最愛なる猫へ・1

 暗冬の最中。
 ライとコノエは、この時期は大抵藍閃にいる。
 猫が集まると、情報も集まる。ライはそう言っているが、コノエは本当の理由は、実は自分の為ではないかと思っている。
 無論ライの言う事は事実だろう。けれど、毎年足を運んで、暗冬の間中街にいる必要はないはずだ。
 それに、ライは祭りの間は、仕事の話をあまりしない。
 酒場に行って情報を仕入れてくる事もあるけれど、仕事の開始時期は、祭りが終わった後だ。
 ライは、言葉が足りない。常々コノエはそう思う。自分も大概口の上手い方ではないけれど。
 だからだろう。最近漸くと、言葉ではなく、ライの行動の意味を考えるようになった。
 結果として、自分にとってどうだったか。
 自分勝手で身勝手で傲慢で、口喧嘩に小競り合いは数知れず。あまりにも相性が合わないのではないかと、本気で頭を抱えたくなる事もしばしば。
 そんな番だけれど、あの白銀の闘牙は、実はこっちが思うよりずっとコノエの事を考えてくれている。
「――なんて、自惚れだよなぁ」
 バルドの宿で、コノエは一人苦笑した。
 今日は暗冬の最終日。ライと一緒に祭りを見て回りたかったのだが、目が覚めたら、案の定彼はいなかった。
 空のベットを見つめ、
「無断外泊禁止っ」
 などと、いないからこそ言える独り言だ。
 待つ身は辛いんだぞ、と思う。ライはどうもコノエを酒場に近づけたくないらしい。
 理由を聞いても、「駄目だ」としか言わない。それが腹立たしい。番なのに、まるで子猫だと思われているようで。
 一方的にライの庇護下にいたい訳ではない。
 ――アンタと、支え合っていきたいのに。
 そういう関係を築けたのだと、確信出来た時もあったのに。
 溜息を吐いて、コノエは辺りを見回した。
 祭りも今日で終わりだ。次の仕事は藍閃からは少し遠い場所での狩りになりそうだから、明日にはここを発つ事になるだろう。
 取り敢えず、荷物の整理はしておこう。
 店で買った携帯食や、薬草の類を確認する。
 袋の中に荷物を詰め直している所で、その指先に、布に包まれた何かが触る。
 取り出して、コノエはその布をそっと開いた。
 丁寧に包まれた布の中には、何粒かの丸薬。
 まだ一度も使った事の無い、だが大切な薬だった。
『あまりに、心の闇が暴走しそうになった時には、使うが良い』
 そう言って、丸薬を手渡してくれた呪術師は、「お主らならば、そう必要になる事もなさそうだがの」と笑ってくれた。
 先読みの力なのか、呪術師の言った通り、ライとコノエがこの薬に頼ったことは、まだない。
 これからも無ければいい。
 けれど、必要だから手渡されたのかもしれない、とも思う。未来を教えることは適わない呪術師の、彼なりの優しさなのだろう。
 この世界の行く末には最早何の関係もなくなった、ただの番の猫達のために、彼はこの薬を作ってくれたのだ。
 ふと、久しぶりに会いに行ってみようかと思った。
 何の用事もないが、顔をみるだけでもいい。
 トキノに会いに行くように、そう、ただ友人に会いに行けばいいのだ。
 夕方には帰って来られるし、ライもその時分には戻ってきているだろう。そうしたら、一緒に祭りの最終日を見て回るのもいい。
 一人で呪術師の森に向かうのは久しぶりだ。
 お守り、という訳ではないが、持っていたら迷わないだろうという気がして、懐に薬を仕舞う。
 今日一日の予定が立つと、コノエは先程の陰鬱な表情から打って変わって、生き生きと動き出した。

