘だ。
 会いたいよ、恭介…。
 一目でいいよ、会えたらすぐ帰ったっていいんだ。
 仕事の邪魔なんかしないから、だから――…!
 その時、トントン…と階段を上がる足音が聞こえた。
 一瞬恭介かもと期待して、でもさっきから悉く裏切られてるから、あんまり期待しちゃ駄目だと、高鳴る心臓に言い聞かせる。
 うん、そうだよ。違うかも――しれ、な……。
「っ…!」
 階段から上がってきたその人は、ちょっと着崩したグレーのスーツに、黒いコートがよく似合っていた。
 僕らと居る時には見せない…まだ見た事のなかった、如何にも仕事帰りな、大人の男の人の雰囲気。
 心臓が跳ね上がる。
 冷えていたはずの身体が一遍に熱くなる。
 どうしよう、何て言おう…!
「きょう……!」
 名前を呼ぼうとして――。
 不意に恭介の後ろから現れた、綺麗な女の人の姿に、僕は……声を出せなくなった。
 なんで、どうして――そう思って、一瞬で背筋が寒くなった。
 どう、しよう…。きっと多分、僕はここに居ちゃいけない。逃げなきゃ。でもどこに?
 ここは一番端の部屋で行き止まりだ。
 ”――何で、いるんだ”
 恭介に、そう言われたら…どうしよう…。
 やっぱり帰ればよかった。そもそも来なきゃよかったんだ。会えなくたって我慢すれば良かった。
 そしたら知らなくて済んだのに。
 抱えていた紙袋を思わず握り締める。
 ああ、そっか、この一月会えなかったのって――その人の、為…とか?
 違うよそんなわけない。だって、恭介はそんな……!
 でも、僕とは一月会ってないのに、クリスマスなのに会えなかったのに……その人とは、会ってるんだ…。
 長い事外にいて――恭介をずっと待ってて……そこに予期せぬ出来事のせいか、頭が混乱する。
 多分一瞬だったけど、凄く色んなことを考えて、辿り着いたのは不安と恐怖でいっぱいの感情だった。
 恭介が、コートのポケットから鍵を取り出す。横の女の人がそれを覗き込んで。
 僕だって殆ど来た事のない恭介の部屋に、よく来てたりするのかな…。
 やがて、顔を上げた恭介と―――僕の目が、合った。
 みるみる内に恭介の目が見開かれる。
 どうしようっ…――逃げ出したい…!
 怖くて動けなくなってしまった僕の元へ、突然恭介が走ってくる。
 そして―――。
 
「何でいるんだっ…!」
 
 そんな台詞と共に――きつく、抱き締められた。
 
 
 
 
 
 
 

あとがき
 クリスマスに手編みマフラーとかベタすぎですかっ…!色んな所で被ってそうなネタですが、まぁ王道という事で。
 取り敢えず、クリスマスまでには完結させまふ。つか、何で女の人とか出てきたんだろう…。また行き当たりばったりか、俺。
 あ、アンケート期間のせいか、拍手とかすっごい頂いて、めちゃめちゃ感謝ですっ…!
 ほんと参考になります。ありがとうございますっ!
 や、や、実際には、何だかんだで結局書きたい話を書いちゃうわけですが…(をい)
 とりあえず、えーろーがNGじゃないと分かっただけでも大収穫(笑)!
 う、うん…頑張るっ…(なにをだ)

next>> ○小説メニューへ戻る○ △topページに戻る。△