          *

「久しぶり!」
「ほう、これはまた、久しい顔じゃな」
 相変わらず、驚いた様子もなく、呪術師は淡々と告げる。
「ふむ、珍客があるとは出ておったが。して、今日は何用じゃ?」
「あ、いや、用は無いんだけどさ」
「うん?」
「元気かな、て思って」
「ほ…」
 呪術師は一瞬瞠目し、そして声を立てて笑った。その様子に、コノエは面食らう。
「な、何だよ。俺、何かおかしい事言ったか?」
「いやいや。お主、ほんに面白い猫じゃのう。わしの元に元気かと訪ねてきた猫など、初めてじゃよ」
「あ、迷惑だったなら、ごめん」
「ふふ。そんな事は思っておらぬよ。さて、では折角の貴重な客猫じゃ。茶でも振舞おう」
「そんな気使わないでいいからな?あ、そうだ。これお土産」
 コノエは、藍閃の屋台で買った菓子を数個差し出す。
 それを見た呪術師の笑みが益々深くなる。
「気を使っておるのは、さてどちらかの?では、それを茶菓子に、世間話でもしようかの」
 呪術師が存外楽しそうにしていることに、コノエは内心ほっとする。
 以前、用があって来た時は、用事が終わるやこちらには興味も無い風だったから、この猫は、迷惑がるかもしれないと危惧していたのだ。
 けれど、来て良かったと思う。
 ややすると、お茶の葉の香ばしい匂いが、庵の中に立ち込める。
 茶器を盆に載せて、呪術師がコノエの元にやってきた。
「そちらに座ろうかの」
 呪術師の後を追って、二人は奥へ。
 簡素なゴザが敷かれただけだが、呪術道具の無い部屋だ。蝋燭の火が柔らかく揺れ、コノエは寛いだ気分になる。
「こんな部屋、あったんだな」
「わしとて寝る故な」
 それはそうかとコノエは思い、だがこの猫の寝る姿はあまり想像できない。
 そんなコノエを振り返った呪術師が、ふとその胸元に目を留めた。
「お主、何か持っておるな」
「ん、ああ。アンタに貰った薬だ」
「持ち歩くほど闇が濃くは見えぬが」
「いや、お守り代わりっていうか…」
 それをどう取ったか、呪術師は目を細めた。
「なるほど。迷わぬように、かの」
「!ちがっ…いや、それもある、けど…」
 自分の方向音痴を、この呪術師もやはりお見通しだったらしい。
 鍵尻尾の次に己のコンプレックスである、猫にあるまじき習性を見抜かれて、コノエは赤くなる。
 恨みがましく地面を睨みつけながら、それでもコノエはぼそぼそと理由を言った。
「…アンタに、礼を言おうと思って…。あの時は、まだ色々整理がついてなくて、禄にお礼も出来なかったし」
「…お主は、ほんに面白い猫じゃのう」
 何でも面白いで片付ける呪術師に、コノエは少しばかり文句を言いたくなって、顔を上げる。
 そこに、思ったよりずっと優しく細められた目があって、何も言えなくなった。
 呪術師は、コノエに茶器を差し出す。
「ほれ、呑むがよい」
「あ、ありがと…」
「うむ。――その薬だが」
「なに?」
「発情期の時は、あまり使わぬ方がよい。まぁ、いずれにせよ使わずに済めば、それが一番よいのじゃがな」
「うん…」
 発情期の時に、というのは分からないが、使わずに済むならそれが一番なのは、コノエも承知している。迷わず頷いた。
 満足そうにコノエを見遣り、呪術師は、今更のように首を傾げた。
「そういえば、あの白いのは、どうした?」
「ライなら、多分藍閃の酒場だよ。次の仕事の情報集めだと思う」
「…不満か?」
 その言葉に、コノエは驚く。まさか心を読んだ?
「な、なんで…」
「読まずとも、顔に描いておるわ。置いていかれて不満だとな」
「――それは、だって、ライが…」
 呪術師は、静かに落ち着いた様子でコノエを見る。
「己の闘牙を、もっと信用しておやり」
「し、信用はしてるよ!俺は、ライの賛牙だし」
「そうでは無い。全く、未だにお主は、賛牙と闘牙の絆を理解しておらぬようじゃな。ふふ、それがまた初々しいが」
「??」
「まぁよい。いずれ嫌でも分かろう。だが、今日はあまり遅くならぬ方が良い」
 あの白いのの悋気に触れてはたまらぬと、呪術師は笑った。


 
 
 
 
 

あとがき
 ライコノルートのその後話…。色々書きたい物が溜まってるなぁ…。続いちゃうんだなこれが。ライコノなのにライ出てこないとはこれ如何に。
 そして呪術師への愛(笑)いっそ呪術師ルート書けばよかったんじゃね?とか思う…。

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